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カグヤとカレン


「アッハハハ! お可愛らしい叫び声! シラユキなんて濁音よ? ぎゃああああぁぁ!なんて、最初はね」

 上から降ってきたカレンはおかしそうに地面をごろごろ転がりました。おっきなお声で騒ぎたてて、ちょっと無防備すぎるくらいです。

 カグヤはまだおしりをついて言葉が出せずにいました。気味の悪い世界で緊張していて、そのつぎにドロシーと合流してちょっと安心したとたんにこれですから、気持ちがいろんなほうに揺れてなかなか落ち着かないのです。

 そんなカグヤの気持ちも知らないで、カレンはまだまだずっとごろごろしています。「ぎゃああぁぁ! ぎゃああぁぁ!」と自分の首を絞めてシラユキのモノマネみたいなことを続けていました。

「シラユキってこんなじゃない? さっすがあたし、そっくりね」

「シラユキちゃんはそんなじゃないですよ、カレンさん」

 ようやく落ち着いてきて、カグヤもおしゃべりできるくらいになりました。うんしょっと立ち上がって、おしりについた泥を払います。「そう? そっくりだと思うけどなあ」とカレンはまだおかしそうにぼやきました。でもそんなこと、いまはどうでもいいのです。

「あなたも来てくれたのですね。それはまあ、えっと」

 カグヤは素直に「頼もしい」とか「嬉しい」って言えずに、お声をちいさくしていきました。カレンは『童話の世界』でも強いことで有名ですが、ちょっと性格がカグヤとは合わないのです。(というより、そもそもそれほどたくさんおはなししたことが、まずありませんでした)

「だぁってシラユキが『これは女王命令よ!』なんて言うんだもの。こぉんな眉毛吊り上げちゃって。あたしはあんたの召使いじゃないっての。そう言ったら、『いいから行きなさい!』だって。ひどいと思わない?」

「カレンさんにもご迷惑を……。ほんとうにごめんなさい」

 そのことについてはほんとうに悪いと思ったので、カグヤは頭を下げました。

「アアァラ? あやまるくらいならなにかちょうだいよ。シラユキだってご褒美のひとつもチラつかせたら、あたしもイイ気持ちで助けに行くっての」

「もちろん。無事にモモくんを助けて『童話の世界』に還ったら」

「ノンノン。そういうのイヤ。いまなにかちょうだい。戦時中でしょ? あたしら誰も、いつ死ぬともしれないのだから」

 カレンのぶっそうな言葉にびっくりしたのはドロシーでした。臆病者のドロシーはできるだけ考えないようにはしてきましたが、じっさいに命の危険があるのです。それを思い出してこわい気持ちになったのでした。

「そう言われましても」

 カグヤもべつの感じでこわい思いを抱きました。いちおう女王であるカグヤにこんなにまでグイグイとおねだりをしてくるとは思っていなかったのです。とはいえ、ほんとうにご迷惑をかけたのですから、ただの少女としてのカグヤはなんとかお返しをしたいと考えてしまいました。ほんとうの女王さまなら、シラユキみたいに、「いいから言うことを聞きなさい」って命令だってできるでしょうに。

「あの、とりあえずお立ちになりません?」

 頭の中ではカレンにあげられそうなものを考えながら、カグヤは時間を稼ぐみたいに言いました。じっさいにずっとカレンは寝っ転がっていて、立ち上がってくれないとおはなしもしにくかったのです。

「あ、じゃあおんぶしてよ、カグヤ」

 いいことを思いついたわ。みたいにニッコニコでカレンは言いました。両腕を赤ちゃんみたいにカグヤに伸ばして、おんぶをおねだりします。

「…………」

 カレンのその言葉は、『ご褒美としておんぶして』って意味だと思いました。だからカグヤはお断りするのもむずかしいと思ったのですが、それでも、カレンをおんぶするのはなんだか、とってもいやだと思ってしまいます。

 だからお返事できなくて、そしてカグヤ自身が思いがけずに、とってもいやそうなお顔になっていたみたいです。

「アァラ、困らせちゃったみたい。冗談よ、カグヤ。ドロシー、おんぶしてー」

 不思議な笑い方をしてカレンは両腕をドロシーのほうに向けました。ドロシーはまだちょっとだけこわい気持ちに集中していて「ふえ?」ってなりましたけど、言われたとおりにカレンをおんぶします。じつはここまでドロシーはずっとカレンをおんぶしてきていたので慣れたものでした。

「あたしは足と離れ離れになっちゃったから、あんまり自分じゃ動けないのよ」

「それは……」

 カグヤはおんぶするのをいやがっちゃったことを後悔して、暗いお顔になりました。

「いいのよ、カグヤ。これはあたしの物語。あたしが笑ってるんだから、あんたが暗い顔しなくていいの」

 カレンがカグヤのほうに手を伸ばしますから、そっちに行きたいんだと思ってドロシーが歩いてくれました。そしてカグヤはようやく気づいたのですけど、よく見たらドロシーの足元に赤い靴をはいた足がふたつ、楽しそうにステップを踏んで踊っているのです。どうやらそれがカレンの離れ離れになった足みたいでした。

「ホォラ、かわいいお顔が台無しじゃない。笑いなさい、カグヤ」

 優しいお声でしたが、カレンはカグヤのふたつのほっぺたをつかんで両方に引っぱりました。お餅みたいにやわらかいカグヤのほっぺはぐいぃんと伸びていきます。

「やへへくらはい」

 カグヤはできるだけ怒る気持ちで言ったのですけど、カレンを相手にするとなんだかうまく怒れないような気持ちになりました。怒っても無駄だってなんとなくわかるのです。

 アッハハハ! アッハハハ! カレンの楽しそうな笑い声が、うす暗い『怪談の世界』を楽しいものに変えるみたいに大きく響いたのでした。


 ――――――――


 黄金の毛並みが揺れると、どこからかチリンと、ちいさな鈴の音が聞こえた気がしました。タマモは眠そうにふさふさのまつ毛を持ち上げて、暗闇の中に目を向けます。

「一度帰るわ。タマモちゃん」

 暗闇の中から、青白いお肌に赤紫のお目めをした者が、染み出してくるみたいにあらわれました。

 タマモはなんどかお目めをパチクリさせます。起きたばっかりで寝ぼけているみたいにも見えます。じっさいにタマモはふあぁあと大きなあくびをひとつして、ここはどこでいまは何時なのかを確認するみたいにあたりをきょろきょろしました。

「どうしたん? スズカちゃん」

 タマモは千年社せんねんやしろでいちばん偉い妖怪です。女衆のリーダーで、このあたりでは『王さま』と名乗ってもだいじょうぶなくらいにみんなに慕われています。

 そんなタマモが、自分と対等だと思えるほどの妖怪がスズカでした。スズカは女性の鬼でした。つまりスズカは鬼衆でもありますし、女衆でもあるのです。

「ん。なんでもないわ。たまには帰らないと、シュテンが鬼ヶ谷おにがたにを壊したり、キドウとケンカをはじめたりするのよね。イバラキにもすこしは稽古をつけてやらないと。ほんとう、手のかかるやつらよ」

「言うとるわりにぃ、スズカちゃん楽しそうやで」

「……そうかしら?」

「そおやぁ」

 んんっと伸びをして、タマモは立ち上がりました。黄金の毛並みがふるふると揺れて、甘いようで刺激的で、そして神聖なにおいがふわりと香ります。

「そこまで送るわ。あてもたまには運動せんと」

「ん」

 ちょっと不思議そうな声を出して、スズカはお社のすみっこを見ました。

「ああ、だいじょうぶやぁ。ぼくちゃんはずぅっと、夢の中やし」

 タマモも同じ方を向いておこたえします。お社のすみの、刀を持つ少年が眠る姿を見て、ちょっとだけ舌なめずりしました。

「運動。手伝う必要はないよね」

 そんなことは確認する必要もありません。だからスズカは答えを待つ前に、さきにお社の外に出ました。お久しぶりに開かれたふすまから、お香のにおいが外に出て、反対に湿った空気が入り込んできます。だからか、お社の中がミシッと家鳴りしました。

 コッコッコ。タマモもお外に出て笑います。お久しぶりなお外の空気を楽しむみたいに。

「今度ぉ手伝ってもらうわ。どうせ運動にもならん」

 小高い丘の上から遠くを見下すようにしてタマモは言いました。じいっと、そのさきにいるお客人を見つめるのです。

「ん」

 スズカも同じ方を向いて応えました。たしかにあの程度なら、運動にもならないかな。そう思います。

 だけど、スズカはなんだか変な気持ちでした。なんとなくソワソワするのです。だから鬼ヶ谷に帰ろうなんて思ったのですし、そしてもしかしたら、タマモが負けることがあるのかも、なんてことも思ってしまったのでした。スズカのこういう予感はけっこう当たるのです。

「ほな、ここで。おはようおかえり」

 タマモはなんにも心配なんかしていないふうにそう言います。だからスズカもいつも通り、「ん」とだけ短く応えて、おわかれしたのでした。





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