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助っ人ドロシー


 カツン。と、靴音を鳴らして、ドロシーは着地しました。

 ジョロウは攻撃されたと気づいて、その次に、お顔から血が流れていることにも気づきます。

「あ、あたしの顔が。……この」

 お顔を傷つけられて、ジョロウは怒りました。とってもこわいお顔でドロシーをにらみました。

「このクソガキ! てめえただじゃ済まさねえぞ!」

 怒ったまんまでジョロウはたくさんの腕でたくさんの糸を発射します。それはドロシーの腕や足を縛って、動きにくくさせました。

「ひ、ひいいいいぃぃぃぃ!」

 ドロシーはあいかわらずの臆病で、泣きべそをかきながら暴れました。たしかに縛られてはいますが、ですけどジョロウの糸は弾力があって、すこしは動けます。そのすこしでドロシーは銀の靴のかかとをあわせて、瞬間移動したのでした。

「はあ!?」

 ジョロウはびっくりします。まさか捕まえたドロシーがいきなり消えてしまうなんて思いもしませんし、その消えたさきからごうごうと燃える羽織を羽織ったカグヤが向かって来るなんて、それこそ思ってもいなかったからです。

「『一幕武装ブックオープン』。『蓬莱ほうらいの玉の枝』」

 煌びやかな剣を握って、カグヤはジョロウを攻撃します。ですけどカグヤの攻撃は急に遅くなって、その隙にジョロウには逃げられました。

「…………」

 動きが遅くなったことを変に思って、カグヤはちらりともうひとりの敵を見ました。そこにいたユキは、たくさんの汗を流しながらあたりに雪と氷を生み出しています。

 ですけどその氷雪も、カグヤがすこし体勢を変えるだけで融けていってしまいました。

「糸と、雪ですか。どうします? まだすこし、ためしてみますか?」

 ごうごうと燃える羽織をはためかせて、カグヤは剣を突きつけます。カグヤを捕まえていた糸はもう燃えてなくなっていて、カグヤの動きを遅くした雪はだんだん融けていきました。糸や雪なんかじゃ、もうカグヤは止められないのです。

「くっそ……!」

 ジョロウはくやしそうに、すっごく怒ったままにドロシーをにらみました。「ひいいいいいぃぃ!」だからドロシーはおびえますが、カグヤが剣を向けるとジョロウはあきらめて六本ある腕を上にあげます。降参のポーズです。

「いいよ、いいよ。ねえさんのとこに行きな。行って後悔するがいいさ」

 負けはしましたが、それでもなんにも心配なんかしていないみたいに、ジョロウは言いました。心の底から姐さんというかたを信頼しているって感じです。

「私も降参。そんな武装のひとつで私の凍結が無力化されるなんて、どうしようもないわ」

 ユキも汗だくのまま両手をあげます。ユキのほうは暑いのが辛いみたいで、はあはあと苦しそうな息を吐いています。

 ちょっとかわいそうになってきたので、カグヤは火鼠の皮衣かわごろもの炎の勢いを弱めました。

「では、通りますね」

 ジョロウもユキも、まだまだ負けたなんて思っていなさそうなお顔です。カグヤには自分たちはかなわない。それはあきらめたみたいですが、それでも。

 姐さんならカグヤなんて簡単に倒せる。そう思っている雰囲気がひしひしと感じられるのです。それが気持ち悪くて、カグヤはやっぱりいやな思いをしながら、ふたりの敵のおそばを通り抜けたのでした。


        *


「ドロシー。ありがとうございます。たすかりました」

 ジョロウとユキが見えなくなるところまで行って、カグヤはドロシーにお礼を言いました。ドロシーがジョロウを攻撃して隙を作ってくれなかったら、カグヤは糸でぐるぐる巻きにされてそのまま戻ってこられなかったかもしれませんからね。

「いいいいいいいえいえいえ! わたしなんてなんにもしていないですし! ぜんぶカグヤさまがすごいんですし!」

 女王さまなのにちゃんと頭を下げてお礼を言うカグヤに恐縮しちゃって、ドロシーはお目めがぐるぐるしました。お空を飛んでいってしまいそうなくらい首をぶるんぶるん振ってカグヤにおこたえします。

「いえ、わたくしなんか」

 ドロシーがぐるぐるしているところで、カグヤはちょっと暗いお顔をしました。自分なんかすごくない。そういうふうにカグヤ自身は思っていて、それで自己嫌悪したのです。

「それはさておき、どうしてドロシーが『怪談の世界』に?」

 ドロシーはぐるぐるしていますし、カグヤも暗いお顔をしていて話が進みませんので、クラウンが間にはいります。

「ご、ごめんなさい」

 ドロシーはあやまりました。なにか言われたらとりあえずあやまるのがドロシーの癖です。

「いえ、あやまらなくていいのですよ、ドロシー」

 カグヤが言います。

「ひぃ。ごめんなさいです、カグヤさま」

 ドロシーがいます。

「いえ、ですから」「ごめんなさい」「あの、だから」「しゅみませんでした」「えっと」「ひいぃ」

「もうけっこうですぞ、おふたりとも。話が前に進みませんゆえ」

 なんだかドロシーとカグヤがそろったら、ずっとおんなじことを言い続けてしまいそうですね。


        *


 なんとかクラウンが聞き出したところによると、ドロシーのおはなしはだいたい次みたいな感じでした。

 第一日目を戦ったドロシーはケガをしてしまって、そこをシラユキ女王が助けてくださった。そして治療がおわったところで、あらためてドロシーは『怪談の世界』に戦いに行くようにと、そういうふうに指示されたってことみたいです。

「わたくしの軽はずみな行動が『童話の世界』のみなさまにご迷惑をおかけして、ほんとうにごめんなさい。ドロシーにも」

 カグヤはふかぶかと頭を下げます。おはなしを聞いてみるに、攻撃されて何人かが連れ去られたのも問題ですが、それを助けるためにまた何人かが『童話の世界』を離れたのも、『作戦変更』のきっかけみたいです。つまり、カグヤの行動もひとつのきっかけではあったのでした。

「そそそそそ、そんなことないです。モモくんのこともあるので、カグヤしゃまは間違ってないですし。それに、えっと、……ごめんなさい」

 とりあえずドロシーはあやまりました。どういった理由があったにしても、女王であるカグヤに頭を下げられているのが申し訳ないのです。

「なんでドロシーがあやまるんですか。もう」

 なんだかドロシーがおかしくて、カグヤは笑いました。戦いの中で、『怪談の世界』という敵の世界で、気味の悪い妖怪たちの誘いの中で、モモのことを心配する暗い気持ちが、ちょっと晴れた気がしたのです。

 アリスがドロシーを好きになる気持ちが、カグヤにもわかった気がしました。ドロシーはみんなのことをたいせつにしているのです。自分のことなんてほったらかしで。自分よりみんなを心配しているのです。

 そんなドロシーは、きっと誰よりも優しいのでした。そしてそれこそが、ドロシーの強い理由でもあるのです。

「そろそろ行きましょうか。ドロシー」

 カグヤはもうお友達のつもりになって、ドロシーの手を引きます。女王さまになってしまったカグヤには、対等だって思えるお友達がなかなかいませんでした。モモはカグヤを主人だと思って接してきますし、アリスやシラユキみたいなほかの女王さまたちとは、お互いが『女王さま』としてしかおはなしできませんから。自分も相手も、『女王さま』という仮面をかぶらなくちゃいけないのです。ほんとうの自分じゃなくて、『女王さま』としてしかおはなしできないのです。

 だけどドロシーだったら、カグヤも普通の少女としておはなしできそうでした。そういった雰囲気がドロシーにはあるのです。まあ、当のドロシーはいきなり女王カグヤに手を引かれて「ひいいいいぃぃ」ってなってますけどね。

「あの、それと、もうひとりいるんですぅ」

 ひいいいいぃぃってなりながらも、ドロシーはもうひとつたいせつなことをカグヤに言いました。カグヤは首をかしげてドロシーのほうを向きます。

「ンバァ!」

 するとそこにいきなり、さかさまのお顔が降ってきました。

「きゃあああぁぁ!」

 カグヤは女王さまらしくない思いっきりな叫びを上げます。それは『怪談の世界』に来て、見てきたなによりもびっくりする体験だったのです。





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