「クラウン」
ひぃひぃうるさいクラウンにカグヤは声をかけます。「はひぃ」となさけないようすでクラウンはカグヤにこたえました。
「クラウンはどうして、わたくしについてきたのですか」
うまい聞きかたが思いつかなかったので、カグヤは思っていたとおりに問いかけました。それはちょっと失礼な問いかけだったかもしれませんが、なんだかクラウン相手だったらそれくらい失礼でもだいじょうぶな気もしました。
「足を引っ張るばかりですみません」
「ほんとうですよ」
いっしょに木にもたれておすわりした状態で、カグヤはいたずらっぽく笑いました。責任のある女王さまという立場で、その中でも特に物静かで冷静なカグヤも、ほんとうはただの少女なのです。
「…………」
クラウンはお疲れ状態のままがっくしとしてしまいました。そうすると長身のクラウンの頭からおっきな王冠がずり落ちそうになるので、あぶないあぶないと姿勢をなおします。いつものクラウンです。
「女王カグヤを、おひとりにはできないでしょう」
「わたくしを心配して? そうではないでしょう」
そんなわけないと思って、カグヤはもういっかい笑いました。クラウンのほうはもうがっくしとはしませんでしたが、カグヤのほうを向いて肩をすくめます。
「クラウンがついてきたってなんにもなりませんよ。むしろこうやって足を引っ張るだけです。それに、ひとりにするのが心配なら、それはアリスだっておんなじことですし」
「ワタクシは女王カグヤとこれだけ仲良くなれて、とっても光栄ですぞ」
もうカグヤはクラウンにぜんぜん気を遣うことがなくなったので、わーいと両腕をあげてクラウンはよろこびました。そうしてひとりで楽しそうにしていましたけど、カグヤはじいっとまじめそうなほほえみで見つめてくるだけですので、やがてクラウンはおどけるのをやめます。
「戦うだけが戦争ではありませんよ、女王カグヤ」
「ですけど、戦争では戦わなければなりませんよ」
じいっと、カグヤはクラウンの仮面の奥をのぞきこむみたいに見つめてきます。濃い紫の瞳は、まるで
その瞳から逃れるように、クラウンはがっくしとします。こてんと首をかしげて、その頭の大きな王冠が
「そうだ、戦争では戦わなければならない。戦って死なねばならないのだよ」
そのお声は、そのしゃべりかたは、まるでクラウンではありませんでした。王冠に続いて、いつもいつもかぶっている仮面まではずれそうになります。それはなんとかはずれないですんだのですが、ちょっとのすきまから、クラウンのほんとうのお顔が見えそうになります。
「死なないなどというのは
そこまで言って、クラウンは黙ってしまいました。落っことした王冠を拾い、頭に乗っけます。仮面がちょっとずれたのもなおして、それからなにかにおびえるみたいに自分の身体を抱えて震え出しました。
「……クラウン?」
さっきまでのちょっと怖いクラウンのことも心配ですし、それから震え出したクラウンも心配で、カグヤは声をかけました。ですけど、すこし遅れてカグヤもなにかがおかしいことに気づきます。
「さ、寒い……」
クラウンが言いました。カグヤもそれに気づいたところです。さっきまで湿気でじめじめ暑かったくらいですのに、急にこの寒さはおかしいです。だからカグヤは、すぐにおかしいと思いました。
「こんな急に……きゃあっ!」
これは敵の攻撃です。そのように警戒をし始めるのが、ほんのすこし遅かったです。
カグヤは急になにかに縛られて、さかさまに吊り上げられてしまいました。お着物がはだけて、カグヤのまっ白なおみ足があらわになってしまいます。
「女王カ、ムグ!」
なんの力もないクラウンですが、カグヤを助けようと立ち上がります。ですけどクラウンもすぐに縛られてしまって、お口もふさがれました。
カグヤを縛り上げたのも、クラウンのお口をふさいだのも、なんだかネバネバした白い糸でした。一本一本はしっかり見ないと見えないくらいの細い糸です。それらが何重にも束なって、カグヤやクラウンの動きを止めるくらいの頑丈さになっているのです。
「ああぁら、たいへんねぇ、おふたりさん。手を貸したげようかい?」
にやにやと笑って、わさわさと茶黒い体毛でいっぱいの女性があらわれました。そのお言葉にたがわず、
「あなどらないで、ジョロウ。相手は『童話の世界』の女王よ」
もうひとりは、お肌も髪の毛も、どこもかしこもまっ白な女性でした。彼女が歩いてきた道は、草木もぜんぶまっ白に綿をかぶったみたいになっています。
「あたしの糸だって、あなどられたくはないってよ。ユキ」
言いながらジョロウは六本の腕の指の先からシュルシュルと新しい糸を伸ばしました。それをカグヤに巻きつけて、もっともっと糸でぐるぐる巻きにしていきます。
「あんたの糸はとってもすごいわ。でも、気を抜ける相手じゃないよ、ってこと」
縛られても身体をくねらせて動こうとするクラウンを見て、ユキは空気を凍らせたつららをつかんで、クラウンに向けました。「動かないで。あんたに興味はないの」。ユキは氷みたいに冷たいお声で言います。
クラウンには戦う力がありません。そのうえ敵に武器を向けられては動けもしません。そうこうしているうちに吊り上げられたカグヤが、ジョロウの糸でだんだんと見えなくなっていきます。だんだんと、全身を糸でぐるぐると巻かれて、繭のようになっていってるのです。
んー、んー! 動けもしゃべれもしませんが、せめて、クラウンはうめいてカグヤを心配します。当のカグヤはと言うと、ぐるぐる巻きにされることよりお着物の裾のほうを気にしているみたいで、ですけどそっちはそろそろ糸で押さえつけられてしまってだいじょうぶになってきました。
「『
お着物のほうは落ち着いたので、カグヤは反撃しようと呪文をとなえました。ですけど、その呪文も糸でお口をふさがれて途切れてしまいます。
「あんたらが呪文で特別な力を使うのは知ってるよ。なら、言葉を封じたらどうなるかねぇ?」
にやにやと笑って、ジョロウが言います。むー、むー。と、うなってカグヤはジョロウをにらみますが、その視界もだんだんと白い糸に閉ざされていきます。
身体はだんだんと絞めつけられていきますし、お口はふさがれ、視界は閉ざされ。そしてお鼻までふさがれていって、息もできなくなっていきます。息ができなくなっても、カグヤは死なない身体です。それでも息ができないと意識を失ってしまいますし、そもそも動けもしないのでたいへんな状況です。
これでは、モモを助けに行くことができなくなってしまう。それはとってもたいへんなことでした。
ぐっ、ぐっ。と、がんばって身体中に力をいれてみますが、どうやらもうダメです。そうこうしているうちに呼吸もできなくなりました。繭みたいに閉じこめられて、耳までふさがれると、なんだかお外の世界が夢みたいに遠く感じてきてしまいます……。
「ひいいいいぃぃ!! か、カグヤしゃまああぁぁ!!」
そんな騒がしいお声も嘘みたいです。ですけどそんな誰かがなにかを蹴っ飛ばす音がしたかと思えば、カグヤを縛る糸もすこしだけ緩んだ気がしました。
「『
その隙に呪文を唱えて、カグヤはごうごうと燃える羽織をまといました。