「
ロクがすらりと長い腕を伸ばして、指さしました。お山というほどでもないですが、ちょっと小高い丘の上に、古ぼけたお社があります。その場所はとくにたくさんの鳥居に囲まれて、守られているようでもあり、なにかを封印しているようでもありました。
ともかく、もうちょっとこらしめて教えてもらおうと思っていた情報ですけど、なんだかかんたんにカグヤは教えてもらうことができたのでした。
「ずいぶん素直ですね。騙すつもりでしたら」
「騙すなんてとんでもない。姐さんにもあんたを案内するように言われているのよ。『童話の世界』の女王、カグヤ」
「…………」
クラウンもいっしょにいるのに、カグヤだけを呼んでそう言ったことが気がかりでした。カグヤはあぶないところに導かれています。まあそれは覚悟してきたわけですが、注意はしなければいけません。
どちらにしたところでモモは助けなきゃいけないのですから。
「モモくんもそこにいるのですか?」
「モモ……? ああ、あの子か。ええ、いるわよ。ちょうど姐さんに可愛がられている頃合いじゃないかしら」
妖怪たちの言うその言葉がどういう意味だかカグヤにはわかりませんでしたが、すくなくともモモは敵に捕らわれていて、その居場所がわかりました。だったら、できるだけ早く助けに行かなきゃいけません。
「では、そろそろ通らせていただきますが、よろしいですね?」
モモのことを思い出して、カグヤは焦りも思い出しました。ロクのお返事も待たないでその場所を通り過ぎようとします。
「待ちな。女王カグヤ」
進もうとするカグヤにすごいスピードで首を巻きつけて、ロクが言いました。おそばではニロが頭にある大きなお口を開けています。
ですけど、そんな締めつけもそんな大口も、たいして問題ではないですから、カグヤは静かに足を止めるだけでした。
「締めつけも、噛み切りも、あんたにゃ意味はないのかもしれない。だけど、死なない程度で妖怪を相手取れるとは思わないことね」
おほほほほ。あはははは。カグヤを締めつけて、おっきなお口を開けるだけです。ロクもニロももう攻撃してきたりはしません。ですけど、カグヤのことをこわがっているわけでもなく、むしろもっとあぶない場所に道案内するみたいに、おかしそうにたくさん笑うのです。
「離しなさい。切りますよ」
カグヤはお目めを細めてロクをにらみました。おおこわい。ロクはおかしそうに笑って、しゅるしゅると締めつけを緩めます。
あはははは。ニロもおかしそうにたくさん笑います。笑いながら頭に開いたおっきなお口をガシガシと噛み嚙みして、カグヤを威嚇します。それでもそれは邪魔なだけです。カグヤの足を止めるわけではありません。
「……通ります」
気味の悪いものを感じながらも、歩みをふさぐわけではないですから、カグヤはいやなお顔をしながら通り過ぎました。そのあとをクラウンもついてきます。
おほほほほ。あはははは。通り過ぎたうしろでまだロクとニロが笑っています。薄暗い『怪談の世界』でそれは、とっても不気味に響くのでした。
*
ロクとニロを通り越して、すこし小高い丘を登っていきます。
「女王カグヤ、女王カグヤ」
「なんでしょう?」
さきを進むカグヤに、うしろからクラウンが声をかけました。カグヤはまだロクとニロの不気味な笑い声を覚えていて、ずっとあたりを警戒していたので、そっけないお返事をします。
「あの者らは、あのままでよいのですか」
「どういう意味です?」
クラウンの言いかたもわかりにくいですし、カグヤはほんとうに言われている意味がわかりませんでした。あたりをずっと警戒していたからでもあります。ですけどちょっと考えてみると、クラウンがなにを心配しているかがカグヤにもわかった気がしました。
「あんな程度では、わたくしには脅威にもなりませんから」
倒せる敵を倒さないでいていいのか。そういうクラウンの問いかけなのでした。それに気づいてカグヤはお返事します。
「女王カグヤには脅威でなくとも、他の者らには手こずる相手かもしれませんよ」
言われてみればそうかもしれません。カグヤもそう思いました。いまは戦争中です。倒せる敵は倒せる者が倒しておかなきゃ、ほかの仲間たちがおそわれて危険になることもあるでしょう。
ですけどカグヤは意味のない殺生をおこないたくありませんでした。それは『童話の世界』の誰でもがだいたい思うことでしょう。とはいえ戦時中という特殊な状況のいまなら、その考え方も変えなきゃいけないのかもしれません。それで誰かがあぶなくなったらいやですもんね。
「また立ちふさがることがあれば、そのときに」
カグヤはそのようにお答えしました。いまさらもどってロクやニロを始末するのも格好がつきません。それにいまはまずモモを助けるのにすこしでも急がなきゃいけませんしね。
草木も生い茂って、水辺も近いですから蒸し暑くて気持ちが悪いです。お山というほど高くはないですけど坂道ですし進むのはたいへんでした。
ですけどカグヤはモモを助けるために気持ちが焦っていて早足になります。
「女王カグヤ、女王カグヤ」
もういっかいクラウンがうしろから声をかけました。カグヤは焦っていますし道のりも険しくなってきたので疲れてきて、ちょっといやそうなお顔でクラウンを振り返りました。
「あの、ちょっと、休憩を……」
見るとクラウンはとっても汗だくで、もう我慢できないようすで座りこんでしまいました。カグヤはやっぱりいやなお顔をします。ですけど、カグヤ自身もちょっと疲れていたのもたしかでした。
「すこしだけ、休みましょうか」
クラウンがもたれた木の反対側に、カグヤも腰を下ろします。ふひいふひいと、クラウンの加減のない呼吸がうるさく響きました。