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化物と妖怪


 長身の妖怪、ロクの首を切りました。小柄な妖怪、ニロの頭を割りました。ですけどカグヤは肝心のモモの居場所(というよりはねえさんという者の居場所)を聞きそびれて『しまった』と思ってしまいます。恥ずかしい思いをして、どうしようと考えて、うーんと唸っていたのです。

 そこを狙われました。

「女王カグヤ! うしろです!」

 クラウンがあわてたようすで叫ぶので、「え?」とカグヤは振り返りました。

「おほほほほほ!」

 そこには蛇みたいに首を長く伸ばした女性と、

「あははははは!」

 長い髪の毛の奥の暗黒から大口を開いて噛みついてくる女性がいたのです。


 ――――――――


 カグヤは自分が女王であるなんて、おこがましいと思っていました。

『童話の世界』の女王さま、あるいは王さまは、そのほとんどが物語の中で、ほんとうに王さまや女王さまになった者たちです。もともと王さまだった者もいました。王子さまと結ばれて女王さまになった者もいます。ですけどカグヤは、最初から最後まで、ただの女の子だったのです。

 高貴な方々に求婚されました。ですけどカグヤには秘密があったので、彼らの思いにこたえることができなかったのです。だからみなさんに無茶な難題をふっかけて、自分のことを諦めさせようとしました。そしてそのやり方はうまくいったのです。

 カグヤはひとりでいることに成功しました。そのようにいなければならない。そのようにあらなければならない。それがカグヤに与えられた罰なのです。

 ですのに最後にはお国でいちばんの偉い方にも求婚されました。それはとても断りづらいもので、それを受け入れてしまえばカグヤはほんものの女王さまになるはずでした。だから『物語の続き』ではカグヤは女王さまになってしまったのです。ですけどカグヤは、お国でいちばんの偉い方の求婚すら受け入れられなかったのです。

 だって、カグヤはこの星の存在ではありませんでしたから。カグヤは月からきた存在だったのですから。

 そんな存在で女王さまになんて、なれるはずがないのですから。


 ――――――――


「え?」

 クラウンがあわてた大声で注意してきたので、カグヤはなにが起きたのかと振り返りました。そしてそのときにはもう遅すぎました。

「おほほほほほ!」

 蛇みたいに長い首がカグヤの足にからまって、そのまま腰まで締めつけて、動きを止めます。

「あははははは!」

 そして大きなお口がカグヤのまえに突きつけられて、そのまま動けないカグヤを頭から飲みこんでいくのです。

 ぐちゃ。って音が、お口に飲まれたカグヤにも、ただ見ているしかできなかったクラウンにも聞こえました。


 あらあら。カグヤは思います。首を切っても、頭を割っても、まだ死なない妖怪がいたのですね。そう思ったのです。

 つまりは気を抜いていました。だから反撃されて、頭から飲みこまれて、上半身と下半身が離れてしまいました。おっきなお口に噛みちぎられてしまったのです。

 痛いです。そんなことを思っている場合ですらないのですが、『痛い』という感情には、やっぱりまだまだ慣れませんでした。

 いくら死なない・・・・身体・・だからって。


「『一幕武装ブックオープン』。『仏の御石みいしの鉢』」


 飲みこまれた暗闇の中で、上半身だけのカグヤが唱えました。


        *


「おほほほほ。意外とあっけなかったわねえ」

 カグヤの下半身をその長い首で締めつけたまま、ロクが言いました。

「むしゃむしゃ。食べれたしおいしいし、もう」

 ニロが言います。なにかを言いかけて、

「おえええぇぇぇぇ!!」

 頭に開いた大きなお口から、なにかを吐き出しました。

「『一幕武装ブックオープン』。『蓬莱ほうらいの玉の枝』」

 吐き出されたカグヤの上半身が呪文を唱えて、その腕にもういちど美しい剣を握ります。そのまま自分の下半身に巻きついた首に切りかかって、足を自由に動けるようにしました。

「ぎゃあ!」

 ロクは首を切られて悲鳴をあげますが、切られた首は消えてなくなって、さきっぽの頭だけがゆらゆら浮いて、自分の身体にもどっていきます。

 ロクの首がロクの身体にもどるころ、カグヤの上半身もカグヤの下半身にもどりました。どういうわけだかロクもカグヤももとどおり。ぜんぜん無事に立っています。

「なるほど。その首、あってないようなものなのですね」

 黄金の剣を向けて、こんどは油断しないようにと警戒しながら、カグヤは言いました。

「そういうあんたはどういう身体なんだい? 食い千切られても元に戻るなんて、妖怪よりも化物ばけものじゃないの」

 ロクは吐いて気分悪そうにしているニロを気遣いながらカグヤに言いました。そんなことを言われてカグヤもいやなお顔をします。

「そうですね。この星・・・ではわたくしなど、ただの化物ですね」

 すこしだけしょんぼりしてしまうカグヤですが、いまはやることがあります。化物の自分を受け入れて、ただの妖怪であるロクとニロを睨みつけました。

「あなたがたでは及びもつかない化物が通ります。道をお開けください」

 黄金の剣を突きつけたまま、カグヤはこわいお顔を作りました。それは妖怪であるロクやニロでさえ身体を震わせるくらいにこわいお顔でした。カグヤの濃紫色の瞳が、ほんとうに化物みたいに光って見えたのです。

「姐さんとやらの居場所。ひいてはモモくんの居場所を教えていただきます」

 どうせ生きてたならちょうどよかったと、カグヤは思いました。

 ロクとニロ。そのふたりにモモの場所を確認できるのですから。





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