「ところでクラウン王はなにができるのですか?」
「なにができると問われましても」
クラウンはちょっとしょんぼりしたようすでおこたえします。おっきな王冠がずり落ちそうになるので姿勢はすぐになおしますが、なんだか申し訳ないような雰囲気をしていました。(お顔はあいかわらず仮面で隠れているので表情まではわかりませんけど)
「じつのところ以前から気になってはいたのですが、クラウン王も王さまなのですし、特別な力が使えるのでしょう? ですけどわたくし、いちども見たことがなくて」
地面に擦るくらいのお着物をふわりとはためかせて、カグヤは小川を飛び越えました。それに続いてクラウンが危なっかしくそろおりと小川を跨いで越えます。クラウンはちょっとバランスを崩してしまって転びそうになりましたが、なんとか耐えました。
ふいーとひとつ額の汗をぬぐって、かたむいた王冠をなおします。
「ワタクシには、みなさまのような特別な力などありませんよ」
なんでもないことみたいにクラウンが言うので、カグヤは聞き間違えたかと思って振り返りました。ですけどクラウンはやっぱりなんでもないようなお顔で(仮面ですけど)歩いていて、立ち止まったカグヤを追い抜きます。
「特別な武器ならたくさん持っておりますが。絶対はずれない槍。なんでも砕く槌。すべての者を乗せられる大きな帆船」
「とってもすごいじゃないですか。特別な力なんてないなんて、ご謙遜を」
「どれもあつかえないのです」
こんどはクラウンが立ち止まってカグヤを振り返りました。だからどっちも動けなくなって、ただお互いを見つめてお話しするしかできなくなります。
「かつての友の形見なのです。それは元の持ち主にしかあつかえない」
「それは……ごめんなさい。辛いことを思い出させました」
「いいえ、楽しかったのです」
クラウンは明るい声で言いました。ですけど仮面の下のお顔は泣いているみたいにカグヤには感じられてしまいます。
「
クラウンの話す言葉を、カグヤは理解できませんでした。だって『童話の世界』でかつて戦争があったなんてこと、そんなこと聞いたこともありませんでしたから。それにあっさりと言うものですから聞き違いかとも思えましたが、クラウンは『生き返った』と言ったのです。『童話の世界』に死なない者はいくらかいますが(カグヤもそのひとりです)、死んで生き返った者など聞いたことがありません。死んだまま存在しているネロやパトラッシュならば聞いたこともあるおはなしですが。
「戦争だなんてそんな歴史、わたくし、聞いたことも」
「そのとおり。そんな
クラウンはおどけたようにして、仰々しくお辞儀をしました。それはまったく冗談みたいで、やっぱり王冠が落ちそうになるのですぐに姿勢を正します。
カグヤはこれまでクラウンとはほとんどおはなししたことがなかったのですが、アリスとかシラユキとかがクラウンをあんまり好きじゃないって言っていたのを思い出して、その理由がちょっとわかった気がしました。
「お戯れになりました? クラウン王」
ぷくぅとお餅みたいにモチモチなほっぺたを膨らませてカグヤは言いました。カグヤは女王さまの中では大人びているし落ち着いた性格ですので忘れられがちなのですけど、じつはとってもお子さまなのです。
「とんでもございません、女王カグヤ。すくなくともワタクシに特別な力がないというのはほんとうですゆえ」
「そこがいちばん冗談であってほしかったです、わたくしは」
はあ、と、カグヤはあきらめてとぼとぼ歩き始めました。なんだかお疲れみたいなようすでしたけど、自分が女王さまだということを思い出したのでしょう、すぐに背筋を伸ばしました。ですけどそれもそれで、つーんとそっぽを向いているみたいなごようすに見えますけど。
「ああ、しかし女王カグヤ、ワタクシにもそういえば、ちゃんとひと振りの名剣がありましたぞ」
あたふたとしたようすでカグヤを追いかけながら、クラウンは思い出したように言いました。
「へえ、それで、それはあつかえるんですか」
カグヤはもうあんまり興味もなさそうにして、歩く速度を落としたりしませんでした。むしろちょっと早足になって、クラウンなんか置いていこうとしているみたいにも見えます。
「いいえ。もうだいぶ長いこと振っておりませんから、重くて持ち上げられもしないでしょう」
「でしょうね」
もういっかいためいきをついて、カグヤはおしゃべりはもうやめようと思いました。
クラウンはおはなししていても疲れるし、それに誰かが目の前にあらわれたからです。
*
「おほほ。天狗の誰かがやってきたかとおもえば、これは朗報。餌に魚が喰いついたわね」
背の高いすらっとした女性が首を長く伸ばして言いました。『童話の世界』の住人がやってくるのを待ちわびていたのでしょう。それはもうほんとうに、首を長くして蛇みたいにグネグネさせています。
「やったあ、これ食べたら
ちいさいほうの女性は首を長くなんてしていませんが、たりないぶんをジャンプして喜びをあらわしています。お顔のほとんどを隠してしまうくらいの、長くてたくさんの髪の毛がもさもさと揺れて、たまにすきまの奥から真っ暗な暗闇が見えたりしていました。まるでなんでも食べつくしてしまうみたいな、貪欲な暗闇です。
とりあえずどちらも安全に通してくれる雰囲気ではないですし、それに口ぶりからしてカグヤを待っていたようすです。でしたら、彼女たちはモモのいる場所を知っているかもしれません。
「わたくしは『童話の世界』の女王、カグヤ」
艶やかで腰まで伸ばした髪をうしろでひとまとめにしながら、カグヤは名乗りました。
「両名とも、さきにお名乗りください」
続いてお着物の
名乗るように言われた彼女たちは不思議そうにお互いに顔を見合わせて、それから順に、
「ロクでございます」
長身で首長の女性が、
「ニロだよー」
小柄で髪の長い女性が名乗りました。
「けっこうです。では」
カグヤは準備を終えました。これで身軽に戦えます。
「おほほ。ご自分を倒す相手の名を知りたいとは、ずいぶんと殊勝な」
「ほんとほんと、喰われりゃみんな、いなくなるだけなのにねー」
「『
呪文とともにあらわれるのは、柄は銀、刃は黄金、いたるところに数々の宝石が散りばめられた、絢爛豪華な剣でした。低く姿勢を落として、構えて、一閃。
「「…………!?」」
ロクとニロ。ふたりともを同時に切ってしまいます。目にもとまらぬ速さで。
「姐さん、という方に伝えればいいのですね。ロクさんとニロさんという者はすでに倒して来た、と」
カグヤは剣を地面に突き立てて、凛とした面持ちで髪の毛をほどきました。
ですけどふと、あっ……と、少女みたいにあどけない表情に変わります。
「えっと、それで、姐さんというのは、どちらに……?」
そういえばさきに聞かなきゃいけないことをわすれていたのです。間違ってしまって恥ずかしくって、だからカグヤは、ほどいた髪をくるくると指でいじってごまかしました。