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ベアとゴスト


 ベアのお屋敷は『童話の世界』の中でいちばん大きな建物でした。それはもうちいさなお国くらいでしたらすっぽりとはいってしまうくらいの大きさです。じっさいに『童話の世界』でいちばんちいさいサンベリーナのお国よりもベアのお屋敷のほうが広いくらいに大きな大きなお屋敷でした。

 ですから誰もベアのお屋敷のすべてを知っている者なんていません。それはお屋敷のご主人さまであるベアであってもそうです。だけどベアは知らないままでお屋敷のすべてをあやつれるのです。

「マミィ、そっち」

 まっ白い装束を着たゴストが静かに短く言いました。

「そっち? ……ああ、こっち」

 マミィは天井を見上げてから納得して走る速度を落としました。そのままのペースで走っていたら横から攻撃されていたところです。

 四方八方、どこからもそこからも、どこからともなく攻撃されています。『攻撃されています』としかわかりません。それはいったいどのような方法で、いったいぜんたいどういう攻撃なのかがわからないのです。見えもしないし聞こえもしません。

「つぎ、下から」

 だけどゴストにはわかるみたいです。見えも聞こえもしなくともわかっているみたいで、そしてそのことをマミィも信じていました。

「わかった。こっちね」

 さきに攻撃されるのがわかっていますから、たいしてあぶなげもなくマミィはジャンプして攻撃をかわしました。そのついでに、攻撃されたはずの場所を触ってみます。見えもしないし聞こえませんが、たしかにその攻撃には触れられるみたいでした。

「どういうしくみなの、ゴスト」

 走りながら攻撃をさけながらマミィがたずねました。

「わからない。だけど私たちと・・・・同じ理屈・・・・だと・・思うよ・・・

 いつも冷静なゴストは顔色を変えずにそう言いました。だから彼女の気持ちを代わりに言うみたいにして、マミィが笑います。まあでも、包帯で全身をぐるぐる巻きにしたマミィのお顔はあんまりよく見えないのですけれど。

「次は」

「上だね」

 ゴストが教えるまえにマミィは言いました。そのすぐあとにマミィの上から攻撃が落ちてきます。それはやっぱり見えも聞こえもしないのですけど、マミィがよけたあとの床のカーペットがゆがんだのでまちがいはありません。

「パターン、おぼえた?」

「うん、稚拙。まあひとりであやつってるんなら、しかたのないことだけど」

 こうしてふたりは走るのをやめて、ふりかえりました。逃げるのはここまで、です。


        *


 ふむう。と、むずかしいお顔をしてベアは唸りました。どうやらだいぶ攻撃には慣れてしまったみたいです。ずっと逃げていた侵入者ふたりが、今度はベアのもとまでまっすぐもどってくるのです。

 攻撃パターンを読まれているみたいです。ベアもそれには気づきました。ですが問題はそこではありません。パターンを読まれるほど見えない攻撃がかわされ続けたこと。そしてそれらの攻撃がすべてかわされたわけではない、ということ。侵入者にたいしてベアがわかっていないことがいくつかあって、それが問題なのでした。

 ベアはお屋敷のあちこちにたくさんの武器を隠しています。そしてそれをいつでもどこからでも使うことができるのです。

 それはベアの身体の一部みたいなものになっています。ベアの着ている中でもとくべつによく目に見えるお洋服みたいなものです。

 ベア王さまはいついつでもはだかでした。身に着けているものといえば豪華で目立つ赤色のマントとおっきな王冠くらいです。いいえ、ほんとうはベアはたくさんのめずらしいお洋服を着こんでいるのです。ただそれは『愚か者には見えないお洋服』であったり『嘘つきには見えない靴』であったりするだけなのです。

 そしてそのめずらしさはベアのお洋服といってもいいくらいのお屋敷ぜんたいにもおよんでいるのでした。

「見えないの、どうして?」

「ぬうっ!?」

 考えごとをしていたベアはいきなりうしろから首を絞められました。

 油断してなんていません。それにお屋敷のそこらじゅうに隠したカメラからベアは侵入者ふたりのようすをずっと見ていました。ふたりはベアのところに戻ってこようとしていますが、まだ到着してはいないのです。

 そもそもベアは自分がすわっている場所もずっとずっと天井のカメラから見ていましたし、その場所にはベアしかいなかったはずでした。ですけどいつのまにかそこには白い装束のまっ白な女性がいて、なぜだか右腕だけ茶色くかわいたようすでベアの首をうしろからつかんでいるのです。

「ゴストといったか? きさま、分身をあやつるのか」

「質問してるのはこっち。あなたの武器は霊魂を使っているの?」

「ぬはははははは……」

 ベアの首をつかむゴストの茶色い手は、だんだん力を強くしていきます。それが苦しくてベアは弱々しい笑い声をあげました。

「霊魂とは珍妙な発想だ。なぜそんなふうに考える? それはおぬしらが」

「ちがうのね。まあいい。あなたを倒してから、奥にいるやつに聞く」

 ベアは驚きました。まさか『怪談の世界』の者に彼女・・のことが知られているとは思いもしなかったのです。

 そういうことでしたらベアも遊んでいる場合じゃありません。もうすこし侵入者の力を試してみたかったのですが、どうやらまじめにやらなきゃいけないみたいです。

「これが見えるか?」

 ベアはなにかを握りしめているようすでゴストのほうへ向けました。それはすくなくともゴストにとってはなにを持っているふうにも見えませんでした。

「霊的なゆらぎが見えない。物的にも霊的にも、あなたはなにも持っていない。つまりそこにはなにもない」

「これは『霊体には見えぬ拳銃』だ」

 言うが早いか、ベアはその拳銃の引き金を引きました。ドォン!という大きな音がベアのうしろで鳴り響きます。





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