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エラとサンベリーナ


 エラを追い払ってあらためてキテラはあたりを見わたしました。小道の左側はちいさな川があって、それよりさきは荒野です。隠れられそうなところはありません。しかし右側の森はサンベリーナ女王のお国です。そちらに隠れてもサンベリーナから逃げきったことにはならないでしょう。

 でしたら小道を進むか戻るかしなければなりません。どちら側が進むほうでどちら側が戻るほうなのかはわかりませんが、とにかく小道をどちらかへいくしかなさそうです。

 では小道のさきをそれぞれ見てみますと、片方はさきに山々が見えまして、すこし上り坂になっているみたいです。山にはいくらか木々も生えていますし、大きなお岩もごろごろしていて隠れやすそうではあります。ですが上り坂をのぼるのはたいへんそうですし、もしもサンベリーナが追いかけてきたら逃げ道もすくなそうです。

 小道の反対側はすこし進めば街があるみたいです。どこの女王さまのお国かわかりませんが、サンベリーナ女王とはべつの誰かのお国があるのでしょう。街があるということは住人もいくらかいるはずです。でしたら彼らの中にまぎれこめば身を隠せるかもしれません。サンベリーナとはべつの敵がいるかもしれませんが、とりあえずサンベリーナからは逃げきれそうです。

 よし。とキテラは決断します。街を目指そう。街に隠れて魔法の杖をどうにかしよう。そうキテラは決めたのでした。

「おばあさんおばあさん! 魔法使いのおばあさん!」

 ですがタイミングの悪いことに、なんどか聞いたお声がまたキテラをびっくりさせました。もう振り返るまえから誰がきたのだかわかります。キテラはいやそうなお顔をして振り返りました。

「なんだい。なんどもなんども、さわがしいね」

 できれば親切にして、うまくどこかへいってほしかったのですけれど、キテラもすこしいらだっていました。だから迷惑そうなお声でエラに言ったのです。

「ハピネス王のお城で舞踏会だって言ったじゃないか。いくらなんでもこんなに短い時間で行って戻ってきたわけじゃないだろうに」

「そのことなの。わたしもうっかりしてたわ」

 てへっと笑ってエラは自分の拳で自分の頭をすこしこづいて見せます。あれ……不思議なことにそのとき、重くて大きな鐘を叩いたみたいな、おっきな音が鳴りました。なんだかとってもすごい音でしたのでキテラはお顔をこわばらせます。

「ハピネスはお外が好きだから、自分のお城がないの。いったいおばあさんはどこで舞踏会が開かれてるって言っていたの??」


        *


 まっ黒なフードの中でキテラはうっすらと汗をかいていました。うっかり言ってしまった嘘のせいでちょっとしたピンチになってしまったのです。

「ええと、ほら、ハピネス王のいつもいる広場で舞踏会が」

「ハピネスがいるのはそんなに広い場所じゃないわ。いつも武器を作る道具でちらかしているのよ」

 エラはにこにこしながらキテラの間違いをただします。まっすぐで純粋な笑顔でした。けっしてキテラのことをうたがっている様子ではありません。

「その道具を今日はかたづけて舞踏会を開いているのさ。舞踏会は特別なもよおしものだから、ハピネス王だってちゃんと準備してるんだよ」

「……?? あのあたりはおかたづけしてもそんなに広くないはずよ。森の奥だし、行くのもたいへんで、それにうす暗いから舞踏会にはむいていないんじゃないかしら」

 エラに言われるたびにキテラはいらだっていきました。そんなことなんか知らないと叫びたいくらいです。こうしている間にもサンベリーナに見つかってしまうかもしれないのですから、とってもあせっているのです。

「たまにはおかしなところで舞踏会を開いたっていいじゃないか。いつも同じところで踊っていてもあきちゃうだろう?」

 キテラはもう投げやりにそう言いました。エラはそれを聞いてむずかしいお顔をしています。腕を組んで首をかしげました。さすがにキテラをうたがい始めたのかもしれません。だからキテラはまたすこし汗をかきました。

「……そうね! いっつも一緒だとあきちゃうわ! さすが魔法使いのおばあさん!」

 それじゃあいってきます! エラは納得したみたいで笑顔になりました。キテラのことをうたがう気持ちなんてまったくないみたいに感謝をして走り出します。


 いいえ、ほんのすこしだけ遅かったみたいです。エラが走り出すまえに、彼女が追いついてしまいました。

「見つけたっ! 魔女!」


        *


「ひいいいいぃぃっ!」

 キテラはおもいっきり叫びました。こんどこそ終わったと思ったのです。とうとうサンベリーナに見つかってしまって、彼女の細い剣でくし刺しにされてしまうと覚悟しました。「えい」

 ですけどちいさなお声が聞こえて、それから大きな音が響くだけで、キテラはまったく無事です。お目めを閉じてガードしていたキテラは、おそるおそるお目めを開けて音のしたほうを見てみました。

「むきゅ~ん……」

 おっきくなったサンベリーナがお目めをぐるぐるさせて地面に倒れています。そのそばではエラが拳を作っていました。……なんだかよくわかりませんが、エラがサンベリーナを叩いたみたいです。

「サンベリーナ! そんなあぶないものを持ってどうしたの! おばあさんがあぶないじゃない!」

 エラはサンベリーナを叱っています。どうやらエラの勘違いはここでも起こっているみたいで、それでキテラは命拾いしました。

 いまのうち。と思ってキテラは森の中に置いてきてしまった魔法の杖をこっそり動かします。もうサンベリーナに見つかってしまったのですから魔法の杖を自分のところに持ってきても問題ありません。

「なにすんのさっ! そいつは魔女」

「えい」

「うわわわわ……! あぶないよっ!」

 サンベリーナが起き上がって文句を言いましたが、またエラのパンチがサンベリーナをおそいました。ですけどなんとかサンベリーナはよけることができたみたいです。

「おばあさんを悪く言っちゃいけません! 魔女だなんて! 魔法使いのおばあさんはとっても親切なのよ」

 エラがかばってくれているいまがチャンスです。キテラはこっそりながらもいそいで魔法の杖をたぐりよせました。魔法の杖さえあればまだなんとか逃げられるかもしれないのです。

「だああぁぁ! 話つうじないなあいかわらず! この馬鹿っ!」

「えい」

「あぶないっての! いちいち暴力で解決するなっ!」

「誰が馬鹿なのよ! エラはとっても素直でいい子ってよく言われるわ!」

「素直で馬鹿の間違いでしょ! ついでに馬鹿力の暴力女!」

「えい!」

「ほんとこわいからもうやめて! 話し合いで解決しようよ!」

 エラが殴って、だけどサンベリーナがなんとかよけるのがなんどか続きました。サンベリーナは肩で息をして汗だくですが、エラはすずしいお顔をしています。

 エラとサンベリーナはおたがいのことでいっぱいいっぱいな様子です。キテラにとってはいまがチャンスでした。魔法の杖を引きよせながら、すこしずつあとずさって女王たちからはなれようとします。

「……じゃああやまって」

 エラが言いました。ぷんぷんしたお声です。

「おばあさんとわたしにあやまって。ひどいこと言ったんだからあやまって。そしたらゆるしてあげる」

 つーんとした様子でエラはそっぽを向きました。サンベリーナはあきれてため息をつきます。

「こどもか。ゆるすとかゆるさないとかじゃなくて、どっちが間違ってるかって話をしたいんだよ」

「こどもですって? サンベリーナにだけは言われたくないわ」

「それはちっちゃいって意味か、こらあ!」

 こんどはサンベリーナが怒りました。

 キテラの杖が到着するまで、あとすこしです。





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