「ふあああぁぁぁぁあ」
遠慮のない大きなあくびをして目を覚ましました。っくしゅん。だから灰がお口に入ってむせてしまいます。長いまつ毛の上にも灰がつもっています。だからエラはまだまだ眠そうにお目めが半開きにしかなっていません。
「……ペルシネット?」
はんぶんだけのお目めでよく探してみます。ですけどペルシネットのお部屋はちいさくて狭いので(そのうえいっつも茨と灰で散らかっています)エラはすぐにペルシネットがいないことに気づきました。
「……ターリア??」
それどころかターリアもいません。これは一大事です。ターリアがペルシネットのおうちにいないということは、つまり彼女が起きているということなのですから。
「たいへんたいへん、舞踏会に遅れちゃう」
ペルシネットとターリアがいないので、きっとふたりはエラを置いて
「『
ぼさぼさだった灰色の髪はつやが出てプラチナシルバーになります。うす汚れたお洋服もきれいな純白のドレスに早変わりしました。眠そうなお顔もすぐにととのって頬には健康的に朱が差します。
ぱたぱたとはだしのままエラは、お部屋のすみにあった鏡のまえにいきました。そして変身した自分の姿を見てにっこり笑います。
「よしっ、かんぺき。これなら舞踏会にいってもはずかしくないわ」
るんるんとした気分でエラは出かけます。ですけど残念。エラははだしのままだってことをわすれていますし、しかもそのまま高い塔の窓から飛び降りたのです。すてきに着飾ってもそんなおてんばでは台無しです。
ふあああぁぁぁぁあ。もうひとつ大きなあくびをして、エラは走ってどこかへいってしまいました。あくびはもうすこし我慢してちいさくしなきゃいけませんし、それにきれいなドレスで走ったりしたら、やっぱりもういろいろ台無しなのでした。
――――――――
キテラは木のかげに隠れました。サンベリーナはすぐそこにいます。ですけどサンベリーナはキテラのことを見失っているみたいでした。
いまだ。そう思ってキテラはのこった霧を集めてキテラのいるのとは反対のほうへ飛ばします。
「見つけた! 待てーー!!」
サンベリーナは霧を追っていきます。キテラが霧の中に隠れていると思ったのです。ですけど本当のキテラは霧とは反対のほうで木に隠れていたのでした。
「ふう。脳筋の馬鹿でたすかったよ」
ひっひっひっひ。もしかしたらサンベリーナのお耳に届くかもしれませんので、キテラはちいさいお声で笑いました。そうしてサンベリーナのお国を出ていきます。
サンベリーナのお国は半分が森の中でもう半分はお花畑でした。ですから森でもお花畑でもないところまでいけば、それはもうサンベリーナのお国を出たということです。
キテラは森の外の小道に出たのでした。森の反対側はちいさな川が流れていて、それより先は荒野になっています。だいぶ先までなにもなさそうです。そこが誰のお国なのかキテラは知りませんでした。
「とにかくどこかに身を隠すかねえ。霧も使いきっちまったし、魔法の杖も置いてきちゃったからねえ」
キテラは魔法の杖がないと新しい霧がつくれないのです。すでにつくってある霧を操るのは魔法の杖がなくてもできますが、その霧もぜんぶサンベリーナをだますのに使いきってしまったところでした。
魔法の杖はすこし時間と材料さえあれば作れますが、それより先に隠れなきゃいけません。あとは置いてきた魔法の杖を操って自分のところに持ってくることもできますが、それをサンベリーナに見つかったら居場所がバレてしまいます。
つまりいまは、キテラは隠れることだけに集中するしかないのです。安全に隠れられるところを見つけて、新しい杖を作ったり置いてきた杖を回収したりしないことには、ほとんど戦うことができませんからね。
「ちょっとちょっと、魔法使いのおばあさん」
キテラが隠れられる場所を探していると、いきなりうしろから声をかけられました。
敵かもしれません。いいえ、ここは『童話の世界』、まわりは敵だらけです。しかもキテラのことを『魔法使い』だと気づいています。キテラは背筋を冷たくしながら声がしたほうを振り向いたのでした。
*
「ひっひっひっひ。なんだい、お嬢さん」
キテラはごまかすことにしました。ごまかせなかったら攻撃されてしまいます。逃げるのももう霧がなくて難しいですし、つまりごまかして乗りきるしか方法がなかったということでもあります。
振り返るとそこにいたのは、きれいなプラチナシルバーの髪と純白のドレスを着た女の子でした。見るからに高貴な女の子です。もしかしたら『童話の世界』の女王さまかもしれません。そう思ったキテラは正解で、じつはその女の子はエラでした。ですけどキテラはまだエラのことを女王さまだとはちゃんとわかっていません。
「ペルシネットとターリアを探しているの。きっと舞踏会があると思うのだけど、どこでやっているのでしょう?」
キテラはエラがなにを言っているのか、半分くらいしかわかりませんでした。ですけどどうやらこの女の子は誰かを探しているみたいです。
「ひっひっひっひ。舞踏会ならこの先のお屋敷でやっているよ。そこにお友達もいるはずさ」
キテラは嘘をついて道案内します。方向は川の先の荒野です。そのずっと先にはたしかにお城がちいさく見えていました。
「まあ、ありがとう、魔法使いのおばあさん。やっぱり魔法使いのおばあさんは親切だわ!」
わーいとエラは飛びはねてよろこびました。それからキテラに手を振って一目散にお城を目指します。はだしのままドレスのままで川に飛びこんで、そのまま荒野をすごいスピードで走っていくのでした。
「……なんだい、あれは」
キテラもあぜんとしてしまいます。ですけどキテラはそれどころでもないのでした。いまはそれより早く隠れられるところを探さなきゃいけないのです。
「おばあさんおばあさん、魔法使いのおばあさん!」
またうしろから声をかけられたので、キテラはびくっとしてしまいました。おそるおそるうしろを振り返ると、そこにはまたエラが立っていたのでした。
「アラジンのお城はお留守だったわ。ペルシネットとターリアもいないの」
もういって帰ってきたみたいです。早すぎます。そしてどうやら遠くに見えるお城はアラジンのお城ということでした。つまりあの荒野は『童話の世界』の王さまの領土と女王さまの領土のちょうど境目みたいです。
キテラはそのことを理解しましたが、それよりまずエラをもっと遠くに追いやらなくちゃいけませんでした。
「おやおや、勘違いだったねえ。ごめんねえ。ほんとうはもっと先の……」
キテラはアラジンのお城、そしてその先にまだあるはずの王さまたちのお国のほうを指さして考えこみました。いったいどの王さまのお城がここから遠いのか考えたのです。
「もっと先だったら、ベアさんのお城ね。それかベートさんかハピネス??」
そのお名前にキテラはすこしびっくりしました。『童話の世界』のハピネス王。それは今回のキテラたちの侵攻における最重要の倒す相手だったからです。というのもハピネス王は武器をつくるのが得意で、『童話の世界』の住人が使う武器は、だいたいハピネスがつくっていたからでした。
ですがハピネス王のお国はとっても遠い外れのほうにあると聞いていました。ということはキテラたちがいる場所からもきっと遠いはずです。
「そうそう、そのハピネス王のお城で舞踏会が開かれているはずさ。ひっひっひっひ」
キテラはもういちど嘘をつきます。エラはお礼を言ってものすごい速さで走っていきました。こんどこそ隠れなければいけません。キテラはそう思って、どこかいいところはないかと探し始めたのでした。