ゴブリンさんたちの群れはひそかに森を進みます。ゴブリンたちは狡猾です。狡猾というのはずるがしこいということです。だからうす暗い森の中を進んでいきまして、誰にも見つからないようにそうっと近づくのです。
ゴブリンたちは自分たちが強くないことを知っているのです。かしこくないことを知っているのです。だからたくさんの仲間を作って、いろんな武器の使い方を覚えて、こっそり慎重に行動して、そうしてようやく生きていけるのです。
ゴブリンたちは森の中を進みます。いくつかのグループにわかれて進みます。ちょっと強いゴブリンさんがリーダーになって、普通のゴブリンさんをいくらか引き連れて行動します。そしてそのグループをいくつかまとめて指示を出す、ちょっと頭のいいゴブリンさんもいます。このゴブリンさんくらいになると言葉を話すこともできるみたいです。そして言葉を話せる優秀なゴブリンさんたちをまとめているのがゴブリンの王さまです。そのゴブリンの王さまもいまでは『怪談の世界』の鬼衆の一員でしかないですが。
ともかくそういうふうにしてゴブリンたちはたくさんのグループにわかれて『童話の世界』へ侵攻してきていました。彼らは『西洋妖怪』のリーダーであるヴラドの指示で鬼衆のもとへ仲間入りしています。だから彼らはヴラドの命令も鬼衆の命令もきかなければいけないたいへんな立場でした。
だけど彼らにも目的があります。それはとっても弱くて頭の悪いゴブリンたちが生きていくための方法なのです。
「ひとぉつ灯してパンを焼く~♪ ふたぁつ灯してお肉焼く~♪」
さて、とあるゴブリンさんのグループが誰かを見つけました。楽しそうにお歌を歌っている女の子です。背を向けているのでまだゴブリンさんたちには気づいていない様子です。
「うふふ……。すごぉい。今夜はごちそうね……」
ぶつぶつと楽しそうにしています。そんな女の子を見てゴブリンたちも楽しそうに笑いました。
リーダーのゴブリンが目で合図をして、こっそりとその女の子へ近づきます。
「みっつ灯して明かり点く~♪ うふふ。あったかぁい……」
女の子はあいかわらず楽しそうでした。森の中でひとり、なにもない場所でも楽しそうです。いったい彼女はなにを見ているのでしょう……?
ですがそんなことなどゴブリンたちには関係のないことです。女の子が楽しそうでも楽しくなさそうでも、女の子がいるだけでゴブリンたちには嬉しいことなのですから。
もうずいぶん近くまで近づきました。あと一歩。すこし飛びかかればゴブリンたちはその女の子を捕まえることができます。そのための最後の合図を、リーダーが出しました。
「よっつ灯して」
だけど残念。ゴブリンたちの手が届くすこし先に、その女の子がふりかえりました。どうやら気づかれていたみたいです。
「ゆめのなか」
女の子が言うと、なぜだかゴブリンたちはみんなバタバタと倒れていきました。女の子はまだ夢見ごこちにどこかを見て、楽しそうなお顔をしています。
その指につまんでいるマッチの火が、静かに燃えています。
「うふふ……。みぃんなゆめのなか。楽しい楽しい、ゆめのなか……」
女の子は楽しそうに笑って、ぽとりと火のついたマッチを落としました。その火は森の草木に燃えうつり、すこしずつ広がっていきます。しげみを焼き、そこでおねんねしているゴブリンたちにも、火がついてしまいました。
甘いにおいがしました。こうばしいにおいがしました。さわやかなにおいがしました。
いろいろなにおいが同じところからにおってきます。たくさんのにおいがごちゃまぜになっているのに、どれもこれもおいしそうです。それはきっとおいしいのだとわかってしまいます。
だからゴブリンさんたちはそちらへ向かいました。そこにはきっとおいしいものがあるはずです。
そうして見つけたのが、たくさんのきれいな色をしているおうちでした。どうやらおいしそうなにおいはそのおうち全体から漂っているのでした。
近づいてみますに、なんとそのおうちはお菓子でできていました。キャンディの柱に、壁はビスケット。チョコレートの屋根に窓は砂糖細工で作られています。どれもこれもがおいしそうで、実際に食べてみたゴブリンたちもそのおいしさにおおはしゃぎです。
だけどはしゃいでばかりもいられません。ゴブリンたちは頭は悪いですが警戒心は強いのです。こんなおいしいもの、誰かが大切にしているお菓子に違いありません。勝手に食べたら怒られてしまいます。
だからゴブリンたちは食べるのをやめて、このおうちに住む誰かを探すことにしました。こっそりとドアをすこし開けておうちの中を覗いてみます。
お菓子のおうちの中は、やっぱり甘いにおいでいっぱいです。それだけでもゴブリンたちは嬉しくて楽しくてしかたがなくなったのですが、そのおうちにはもうひとつ、ゴブリンたちを喜ばせる誰かがいました。
クッキーでできた椅子にすわって、クッキーのテーブルにうつぶせて眠っている女の子です。甘いにおいの、女の子です。
ゴブリンたちは甘いにおいが大好きです。それはもう思わず飛びかかってしまいそうなほどに大好きです。
だけどやっぱりいろんなことに注意します。よくよくにおいをかいでみますに、そこには甘いだけじゃない、べつのにおいもすこし混じっているのです。それはまるで、男の子のようなにおいでした。
見たところそのお部屋には女の子しかいませんが、すこし前まで男の子もいたのでしょう。つまりいまはチャンスでした。男の子がいたらめんどうですから、女の子しかいないいまのうちに甘いものを持って帰ればいいのです。
そうときまれば動くのは速いです。そのグループのリーダーゴブリンが目で合図をして、彼らはいっせいに飛びかかりました。
そこは高い塔のてっぺんの小さなお部屋。女王さまが住むには小さすぎて、だけど彼女のお気に入りのお部屋でした。
むくむくと成長する茨がペルシネットの長くてきれいな髪にからまります。ペルシネットはうんしょっと力を入れて、からまった髪の毛をひっぱりました。それは茨をぶちぶちちぎってしまいます。ペルシネットの髪はとっても長くてとってもきれいで、そしてとってもじょうぶなのです。
「ターリア。そろそろ起きてください。なにか食べないと」
いいえそれよりまずはお水です。ごはんは一日や二日、一週間くらい食べなくてもなんとかなるものですから。実際にターリアはもう一か月もなにも食べていません。ずっとずっと眠っていたのです。
「むー、むぅ、んむー」
ターリアが言いました。とっても幸せそうによだれをたらして眠っています。そのあまりの幸せそうなお顔にペルシネットもほんわかしてしまいますが、それどころでもありません。
「ターリア! そろそろ起きないと! 茨でいっぱいいっぱいなんです! わたしのお部屋が!」
ペルシネットは言いました。ずっとずっとお掃除してきましたがそろそろ限界なのです。それにお水くらい飲まなきゃいけませんし、さすがにそろそろターリアもご飯を食べるべきです。
それにそれに、いまはとってもたいへんな時期なのですから。
「もうエラなんか暖炉の中にまで転がっていっちゃいましたよ! わたしももう身動きとれないくらいなんです! なんとかしてくださいこの茨~!」
「んん~。おはよう、ペルシィ」
ペルシネットがあんまり言うものですから、しかたなさそうにターリアは目覚めました。それだけなのにするするとお部屋中を埋めつくしていた茨が縮んでいきます。それはターリアの大きなあくびに飲みこまれていくようでした。
「やっと起きました、ターリア」
「起きた。ぶい」
ターリアはまだ眠そうにお目めをはんぶん閉じたままピースして見せました。頭がくらくらしていて、またいますぐにでも眠ってしまいそうです。
「ターリア、いろいろあってたいへんなんです。『怪談の世界』と戦争が始まってしまって、もう今夜にでも敵が攻めてきちゃいます」
「んん~? なんだかよくわからないけど、うちにはメイジーがいるから。へーきへーき」
「そのメイジーはアリスさんたちと『怪談の世界』に行っちゃいました。いまあなたのお国はもぬけのからです。早く帰ってください」
「ペルシィが優しくない。ねむい」
「眠いのはいつもでしょ!」
ほんとうにまた眠ってしまいそうなターリアを起こすためペルシネットは大きな声で言いました。
「だいたいなんでメイジーがぐぅ」
「寝ないでください! だいたいなんでいっつもわたしのおうちで寝るんですか!」
「もうペルシィのお世話がないと眠れない身体になったの。責任とってね」
「あなたが眠れない状況なんてあるわけないでしょう」
「……Zzz」
「…………」
怒っているのに眠ってしまうターリアのほっぺをペルシネットは黙ってつねりました。
「いたいいたいいたいいたい! わかったから! 起きるから! ぐぅ!」
「…………」
ペルシネットはまだまだほっぺをひっぱります。
「ごめんごめんマジで起きるから! ほんといたいから!」
「……はよ身支度ととのえてお国に帰る! はい急いで!」
「はぁ~い」
おっとりしたお声ですが、ちゃんとターリアも立ち上がりました。めんどうくさそうにいちおう身支度を整えていきます。
さてと、つぎはエラですね。そう思ってペルシネットは暖炉へ向かいます。いつもいつも灰をかぶって眠る彼女は見つけにくいので、気をつけて探さなくちゃいけません。
ところで。
ターリアとのあれこれがありましたから、ペルシネットは気づかなかったのですが。
高い塔の上のペルシネットのおうち。その窓から垂れさがる長くてきれいでじょうぶな髪の毛。それをロープのように掴んでよじのぼってきたゴブリンたちが、いま、ペルシネットとターリアに狙いを定め終えました。