「あら、あら、あら」
あらを言うたびにシラユキはあちらやそちらをちらちらちらと見まわしました。
ゴブリン。ゴブリンゴブリン。ゴブリンゴブリンゴブリンです。キドウとお話ししていたゴブリンたちとはべつのゴブリンたちが、いつのまにかシラユキのうしろに、右に左にたくさん集まっていました。
シラユキの背中からは真っ赤な血がどくどくと流れて、彼女のドレスをじわじわと染めていきます。そのナイフを突き刺したゴブリンは、シラユキの美しい背中に抱き着いたまま、醜いお口から黄色いよだれをべちゃべちゃと流して、シラユキの美しいうなじを汚そうとしていました。
それだけでなく、べつのゴブリンもシラユキの美しい素足にしがみついたり、その腕に掴みかかったり、ついには正面から飛びかかり押し倒そうとしてきます。
「まったくもって」
シラユキはにこりと笑って、その醜いゴブリンのお顔を見ました。シラユキの笑顔が美しくなっていくたびに、その頬は真っ赤に、炎のように燃え上がります。
「けがらわしい」
ぼ。と、もうひとつの太陽があるみたいに、一瞬で『そこ』は燃え上がりました。かと思えば、一瞬で消えてしまいます。するとあら不思議。そのあたりは炎と一緒にとってもきれいに、美しくなっていました。
シラユキはもちろん美しく笑っていますし、血で汚れたドレスも新品みたいになっています。また血で汚れてしまうこともないですから、どうやら刺し傷も
その様子を見て、残りのゴブリンたちはシラユキから離れていきます。
「……? どうしたの? せっかく数がいるのだから、舞踏会の盛り上げ役になってくれるのではなくて?」
シラユキは不思議そうに首をかしげます。「案内するわ。ついていらっしゃい」。シラユキはお客さまたちにそう言って、先に歩き始めてしまいました。
目的地はもちろん、もうそこに見える、シラユキのお城です。
*
どうしていいかわからずにオロオロしているゴブリンたちの中で、ふとキドウが立ち上がります。
「こりゃ上玉だ。なんだよ、遊びがいのあるやつもいるんじゃねえか」
立ち上がるだけでズシリと地面がえぐれてしまいます。それはキドウがかつぎ上げた金棒の重さでしょう。
「てめえらじゃ
キドウが言うとオロオロ困っていたゴブリンたちは納得したようにおたがいに顔を合わせてうなずきあいます。それからいくつかの集団にわかれてそれぞれ違う方へ行ってしまいました。
「あら、なんてこと」
ゴブリンたちがみんないなくなって、シラユキはがっかりです。
「舞踏会はたくさんのほうが楽しいのに。これじゃつまらないわ」
「オレサマが百倍おどってやるよ。てめえがシラユキだな?」
不満そうにしながらシラユキはキドウを見つめます。
「あんまりお上手そうには見えないけれど」
こんどはキドウのほうがムッとしました。シラユキかどうかを確認したのにそのことについてシラユキがお返事しなかったからです。
「作法は知らねえけどな、体力だけは自信があるぜ」
そう言ってキドウはとっても重いはずの金棒を片腕で持ち上げました。それをそのまま振り下ろしてシラユキの美しいお顔につきつけます。
「あら、それはすてきね」
そうは言いますが、シラユキはあいかわらず不満そうにしていて、目の前にある金棒を手でどけました。もういちどキドウはムッとします。
ガシガシと頭を掻いて、キドウはどかされた金棒を地面におろしました。そのはじっこがすこし地面にふれただけで、どしん、と地面が揺れます。
「なあ、聞いていいか」
「なにかしら」
「てめえオレサマをなめてんだろ」
「……?」
シラユキが美しいお顔をかたむけるので、キドウはほんとうのほんとうに、とっても『ムッ』としました。
それはたぶんあんまり頭のよくないゴブリンたちだと気づけないことなのでしょうが、キドウはけっこう頭がよかったのです。だから、シラユキが自分のことをあなどって
「ようし、わかった。もういい」
キドウはとってもとっても怒っています。もう怒りすぎて笑い出しそうです。だけどそれをこらえて、金棒を持ち上げました。そして。
「つぶれろ」
こんどはシラユキにつきつけるんじゃなくて、その美しい姿の真上から、思いっきり叩きつけたのです。
*
鉄と鉄がいきおいよくぶつかったみたいに、その場所は一瞬だけ光りました。雷が落ちたようでもあります。だけどそのあたりはなんにも変わったふうではなくて、だけどたしかに、シラユキの美しいおでこにはキドウの金棒がぶつかっていました。
「びっくりしたわ」
おでこから血が流れたのをごしごしこすってシラユキは言いました。
「おいおい、冗談やめろよ」
キドウは真っ赤なお顔を汗まみれにして驚きます。
「燃えてなくならないなんて、あなたすごいのね」
「つぶれねえどころか、傷もつかねえのかよ……」
キドウが金棒をどけると、そこに流れていたはずのシラユキの血は、もうすっかりきれいに消えていました。金棒がぶつかったはずのおでこはあいかわらず美しいままです。
シラユキはキドウの疑問に首をかしげました。それはやっぱり、世界でいちばん美しいしぐさでした。
「だって、傷がついたら美しくないじゃない」
それはまったくとうぜんなことのようにシラユキは言います。
ですけどそうだからこそ、キドウは冷静になりました。
「はあん。なんか裏があんだな」
それは、『童話の世界』の者たちが持つ特殊な力の
だけどそれは違うと言うようにシラユキは笑います。
「世界でいちばん美しいわたしに、裏があると思いまして?」
「ねえと困ンだよ」
「それはお困りね」
「…………」
はったりかもしれません。だけどシラユキはなんにも変わらないまま、美しいままです。キドウはガシガシと頭を掻きます。シラユキに傷がつかないのは、キドウの力が足りないのか、シラユキが不思議なことをしているのか……。
「ちっ……」
いろいろ考えて、キドウは舌打ちしました。金棒を持ち上げて、肩にかつぎます。
「てめえはオレサマがつぶす。だが、いまてめえの謎掛けにつき合ってる暇はねえ。いったん引く」
「あら、それは残念だわ」
べつに残念でもなさそうにシラユキは言いました。
そんなシラユキにキドウはムッとしますが、ほんとうにいまはこんなに強い相手に時間をかけている場合ではないのです。キドウはお父さんから手柄を立てるように言われているのですから。
イライラとした気持ちを残したまま、キドウはシラユキに背を向けます。
ずっと遠く離れて見えなくなってからシラユキは思います。
わたしに手間どっているようでは、ぜんぜんだめだわ。と。