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シラユキと小さい者たち


 シラユキはぷんすかしながら森の中を歩いていました。ぷんすかしているのはまだアリスに怒っているからで、森の中をとおっているのはそれが近道だったからです。

「まったくアリスったらいつまでもこどもなんだから。殿方もいるところであんなふうに無防備にして……」

 ぶつぶつとひとりごとを言っていると冷静になっていくものです。シラユキはだんだん自分がなにに怒っているのかよくわからなくなっていました。

 だって本当はシラユキは、ドレスの中の素足を覗かれたこととか、そのお肌に紋章が浮き出てしまっていることをみんなに言いふらされたことに怒っていたはずなのです。でもいつのまにか、アリスがいつまでたっても無邪気でこどものままであることなんかを気にしてしまっていました。それはアリスの問題で、本当ならシラユキが気にするべきことではないはずです。

「…………」

 そのことに気がついたみたいで、シラユキは黙ってしまいました。立ち止まってすこしだけ考えます。……わたしったら、なにを怒っているのかしら。ばかばかしい。シラユキはやっぱりおかしなことに怒っていたみたいで、それに自分で気づいたから、ぷるぷると首を振っておかしなものをどこかへ飛ばそうとします。それはどうやらうまく飛んでいってくれたみたいで、シラユキは怒るのをやめることができました。

「アリスなんかのことで怒ってるのもばかばかしいわ。まだお昼前だからって油断するわけにもいかない。もう戦争ははじまっているのだもの」

 シラユキは考えごとを整理するときによくひとりごとを使います。そうするといろんなあれこれがうまく整理できる気がするのです。まるで鏡の中の自分に言い聞かせるように、シラユキは自分がするべきことをひとつひとつつぶやいていきます。

「ええと、帰ったらお客さまをおもてなしする準備をするでしょ。どんな妖怪たちがおこしになっても満足してもらえるように、いろいろ趣向を凝らさないと」

 シラユキはすっごく楽観的です。どうしてそういう性格なのかと言いますと、シラユキがとっても美しいからです。

 美しいシラユキは、誰からもちやほやされます。誰だって美しいシラユキを好きになるはずですし、誰だって美しいシラユキのご機嫌取りをします。だからシラユキは戦争のただなかであっても誰からも傷つけられることなく、ずっと美しいままでいられるはずなのです。

「たくさんきてくれると嬉しいわ。おおきなお部屋を用意したのだもの、十やそこらじゃさみしいわよね」

 ホールいっぱいのお客さまたちを想像して、シラユキはにっこりと笑いました。美しいシラユキの満面の笑顔は、きっと妖怪たちですらなにもかもを捧げても構わないと思ってしまうくらい魅力のあるものだったでしょう。


        *


 あら。と、誰かを見つけて、シラユキはお目めを細めました。

 まだお日さまが高いです。だからまぶしさに目を細めて、すこしだけお顔が潰れました。それでもシラユキはきっと誰よりも美しいままでした。

小人ドワーフのみんなかしら。うふふ。ちょっといたずらしに……」

 実のところシラユキはドワーフたちのことが大好きでした。ちっこい背丈なのに身体つきはがっしりしていてまるっこくて、お歳よりずっと老けているお顔もシラユキの好みだったのです。

 ですけど、こっそりといたずらしに近寄ったシラユキが目にしたのは、ドワーフのようでドワーフじゃない小さな者たち。ドワーフたちよりほっそりした身体は緑色で、優しくてたくましいドワーフたちのお顔に比べたら、ずっとずっと醜くて意地の悪そうな表情が張りついています。

 そう、彼らは小鬼ゴブリンたちでした。

「…………!」

 シラユキは細めたお目めをまんまるに見開いて立ち止まります。ゴブリンたちといえば、本来は『怪談の世界』の者たちです。そして背格好こそドワーフたちに似ていますが、シラユキはゴブリンたちが大っ嫌いなのでした。

 そこにいるのがゴブリンたちだと気づいたとたん、シラユキは口元をゆがめました。白くて美しいシラユキの頬に、いつも以上に真っ赤な色が浮かびます。その様子はまるで、炎が燃え上がるようでした。

「こんな、ところに……!」

「ったく、なんでオレサマがこんなクソくだらねえところに」

 シラユキの頭にのぼった血が、誰だかの声ですっと落ち着きました。多くのゴブリンたちは言葉を話せないはずです。それに明らかに、その言葉の主はゴブリンたちとは違っていました。

 背丈こそ大きめのゴブリンくらいで、もしかしたらシラユキよりも小さいかもしれません。ですが、そのおでこから伸びる二本の立派な角をあわせたら、すこしだけシラユキをこえるでしょう。

 ゴブリンたちの緑色とは反対に真っ赤なお肌をしていて、炭鉱仕事で鍛え上げられたドワーフたちよりよっぽどがっしりした身体をしています。

 そんなが、めんどうくさそうにガシガシと頭を掻いて、ずっしりと重そうな金棒を持ち上げました。それを肩に担いだだけでその鬼の足元がぎしりと地面を踏み抜きます。ほんとうに思った以上にその金棒は重いみたいです。

「まあま、キドウさま。ヴラドさまじきじきの……」

「ああん?」

 めずらしく言葉を話せるゴブリンがなにかを言いかけました。ですがそのゴブリンは、振り下ろされた金棒のせいでどこかに消えてしまいました。

「ヴラド? 知らねえなァ。オレサマはオヤジがうるせえからきてやっただけだっての」

「まさしくまさしく。われらももはや鬼衆の一員。みなキドウさまのご命令に……」

「いいよいいよ、めんどうくせえ。オレサマはオヤジの言いつけを守る。てめえらはてめえらで主人の言いつけを聞いとけ」

 はああ。と、大きくため息をはいて、キドウは切り株に座りこんでしまいました。いつぞやのアリスよりもよっぽどめんどうくさそうです。

「まずは掻き乱せ。捨て駒ども」

 とっても失礼なキドウの言葉でしたが、ゴブリンたちは怒るどころかにやにやと笑います。小さな身体で切れ味の悪そうな刃物をかかげて、汚らしくよだれをたらしています。

「それではわれらは好き勝手に。報酬のほうも予定通りに」

「ああ、それなら」

 お話しのできるゴブリンの言葉に、キドウはお返事をしようとして、そして。

「まずはあれ・・とかどうだ?」

 シラユキのほうにちらりと目を向けました。

「あら」

 ちょっとだけ目が合って、気づかれていたのね、とシラユキは思いました。そして思い出したように熱が戻ります。ほっぺたがもういちど真っ赤に染まって、シラユキは楽しそうに笑いました。

「あら、あら……?」

 だけど真っ赤に染まったのはその美しいほっぺただけではありませんでした。いったいいつのまに近づかれていたのでしょう?

 シラユキの背中に、小さくて切れ味の悪そうなナイフが突き刺さっています。

 それを刺した醜いゴブリンはいつのまにか、美しいシラユキの肩に飛び乗っていたのでした。





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