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開戦 平和な朝


 三日後です。とうとう開戦の日がやってきてしまいました。

「なんだよ。めっちゃ平和じゃねえか」

 不満そうにアラジンがぼやきました。さんさんと太陽の輝くまっさらなお空を見上げてとってもまぶしそうです。だから残念そうなお顔に見えてしまうのでしょう。

「ちゃんとお話しを聞いていたの、アラジン。相手は『怪談の世界』。その多くが夜闇に生きる者たち。その力を発揮するためには夜まで待たなくてはいけない。日の高いうちから攻め込まれる可能性は低いと結論が出たでしょう」

 シラユキがあきれたように言いました。アラジンは舌打ちをしますが反論したりはしません。シラユキの言うことはもっともでしたし、それにアラジンは以前からシラユキには口論でかなわないと諦めていたのです。

「ゲロゲーロ。それより女王アリスをしっかり守れよ、アラジン。気に食わねえことはあるかもしれなモガゴゴ……」

 フロッグが余計なことまで言おうとしたのでアラジンは慌ててフロッグのお口をふさぎました。

「おいおいフロッグ、酒席での失言なんかシラフのときに持ち出すもんじゃねえぜ。女王アリスのことは任せとけ。魔人たちが守ってくれる」

「我らが主人は他力本願である」

「それははたしてどんな手品か」

 いきなり赤と青の魔人があらわれて鏡写しのように肩をすくめます。フロッグのお口をふさいだままでアラジンは、いまいましそうに魔人たちを見ました。

「ぜんぜん気にしないでいいのよ、アラジン。あてにしてないから」

 にっこり笑ってアリスは言います。アリスはアラジンをなぐさめるつもりで言ったのですが、なぜだかアラジンはどんよりしてしまいました。

「すこしはあてにしてくれ……」

 なんだかかわいそうなくらいしょんぼりしてしまいましたが、そんなアラジンを見てみんなが笑っているので悪いことでもないのでしょう。

「……予定通り、みなは守りに専念します。……しかし女王アリス。そしてアラジン。あなたたちはどうしても『怪談の世界』へ攻め込むのですか?」

 心配そうにハピネスが言いました。

「いいえ、攻撃するんじゃないわ。おじいさんと会ってお話ししてくるのよ。戦うにしたってちゃんとお話しして納得しないと気持ち悪いもの」

 その『気持ち悪い』を表現するようにアリスはむーんと渋いお顔を作りました。

「俺はのほほんとした世界にあきてきたんでね。ちょっくら暇つぶしに」

 敵方の真っただ中に行こうというのにアラジンは軽い調子です。それだけの力と勇気があるのもたしかですが、気を抜いている部分もあるので危なっかしくもあります。

「ぐるるるるる……」

 心配そうな唸り声をベートがあげました。それだけではだいたいの誰もなにを言っているのかちんぷんかんぷんです。

「ベアがこられないのはしかたないわ。気をつけてねって言っておいて」

 だけどアリスにはなぜだかわかるようで、ベートにそのように言いました。

「き、気をつけるのはアリスさんのほうですからね。ほんとうに無茶しないでくださいね」

 おどおどとしながらも最後にドロシーがアリスの前に進み出て言いました。アリスの小さな両の手を同じくらい小さな手で包みます。

「ほんとは、一緒に……」

「いいのよ、ドロシー」

 ドロシーの気持ちはわかっていましたから、アリスはそれ以上なにも聞かずに、ドロシーを抱き締めました。

「わたしのお国をしっかり守ってね。でも危なくなったら、ちゃんと逃げてね」

 おんなじくらいの背格好のふたりなのに、アリスはおねえさんみたいにドロシーの頭をなでなでしました。

「アリスしゃああぁぁん。ちゃ、ちゃんと、守りますからああぁぁ」

 もうとっくにドロシーは泣きべそ状態です。そんなドロシーにお国を守ることができるのでしょうか。アリスたちを見送りに集まったほとんど誰もがそう思いましたが、だけどアリスだけはずっと、心の底からドロシーを信じていました。

 ドロシーはとっても強い子。アリスが尊敬するほどに、がんばれる子なのですから。


「さて、と。じゃあ行くけど……」

 きょろきょろと周りを見渡して、アリスは誰かを探している様子です。

 そこには『童話の世界』の王さまと女王さま、その多くが集まっています。アリスにシラユキ、サンベリーナもよく見たらいました。(なんだかジャンプしながらずっとなにかを言っている様子でしたが、小さくてよく聞こえません)。それとアラジン、フロッグ、ハピネス、ベート。

 リトルは気分屋ですし、ベアは自分のお国をなかなか離れられません。エラとターリアはいつも引きこもっていますし、そんなふたりをお世話するのにペルシネットは大忙しです。それとカグヤも自分のお国を守る準備をたくさんしなきゃいけないということでした。

 えっと、あとは、そう。

「おやおや、なんとか間に合いましたね」

 大きな王冠を頭にかたむけて、大きな笑顔の仮面をかぶった、一風変わった王さまがいましたね。

「女王アリスとアラジン王の勇敢なる出立に立ち会えないとなると一生の心残りとなるところでした。いやあ、間に合ってなによりです」

 頭にのっけた王冠を落とさないように注意しながら、クラウンは深々とお辞儀しました。彼はとっても丁寧な王さまですけれど、そこにいた誰もクラウンに話しかけたりしません。なんだかちょっとだけクラウンはいつもみんなから浮いている・・・・・みたいでした。

「それはそうとみなみなさま、お気づきでしょうか。ついに開戦してしまいました本日明朝より、この戦争の『王さま』になった者たちの肉体には、王たる証があらわれております」

 そう言うとクラウンはベートに近づいて、その大きな毛むくじゃらの身体を調べ始めました。すこしして見つけたようで、ベートの場合は左腕に、開いた本と万年筆の紋章が浮かび上がっています。(この紋章は『童話の世界』のシンボルマークです)

「どうやら紋章の浮かび上がる場所は個々人でさまざまなようで、ワタクシの場合は背中にありました」

 クラウンは自分の背中をみんなに見せますが、ちゃんと服を着ているので紋章はもちろん見えません。

 クラウンの言葉を聞いて一部の『王さま』たちは自分の身体を見渡しました。アラジンやフロッグはすぐに見つけたようですが、ハピネスはうまく見つけられないようです。(ハピネスは身体がとっても硬いので自分の身体を調べるのは苦手なのです)

「あれえ、どこにあるの? あっちにもこっちにもどこにもないわ」

 アリスはお洋服を半分くらい脱ぎながら身体中を調べています。あんまりどこにも見当たらないのでムキになってごろごろ地面を転がりながらあっちこっち探し始めました。

「アリス! はしたないでしょう! 見苦しいからおやめなさい!」

 慌ててシラユキが止めにいきます。アリスは不満そうでしたが、シラユキがとっても口うるさく言うものですから仕方なく諦めたようでした。

「あ、シラユキは左足のつけ根にあるわ! かっこいい!」

 アリスが無邪気に言うとシラユキはお顔を真っ赤にしてしまいました。

「どこを見ているのっ!!」

 シラユキは自分が女王さまだということも忘れて思いっきり怒ってしまいました。ぷんぷんしながら先に自分のお国へ帰っていってしまいます。

「おや、女王アリスはうなじのところに浮かび上がっているご様子ですぞ」

 クラウンが目ざとく見つけたようで、アリスにこっそり耳打ちします。

「ほんと!? うーん、見えない!」

 アリスは自分のうなじを見ようと首をぐるんぐるんしていましたが、そのうち諦めました。

「まあいいわ。あとで鏡で見るもの。それより……」

 アリスは大切なことを思い出しました。

「メイジーはまだなの? 一緒に行くって言ってたのに」

「あー申し訳ねえ、ずっとここにいたんですけど」

 ふとアリスのうしろから声が聞こえます。そういえばメイジーは誰かのうしろにいるのが大好きな女の子でした。

「メイジー!」

「おっと」

 ふりむきざまにハグしようとしたアリスをメイジーはひらりとかわします。真っ赤なお洋服をゆらして、そのフードを深くまでかぶりました。

「女王さまの歓迎はお気持ちだけってことで。あんま慣れ合うのとか苦手なんで、ほんと勘弁」

「あいかわらずシャイなのね、メイジーは」

「ああ、うん、まあ。そんな感じで」

 メイジーは鼻を鳴らしてすこしお空をながめるようにしました。そうやって上を向いたまま、視線だけをアリスに向けます。

「ともあれこれで進軍部隊は集結ってね。とっとと行きましょ」

 メイジーは言うと、先に行ってしまいました。戦争の始まりから、『童話の世界』と『怪談の世界』にはいくつかの扉で行き来できるように神さまがご用意くださったみたいです。そのうちの扉のひとつへ、向かいます。

「おいメイジー、あんまり偉そうにすんなよ。おまえは本物の王さまじゃねえんだから」

 アラジンが不愉快そうに言いました。だけどメイジーは聞こえていないようになにもこたえません。

「まあまあ、いまは内輪で争っている場合でもないでしょう」

 クラウンがアラジンの肩を叩き、その怒りをしずめました。

「あれ、あなたもくるの? クラウン」

「ええ、お邪魔にならないようにいたしますれば、なにとぞ」

「ふうん」

 アリスはすこし考えましたが、まあいいか、と楽観的に思いました。

「たぶんお邪魔だけど、好きにしたらいいわ」

 アリスはただ単純に本当のことを言っただけなのですが、どうしてだかクラウンはしょんぼりとしてしまいました。


 こうして、『童話の世界』の『王さま』たちはそれぞれの戦いに向かいました。戦争が始まった第一日目の朝にしては、とっても静かな幕開けです。





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