鈍い音を立てて重そうな扉が開くと、その内側からたくさんのコウモリが飛び出しました。ザコは驚いたり怖がったりしませんが、すこしだけいやそうに頭のまわりでばたばた手をふります。
「はあ、まったく、
本当にめんどうくさそうな声で、ザコは呟きました。
そうして一歩を踏み入ると、暗がりのすぐ隣にとっても大きな誰かが立っていました。
「……おどかすなよ、フランケン」
「悪い」
悪びれもせずにフランケンは言いました。ですがザコをおちょくっているわけではなく、かといって本気で悪いと思っているわけでもないようです。しいて言うならフランケン自身はなにも感情など抱いていないのに状況に合わせた言葉をただ言っているだけのような、そんな感じがしました。
「それでぇ、我らが王は、なんだってあたしたちを呼び出したわけ?」
「『童話の世界』へ侵攻するにあたっての作戦会議だ。明日から世界を隔てた侵攻が可能になる。即座に攻めたてるための話し合いといったところか」
「そんなもん、適当にやりゃいいだろ。あたしらに足並みそろえて戦えってか? 無理だろそんなん」
「そうかもしれないな。だが、ヴラドはそのつもりだ」
フランケンがヴラドを呼び捨てにしたので、ザコはすこしだけ不愉快になりました。自分はヴラドを『さま』をつけて呼ばされているのに、と。
だけどザコはあまのじゃくだから、そんなことは表情に出しません。
「侵攻、するつもりなんだな、ヴラドさまは」
「うん?」
ザコの言葉をフランケンはすぐに理解できずに首をかしげました。
「そりゃあこちらから攻めるのは当然さね、しかけたのはこっちなんだから」
ひっひっひ、と、しゃっくりみたいに笑って、腰のまがったおばあさんがあらわれました。
「おまえらいきなりあらわれるのなんなんだよ。え、なに、はやってんの、それ」
「ひっひっひ。妖怪とよばれるわたしらは暇さえあれば誰かを驚かせていないとねえ」
「あー、そりゃまた、ご立派なこったな」
そういう意識はザコにはなかったので素直にすごいと思いました。だけど反面、そういうのは自分で考えるのをやめてしまった、おろかな考え方だとも思ったのですけれど。
「んで、なんだっけ? こっちからしかけたんだから攻め込むのは当然? そういう固定観念に縛られてると足元すくわれるぜ。ありきたりな行動ってのは読まれやすい、もんなんだからよ」
そう言っていて、ザコはすこしだけ「しまった」と思っていました。自分はなんてまっとうなことを言っているのだろうと、そう思ったのです。すごく正しくて、そのとおりで、もっともなことを言うのは、ザコの役回りではないのです。
ひっひっひっひ。そんなザコの気持ちを察したのか、おばあさんは笑うだけでそれ以上なにも言いません。これが魔女か、と、ザコもすこしだけ警戒しました。たしかに協力してはいますが、けっして仲良くなったわけではないのですから。
やがて彼らは城の奥へとたどり着きました。そうです、ここはヴラドが住むお城だったのです。その一番奥の部屋。お城の主人であるヴラドとその仲間たちが集まって作戦会議をおこなう部屋にザコたちも到着したのです。
「おう、きたか。フランケン、キテラ、それとザコの嬢ちゃん」
「誰が嬢ちゃんだ。あたしが女に見えてんのか、ルー」
「見た目はともかく匂いは女のままだなあ、ザコ」
そう言うとルーは大きく突き出たお鼻をくんくん鳴らしました。それから大きなお口から鋭い牙を見せてすこし笑います。
「とにかく入れよ。おまえたちで最後だ」
ぞわぞわとルーの皮膚がすこし波打ったように見えましたが、それはすぐにおさまりました。それから部屋の中へザコたちを招き入れます。
そこにはヴラドと、包帯で全身をぐるぐる巻きにした誰かと、真っ白な装束をきた真っ白い女性がいました。
「それでは」
ヴラドは全員を見渡して一言。そしていつも通りに言葉を区切ります。
「作戦会議を、始めようか」
――――――――
場所は変わって『怪談の世界』のずっと東。大きなお屋敷の立ち並ぶ、この世界でいちばんの大きな街。ここでは真っ暗な夜の中でもたくさんの提灯が街を照らして、夜中だというのにたくさんの妖怪たちがそこかしこで騒いでいます。
そんな街の中でもとくに大きな、それはそれは大きなお屋敷です。その奥の奥の、やっぱりずっと奥。もうだいぶ誰も訪れていないような埃のかぶったふすまの奥に、そのおじいさんは眠っていました。
「お館さま」
そのお部屋のふすまは動いていません。そこに積もった埃も残ったままです。ですのに、いつのまにかそのお部屋にはおじいさんのほかにも誰かがいました。
小さいので子どもみたいです。そのせいか男の子とも女の子ともわかりません。話す言葉はしっかりしているようですが声も高いです。そんな子どもが寝込んだままのおじいさんのそばに行儀よく正座していました。
「やはりヴラドが動きました。ご懸念のとおり、『童話の世界』との戦争がはじまります」
おじいさんは眠っています。大きな頭に、やせ細った頼りない姿です。しわくちゃのお顔の中に目も口も鼻も埋もれているかのように見えました。だけどお口がありそうなところがすこしだけ動きます。
「ヴラドは
『
子どもの妖怪の頭の中に、おじいさんの声が聞こえました。おじいさん自身はやはり寝込んだままです。そのお口がすこし動いている様子ではありましたが、おじいさん自身がしゃべっているわけではないようです。
「ごめんなさい。気をつけます」
おじいさんの言葉に子どもの妖怪は素直に謝りました。
「王の選出は済んでおります。お館さまが承諾くださればこのまま話を進めますが……。はい、かしこまりました」
またも頭の中におじいさんの言葉が聞こえて、子どもの妖怪はお返事します。どうやらおじいさんはお話ができない状態ですけれど、おじいさんの言いたい言葉は子どもの妖怪の頭の中にだけ聞こえているみたいです。
「我々の戦力としてはまず鬼衆。天狗衆。そしてタマモさんを筆頭とした女衆でそれぞれ部隊を構成し、長に指揮を任せております。何名か集団行動に不向きな者どもは好きにさせておきますが、お館さまにはぼくがついておりますので。あとはヤソが……」
子どもみたいに指折り数えて、ふとその妖怪は思い出したようにぽかんとしてしまいました。
「そういえばヌゥさんが
子どもの妖怪の言葉におじいさんはすこしだけ皺を深くしました。ヌゥのことを心配したみたいです。
「お館さまはなにもご心配なさらず。雑事はぼくがすべておこないます。こたびの戦争も、お館さまのお手をわずらわせたりは」
「ヨミコ」
ふと、おじいさんが声を出しました。大きな頭を持ち上げて、正座した子どもの妖怪、ヨミコと同じ視線の高さまで身体を起こします。しわくちゃの中からなんとかお目めを出して、ヨミコをその真っ黒なお目めで見つめます。
しばらくそうして、おじいさんとヨミコは見つめ合いました。言葉はそれ以上なく、やっぱり言いたいことは、ヨミコの頭の中だけに響きます。
「……わかりました、お館さま。いいえ」
深く頭を下げて、ヨミコは従います。
「ぼくたち妖怪の王、ぬらりひょんさま」
夜が更けていきます。そろそろ約束の三日後がやってきます。