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アリスの期待・ドロシーの答え


 ここは女王アリスのおさめるお国。すこしまえまではハートの女王がおさめていたのですが、彼女は裁判で裁かれていまは牢屋の中です。だから代わりにアリスが女王になることになったのでした。

「う、ううん……」

 かつてはハートの女王が、いまは女王アリスが住んでいるお城からはすこし離れた森の中に、ドロシーの仮住まいはありました。ドロシーは本当なら実家のカンザスに帰っているはずだったのですが、というよりいちどは帰ったのですが、いまは女王アリスのお国に遊びにきていて、おうちを借りて住んでいるのです。

「うるさい、オズ……」

 寝ぼけているのかドロシーはそう呟きます。たしかに森の中にはいろいろな生き物がいますしお昼どきなんかは小うるさいものですが、そんな騒がしさをオズと勘違いしたのでしょう。

 いいえ、今回は動物たちのおしゃべりとかじゃなくて、本当はべつの物音に目を覚ましたのですが。

「あっ! ドロシーが起きたわ! おはよう、ドロシー」

 どたばたと足音がしてさすがにドロシーもちゃんと目を覚ましました。目を開けてみるとそこには包丁を持ったアリスがいます。

「あ、あ、あ、アリスしゃん!?」

 ドロシーはそれはもうびっくりして、毛布を抱き締めて身体を隠しました。なんだかちょっと肌寒いなと思ったら肌着しか着ていません。それは普段のドロシーの眠るときの格好ではあるのですが、アリスがいると思うとすこし恥ずかしくなってしまうドロシーなのでした。

「ドロシーごはん食べる? クッキーがあるの」

 アリスはドロシーに包丁を向けて言いました。ドロシーはアリスのことは信じていますし大好きなのですが、さすがに包丁を向けられたらちょっと怖くなってしまいます。

「クッキーはごはんじゃないような……」

 ドロシーはひとりごとみたいに呟きました。

 ところでどうしてドロシーのおうちにアリスがいるのでしょう? ドロシーはすこし考えました。見ると、アリスのうしろに見える台所がめちゃくちゃに散らかっていました。そういえば焦げたようなにおいもします。それでドロシーはだいたいのことがわかったのでした。

「アリスさん、ごはん作りましょうか?」

 ベッドから足をおろして、ドロシーは言います。

「やったあ! ドロシーのごはんだわ!」

 大きく飛び跳ねてアリスは喜びます。持っていた包丁が飛んでいって、天井に刺さってしまいました。


        *


 ベッドから起き出てきたドロシーはちゃんとお洋服を着て、エプロンもつけてお料理します。(天井に刺さってしまった包丁はアリスに肩車してもらってなんとか引き抜きました)。簡単なごはんをふたりぶん作ってアリスと一緒に食べました。

「おいしかった。さすがドロシーだわ」

 しあわせそうにアリスは椅子の背もたれにもたれました。おっきく膨らんだお腹を自分でなでなでしています。

「おそまつさまでした」

 ドロシーはそう言うと食器を片づけ始めました。アリスもお手伝いをしてくれそうな様子でドロシーのそばをうろうろし始めたのですが、ドロシーは手伝ってほしいとは言いません。お友達ではありますが女王さまでもあるアリスにお片づけなんてさせられませんし、なによりドロシーのおうちには食器があんまりたくさんはないのです。

「ドロシー、ドロシー」

「なんですかぁ、アリスさん」

 洗い物をするドロシーの右後ろだとか左後ろだとかをいったりきたりしながらアリスはそわそわしていました。そんなアリスがおもしろくてドロシーもすこし笑いながらこたえます。

「あさってから戦争ははじまるわ」

 アリスはいつもドロシーに話しかけるのと同じ調子でそう言いました。戦争はとっても怖いですけれど、ドロシーももうそのことについては覚悟ができています。だから騒いだりはしませんが、それでも洗い物をする手は止まってしまいました。

「この戦争には十五の王が必要なの。『童話の世界』には七の王さまと七の女王がいる。もうみんな戦うことに承諾してくれてるわ」

「わたしには無理ですよぅ、アリスさん」

 そう言ってドロシーは洗い物を再開します。

 アリスが期待してくれていることには嬉しい気持ちもありますし、その期待にこたえたくもあります。でもドロシーには本当に無理でした。とっても大切で重要な役割だからこそドロシーは自分にはできないとはっきり思っているのです。

「ドロシーはやればできる子なのよ」

「ドロシーはやらなきゃできないんですぅ」

 あきれたようなアリスの言葉に、おどけたようなドロシーの言葉が続きます。ドロシーはちょっと振り向いて、べーっと舌を出しました。

「わたしじゃなくても、たとえばメイジーならもっと強いじゃないですか。カレンさんとか、シンドバッドさん……は、連絡つかないんでしたっけ」

 洗い物が終わって、きゅっと蛇口を閉めます。エプロンで手を拭いて、ドロシーはアリスに向き合いました。

「わたしはドロシーがいいの」

「ドロシーはいやって言ってますぅ」

 もういちどべーっと舌を出したドロシーでしたが、アリスが真剣そうな顔をしていたのでうつむいてしまいました。

「アリスさんがわたしを頼りにしてくれるのは嬉しいですけど、本当に期待にこたえられないんですぅ。ドロシーはやればできるかもしれないですけど、とっても臆病なんですから」

 それが申し訳ないかのように、ドロシーはうつむいたまま、ちらちらとアリスの顔色をうかがいました。アリスはしばらく真剣なままでドロシーを見つめていましたが、やがて諦めたのか、ひとつ息を吐きました。

「わかったわ。まあべつに、王さま役をやらなくても一緒に戦えるしね」

「あの、アリスさん。もちろんまったく戦わないとは言いませんけど――」

「さあ! この話はおしまいね! じゃあおやつにしましょう! シラユキたちも呼んで!」

「アリスさん! みなさんみたいに最前線で一緒にっていうのは無理ですからね!?」

「そろそろ王さまたちもみんな集めて作戦会議が必要だわ! わあ! いっぱいお菓子が必要ね!」

「ちょっとアリスさん話聞いてます!?」

 たぶんアリスは聞いていなくて、上機嫌で先にドロシーのおうちを出ていったのでした。


 ――――――――


 アリスはそのお顔が好きじゃありませんでした。お顔というか、仮面ですけれど。

「そうですか。ドロシーは王さまを辞退したと」

 自分も王さまなのに、クラウンはほかの王さまや女王さまにすごくへりくだります。そんな態度もなんだかアリスの気に障るのでした。

「それでは最後のひと枠は――」

「メイジーにお願いすることになった。ターリアのお国にいるから、あなたから訪ねてくれる?」

「それならターリアさまが……ああいえ、そうですね」

 ターリアに任せていてはいつになるかわかりません。それを思い出してクラウンも考えをあらためました。

「すでにどなたかからお話しはされているので?」

「めんどうだわ。あなたがやって」

「御意に」

 なぜだか楽しそうな声でクラウンはお辞儀します。あいかわらず王冠がずり落ちそうになってすぐに姿勢を直すのですが。

「これで十五の王は決定いたしました。署名書はワタクシから神へ献上しておきます」

 そのように言うクラウンをじっとりとアリスは見つめました。いくら仮面で顔を隠しているといっても、彼がどんな表情をしているかはなんとなくわかるものです。

「なんだか楽しそうね。クラウン」

 アリスはちっとも楽しくありませんでしたから、クラウンを不思議そうに見つめます。

「おやおや、表情には・・・・出さぬように・・・・・・していたの・・・・・ですが・・・、よくおわかりで」

 おどけてクラウンは自分の仮面を整えなおしました。そのお顔のことじゃないわ。そうアリスは思いましたが、めんどうなので言わないでおきます。

 それからすこしのあいだ会話がなかったので、それでもう用件は終わったということになって、クラウンはもういちどお辞儀をして去っていきました。その後ろ姿をアリスは見送ります。

 はあ。と、アリスはため息をつきました。たいへんなので疲れたのです。

「思いどおりにいかにゃ……」

 おかしな言葉になったので、アリスは両手でお口を塞ぎました。それからあたりをすこし見回して「思いどおりにいかないわ」と言いなおします。

 さて、夜も更けて、日付も変わろうとしています。

 開戦まで、あと一日となりました。





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