「いや、ワタクシが最後でしたか。これはこれはみなさま。お待たせして申し訳ありません」
かたむいた王冠をささえるために首をかしげたまま、クラウンは悪びれもせずに言いました。いつものとおりに気味が悪いくらいに笑っている仮面をつけたままでしたので、彼の表情は見えませんが、きっと本当のお顔も笑っているのでしょう。
ぐるるるるる。入り口に近い席に座っていたベートが低いうなり声をあげてクラウンを迎えます。大きなお口でもおさまりきらない鋭い牙をもっていて、とっても大きな毛むくじゃらの身体をしたベートは怖そうに見えますが、じつはとってもやさしいのです。ベートは自分の隣の席をクラウンに勧めましたが、クラウンは気づいていないような様子で主催者の近くの席にまで行ってしまいました。
「べつに誰も待ってねぇよ。こっちはとっくに始めてるし」
ベートの正面の席にいたアラジンが言います。たしかにアラジンは前のめりになってごちそうをむしゃむしゃ食べていました。だけど他の王さまたちはすこしの葡萄酒を飲んでいたくらいで、テーブルにならんだたくさんのごちそうに手をつけてはいませんでした。
「あっはっは! そうだクラウン、気にすることもない。わしたちはこのようにしっぽり始めておるぞ」
主催者のベアが一番奥の席で上機嫌に酒杯を掲げました。ベアはとっても大きな王さまで、そのぶん貫禄があります。だけどどうしてだかいつもお洋服を着ていなくて、誰よりも大きな王冠と全身を覆えるほどの大きなマントを肩に引っかけているだけの服装でした。
上機嫌に頬を薄く染めて酔っぱらっているようにも見えますが、それはベアなりの気遣いです。ベアはとってもお酒に強いので、すこしくらいじゃ酔っぱらったりしません。
ここでクラウンがちょうどベアのすぐ近くの左隣側の席にたどり着きました。そこにあった酒杯をクラウンはベアに合わせて掲げます。「恐縮です、ベア王。ちょうだいいたします」。クラウンは心のこもっていなさそうな軽い感じにそう言いました。
「ではクラウンくんもきたことだし、もういちど乾杯しようか」
主催者のベアが立ち上がり言います。あれ、だけどよく見たら、まだ席がひとつ空いていました。
「ベア王、まだリトルくんがきていませんよ……」
控えめな声で、ベアの近くの席の右側、つまりクラウンの正面に座っていたハピネスが言いました。そうです。ハピネスの言うとおり、クラウンとベートのあいだの席がまだ空いたままなのです。ハピネスはリトルがきていないことを嘆くように、自分の身体と同じような鉛の涙をすこしだけ流しています。コロンコロンと流れ落ちた涙はハピネスの足元に小さく積み重なっていました。
「リトル王でしたらさきほどお見かけしましたが、星空を見上げ、たそがれているご様子でしたので声をかけづらく、あのご様子ですとおそらく……」
酒杯を掲げたまま、首もかしげたまま器用にクラウンは一礼して、ハピネスに言いました。はっきりと最後まで言わないのは、王さまたちの集まりにこないリトルを悪いように言わないようにするためです。お空をながめてぼんやりしていたせいで大切な集まりにこないのは失礼なことですからね。
「リトルくんの行動はわしたちなんぞに縛れるものではない。気が向けばそのうちふらっとやってくるだろう」
だから全員がそろった、乾杯だ。そのようにベアはあらためて乾杯をしようとします。
そういうことでしたら、と、そこに集まった王たちも納得して、みなが順々に立ち上がりました。
「ゲロゲーロ。待ちくたびれたよ。おれもいいかげんに食欲をおさえきれないところだった」
最後に、アラジンとハピネスの隣の席から立ち上がったフロッグが酒杯を掲げると、ベアが「乾杯」ととっても静かなのによく響く声で言いました。それに合わせてほかの王たちも「乾杯」と声を上げます。
こうして王たちの晩餐会は本格的に始まりました。これから始まる戦争のお話しを進めながら。
*
たったひとりだけ、掲げた酒杯に口もつけないままテーブルに置いたクラウンは、ほかの王たちを見渡します。
「ではみなさま、酔いがまわるまえにひとつ、こちらにご署名いただきたく」
クラウンは言うと、どこから取り出したのか、一枚の羊皮紙を広げみんなに見えるように掲げました。そこにはもうすでにいくつかの署名がされています。
「こたびの戦に先立ちまして神より提出を求められている資料にございます。神の定められた規定に基づき、我々は十五の王を選定し、互いにそれら王を討ち取ることで勝利となる。その王となることをご承諾いただく署名でございます」
クラウンは羊皮紙を掲げたまま王さまたちにお辞儀しました。だけど頭に乗っかった大きな王冠がずり落ちそうになって、あわてて姿勢を直しました。
「すでに署名がされておるな。女王たちは署名済みか」
ベアが目を細めながら言いました。
「はい。『童話の世界』における七の女王。彼女たちすべての署名と、リトル王の署名も先にいただいております」
「しかしそれでは十五には足りませんね……」
ハピネスが心配そうな声で言いました。
「女王アリスによりますと、最後のひと枠はドロシーに、とのことでしたが、ドロシーは体調を崩し寝込んでおりました」
「アリスにも困ったもんだよなぁ。仲がいいのはけっこうだが、ドロシーを贔屓しすぎなんだよ。だいたい戦争が始まったのもアリスが押し切られた結果だろ。最初っからあいつが――」
ぐるるるるる。アリスの悪口を言うアラジンの正面でベートがうなります。ベートはとっても優しいですが、今回はちょっと不機嫌そうにしていました。その不機嫌を見せつけるように、ステーキを無作法にかじり切ります。
「なんだ、文句あんのか、ベート。言いたいことがあるならしゃべれよ。べつにしゃべれねえわけでもねえってのに」
行儀悪くフォークを突きつけて、アラジンは言いました。だけどベートは鼻だけ鳴らしてそれを無視します。
「文句があるならおまえが代表になればよかったんだよ、アラジン。べつにおれたちは誰が代表でもよかったんだ」
アラジンの隣でフロッグが言いました。長い舌で豚肉の腸詰めを器用に持ち上げて、そのまま一気にほおばります。
フロッグは軽い調子で言ったのですが、その気持ちはほかの王さまたちも思っていたみたいで、みんながアラジンを見ていました。
「……ああ、悪かったよ。アリスの嬢ちゃんはよくやってるよ、まったく」
まだすこし思うところはあったのでしょうが、アラジンは文句を言うのをやめて、食事に戻りました。すごい勢いでいろいろ食べていますが、あんまりおいしそうなお顔ではありません。
「まったくだ。女王アリスはよくやっている」
ベアが主催者らしく場を取り持ちました。
「誰もがいそがしい時期だとは思うが、とくにアリスは物語を終えたばかりだ。本当ならわしたちの誰よりもたいへんなはずだったろう。そのうえでこの大任だ。多少はうまくできなくとも仕方がないし、押しつけたわしたちにも責任がある」
あるいは『童話の世界』がとってもたいへんなことを知っていて『怪談の世界』は宣戦布告してきたのだろう。そういう予想や情報もあったのですが、確証というほどのものでもなかったのでベアは言葉を飲みこみました。
「ええと、それでみなさま、ご承諾いただけると?」
なんだか話が逸れてしまっていましたが、クラウンは話を戻そうとしてそう言いました。クラウンの仮面は、お口が真っ赤で大きくてずっと笑っているのですが、そのときばかりは困っているような感じがひしひしと伝わるようでした。
「もちろんだ。国のため、世界のため、戦わぬ王は王ではない」
ベアがまっさきにそう言います。ほかの王たちも、それぞれ態度は違いましたが、いちおうは全員がうなずいたのでした。
ベアからハピネス、フロッグ、アラジン、ベート。順に署名を済ませて、クラウンのもとへ返ってきます。その羊皮紙をクラウンはくるくると巻いてふところへしまいこみました。
「それではみな知ってのとおり、戦争の始まりは三日後だそうだ。食べながら飲みながらでかまわん。対策会議といこうか」
こうして七の王さま――いいえ、リトルを除いた六の王さまが戦争に向けてお話しを続けます。自分たちがどれだけ戦えるのか。『怪談の世界』にはどんな敵がいるのか。それぞれがそれぞれ知っていることを共有したのです。