何度目かのジャンプの先に、ドロシーはアリスのもとへ戻ることができました。
「あ、ドロシーだわ。そろそろ探しに行こうと思っていたの」
とつぜん現れたドロシーに驚くでもなく、へいぜんとアリスは声をかけます。ドロシーのほうは走り疲れていましたから、下を向いて息を切らしています。
「あ、アリスさん、へいきですかぁ……?」
よっぽどドロシーのほうがへいきじゃなさそうですが、それでもがんばってドロシーはアリスを気遣います。いちおうドロシーは今回、アリスの護衛役なのですから。
「へいきじゃないわ。疲れちゃった」
あんまり疲れていない様子ですが、アリスはそう言って、ぷんすかと頬を膨らませました。そんなアリスを見てドロシーは安心します。どうやらアリスは元気みたいでしたから。襲われたのはドロシーだけだったと思ったのです。
「武器まで使わされたのよ。重いんだから、あれ」
その言葉にドロシーはびっくりします。やっぱりアリスのほうも何者かに襲われていたということなのですから。それに――。
「あ、アリスさんが
そうだとしたらたいへんです。アリスはへいきそうにしていますが、実はどこかけがをしているかもしれませんし、またそれだけ強い敵が襲ってこないとも限りません。
「わかんない。へんなのだったの」
アリスはいつもどおりに説明するのをめんどうそうにしていましたが、その奥には得体のしれないなにかに警戒しているようでもありました。
「と、とにかく、今度こそ還りましょう。『
やっぱり続けて襲われるかもしれないので、ドロシーは急いでアリスの手を引きました。『繋がりの扉』はすぐそこです。『童話の世界』に還れば、きっともうだいじょうぶでしょう。
――――――――
「あっははは……!
ザコはなくなった片腕の切り口をおさえて、ゆっくりと歩みを進めます。ゆっくりしか進めないからです。足は両方残っていますが、だいぶダメージを受けていました。
「そしてあたしは、
その事実がおもしろかったみたいに、ザコは大きな笑みを浮かべます。だけどそれもすこしのことで、すぐに笑いを消しました。
「おやまあ、みっともないありさまだ、ザコ」
いつのまにかザコのすぐ後ろに立っていたヴラドが、犬歯を剥き出して口だけで笑って声をかけます。大けがをしたザコを思いやるような感情はその表情からは見えません。
「で、女王アリスはどうなった? ちゃんと……」
その言葉の先をヴラドは言いません。まだここは『世界の結束点』、誰が聞いているともわからないのです。
「
「『さま』をつけろ。私は王だぞ」
「これは失礼を。
おどけた調子でザコは膝をつき首を垂れました。……あれ、ところでいつのまにか、ザコのなくなっていた片腕が元に戻っています。それだけでなく全身のけがも治ってしまったのか、綺麗な姿になっていました。
「……まあいい。こちらは仕損じたが、あれは放っておいていいだろう。王にすらなるまい」
ヴラドは片腕を上げ、その人差し指を伸ばしました。青白いその指にどこからか飛んできたコウモリが一羽さかさまにとまります。ヴラドはコウモリから報告でも聞くように顔を近づけました。それが終わったころ、ふうっと一息をコウモリに吹きかけます。するとコウモリは黒い霧にでもなったように、どこかへ消えてしまいました。
「三日後まで、
ヴラドはひとりごとのようにそう言います。
「ゆえに、『
そこまで言って、やはり言葉は飲み込みます。
ヴラドは慎重な男です。慎重でありながら大胆なこともします。それはたとえば、神さまのお言葉の隙をついてアリスを倒してしまおうとしたり、『怪談の世界』の王さまを騙して勝手に戦争を始めてしまうくらい大胆なのです。
ヴラドは王さまを騙して自分自身が王さまになりました。世界の王さまの言葉は世界の決定です。そしてその宣戦布告を神さまもお認めになりました。
だから戦いは始まります。いいえ、もう始まっています。
物語の続きが、紡がれるのです。
「さて、還るか、私たちも」
黒いマントをはためかせて、ヴラドは先んじて歩んでいきます。
「はぁ~い。ヴラドさま」
ヴラドのうしろで大きな笑顔を浮かべてザコはこたえます。ヴラドに続いて歩き始める前に、ちょっとうしろを振り返りました。そこにいた誰かに目配せをするみたいにして、それから笑顔をやめて、ヴラドに続きました。
*
その様子を偶然見てしまったドロシーは、物陰に隠れてお口を塞ぎました。叫び声をあげないように。
ヴラドとザコの話をすべて聞いたわけではありません。コウモリたちから逃げるために銀の靴を使いましたが、最初に飛んだ先にたまたまふたりがいたのです。どうやらドロシーは気づかれていない様子でしたから、そのまま隠れてお話しを聞いていたのでした。それはふたりからすこし遠くにはなれていましたから、声も聞き取れないことがいくつかあったのです。
「アリスさんは、戦争って、言った。あれが、妖怪の、王さま……? おじいさんじゃなくって」
ドロシーもアリスと一緒で、本当の妖怪の王さまを知っていました。それとは違う誰かが、『怪談の世界』の代表として宣戦布告をしてきたのです。ドロシーは肩で息をしながら、すこし考えます。
ほんとうの王さまなら、こんなことをするとも思えません。だったらこの戦争は、あのヴラドという者がたくらんだことなのでしょう。そのヴラドが、コウモリを差し向けてドロシーを襲った。じゃあもしかしたらザコのほうがアリスを攻撃しにいったのかもしれません。
「あ、アリスさん!」
そういえばそもそもドロシーはアリスを探していたのでした。それにアリスのほうも襲われたかもしれないと思うと、いてもたってもいられません。
ドロシーは考え事をいったんやめて、まだ息が上がったまま、銀の靴のかかとを合わせるのでした。