――なーんて。あの日、やり直したいことを色々並べて理想の高校3年間にしてやるぞーって意気込んでみたけど。
情けないことに、1年生の春から早々に泥沼に足を突っ込んでしまった……。
「――ほな次、1年のタイム報告聞こか。全員200mしか出てへんのやったな。まず坪井から」
「はい、24秒70。自己ベスト更新しました」
「おお、ベストか。次、西海」
「はい。24秒80。僕もベスト更新してました」
「ほー、ベストやん。次、張野」
「はい。24秒30。自己ベストちょっと更新しました」
「お前もベストやん。最後――松山」
「はい……。22秒……95です」
「95か……。自己ベストは前半台やったな?」
「はい……」
「まー、あれや。まだシーズンのピークやないから、気を落とさないように。次の地区総体でしっかりシーズンベスト更新出来るように」
「……はい」
6月某日、京都府にある陸上競技場にて行われた学連記録会。俺ら1年生は全員200mに出ていた。で、レースを終えてしばらくしてから、顧問の山本先生に結果を報告した……のだが。
はいはいそうです、俺以外全員が見事自己ベストを更新。俺だけタイムが全然で、去年の春よりも遅くなってましたよ、クソが。
4月から高校陸上が始まってから、ずっとこんな調子が続いている。前周回のアドバンテージのお陰で今周回も入学時から誰よりも前からスタートラインを切ることが出来た。つまり同期の中で俺がいちばん速く、実力があるってこと。何なら2年生らを入れても一番だったし、当時3年の一番速かったキャプテンにも並ぶくらいだった。
去年俺が全国に出てたことも前評判で聞いてたらしく、4月の入部した当初はみんなに期待を寄せられた。今思い出しても気持ちがいいことだったと思う。
短距離の先輩たちから「凄い速い奴がきた!」って、あそこまで騒がれたのは初めてだった。この学校の先輩たちは後輩が自分らより競技力が優れていても変に妬んできたり嫌なちょっかい出してきたりはしない、まともな人たちだ。なのでみんな全国を経験した俺の入部を喜んでくれた。お前なら即戦力として申し分ない…って、言われたなー。
みんなから大いに期待され必要とされて、俺の承認欲求は大いに満たされた。長年ずっと俺が求めていたものだった。それがこんなところで叶って、本当に嬉しかった。これだけでもここまでやり直しを繰り返した甲斐があったと思えた。
だから、もっと承認欲求を満たしたいと思った。それでもっと気持ちよくなりたいと思った。1年で大阪インターハイとか勝ち抜ければ、もっとみんなが俺のことスゲーって言ってくれるだろう、見てくれるはずだ。次は何をしてくれるんだろう、何を見せてくれるんだろうって、期待するに違いない。スゲーって言われる度、彼があの…って有名人みたいに見てくれる度、俺の承認欲求はより一層満たされる、もっとやってやるぞ!って活力が無限に湧いてきそうだ。
当時大きな大会での俺はいつも、競技に出向く先輩たちに「頑張って下さい」「お疲れ様でした」、同期や後輩たちには「やってやれ」「ファイト」って、声をかけたり最低限のサポートをしたりと、バックアップ側の人間に過ぎなかった。その辺のモブと同じ、脇役以下の存在だった。
選手たちのサポート・激励や労いの言葉をかけるだけは嫌だ。俺もあの大会でもあの時の大会でも選手として出たかった。俺にも「やってやれ」「ファイト」って激励の言葉をかけてほしかった。俺もお前らみたいに、主役としてあのトラックに立って、走りたかった。
俺もお前らと同じように勝ち抜いて、同じ大会で戦いたかった。当時はずっとそのことで頭がいっぱいで、望み続けていた。結局何一つ叶わなかった。
どうして俺がモブなんだ、主役になれなかったんだ!?俺なりに精一杯頑張ってみたのに、どうして報われないんだ!?高校部活を引退した後もずっとそのことを引きずっていた。
そんな苦くて暗く何一つ楽しくなかった俺の高校陸上。この4回目のやり直しで何が何でも最高の高校陸上に変えてやろうと思っていた。
だけど、今周回も全然ダメだった。
「何で………何で!?ここでもやり直し前と同じ、自己ベストが全然出ねーんだよっっ」