心機一転したうえで始まった5回目のやり直し人生。その中学3年生編。
まずは4月の始業式までの春休み約1週間。今まで通り陸上部として部活動に参加したところ、1日目早速みんなから驚かれた。というか今まででいちばん驚き方が大きかった。
まあ無理もないだろう。みんなからしたら今まで100m12秒後半台だった俺がが突然11秒前半台まで速くなったわけだから。同期だちと一緒に走り込みをしてすぐに俺がめちゃめちゃ速くなってることに気付かれ、何があったんだと聞かれた俺は、精神と時の部屋で~などと冗談を吐いて誤魔化した。
4月8日始業式、校庭に貼りだされたクラス編成表を確認…やっぱ5組だった。クラスメイトも今まで通り。尾西とそのツレどもも一緒、仲の良い男子は一人もいない、そんなハズレの5組。
その日のホームルーム…担任先生とクラスメイトたちの自己紹介をし合った後新しい教材をいくつか配られたのだが……
「清瑞、こっちにも教科書はよ回せや」
「………………」
俺が一番後ろの席なのを良いことに、前の席にいるクソ陽キャ男子の清瑞がさっきから何度も教材を後ろに回さないというクソしょうもない嫌がらせをしてきた。
前周回の最後からまだ完全に立ち直れず気が立っているものだから、すぐに怒りが沸点に達した俺は、人目憚ることなく……
バアァンッ!!!
自分の机に平手で思い切り台パンをして(ちょっと痛い)、席から立ち上がって台パンの音に怯んだ清瑞の襟首を掴み、思い切り後ろへ退いて床に転がした。
「ええ加減にせえよクソガキ。去年までのただの陰キャやと思うなや?蹴り殺すぞワレ」
粗暴な口調で脅しの言葉をぶつけてきた俺に、清瑞は怒りよりも困惑がまさっていた。このクソガキから見た俺は春休み前ではまだただの陰キャに過ぎなかったはず。やたらイジりを入れても強く言い返したりもしない小心者だったはず。そんな奴が突然の台パンと暴力と脅し文句をするものだから、そりゃ戸惑うわな。
当然みんな俺に目を向けるが、全く気にならない。クラスの立場とかカーストとかグループとか、そんなもん勝手にやってろって話。この一年俺はクラスで孤立して良いとすら思ってる。
友達づくり、良い人間関係築くことするのに別にいちクラスの中ですることに拘る必要は無いからな。
始業式の日から約1週間後、ひよっこ1年生が大勢陸上部に入部してきた。メンツは今まで通り。練習まじめにやる組…こいつら世代のリレーメンバーとして活躍する男子3人(
やり直し人生始めてからずっとやってることだが、練習サボる奴ら、参加してるけど全然まじめにやらない奴らに関しては、俺は基本無視している。最初から注意すらしない。そんな馬鹿どもに関わるくらいなら、一秒でも長く自分の練習に専念する方がずっとマシ。だけど俺の練習を邪魔するようなことがあったら、前周回の尾西や山峰らと同じ目に遭わせてやる。
というわけで顧問の田中先生、俺が無駄な暴力を行使することが無いよう、馬鹿どもの剪定・間引きちゃんとやって下さいね?
同月の上旬、大阪陸協の記録会に出場した。大阪陸協主催だけあってこの試合には大阪中の猛者が集うハイレベルな記録会だ。これまでのやり直し毎回出てきた、2010年度最初のレースとなる。
その記録会の100mで、俺は11秒20台をマークし、年度初戦から全国レベルのタイムを出した。全体でも1位、一気に周りから注目された。
レースが終わってしばらく経った後思い返しても、あのレースはかなりの手応えがあった。スタートの飛び出し、地面を押した時の反発が心地良く、推進力も増していた。スムーズに加速が出来て中盤のトップスピードは本当に気持ちがよかった。ラスト10m地点でも疲れはあまり感じず、気持ちよくゴール出来た。
組ではもちろん、総合でも1位をとった。大阪で一番速い奴をおさえての1番、大いに価値のある1番だった。今回はもしかすると、満足いく中学陸上になりそうだと、期待せずにはいられなかった。
そして後日、俺がめっちゃ速い選手だということでまじめ組の1年たちがこぞって個人練習に付いてくるようになり、いつもやってるスプリントドリルや速く走る為のフォーム、そしてクラウチングスタートのし方を教えることになった。
中でもいちばん時間を費やしたのが、ドリルを教えることだった。
「す、凄い地味なことから始めるんですね……」
「せや。ベースポジションウォークつって、一歩一歩丁寧にやるんや。体の重心は常に高く、上げた膝の裏はキュッと閉じて……そう。その位置から真下に落とす。これを海外のプロは50mまで繰り返して、何往復もするんやって。まあさすがにそこまではやらんけど」
「「「う、うへぇ~~」」」
「ええか、胸椎を前に出すのがポイントや」
「はい先輩、胸椎突き出すんはどうやるんですか!?」
「あばら…肋骨があるやろ?そこを前方向に浮き出すイメージでやってみ?そうすれば胸も勝手に前に出るやろ」
「おお、ほんまや…!」
「よし、その姿勢のまま、高く大きく腿上げして進んでいけ。タンタンタン、タンタンタン…ってリズム刻んで」
「んで次は、弾むような走りをするもしくはそれに近づける為のドリルなんやけど」
「はい松山先輩、弾むってなんですか!?跳ねることとどう違うんですか!?」
「ええ質問や坂下。ええか、弾む動作ってのは足が勝手に地面の反発をもらいながら上に跳ぶことや」
「「「???」」」
「あー……せやなぁ。身近なものに例えるなら、ボールがバウンドするのと一緒。地面に叩きつけられたボールはしばらく勝手にバウンドし続けるやろ?あれを人間の体でやるんや。叩きつけられたボールって俺らが何もしなくても勝手にバウンドし続けるやろ?あれが弾むってやつなんよ。
ちょっと弾んでるとこ見せたろか―――」
「うわあ!?松山先輩がボールみたいに弾んどる!?」
「せや、この動きが弾む…や。着地する時、足は優しく地面を押してあげる。そんで地面からの反発だけで上に跳んで、前に進んでいく。より高く上に、より前に行こう思たら、手や腕で体を持ち上げてやると良い。
ああ、ちなみに跳ねる動作ってのは、地面を強く叩いて上に跳ぶことや。この動作は能動的に…要は自分から『よいしょ!』って上げた足を地面に着きにいってる、自分でジャンプしにいってるようなもんや。
まとめると自分の力だけで跳ぼうとするのが跳ねる、ボールみたいに自分の意思で行かず勝手に跳んで進んでいくのが弾む…や」
「「「な、なるほど~~~」」」
「まあ口で言うよりも実際にやってく方が性に合うやろうし、やってくで!まずは2足長に置いたマーカーで、両足交互に上げながら進む!もちろん弾みながらいけよ」
大人になってから散々見つけ出してきた、速く走る方法。この周回では俺だけでなく後輩たちにもその方法を教え実践させてみた。
その結果、次の記録会ではまじめに取り組んだ1、2年男女全員がタイムを劇的に縮めることに成功した。速い子なんかは12秒半台に差し掛かるタイムを出していた。
俺が教えたドリルやスタート方法のお陰で速くなれましたと、後輩たちの中で俺の株が急上昇した。そして俺自身も順調に理想の走り方を定着させていき、さらに速いタイムを出す準備を進めていった。
それから4月の下旬、もう恒例となってると言っていい、あのイベントが起こった。まあ、体力テストって言えば、もうお分かりですよね?