……こうなるんじゃないかって、ボタンを押す前から予想していた。まあ、予想というか、期待というか、あるいは希望的観測、現実逃避してる時に浮べる妄想とも言える。
ただ、あのボタンを押す時、何故かは分からんが俺には妙に確信があったのだ。「Reset」と書かれた怪しいボタンを押せば、また一からやり直せるんじゃないか…と。
そういった予感が事前にあったことから、実際にタイムスリップしてしまったこの現実を、俺は割とすんなり受け入れられていた。
「祐有真?さっきからどしたん?ずぅーっとカレンダー凝視して」
「あ………いや。別に」
母の声、今さらながら久々にちゃんと聞いた気がする。これまでずっとやり直すことに意識を向けてたから、家族や学校の奴らとの会話…
この頃はこんな声してたんだったなと思い出しながら母と会話しつつ、今の自分のステータスを把握していく。
まずは見た目。タイムスリップしたことでやっぱり中学生時の体に若返っていた。身長は170cm手前まで縮み、腕や脚の筋肉は細くなり、胸板も薄い。14才と7か月手前の頃の自分のだ。
次に意識…自我だが、これは言うまでもなく「今」の俺のままだ。この体が30歳だった頃のこともちゃんと憶えてるし、昨日(?)までのやり直していた時のことも全部憶えている。
タイムスリップした以上、身体の強さ・能力もこの頃の状態に戻っているのだろう。つまり………本当に何もかもリセットされたということ。
「リセットしたはいいけど……良いけど?良いのかこれは?俺にとって、またこの時代に巻き戻ったことは………うーん。
まあいいや、とにかくこれからどうしようかって話なんやけど………」
そう。タイムスリップしたところで、俺はここからいったいどうするのかということ。
また……やり直すのか?前回散々だった、あの中学生活を。そう思うとゾッとする。ムカつく同級生どもとの喧嘩に勝てず、自分に適した練習を積んでもレースで大した結果に結びつかない陸上競技……。
こんな中学最後の1年間を、また一からやり直せってのか?質の悪さの度が過ぎてやがる…!
とはいえこのまま引きこもって不登校を決め込もうとしたところで、状況は少しも好転しないだろうし、俺の母はそんなこと決して許そうとはしないだろう。
色々悩んだが、翌日の部活動にとりあえず出ることに。前回の挫折から俺の練習モチベはどん底値となっていて、練習に身が全く入らない。みんなでやる基礎練も自分で考えてつくったスプリントドリルも漫然としかやってない。
だというのに、部員たちも顧問の田中先生も何故か俺の動きを褒めてくる。脚を上げて降ろしてるだけなのにそれがすごく丁寧だとか、身体の使い方がすごく上手だとか、すごくリラックス出来てる動きしてるだとか。何をそんなに騒ぐことなのやら。こっちはほとんど惰性でこなしてるだけなのに。前周回の俺を見てみろ、そっちの方がもっと意識出来てて動きも丁寧だぞ。
中でもいちばん意味分からなかったのが、走ってる時のこと。みんなでするフロート走、短距離専門のメンバーだけでの走り込みで、俺はみんなからものすごく注目されてた。
先週走った時よりものすごく速くなってるだの、走り方がすごく綺麗になってるだの、100m11秒台絶対出てるやろだの。部員たちは俺を凄い奴だと囃し立ててきた。
「いやだから、何を言っとんの?俺がまだそんな、11秒台で走れるわけないやろ。この前の記録会なんか、確か12秒7かかっとったんよな?200も26秒もかかってたみたいやし」
「いやいや松山、お前ばりくそ速なっとるで?さっきのセットも俺全力で走ったけど全然追いつかんかったわ」
俺も俺もーと周りの煽て言葉を聞いて、俺は「はぁ?」としか思わなかった。やり直してまだ1日目なのに、いきなり11秒台クラスになれるわけないやろうに。
俺らの代は陸上を始めてそろそろ3年になる。外には当時の俺よりくそ速い奴がわんさかいることくらい、こいつらなら分かりきってるはず。
それを踏まえた上で、こいつらは俺がむちゃくちゃ速いって言ってきてるのか……?
以上が、いくつか戸惑いがあった春休みの部活動。1回目のやり直しとは変わったところがいくつか見られた。
そして4月の2週目から、ちっともお待ちかねではない3年生のスクールライフがまた始まってしまった。
「クラスは………まあやっぱ5組よな。はいはい、分かってましたよっと。クソが」
クラス割り振り表を見た俺だけが舌打ちをし、やさぐれた感じを出していた。こうなったら授業はサボり、部活にだけ参加しようかなと、この時の俺は本気でそう考えていた。
始業式と短縮授業期間を経て、通常期がはじまった4月半ばの、ある日のこと。
ある日の自習時間中、尾西が1回目の時と同じように、俺の机にその汚いケツを乗せて、クラスカースト上位グループで駄弁っていた。もしかしてと言うまでもなくデジャヴがかかってる。よりにもよってこの場面をループさせるとか、何かが俺に悪意を向けてきてるとしか思えない。
「あ、何やねん?何睨んどんねん」
イライラを全面に出しながら睨んでたら、それに気付いた尾西が1回目の時と同じように逆切れしてくる。
ああ、その面見てるだけでも腹が立ってる。お前の声を聞くだけで虫唾が走ってくる。そうやって明らかにお前が悪い側やのに強気に難癖つけてくるの、ガチで頭にくる。つーか、殺したくなる。
「退けよクソチビ」
「はぁ?何て、聞こえへんわ、鼻くそ野郎」
殺気を放つ俺を見ても尾西は鼻で笑い、俺を煽ってくる。グループの奴らは俺を奇異な目で見て、周りのクラスメイトも俺らに注目する。
ガッ 「あ……!?おい、何やねんおまっ、」
「さっさと俺の机から降りろクソチビ!!」
そんな多くの視線なんぞものともせず、俺は1回目の時と同じ、居座る尾西の襟首を掴んで、強引に机から引きずり下ろした。
ダァン!「ぐか……っ」
いや……同じじゃないところがあったな。掴んで力を入れた時、尾西の体が少し浮いた。引きずり下ろしたというよりは、少し持ち上げた尾西をボールをみたいに、床にたたきつけた…が正しいかも。ていうかそうだ。
尾西は身長150くらいのチビで、体型も細めだから体重が軽い。とはいえ40キロ以上ある男子を片手で持ち上げ、床に叩き落とすなんて芸当、当時の俺に出来るものなのか?
なんか、おかしくね?
少々戸惑うところはあったが、尾西が1回目の時と同じく無敵の人と化した俺にボコられ這いつくばる様を見て、またスカッとした気分になれた。