そんな自分への期待もそこそこな感じで、地区予選の100mレースに出場。スタートブロック(以降スタブロと略)合わせから、レースは既に始まっている。ブロック合わせがなってないと良いスタートが切れないし、後の走りにも響く。100の場合、スタートダッシュで全てが決まると言われてるくらいだ。
スタブロを合わせるにおいて、たいていはブロックを動かし調節して終わり…になることが多い。特に昔は。
しかしブロックの前に調節しないといけないものがある…ブロックの支柱だ。この支柱の位置調整を昔の俺含むほとんどの選手は無視しがち。
やり方としては簡単…支柱をスタートラインとなる白線の「外側」に踵を置いて、その足の先端にぶつかる位置に支柱を設置するのだ。
支柱の調節はこれでよし。そこからいよいよブロックの調節だ。右と左とあるが、俺は右を前に、左を後ろにしている。スタートして最初に前に出す足のブロックを後ろ、二歩目の足を前にするのだ。
まず前足…右ブロックの設置から。さっきと同じ白線の外側を起点に1歩、2歩。2歩目のつま先にブロックの切れ目が触れる位置に合わせる。そしてブロックの角度は地面に対し45度…留め具を上から3番目に合わせる。これで前足は完了。
次は後ろ足となる左ブロック。こっちはラインから3歩で、ブロックの角度は前足よりも急になるように、留め具を上から2番目に。これでブロック合わせはばっちり。
俺を含む各選手がブロック合わせを終えたところで、スターターが「位置について」と号令を発し、いよいよ俺のレースが始まる。ブロックに足をかけて、手をラインの内側につく…その前に、一度姿勢を整えてやる。背筋をまっすぐ、骨盤もしっかり立てる。その姿勢を維持したまま、前傾姿勢となり、手を地につけてやる。こうすすることで体が地面と平行になり、腕に体重が乗り、より前のめりな姿勢となる。つまりスタートの飛び出しがより強くなれる。
完全に位置についての姿勢をとったところで、さらにもうひと工夫を。それは股関節・骨盤部分にグッグッと圧をかけてやること。こうすることで飛び出す時脚を大きく強く動かすことが出来る。
スタート時体はとにかく大きく強く動かすこと。そこで生み出した力で無駄なく加速させていくのだ。
以上のことを踏まえて、「用意」がかかるまで俺は下半身に圧をかけ続ける。そして「用意」がかかり、腰を高く上げて、そのまま静止する。
数拍分沈黙の後、スタートの号砲。耳にした瞬間左のブロックを押し蹴って、左足を前に出す。末端だけを動かすんじゃない、体の奥…股関節あたりの大きな筋肉も動かすことを意識しながら、足を出すんだ。
そうすることで大きな力が生まれ、それが推進力となり、より速く前へ体が進んでくれる。
1歩、2歩、3歩、4歩、5歩、そして6歩。スタートから6歩目まで、足運びは大きく、地面をしっかり踏む…を徹底させる。そうすることでより大きな推進力が生み出せて、無駄な力を入れることなく加速が出来る。距離にして約10m、歩数で表すと5~6歩。ここがとても大事。
この予選レースでは……よし。上手く出来たぞ!スタートから6歩目まで大きくしっかり、グッグッグッと飛び出せた。腕も大きく前に振り、目線はまだ地面に向けたまま。最初の10mは上々、一次加速は成功だ。
ここから中間走に向けての、二次加速へ移る。ここは特に意識することは無い。一次加速で生み出した加速を、そのまま持っていくだけでいい。あとは勝手にトップスピードまで上がってくれる。
20m、30m、40m…この辺で前傾姿勢を完全に解き、背筋まっすぐに。50mをトップスピードで通過、あとはそのスピードを出来るだけ維持し続けること。
ここで大事なのは、力まないこと。さらにスピード上げるぞーって力を入れるのは、逆効果だ。無駄な力みを入れると体が強張り、却って減速してしまうのだ。
かといって力まないまま行っても、最後は減速するもの。トップスピードの維持などもって30mくらい。どんなトップ選手でもゴールに近づくにつれて必ず減速してしまう。
力んではダメ、でも減速はする。じゃあどうすればいいのか。
答えは「何もしないをする」だ。結局何もしないのかよ!ってツッコまれそうだが、いや実際そういうもんなんだよな~。
もう少し具体的に言うと、ここまでもってきたトップスピードを出来るだけ維持すること…かな。自分のMAXスピードが出たなーってなったら無駄な力を入れず、ニュートラルな状態になって、現状維持=「何もしない」をするんだ。根性だの何だのと、熱血要素は要らない。頭はクリアーに、機械的に手足を振るだけ。
70m、80m、85…おっとスピードが落ちはじめてきた。が、何もしない。ここまでつくってきたスピードをなるべく維持することだけ考えて、進むだけ…!
そうしてゴールの白線を通過し、レースを終える。スピードを一気に緩めていきなり止まることはせず、徐々に緩めて10mくらいジョギングしてから停止し、スーハー息をする。
トラックのホームゴールの左側にある電光掲示板を見ると、一着した選手…つまり俺のタイムが表示されている。
11.89 と表示された掲示板を見た俺の感想は、まあこんなところか、だった。
当時の頃なんか、タイム12秒後半の凡野郎に過ぎなかったわけだし。
そんな凡で非才な俺でも、練習をより専門的なものにランクアップさせ、「正しい」努力を積んでやれば、100mを11秒台で走ることは出来るのだ!!
体もまだ中3ってわけでまだ未熟、ほっそりしていて筋肉もまだそんなについてない。この先身長の成長が止まればウエイトなんかも取り入れて本格的に筋力増強もしてやれば、さらなる競技能力の向上が期待出来そうだ。
午後に決勝レースに出場し、タイムは11秒77、3位入賞という結果に。当時の中学ベストより0.7秒くらい速く走れてる。それでも地区で1位にはなれなかった。
だからって落胆するには早い。実戦はまだ一回目、専門的な練習も始めてからまだ2か月近くしか経ってない。この肉体だって十代半ばの成長期真っ只中なわけで、強くなる兆しはいくらでもあるはずだ。
「大丈夫や、こっから夏、秋と、試合はいっぱい残ってる。そん中のどれかですげー結果出して、デカい爪痕残したる…!
こっちはやり直してるお陰で、そこらの奴らよりも知識量は人一倍、要領良いやり方もある程度は心得てる。せやから後は人並みかそれ以上の努力をするだけや!成り上がれる気しかしねぇ…!」
――そう思っていた時期が、ありました。
7月22日 大阪中学選手権大会(通称 府大会)。
「―――、はぁー、はぁー、はぁ……っ
は……?うそ、やろ………」
全国大会にもつながる中学で大事な試合。俺はこの日に向けてピークを合わせた。今まで取り組んできたことの反復、仕上げとなるスピード練習とスタート練習、そして体調管理も。
やれることは全部やったつもりだ。
なのに……結果は、予選レースで敗退。タイムも地区予選の時とほとんど変わらず。
「………んでやねん。調子は悪くなかった。体も動けとった……。それで、こんなタイムでしか走られへんのかよ、俺はよぉ…!」
タイム自体はこれまでの中で一番良い、自己新記録だった。 顧問や部員から予選突破ならずを惜しまれつつもおめでとうと言われたが、俺は素直に喜べなかった。
昔には無かった知識と知恵をもとに、理に適い効率が良く自分に適した練習を積みに積んだ。地区予選と違って今回は時間もたくさんあった。だから正しい努力がたくさん積めれた。誰よりも頑張ってきた!
なのに、こんなタイムなのかよ。中学生の特権ともいえる成長期を経てなお、この程度なのかよ…っ
愕然するしかなかった。さすがに堪えた。自分の平凡っぷりに吐き気すらおぼえた。
タイムスリップしてハンデもらった状態からやり直してまでして、この程度の結果しか出せない俺はやっぱり、世のトップ選手と比べて才能が全く無いんだ。どこまでいっても、凡の凡で凡愚なんだと。
この日俺はそのことを骨の髄まで思い知らされたのだった―――