20**年度第**回夏季オリンピック競技大会
陸上競技男子の部100m 決勝
『――さぁいよいよ、陸上男子100m決勝の時が迫ってきております!実況は私――』
デジタルテレビの画面には赤いタータンが敷かれた陸上トラックが映し出され、次にホームストレート…100mのスタート地点が映し出される。そこには短距離競技でおなじみのスターティングブロックが8台置かれている。
そして実況と解説があれこれトークしてつなぎをしてるうちに、これから決勝レースを走る8名の選手が、今年の世界最速スプリンターを決めるべく
『――そして最後にトラックに姿を見せた彼が、日本の
これから凄いことを成し遂げてくれると、そう思わずにはいられません…!』
実況の熱弁ふるった紹介とともにテレビ画面に移った東洋人…日本代表の選手、祐有真は悠々とした足取りで自身が走るレーンに入り、設置されてるスターティングブロックを調節してスタートの最終確認をしていく。日本人でありながら海外選手と引けを取らない体格、両目からは鷹のような鋭い眼光を放っている。
『日本およびアジアのチャンピオンに輝いた松山が次に狙うのは、世界一!果たして我々は彼がそれを成し遂げる瞬間を目にすることができるのでしょうか…!』
そして迎える決勝の時。 会場のアナウンスが英語で出場する選手を読み上げていく。そして祐有真の名前が挙がると本人は手を軽く挙げて一礼し、会場から彼の応援に来た日本人たちの声援が上がった。
「――
スターターの号令、祐有真ら選手たちは各々のスタートルーチンを行ってからスターティングブロックに足をかけて、クラウチングの姿勢で体を静止させる。
「
腰を上にあげ、両腕に体重を乗せたまま静止。そして、電子ピストルの号砲とともに、選手全員が一斉にスタートする。
『一回でスタートしました!男子100m決勝!
素晴らしいスタートを切った松山が、もう前に出ている!』
この日の為に何度も何度もスタート練習をしてきた祐有真。本番のこのレースで理想通りのスタートダッシュを決めて、誰よりも前へリードする。一次加速から二次加速に入り、トップスピードへ繋げていく。
『力強い、しかしその動きは軽い!松山はさらにグングン加速していく!しかし金メダル候補のアメリカの―――が、松山に並ぼうとしてる!
さあラスト10m――』
10m、5m、1m―――、祐有真は前しか見ていない。だが自分に追いつき並走している選手がいることは、肌で感じていた。
熾烈なトップ争い。しかし彼の中には競争心など少しも無い。隣に誰がいようが関係無い。自分はただ持てる力を全て発揮すればいいだけ。終始そう思ったまま、ゴールを駆け抜け、余韻の走りでカーブを駆けていった―――
「――それでは、お越しいただいた松山選手にお話を伺いたいと思います!
松山選手、今の率直なお気持ちをお聞かせいただけますでしょうか!?」
レースが終わった直後、ゴールエリアで待ち構えていたインタビュアーが中継を繋いで、こちらにやってきた祐有真にインタビューする。現地で世界最速を決めるレースを目にしたことで興奮気味の美人女子アナウンサーに対し、祐有真本人は平静な態度で、笑顔も見せることなく質問に応じていく。
「まあ、狙い通りの結果だったと思います」
「後半で並ばれた時、隣の選手は意識されていたのでしょうか?」
「いえ、全く。自分の今持てる力をしっかり出し切ることしか考えてませんでした。誰に並ばれようと関係ありません」
「それにしても松山選手!ご自身が今日で日本史上初の快挙を成し遂げられたことについては、どう思われていますか?」
「ああ、まあ……今年はいけるだろうなって思ってましたから、達成出来てほっとしてます」
祐有真の淡々とした回答に女子アナは「なんてクールで落ち着いた人なんだろう」とときめきながら、さらに踏み入った質問をする。
「今日のあのレースに至るまで、松山選手色んな準備をして、鍛錬をされたと思われます。差し支えなければどういったことをされていたのか教えていただけますでしょうか?」
一拍置いて祐有真はこう答えた。
「――
だからこそ掴めた今日の結果だったと、考えてます」
祐有真の力強い答えに、美人女子アナは下腹部をきゅんとさせ、この後ホテルに誘ってみようと下心を燃え上がらせた。
オリンピックで自分が出る種目を全て終えて、日本に帰国した祐有真をファンの人たちもそれ以外の人たちも彼を「凄い」「おめでとう」「最高」と称えた。
彼らの称賛の声に、祐有真は当然の結果だと思いつつも気を良くさせた。自分のファンと名乗る女子たちにサインとツーショット写真を求められ、気前よく応えてあげた。
「今年は今までで一番凄かったです!自己ベストも出してて、本当に感動しました!とにかく、凄かったです!」
興奮と感動のあまり語彙力乏しい声援にも祐有真は「ありがとう」と応える一方、心の中でこうつぶやいていた。
(俺がみんなよりも凄いなんて分かりきっとるし、当たり前なんよなぁ。
何せ俺はこの人生を……9998回もやり直し、通算9999回目のやり直しをしとるんやから―――)