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第264話 戦場で蠢くモノ

―――妖しげな黒いオーラを放つ水晶を天に向かって掲げるワインド


「さあ、目覚めよ!―――お前の力でシュヴァルツ軍を、九頭竜八雲を滅ぼすのだ!!!」


中で黒い靄のようなものが渦巻く水晶の玉から噴き出した黒いオーラが、空に向かって黒い柱のように昇っていく―――


すると今まで晴天だった空にワインドから立ち上がる黒いオーラが、鼠色のどんよりとした重いたい雲を急速に呼び集め、晴天の空を覆うように広がりだしたことで旋回して黒麒麟で駆け続ける八雲も、その不穏な空気に気がついた。


「八雲!あれを……なにか、強力な魔力が渦巻いているわ……」


八雲のすぐ後ろを黒麒麟で駆けていたレベッカが立ち昇る黒いオーラを指差して、その邪悪な気配を八雲に知らせる。


八雲もその声に振り向き、その指差す方向に見える黒く立ち昇っていく邪悪なオーラがイロンデルの本陣があったところだと気づいたところで大地が振動する―――


「な、なんだ!?―――地面が?!」


―――駆けている場所から見えている大地が見る間に地割れを起こして地面が盛り上がっていったかと思うと、地面に出来た裂け目から巨大な何かがその姿を現してくる。


「全軍、俺に続け!―――地面の裂け目を回避しろぉお!!!」


更に旋回運動に入り、亀裂が広がって異様な何かが蠢く場所を回避するようにして、八雲は騎馬隊を率いて巨大な亀裂から一旦距離を取る。


突然発生した巨大な亀裂は何百mと続いており、その割れ目の中で蠢くモノがゆっくりと地上にその姿を現し出すと―――


「なん……だ、あれ……」


―――流石の八雲も思わず口をあんぐりして、呆けた声を上げていた。


それは八雲に続く者達も同様だった―――






―――陣立てした丘の上から外に出て八雲の戦いを見ていたエドワードとクリストフ、それに護衛の騎士達も突然戦場に現れた地割れに驚愕する。


「クリストフ!―――あれは一体何だ!?魔術攻撃か!?」


焦った声で弟の公爵であるクリストフに叫ぶが、


「陛下!あれは魔術ではありません!!何か……あの裂け目に何かが蠢いております!!!」


「なんと!あのような裂け目を生み出せるような生き物がいるというのか!?」


エドワードの問いに重苦しい表情をしたクリストフが、


「あれは……魔物です……」


突如現れた地割れの正体が魔物だと告げるクリストフの言葉に、エドワードは固まって動けないままだった……






―――その間にも、大地の裂け目は長く広がっていく。


空は暗い雲が立ち込めて、大地は広がっていく亀裂に合わせて小刻みに地鳴りと揺れが起こっていた。


その裂け目からはドス黒い魔力が溢れていて、その中にいるモノが途轍もない魔物だということは誰の目にも明らかだ。


しかし、突然起こった大地の裂け目に、そこから溢れる邪悪な黒い気配は普通の人間であれば恐怖でその場から動けなくなってもおかしくない。


シュヴァルツ皇国騎士団も、その例に漏れず青ざめた表情をした兵が大多数を占めていたが―――


「あの裂け目からもイロンデル軍からも一旦距離を取る!!!―――全員俺に続けぇええ!!!」


―――そこで風魔術拡声スピーカーを用いて騎馬隊に響き渡る八雲の号令に、恐怖で身体を縛られていた兵達は一斉に我に返る。


その号令と共に亀裂と距離を取る様に離脱していく八雲に続き、騎士団がその場から次々離れていく―――


―――その間に、亀裂から黒い鎧のような胴体が幾つも連なり、その全長は見ただけでも三百mはあろうかという体躯が見え始めた。


その連なった黒い胴体の側面には無数の足が等間隔に並んでいて、それをウネウネと動かしながら地表へと姿を現してきたモノは、この世の醜悪を集めたかのような巨大な百足むかでだった―――






―――魔物の正体は途轍もなく巨大な百足だった。


その姿を空に浮かぶ黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの窓から見ていた雪菜が―――


「ウギョオェエエ―――ッ?!む、む、むか、百足ぇええ!!しかもメッチャ大きすぎだよぉ!!!」


―――と、空からでもハッキリと分かるほど巨大な身体に沢山の足がついてワナワナと動き回る気持ちの悪い姿に大音量の悲鳴を上げた。


「ムッ!……あれは大百足ジャイアント・センチピードのようだが……普通じゃない」


同じく窓の外を眺めて、地上にいる巨大な大百足をジャイアント・センチピードと呼んだノワールが、その異質な気配を感じ取ると雪菜が青い顔をしながら叫ぶ。


「―――いやあんな大きな百足なんて普通じゃないでしょ!?百足だよ!?しかもあんなに大きいんだよ!?もう無理!!」


百足が大嫌いな雪菜としては、これほど巨大な百足は普通ではなくて当たり前だ。


しかし、ノワールが言ったのはそういう意味ではない。


「いや大百足は確かに大きな百足だが、それでも数mくらいまでの魔物だ。あれほど大きくなるなんてあり得ん」


「いや数mでも普通じゃないから……」


雪菜が力なく呆れた声を上げたその時、同じく窓の外を見ていたマキシが叫ぶ。


「あれは?!―――ラーズグリーズ先生!!あの大百足の身体に浮かんだ紋様を見てください!!!」


マキシの焦る声色にラーズグリーズが窓に近づいて大百足を見ると―――


「まさか!……あれは、どうやら【呪術カース】の紋様ですね……しかし、複雑な術式を編み込んでいるようです。見たところ操作系の【呪術】であることは読み取れますが……」


―――大百足の黒い鎧のような全身に、巻き付くようにして浮かび上がった紅い紋様が【呪術カース】によるものだと鑑定した。


「しかも、信じがたいことにあの大百足は『災禍』よ。まさか……【呪術】で『災禍』を操ろう、だなんて狂気の沙汰ね」


白雪が瞳を大きく見開き『鑑定眼』を発動すると、あり得ない状態の大百足の『災禍』に対して驚愕する。


「兎に角!このままではシュヴァルツの兵達が危険だ!!『災禍』であればクラスは『災害級』……だったら我等が介入することも何ら問題はない!!!」


「ほおお♪ まさかこんな形で余の帯剣となった焔羅ほむらの試し斬りが出来るとはな♪」


イェンリンがニヤニヤとしながら、腰の大きな剣の柄に手を置く。


「イェンリン!雪菜!マキシ!―――お前達は眷属を連れて下に降りろ。しかし、顔は見られぬ方が良いな……」


他国の介入の跡を残したくはないという八雲の意向を鑑みたノワールが悩んでいると、


「―――ならば、これをお使いなさいな」


そこに現れた葵御前が、その手に目元だけを隠すようにして造られた狐の面を差し出してきた。


「おおっ♪ これは丁度いい物だな!―――よぉし!これを被り、我に続けぇええ!!!」


「オオオ―――ッ♪!」


目元を狐の面で覆った異様な集団……『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』に神龍の眷属を加えて結成された一団が、一斉に最下部の格納庫に向かって集合する。


黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー格納庫最下部ハッチ、開きます』


ディオネの艦内アナウンスが響くと同時に、格納庫の床が左右に広がっていく―――


風が轟轟と響き、気圧で耳がどうにかなりそうな状況で地上まで数百mという高さだったが、雪菜を始め空が飛べない者などもう此処にはいない。


「よし!『龍紋の乙女達クレスト・メイデン』―――出撃だぁああ!!!」


そう叫んで真っ先に外に飛び出したノワールに、皆も続いて飛び出し降下していくのだった―――






―――地上では突如として現れた巨大な百足の魔物に混乱が起こっていた。


八雲も驚いていたが騎馬隊を移動させ、一旦距離を取った場所から大百足を睨んでいると、そこに高速移動で姿を現した影が叫ぶ―――


「八雲様!―――あれは『災禍』だ!!」


「サジテール!?―――『災禍』だって!?」


―――その影は龍の牙ドラゴン・ファング序列02位のサジテールであり、イロンデル軍と共にここまで監視を続けながら開戦時から八雲のことを見守っていたのだが、まさかここに来て『災禍』の参戦に八雲の元にその姿を現したのだ。




―――『災禍』とは


この世界では魔物の中で、特に魔力・智力・戦闘力・凶悪さが段違いに上がった魔物が生じることがある。


冒険者ギルドでも『災害級の魔物』という言葉で表される魔物の中の特異点―――それが『災禍』である。


八雲が遭遇した『災禍』といえば、葵が術で取り込まれた巨大な妖狐が思い出される。




「どうしてこんな場所にピンポイントで『災禍』が出てくる?まさか、さっきの―――」


そう言い掛けた八雲の元にラーズグリーズから『伝心』が届いた。


【八雲君!―――あの大百足ジャイアント・センチピードは『災禍』です!!】


【ラーズグリーズか?ああ、それは今、サジテールから聴いたところだ】


【ですが唯の『災禍』ではありません!あの身体に浮かんでいる紋様が見えますか?あれは……操作系の【呪術カース】の紋様だと思われます】


【はぁ?【呪術】?―――しかも、操作系ってことは……】


そこで八雲は再びドス黒いオーラが立ち上がるイロンデル軍の本陣に目を向けた。


この状況で近くにいるイロンデル軍よりも距離を取った八雲達シュヴァルツ皇国軍に無機質な視線を向けてくる大百足の動きと、戦場に操作系の【呪術】を施された『災禍』が出現したという事実、そしてあのワインドから立ち上がっている黒いオーラ……それらを繋ぎ合わせていくと―――


答えはワインドの仕業だということが八雲の脳裏に導き出されてくる。


「あの……大馬鹿野郎がぁ!!!」


人と人の戦場に『災害級』の魔物を投入してきたことに怒りのオーラを噴き出して怒鳴りつけた八雲を見て、サジテールも騎士団も思わずビクリ!と身体を震わせた。


「ラース!―――これから騎士団はお前に全権を渡す!!」


「ハッ!―――承知致しました!!」


馬上でラースが頭を垂れると、八雲が次の行動を指示する。


「あの大百足は『災禍』だ!普通の人間じゃアレの相手は出来ない。騎士団は一旦距離を取りながらイロンデル軍を牽制して、足元を掬われないようにしろ」


「承知致しました。陛下はこれからどうなさるのですか?」


「俺は―――あの『災禍』をサッサと始末する」


「それは?!……陛下の御力を疑う訳ではございませんが、しかし―――」


ラースがそう言い掛けた時、


「―――心配するでない小僧。八雲のことは我とその妻達に任せよ♪」


「ウオォッ?!―――ノ、ノワールさん!?いつからそこにいたの!?あとそのお面なに?コスプレ?」


目元を覆った黒い狐の面をつけたノワールが、八雲達の傍に立っていた。


いや、ノワールだけではない―――


「フッフッフッ♪ この焔羅の試し斬りに来てやったぞ、八雲!」


「イェンリンだけでは暴走しないとも限らないからな。私も同行した」


紅い狐の面を着けて現れたのはイェンリンとブリュンヒルデだった。


「―――僕も役に立てるように頑張るから!!」


「マキシ様の護衛はわたくしにお任せくださいませ!」


蒼い狐の面を着けて現れたのはマキシとウェンスだ。


「アウアウ……やくもぉ~百足だよぉ!怖いよぉ~!!ううぅ……」


「―――ご安心くださいませ!雪菜様!!このサファイアが百足如き、九頭竜八雲如きから必ずお護り致しますわ!!」


白い狐の面を着けているのは半泣きの雪菜と鼻息の荒いサファイアだ。


「雪菜は子供の頃に百足に噛まれてから大嫌いだったもんなぁ―――後サラッと俺を討伐対象にするなよ?サファイア」


チッ!と小さく舌打ちをするサファイアは後で揶揄と心に誓って八雲は最後に、


「―――来てくれたのか、アリエス」


ノワールと同じく黒い狐の面をつけたアリエスを見つめる。


「はい―――八雲様に仇なすものは、龍の牙ドラゴン・ファング序列01位の名にかけて打ち倒します」


そう言って笑みを八雲に向けるアリエスに、八雲も笑みを返す。


「あ、サジテール!これは、貴女の分です」


そう言ってもうひとつ黒い狐の面をサジテールに渡すアリエス。


「それは……今更、いるのか?」


そう言い返したが、アリエスの無言の『圧』で渋々その面を着けるサジテール……


こうして精鋭部隊は揃った―――


「よし!―――それじゃあ『災禍』討伐にかかるぞ!!!」


―――八雲の掛け声に、美しい狐面の乙女達は「オオオッ!」と声を上げて気合いを入れ直す。


そして、混乱した戦場に現れた大百足の『災禍』に八雲を先頭に突撃していくのだった―――



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