「―――オオッ!どうやら間に合ったみたいだぞ!!フフフッ♪ 八雲め、血気盛んに先頭を走っているではないか」
天翔船
「でも、八雲から戦争に関わるなって言われていたのに、
不安そうな顔でノワールに問い掛ける雪菜だったが、
「なぁ~に♪ 八雲は干渉するなとは言ったが見物しに来るなとは言わなかった!だからこうして空から見ていても問題ない!―――ディオネ!船にちゃんと《認識阻害《ジャミング》》の魔法陣は発動させてあるだろうな?」
「―――はい、ノワール様。クレーブスと共に確認しました。たとえマスターでも、この船を認識することは出来ません」
「よし!―――では此処から我等の夫の活躍を高みの見物しようではないか!」
ニコニコして窓から地上を覗き込むノワールに雪菜は呆れながらも、
「屁理屈っぽいところ、八雲に似てきているのが心配だよ……でもそこが痺れる!憧れる~♡ キャアア~♡ 八雲ぉ!!!」
自分も窓から地上を覗き込んで八雲に声援を送っていた。
イェンリン達やマキシ達、ティーグルの黒龍城に集った者達は全員が
―――
今、イロンデル軍が敷いた六万の
「―――斬り裂けぇえええ!!!」
八雲の雄叫びが喧騒とした戦場の中で響き渡り、黒麒麟による漆黒の騎馬隊は黒い弾丸のようになって一直線にイロンデル軍の密集陣形を引き裂いていく―――
「―――ええい!何をしておるかっ!!あの程度の突撃など両側面から挟撃せんかぁあ!!!」
―――イロンデル軍の最奥に配置された本陣でイロンデル公国公王ワインドは激を飛ばす。
だが、漆黒の騎馬隊の突撃はまるで薄い布を引き裂くように、
「何故、止まらぬ!?―――先頭には皇帝自ら駆けているというのに、何故討ち取れん!!!」
先陣は武人の誉れではあるが、このような突撃では討ち死にするのが当然と言える無茶な先頭の位置に皇帝がいるのである。
―――にも拘らず八雲は未だに無事で、イロンデルの軍勢を左右に分断しながら突き進んでいる。
魚鱗の陣や鋒矢の陣など突撃に特化した陣形は、側面からの攻撃には弱いといった脆さを持っている。
丁度、中央辺りに斬り込んだ八雲の騎馬隊が左右からの挟撃に無事ですむはずがないのだ。
ワインドがその戦術的矛盾に疑問を抱えているところに―――
「―――も、申し上げます!!」
「ウムッ?―――申せ!!」
―――本陣に駆けこんで来た伝令の兵に発言を許可する。
「ハッ!―――先鋒よりの報告!シュヴァルツ皇国軍の突撃を受け、突き進むシュヴァルツ皇国軍の側面より挟撃を仕掛けたところ……」
そこで伝令が言い澱む。
「なんだ?―――早く申せ!!」
「ハ、ハイッ?!―――挟撃を仕掛けたところ、尽く攻撃が届かず!敵は無傷で我が軍に斬り込んできております!!!」
「なにぃ!?―――戯けたことを申すな!!槍でも弓でも放てば敵に当たるであろうが!!!」
「は、はいぃ……通常ならそうですが、先頭の黒帝が放つ蒼白い炎のような光に覆われた騎馬隊には剣も槍も、放った弓ですら弾かれて敵に届きません!!!」
「な……なん……だと……」
―――先鋒を走る八雲は蒼白いオーラにその身が包まれていた。
八雲だけではなく、そのオーラは五万の黒麒麟に刻まれた対物理攻撃耐性強化の魔法陣に、オーバー・ステータスの魔力を供給し、全軍の黒麒麟で対物理攻撃障壁が展開され、側面から襲い来る剣を弾き返し、突き出された槍を圧し折り、飛び交う弓矢を弾き飛ばしていく―――
シュヴァルツ皇国第五騎士団の団長クリスティーナ=フォン・ケスラーは、今の状況に理解が追いつかずに思わず笑いが込み上げて来ていた。
「アハハハッ♪ これが黒帝陛下のご加護なんだね♪ ラースやナディアが心酔しているから、どれほどの者かと思っていたけど、まさかこれほどとは!―――面白いじゃない♪ 私も陛下についていくことに決めたよ!!!」
ピンク色の長髪をポニーテールにして手に握った槍を振り回しながら、目の前のイロンデル兵達を切り倒していくクリスティーナは絶大な黒帝の加護、八雲の能力に自身もまた心酔していく。
ナディアと同じく美しく、強さを目指して女の身で団長の地位にまで立った実力者クリスティーナにとって、八雲の背中は魅了されるには充分な男の背中だった―――
同じくシュヴァルツ皇国第四騎士団の団長ギルベルト=フォン・ブッカーは大きな体躯で握ったウォーハンマーを横薙ぎに振り回して、イロンデル兵達を一撃でミンチ肉へと変えながら、前方の八雲につき従って真っ直ぐに突き進む。
「団長!―――黒帝陛下の御加護はとんでもありませんな!敵の攻撃は尽く退けられて、誰一人として脱落する者などおりませんぞ!!」
ギルベルトの後に続く副長から聞こえてくる声に、
「黒帝陛下に勝利を捧げる……我等、武人が努めるは唯それのみ」
普段は無口で有名なギルベルトが、戦場でこれほど語るなど過去にない偉業だと驚く騎士団員達。
「おい!団長がこんなに喋ったぞ!!我等は団長につき従うのみ!!!陛下に勝利を―――ッ!!!」
第四騎士団の士気はギルベルトの言葉だけで爆上がりするほど、脳筋であり団長を慕う猛者達の集団だった―――
シュヴァルツ皇国第三騎士団団長ウォルター=フォン・エスターライヒはグレーの長髪を首の後ろでひとつに纏め、手にした剣を高速で振り翳し次々とイロンデル兵の首を跳ね飛ばしていく。
前方を走る八雲から流れてくる膨大な魔力と、それに反応して対物理攻撃に障壁を展開する黒麒麟を見てウォルターはフッと含み笑いを浮かべる。
「まさに驚天動地の御業……お飾りとしてだけの皇帝だとエドワード陛下は仰っていらっしゃったが……いやいや!これほどの御力をもった皇帝を主君に頂くことなど凡庸な騎士の人生ではあり得ず、またこれは身に余る栄誉!ならば我が命が尽きるまで陛下と共に駆けるのみ」
一瞬浮かべた笑みから再び鋭い鷹の様な眼つきに戻ったウォルターは、心躍るのを表には出さずに普段の冷静沈着な戦い方で唯只管に敵兵を斬り倒していくのだった―――
ナディア=エル・バーテルスの従える第二皇国騎士団は、八雲の従える近衛騎士団のすぐ後ろにつけている。
「ハアッ!ヤアッ!―――陛下の背中を見逃すな!!皇国騎士の名に恥じぬ戦働きを見せよ!!」
そう叫ぶナディアの手にあるのは八雲から下賜された漆黒刀=連理だ。
八雲と同じ刀を希望して、ラースの比翼と対になる
八雲には災禍戦役の時から返し切れない恩を感じているナディアは、想い人のラースとも結ばれて気力は充実している。
「陛下と共に!!―――我等のシュヴァルツを我等で護り切る!!!」
誓いのように叫ぶナディアは戦場を疾走するのだった―――
シュヴァルツ皇国騎士団の栄光の第一騎士団を預かる団長ラース=シュレーダーは、ナディアと対になる漆黒刀=比翼を手に迎え来るイロンデル兵を切り倒して進む。
前方にはイロンデル軍の
「流石は黒帝陛下!数万の大軍をもってしても陛下の突撃を止めることは叶わずか。されど、その陛下に任せきりとあっては第一皇国騎士団の名が廃る!―――お前達!遅れるなよ!!勝利は黒帝陛下と共にある!!!」
自身の後に付き従う同じ騎士団の仲間達に発破をかけるラース。
チラリと並走している第二皇国騎士団が気になったが、今はこの戦を終結させることが大事だ。
斬れ味は益々上がっていく比翼を振り翳し、ラースは八雲の背中を追って駆けていく―――
「ハハハッ!!これこそ武人の誉れ!!!―――陛下!これほど爽快な突撃が出来るのも陛下の御加護のおかげですな!!!」
八雲と共に先頭を駆ける近衛騎士団団長のラルフ=ロドルフォは手にした黒斬馬刀=偃月を木の枝のように振り回し、並み居るイロンデル兵の首を一度に数人分も斬り飛ばしながら八雲に告げた。
「―――ラルフ!油断して落馬するんじゃないぞ!!!」
そう答えるのは戦に参加しているティーグル第一王子アルフォンスだ。
「殿下!これでも近衛騎士団の団長ですぞ!落馬などすれば部下達に申し開きも立ちません!!!―――ウオオオッ!!!」
偃月を振り回して道を切り開くラルフ―――
―――その隣で剣を振り翳し、同じく道を切り開くアルフォンス。
そんなラルフとアルフォンスを余所にして―――
「オラオラッ!!―――このルドルフ様の槍で逝けることを冥府で自慢してこい!!!」
―――八雲に貰った黒十文字槍=焔を旋回させながら、イロンデル兵を次々と斬り倒すルドルフ=ケーニッヒに、
「―――《炎槍《ファイヤー・ランス》》」
漆黒杖=吉祥果から増幅して連射する魔術攻撃でイロンデル兵を燃やし、凍らせ、地面に埋め、切りつけて葬るレベッカ=ノイバウアーの英雄コンビも先鋒に加わって戦果を上げていく―――
―――多くの者達の期待と畏敬を一身にその背中で受ける九頭竜八雲は、
蒼白いオーラを噴き出しながら五万の漆黒の騎馬隊を引き連れ、イロンデル軍の
「―――突き抜けるぞ!!左に旋回行動を取れ!!!」
―――ついに敵の陣形を突き抜けるところまで到達して手筈通りに左への旋回を促す。
そして―――
「―――突破した!!!」
―――最深部の兵を突き抜けた八雲と漆黒の騎馬隊は、その先にいるワインドが従えるイロンデル本陣を見止める。
「ウウッ……」
その突き抜けてきた蒼白いオーラを纏った漆黒の騎馬隊を見てワインドはひとり狼狽えていた。
あの様な無敵の騎馬隊が突撃してきて無事でいられるはずがないことは、頭に血が上ったワインドにも分かり切った結末である。
有名な戦国武将、上杉謙信と武田信玄であれば数々の場面で描かれたものがあるように此処で八雲が一騎駆けでイロンデル本陣に斬り込み、ワインドと剣を交えるのが歴史的にも後世に語られる絵になるシーンなのかも知れない……
―――だが、
八雲は狼狽えるワインドの姿を見止めて、その姿にニヤリとした嫌味な笑みを浮かべながら―――
「フッ……」
―――と、ひとつ失笑を短く吐くとイロンデル本陣とは反対の方向、左に旋回してワインドから離れていく。
一瞬、何が起こったのか?―――何故此処に自分がいることを見定めておきながら逆方向に駆けていったのか?
その様な疑問がワインドの頭に浮かんだが同時に先ほど八雲が見せた失笑を思い浮かべた瞬間、まるで雷で打たれたような衝撃を覚えた。
「……儂のことなど、眼中にない……と?……斬り合う価値も……ないと言うのか……ふ、ふざけるなぁああ!!!ふざけるなよ!小僧がぁああ!!!」
この戦をすぐに終わらせるのなら、そのまま本陣に突撃していればシュヴァルツの勝利は確実だった。
―――だが、八雲は敢えて逆に旋回することでワインドに、
『お前などはこの歴史的突撃で斬る価値もない』
という意志を示したのだ―――
―――後に、この旋回は『黒帝ターン』と呼ばれ後世の歴史家、戦略家達にとって様々な憶測が飛び交う歴史的課題へとなっていく。
「このまま左に割った一団から先に各個撃破するぞ!―――遅れるなよ!!!」
旋回していく八雲率いる漆黒の騎馬隊は、その勢いを落とすことなく再び混乱するイロンデル軍へと突撃を謀る。
あり得ない突撃を前に混乱するイロンデル軍は多数の士官クラスを最初の突撃で失い、もはや烏合の衆へとなり下がっていった。
離れていく八雲の背中と漆黒の騎馬軍団を見送りながら、ワインドはギリギリと歯軋りをして眉間に皺を寄せ悔しさを滲ませる。
しかし―――
数々の屈辱を受け続けたワインドは、ここで懐から黒い靄のようなものが中で蠢く水晶を取り出した……
「どこまでも馬鹿にしよって!だがな小僧……この力を使い、儂が生意気なお前を葬り去ってやるぞ!!!―――最後に勝つのはこの儂なのだからなぁああ!!!」
ワインドは、そう叫びながら、黒いオーラを放つ水晶を天に向かって掲げるのだった―――