―――8月26日
八雲がソプラ・ゾット統一に奔走した時から更に時が経ち、フロンテ大陸オーヴェストの勢力図は―――
―――『シュヴァルツ皇国』 V.S. 『イロンデル公国・フォーコン王国』の様相を呈していた。
この間にティーグルに戻ったラースとナディアは、自分達の皇国第一騎士団と第二騎士団を再編成し、今度はイロンデル公国との国境に向かうと八雲から聞いていたので遠征装備を整えていく。
そして、八雲の指示で故郷であるエレファン公王領へと向かったアマリア、ジュディ、ジェナは無事に首都レーヴェにあるレアオン城に到着していた。
そうしてエレファンの公王となった兄のエミリオに八雲の指示を知らせると―――
「―――エーグルへの出兵の準備を!!!」
―――重臣達に一斉に指示を出して、自身も出兵することを宣言した。
その時、先代王であるレオンは―――
「アマリア、お前……黒帝陛下に失礼なことは働いていないだろうな?」
―――とアマリアの素行を心配していたが本人が自信満々に、
「―――父上!!勿論です!!ちゃんと陛下の許嫁だと宣言しておきましたよ!!!」
元気にそう答えるとレオンが無言のまま卒倒して、その場で倒れてしまった……
レオンは近づくなと言い聞かせていたのに、エミリオの指示に従って八雲に接近していたアマリアの許嫁宣言にショックを受けたのだ。
そしてその後ろではガッツポーズをするエミリオ。
そんなエレファンの王族が繰り出すコントにジュディとジェナは、
「ハハハ……」
と、ふたりで乾いた笑いを浮かべるしかなかった……
―――そんなこともあり、レオンは国元に残しておいてエーグルへの援軍は公王エミリオと妹のアマリア王女が率いることになる。
その兵数三万の軍勢が首都レーヴェを出発したのだった―――
―――その頃、
エーグル公王領では―――
「―――陛下!エーグル騎士団兵数四万、フォーコンとの国境付近に向けて出兵致します!」
エーグルの首都ティーガーにあるティグリス城の玉座の間で、エーグル騎士団長キグニス=オスローは女帝フレデリカに向かって跪き、出兵の宣告を行った。
「御苦労様です、オスロー卿。此度の出兵はあくまで国境を護る防衛戦です。八雲様からも、『くれぐれも国境は越えるな』というご指示を頂いています」
玉座に鎮座する白のドレスに帝位を表す王冠を頭に頂いたフレデリカが、真っ直ぐでサラサラとした少し青みがかっている銀髪を揺らして赤い瞳をキグニスに向けて言い渡す。
「―――承知しております陛下。黒帝陛下の御命令は必ず守ります。幸いエーグルとフォーコンでは此方側が高地になります。見晴らしもよく軍の接近が見えれば、いち早く対応することも出来ます」
「今、エレファン公王領からエミリオ陛下自らが援軍を三万、此方に引き連れていらっしゃいます。黒帝陛下はフォーコンの動きが読めない以上、万全の護りを固めよとのこと。オスロー卿、エーグルのこと宜しくお願いします」
フレデリカから頼まれては仕える騎士として、その責を重く受け止め深々と頭を下げながら熱い意志を滾らせるキグニス。
「―――我が一命を賭しても、エーグルの地は守護することを誓います」
先代騎士団長に疎まれて閑職に回されていたキグニスを登用し、騎士団長になる遠因となった八雲にキグニスは個人的に大恩を感じていた。
その八雲の妻にして自らが仕える女皇帝フレデリカのためであれば、キグニスはフォーコンが万一攻めてきた時に命を擲つ覚悟が出来ている。
「では、わたくしも今から出陣致します」
そう言って振り返るとキグニスは玉座の間から退場して、城外に出兵を開始する騎士団の先頭に向かうのだった―――
―――8月27日
昨晩ノワールとアリエスのふたりにより、寝室に引き摺り込まれた八雲だったが……
窓の外が明るくなりだした頃、ノワールとアリエスはベッドにうつ伏せになり、ピクピクと震えて悦に浸り眠りについていた。
そうしてようやく落ち着いた八雲はアリエスとノワールの間に横になり、ふたりの温もりを感じながら眠りにつくのだった―――
―――その日、シュヴァルツ皇国では軍が一斉に動き出す。
ティーグル公王領でもまた、ティーグル皇国騎士団が出兵に向けてアークイラ城に整列を終えていた。
ティーグル改めシュヴァルツ皇国軍部の五つの騎士団は―――
―――各団長の元に副長が二名、その下に千人隊長が十名、その下に百人隊長が百名と騎士団辺り一万人で編成されているので軍事力の総力は五万人となり、これに近衛騎士団がラルフの元に二千人いて国の保有軍事力は五万二千人となる。
第一皇国騎士団
団長 ラース=シュレーダー
23歳 男
髪 ダークブラウンの髪
瞳 蒼
第二皇国騎士団
団長 ナディア=エル・バーテルス
20歳 女
髪 金 長髪 後ろに纏めている容姿
瞳 蒼
第三皇国騎士団
団長 ウォルター=フォン・エスターライヒ
35歳 男
髪 グレー 後ろでひとつに纏めている容姿
瞳 茶
第四皇国騎士団
団長 ギルベルト=フォン・ブッカー
31歳 男
髪 茶 長髪の癖毛
瞳 茶
第五皇国騎士団
団長 クリスティーナ=フォン・ケスラー
22歳 女
髪 ピンク 長髪 ポニーテールの容姿
瞳 赤
アークイラ城の敷地内に集った総勢五万の軍勢が一糸乱れぬ装いで背筋を伸ばし、アークイラ城のバルコニーに現れた男に視線を集中する―――
―――錬成された騎士団の前方には五人の騎士団長が横並びに堂々として立っており、同じくバルコニーの男に視線を向けていた。
そのバルコニーに立っている男は漆黒のコートを纏いしシュヴァルツ皇国皇帝―――
―――九頭竜八雲である。
バルコニーから見下ろす五万の軍勢は流石の八雲も息を呑むほど壮観な眺めであり、そしてこの騎士団の命を自分が預かっていることを今一度その胸に刻む。
八雲は自分の口元に風属性の魔法陣を展開し、拡声器のように自分の声を増幅して告げる―――
「―――シュヴァルツ皇国騎士団の諸君!俺がシュヴァルツ皇国皇帝、九頭竜八雲だ。もう既に今回のことは聞いていると思うが、隣国のイロンデル公国の公王ワインドはシュヴァルツ皇国を辱めて、他の隣国にシュヴァルツ包囲網の構築を促すための条約をばら撒いた!」
―――城外に響く八雲の言葉を、騎士団長を筆頭に全員が傾注して聞き入る。
「だが!聖法王猊下が治めるフォック聖法国は勿論、ウルス共和国もレオパール魔導国もこの条約を退けた!しかし、それで諦めきれなかったワインド公王は海の向こうのゾット列島国を唆し、ソプラ諸島連合国を滅ぼすことで海からのシュヴァルツ包囲を企てた!」
―――この情報は一部の騎士団ラースやナディアの第一、第二騎士団と団長クラスしか知らなかったことなので、大半の兵達はどよめいていく。
「しかし!―――その企ても皇国騎士団の精鋭部隊とリオン、レオパールの連合部隊でソプラに援軍として出兵し、ゾット・イロンデル連合軍を壊滅させ、そしてゾットもソプラに併合される形で我らの勝利に終わった!」
ゾットがソプラに併合され、しかもその立役者がシュヴァルツとリオン、レオパールの連合軍だったことに―――
「オオオ―――ッ!」
―――と歓声の様な声が上がる。
「海に平穏が訪れ、次にゾットから逃げたワインドが狙うのは両国の国境で両軍の戦によるシュヴァルツ侵略だということは明白だろう!諸君!!!―――そんな暴挙が許せるか?国土を踏みにじる蛮族が如き行いを許容出来るか?」
―――騎士団はシーンと静まり返っていく。
「―――答えは否だ!!! 諸君の故郷を!家族を!恋人を!友を!財産を!土地を!地位を!名誉を!そして―――誇りを奪う者を許すことは出来ない!!!」
―――力強い八雲の演説に全員が聞き入っている。
その誰しもが無意識に固く拳を握る―――
「俺達の家族!俺達の土地を護れ!!―――その固く握った拳を敵に向けろ!!!此処は俺達の国だ!!!皆の国だ!!!そのことを心に刻んで行こう!!!そして―――家族の元に必ず戻ってくるんだ!!!」
「―――オオオッ!!!」
―――五万人の大きな歓声が、アークイラ城に響き渡る。
「―――全軍、出陣せよ!!!」
八雲の大号令が発せられて五人の騎士団長が順番に号令を叫ぶ―――
「皇国第一騎士団!出発せよっ!!」
「皇国第二騎士団!出発!!」
「皇国第三騎士団、出発せよ」
「皇国第四騎士団……出発」
「皇国第五騎士団、出発せよ♪」
アークイラ城から順次、騎士団が順番に出陣していく―――
八雲もまた黒麒麟に跨ってエドワード王、アルフォンス王子、エアスト公爵と近衛騎士団長ラルフ=ロドルフォの精鋭百騎の騎士を連れてアークイラ城を出陣する。
八雲専用として対魔術攻撃耐性の魔法陣を塗布された金の装飾と銀の馬具に包まれた黒麒麟に跨った八雲に、以前八雲から下賜された
「漸く陛下と出陣出来ますなぁ!こうして付き従える場を頂けたこと、心より感謝申し上げます」
「こっちこそ護衛なんて地味な役回りをさせて悪いね」
想いも寄らない八雲の言葉にラルフは驚いて、
「―――何を仰いますか!おやめください。こうして陛下と共に出陣出来るだけで近衛騎士として最高の栄誉です。戦場で戦働きをすることも騎士の誉れですが、主君をお護りするのもまた騎士の務めなのです」
ラルフの言葉に八雲は苦笑しながら、
「ラルフの主君はエドワード王じゃないのか?」
と、意地悪めいた質問をする。
「勿論!エドワード陛下に騎士にして頂いた身分ですからな!―――ですが、そのエドワード陛下から直々に黒帝陛下を護れと命じられました。ですから戻るまでは私にとっての主君は八雲様ですよ」
そう言って笑って返すラルフに、八雲も少し照れ臭い気持ちを隠しながら笑みを返す。
隊列は八雲の整備した道を辿りつつ、イロンデル公国との国境へと向かっていくのだった―――
―――その頃、
フォーコン王国に潜伏中のスコーピオとジェミオス。
潜伏先の首都ファルコの外れにある小さな宿の一室で二人は集合して情報交換を行っていた。
部屋には防音の結界を張り、内部の声が漏れる心配もない。
「やはりおかしい……フォーコンにまったく出兵する気配がない」
右目を覆った黒い眼帯を撫でながら、スコーピオは今日までのアルコン城の様子や首都の様子を総合的に見ていても、とても戦争に出るといった雰囲気が感じられないことに違和感を覚えていた。
イロンデル公国に潜伏しているサジテールからは、ゾットに向かっていった三万の軍勢とは別に主力として残していった六万の軍勢を引き連れて、公王ワインドが首都を出発したことは『伝心』で連絡が入っていた。
「このまま静観を装って無視するつもりなのでしょうか?」
ジェミオスは思い浮かんだ予想を口にしてみるが、スコーピオは否定する。
「いや……あのレーツェルとの話の内容から考えると、このまま静観するとは思えない……彼女は一体何を考えているんだ」
答えの見つからないスコーピオは、あの無表情の吸血鬼の女王の顔がチラついてきて、焦燥感が募っていく。
そんな時―――
【―――城から動きがあったよ!!】
―――アルコン城の偵察をしているヘミオスから『伝心』がふたりに届いた。
【―――遂に軍を動かしたのか!?】
少し焦り気味の声色でヘミオスに問い掛けるスコーピオだったが、ヘミオスの返事は予想外のものだった。
【えっと……そうじゃなくて、出てきたのは女王の馬車と、その護衛に就いている
予想に反して軍が動いたのではない。
女王がちょっとお出かけするような雰囲気で四騎士のアトス、アラミス、ポルトス、ダルタニアンを連れて馬車で城を出たというのだ。
【……は?】
思わずスコーピオは呆けた声が出てしまう……
「近くにでも用事があるのでしょうか?」
ジェミオスも声にして疑問を投げ掛けた。
そんなスコーピオとジェミオスは、疑問を浮かべた顔で首を傾げながら見つめ合うことしか出来なかった……
―――そうした様々な各国の動きに、オーヴェストは戦乱の火蓋を切らんとしていた。
そして戦端はこの二日後、8月29日に開かれるのだった―――