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第259話 ソプラ・ゾット海戦

―――旗艦である軍船の上ではゴルビア王の叫び声が上がっていた。


「おのれぇええ!!!―――これは一体、何がどうなっておるのだぁああ!!!」


ゴルビア王もそうだがワインドもまた目の前に広がっていく軍船の炎上シーンを、まるで夢でも見ているかのような気分で呆然と眺めている―――


「……陛下、このままでは―――」


そんなワインドに宰相デビロが小声で語りかけて形勢が不利なことを伝える。


「これが、黒帝の力だと言うのか……」


デビロに声を掛けられて我を取り戻したワインドは、歯を食いしばって沈みゆく軍船を見つめていた。


そんな時に、遠くからでもハッキリと聞こえる声が此方側の軍船に届けられるのだった―――






「―――そろそろ頃合いかな」


ショルダーレストを肩から外して寝転がっていた発射台から立ち上がると、八雲は目の前に風属性魔術の魔法陣を展開させて自分の声を大きくする拡声器の原理でゾット・イロンデル連合軍の軍船に向けて語りかける。


【ああ~!マイクテスッ!マイクテスッ!―――ゾット並びにイロンデル軍の者達に告げる!!君達は完全に此方の攻撃の射程に入っている!!無駄な抵抗は止めて、とっとと国に帰れ!!】


凪の海に響き渡る巨大な八雲の警告の声にゾットとイロンデルの兵達は目の前で沈んだ軍船のこともあり、完全に恐慌状態に陥っていった。


「あの声は―――黒帝!九頭竜八雲か!!」


ワインドは海に響き渡る八雲の声に怒りが込み上げてきて、顔が真っ赤になり頭に血が上っていく―――


そんな時にも再び八雲の声が響く。


【オオッ!その軍船に乗っている金と銀の派手な鎧の貴方はイロンデル公国のワインド公王ですか?随分とまた手の込んだ嫌がらせをしてくれているみたいで!おかげで海まで渡って、お前の野望を撃ち砕きに来ることになったぞ!!―――ホント迷惑な奴だな!!!】


その八雲の言葉にワインドの怒りは限界を突破した―――


「黙れぇええ!!!この下郎がぁああ!!!―――貴様のような小僧に揶揄われるほど、儂は落ちぶれてなどおらんわ!!!」


―――と、激しく怒鳴り散らすも、八雲の声が再び響き渡る。


【はああ?何言ってんの?―――声が小さくてこっちには聞こえないぞ?言いたいことがあるなら小さな声じゃなくて、しっかり大きな声でしゃべれよ?それとも此処まで来る?怖がってる?】


「―――貴様ぁあああ!!!!!」


八雲とワインド達の乗っている軍船までは、まだ数kmの距離が開いている。


八雲は風属性基礎の応用で正面のゾット・イロンデル連合艦隊に向けて方向を定め、声を届けることが出来るがワインド達の声はそんな離れた海岸にいる八雲達に届くはずもない。


八雲は『遠見レンズ』スキルで顔を真っ赤にしながら何かを叫んでいるワインドの姿は見えるが、普通の人族では何を言っているのかまでは聞こえない。


だが八雲には本当は彼が何を言っているのか、風属性基礎ウィンド・コントロールで収音マイクの様に魔術を展開・発動していて、しっかりと声は聞こえているのだが敢えて聞こえない振りをしていた。


そんな怒り狂うワインドの後ろに怒鳴り声を聴きつけて姿を現した男がいた。


―――ダニエーレ=エンリーチだ。


『遠見』スキルでダニエーレを見つけた八雲は―――


【おや!―――そこにいるのは我らが英雄!ダニエーレ=エンリーチ卿ではありませんか!!!】


―――と、突然ダニエーレを英雄とまで言って親しそうに大声で呼びかける。


「……えっ?はぁあ?」


そんな声に何が起こったのか、八雲の発する言葉の意味が分からないダニエーレ―――


【―――我が身を顧みずに敵軍の中へと溶け込み、卿自らが頭の残念なイロンデル公王を必ずこの場に引き摺り出すとまで豪語して、そして見事に今回のおびき出し作戦を成功させてくれたエンリーチ卿!其方の英雄的行動!このシュヴァルツ皇帝である九頭竜八雲!末代まで語っていきましょう!!!】


―――八雲が芝居掛かった言葉でワインドを貶しながら語った声に、旗艦の船上に立つ者達全員の視線はダニエーレへと集中する。


「いや、これは、あの男は一体、何を―――」


【エンリーチ卿!―――貴方が黒龍城の玉座で俺に豪語した通り、確かにイロンデル公は頭が残念で可哀想な男だったな!!こんな子供でも気がつきそうな作戦に気づかずに獅子身中の虫を信じ込み、のこのこ戦場の最前線にまで顔を出してきたのだから!!!あの時そこにいる頭の可哀想な男を馬鹿にしていた卿の言葉は正しかった!!!】


―――もちろん真っ赤な嘘である。


「ダニエーレ……き、貴様ぁああ」


それまでも放たれた八雲の煽り文句に怒髪天となっていたワインドは前後の判断もつかなくなるほど、まるで鬼のような真っ赤な形相でダニエーレを睨みつけている。


「お、お待ちくださいワインド公王?!こ、これはあの男の汚い策略で―――」


【さあ!エンリーチ卿!―――貴方がその頭の可哀想な男と差し違えてでも!と、その懐に忍ばせた毒を塗った短剣を今こそ抜く時です!!その頭の残念な男を卿の正義の刃で今こそ冥府に送ってやる時です!!!】


―――これも当然嘘である。


しかし―――


「ダニエーレ!!―――貴様、毒の短剣だとぉおお!!!」


腰の剣に手を伸ばし、スラリと抜いてダニエーレに構えるワインド。


響き渡った八雲の声に烈火の如く激怒したワインドを見てダニエーレは、これは最早弁解が通る状況ではないと場の空気を感じ取り思わず振り返って甲板から海に向かって駆け出そうとするが―――


「逃がすかぁあ!!!―――この蛆虫がぁああ!!!!!」


―――よろよろとした足取りで手摺りまで辿り着いたダニエーレは、次の瞬間その背中をワインドの手にした剣の一閃で深く斬りつけられた。


「ギィヤァアアアア―――ッ!!!」


醜い悲鳴を上げて斬り裂かれた背中から鮮血を噴き出しながら、手摺りから血塗れになってゆっくりと海に落ちていくダニエーレ。


海面にドボォン!と大きな物体が落下した音が響き渡ると―――


「ハァ、ハァ、このダニめ……よくも儂を謀ってくれたな」


―――夥しい返り血のついた剣を握りしめ、息を荒くするワインドのことをゴルビア王もデビロも息を呑んで見つめていた。


だが、そんな状況でも八雲の海に響き渡る声は止まない―――


【一国の王ともあろう者が!シュヴァルツの使者を背中から斬りつけて海に落とすとは!!!―――恥ずかしくないのか!!!イロンデル公国公王ワインド!!!!!】


―――あくまでダニエーレがシュヴァルツの使者だったという前提で話を進める八雲は大声で今起こったことを煽り立て、公王が使者を背中から切り捨てたという事実を敵味方双方に轟かせる。


「黙れぇえええ!!!この小僧がぁああ!!!」


怒り狂うワインドだったが当然、その声は八雲までは届かない……


【あ?何言ってんの?聞こえねぇからこっちまで来て、もっと大きな声でしゃべれよ……】


「ウゴオオオオ―――ッ!!!!!」


言葉にもならない獣のようなワインドの怒りの声が海に響く。


そんなゾット・イロンデル連合軍の軍船に再び八雲が発射台で横になり、黒大筒=影椿の照準を合わせチャージングハンドルを引いて弾丸を込める―――


トリガーを引き搾り、ドバァアア―――ンッ!!!と発射された弾丸は軍船の甲板に立っていたワインドの耳元を掠めて、遥か彼方の水平線へと消えていく。


「これはほんの挨拶代わりだ、イロンデル公……」


静かにひとり呟いた八雲と、頬を掠めていった大口径の弾丸の風圧と耳に残った風切り音に、熱くなった頭が急激に冷めていくワインド―――


そうしてまた連続して射撃され、命中した軍船が炎に包まれて兵達も燃え盛る船の上で崩れ落ちていく状況が続いていった。


混乱状態に陥ったゾット・イロンデル連合軍の軍船を、八雲がまるで祭りの夜店にある射的の的当ての様に次々と沈めていき、海上は炎上する船の墓場へと変わっていく。


そこからどのくらいの時間が過ぎただろうか……


―――いつの間にか撤退した旗艦を含め、残った軍船は五十隻も残っていない。


ゾットは所有していた軍船の実に四分の三を喪失する結果となっていた―――






―――そしてゾットの領地に戻ったワインドの運命は更に過酷なものとなる。


ゾット列島国のトレス島に辿り着いたゴルビア王とワインド達だったが無駄に軍船と兵を失ったゴルビア王の激しい怒りを買い、昨日までの友好的な態度から一変して、まるで親の仇のように糾弾されたのだ。


そうしてトレス島からも、命からがら逃げ伸びたワインド達の兵は海を渡った三万の軍勢から、最後にはゴルビア王からの執拗な追撃を受けて、ワインドの周囲に従っていたのは僅か五百へと数を減らして何とか海を渡り、ようやくウィット聖法国の国境へと辿り着くのだった。


こうして八雲はひとりの兵も失わずにシュヴァルツ、リオン、レオパールの連合軍がソプラ諸島連合国の窮地を救ったという、後世の伝説となる歴史的事実を残した。


しかし、その戦争の記録には身を呈して海に散った英雄(笑)、ダニエーレ=エンリーチの名は刻まれることはなかった……


―――ジェーヴァが予言した通り、ダニエーレは終焉と共に歴史からも、その名を忘れ去られていくことになる。


そして、戦場は再びフロンテ大陸西部オーヴェストへと舞台を移すことになるのだった―――




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