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第258話 新たな武器

―――8月22日 早朝


ついにソプラ・ゾット海戦の戦端が開かれる日の朝を迎える―――


朝早くの海は風もなく波は穏やかな凪となり朝靄に包まれながらも、その中を進む軍船の大軍がソプラ諸島連合国の首都島であるイェダン島に迫っていた。


ゾット・イロンデル連合軍の軍勢を乗せた軍船は二百隻にも上り、大小と艦種はあるものの航行方法は客船と同じく帆船であるため、乗船している魔術師や風属性魔術の使い手達が風を発生させて航行する。


ゾットの軍船では普段から並行航行の訓練を行っているため、進軍する速度を一定に合わせることも当たり前のようにして綺麗な編隊を組みながら凪の海を静かに進んでいった。


「フフフッ♪―――この朝靄に紛れてイェダン島に上陸し、大軍をもって首都ミルを陥落する!ダンフル城に入城出来れば、最早我らの圧勝でこの戦は終わりますな」


ゾット列島国の王ゴルビア=ウノは鎧を纏って一際大きな軍船の旗艦に乗り、その隣に立つイロンデル公国公王ワインド=グラット・イロンデルに語りかける。


「ソプラはこの奇襲には勘づいていないでしょう。しかも此方は兵の数合わせて四万五千……ソプラの命運も今日限りですな」


ワインドも金と銀で飾られた鎧を纏いながらゴルビア王にニヤリと笑みを向けていた。


ゴルビア王の知っているソプラがもつ兵力は凡そ一万五千。


普段の兵力であれば五分のため、戦を仕掛けても損害を考えれば躊躇するところではあるが今は二倍以上の兵力差がある。


そう思い込んでこの度の戦に臨んだゴルビア王の元に見張りの兵から伝令が走ってきた―――


「―――申し上げます!!」


「何事だ?ソプラの岸辺でも見えたのか?」


ゴルビア王は慌てる伝令に訝しげな視線を送りながらも冷静に問い掛ける。


「はい!―――い、いえ?!あの、それが……」


「どうした?ハッキリと申せ!!」


困惑気味の伝令に、ゴルビア王は痺れを切らし怒鳴りつける。


「は、はい!!ただいまソプラのイェダン島の岸辺が見えましたが―――」


「そうか、見えるところまで来たのか」


「―――そこに壁が出来ております!」


「……は?」


伝令の言っていることがちょっと分からない……みたいな空気が一瞬流れたが、気を取り直したゴルビア王は再度問い掛ける。


「何?壁だと?ソプラが上陸阻止にでも建てたと言うのか?だが、そんな短期間で海岸線を覆うことなど―――」


「―――海岸線はすべて壁で覆われており、すぐに上陸は不可能かと思われます!」


「はぃ?……今、なんと申したのだ?」


すると、伝令の兵士は、


「イェダン島の海岸線は高く聳える城壁に覆われて―――上陸することが不可能となっております!!!」


旗艦中に響き渡るような大声で、ゴルビア王とワインド公王に告げるのだった―――






―――目の前に広がる、見渡す限りの黒い壁に覆われたイェダン島の南方海岸線。


高さは十mほどもあり、余程の攻城戦装備でも用意していなければ登り切るのも難しい。


「あ、あれは!?―――あれは一体何だぁ!!!」


取り乱すゴルビア王は伝令に怒鳴りつける。


「ハッ!物見の報告では昨日まではあの様な壁はなかったと報告がありました」


「戯け!!!―――たった一晩であのような城壁が出来てたまるかっ!!!」


そんな取り乱すゴルビア王の後ろでワインドもまた内心穏やかとはいかない……


「まさか……」


ワインドがひとり呟いたとき―――


「申し上げます!城壁に沿って―――旗が掲げられております!!」


「なにぃい!!―――何の旗だ!!!」


顔を真っ赤にして怒りに満ちたゴルビア王の紋章官が、遠見の筒を使って城壁の上にはためく旗を確認していくと……


「あ、あれは……ソプラ諸島連合国の旗の横にはリオン、レオパールの旗が並んでおります!そ、そして……く、黒地に黄金のりゅ、龍旗!あれは黒神龍様の龍旗でございます!!!」


「なぁあっ?!りゅ、龍旗だとっ!?それにリオンにレオパールの旗まで……ソ、ソプラにそれだけの援軍がついたというのか!?何故だぁああ!!!」


ゴルビア王が船上でそう叫び声を上げた時―――


黒い城壁の上に兵士達が立ち並び、一斉に雄叫びを上げだした。


「オオオオオオ―――ッ!!!」


風のない静かな凪の海に、大勢の兵達の雄叫びが響き渡っていく。


そして、次の瞬間―――


ドゴォオオ―――ッ!!!という爆発音と共にゾット・イロンデル連合軍の先頭にあった軍船が、巨大な炎を上げて炎上すると爆発して海に散っていく。


「―――な、なんだ!?魔術攻撃か!?」


ゴルビア王は突然、自軍の軍船が炎上轟沈した状況に叫ぶが、


「い、いえ!まだ魔術攻撃の射程内には入ってはおりません!!」


慌てふためくゴルビア王に兵のひとりが報告する。


「―――では何故あの軍船は沈んだのだ!?」


そう問い掛けている間に、またも船団の先頭付近の軍船がドゴォオオ―――ッ!!!と爆散して海に散っていく。


―――そうして次々と海に消えていく軍船が周囲に増えだしてくると、ゴルビア王のみならず軍船に乗った兵達も浮足立ち始め、彼方此方でパニックが巻き起こっていた。


「い、一体、何が起こっておるというのだぁあ!!!」


次々と軍船が沈んでいく中で、ゴルビア王の悲痛な叫び声が海に響いていった―――






―――その頃、海岸線の黒い城壁の上では、


三脚架トライポッドの上に乗せられ、照星フロントサイトが付いた砲身バレルを、照門リアサイトと合わせてゾット・イロンデル連合軍の軍船に狙いを定め―――


―――発射用に用意した発射台の上に寝転がりショルダーレストを肩に乗せながらチャージングハンドルをグイッと引いてガチャリと次の弾丸を込める九頭竜八雲がいた。


その握ったグリップと指をかけたトリガーのある武器は―――


「―――次弾装填」


―――八雲の世界にある対戦車ライフル級の大型ライフルの形状をしている漆黒の銃そのものだった。




―――漆黒の対物・対軍艦用大筒、銘を影椿かげつばき


この世界にはなかった銃器として初めての武器。


ただ発射原理は銃とは大きく違い、弾が装填されたマガジンが本体上部に装着されており、チャージングハンドルを引く度に次の弾が装填される。


そして弾薬が装填された場所にあるハンマーの表面には風属性魔術の魔法陣が刻まれており、そして弾薬自体には火属性魔術の付与がなされている。


つまりトリガーを引いた瞬間ハンマーの風属性魔術が発動して弾を射出し、その射程距離は魔術射程を余裕で飛び越え、そして対象に命中すると同時に弾に付与された火属性魔術が発動し対象を貫通、爆破するという武器。


魔術系統の操作が難しく、また弾の魔術付与も八雲が行っているため、他の者がトリガーを引いても発射することは出来ない。


弾には薬莢は無く、弾そのものが射出されて命中し爆発するという仕組みになっている。




八雲の照準は『遠見レンズ』スキルを発動しているためスコープ要らずで、敵の軍船の中心部に狙いを定めて装填し、まだ数km先の凪で動きも少ない敵の軍船を、まるで紙の船のように吹き飛ばして一隻ずつ血祭りに上げていく。


「へ、陛下……その武器は一体……」


横で見ていたラースが、八雲の射撃を見つめながら問い掛けると、


「ああ、これ?銘は黒大筒=影椿だ。ちょっとばかり威力がありすぎるから誰かに預けることは出来ないが、その威力は見ての通りってやつだ!」


そう言ってまた一隻、対物ライフルをぶっ放して軍船を一隻沈めていく八雲をラースもナディアも、デカダン王ですら唖然として見つめている。


「ほらほら♪ 何してんの?もっと雄叫び上げて、相手のこと煽って!煽って!馬鹿にしてると見えるようにドンドンやってくれよ!」


黒大筒=影椿を発射しながらラース達に指示を出す八雲。


「ひとりも失うつもりはないとおっしゃっていたのは、こういうことだったのですね……よし!―――陛下の御手を煩わせて敵を返り討ちにしてくださっているのだ!!!―――我等も声を上げよ!!!近づき上陸する者あれば殲滅せよっ!!!」


ラースの声を聴き、影椿の威力に圧倒されて鳴り止んでいた雄叫びが再び巻き起こる―――


―――本来、八雲の実力であれば数万の敵であろうと殲滅することは容易いことだった。


だが敢えてその方法を取らないのは、この戦におけるシュヴァルツの立場を明確にこの世界に示すためでもある。


八雲自身の能力で敵を殲滅しても、それは八雲の力としてしか世に伝わらない。


しかしリオンとレオパールの連合軍を率いてソプラに入り、迫りくるゾットとイロンデルの連合軍を返り討ちにしたという既成事実が出来れば、それはシュヴァルツ皇国という国としての功績であり実績となるのだ。


個人ではなく国の実績を積むことでシュヴァルツに対する他国の見方を変えるために、八雲は回りくどいがこういった方法を選んだのだった。


そうして次々と軍船を沈められていくゾット・イロンデル連合軍は、それから十分もしないうちに当初の二百隻から既に三十隻は沈められていった―――



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