―――遂に合流を果たしたゾット列島国とイロンデル公国。
「―――これはワインド公!この度は我がゾットに加勢して下さったご温情!このゴルビア=ウノ、生涯忘れることはございませんぞ!!」
そうワインドに声を掛けるのは緑の髪をした『海人族』の男はゾット列島国の王ゴルビア=ウノである―――
その小太りで手足に鱗を生やしたゴルビアに、イロンデル公国公王ワインド=グラット・イロンデルが笑みを浮かべながら手を差し伸べてゴルビアの手を取る。
「なんの、此度のことは本来オーヴェストに住まう我等が果たすべきこと。しかし、強大なシュヴァルツの魔の手からこの世界に住まう者達を護るには、ゴルビア王のご助力が必要なのです。どうかイロンデルにこそ、その力を御貸し頂きたい」
そのワインド公王の言葉にゴルビアは、
「オオオッ!―――なんと心強い御言葉か!此方こそソプラを滅ぼし、我が国が統一した暁には必ずやワインド公王の盟友としてゾットは未来永劫、共に歩んで行きましょうぞ!!」
「此方こそゴルビア王の御言葉、百万の兵を得た気分ですぞ」
そう言って互い固く握手を交わしていく。
その姿を傍目に見ていた公国宰相デビロ=グラチェ・エンドーサは、そのふたりの姿が滑稽で自分の仕える公王の一世一代の役者振りに笑いが込み上げてくるが、そこはにこやかな微笑みを浮かべる程度でなんとか我慢していた。
こうしてイロンデル公国から連れてきた兵数三万、ゾットが出兵に集めた兵数一万五千、合わせて四万五千の連合軍が結成された―――
―――その一方、ソプラに合流した八雲達はシュヴァルツから兵数四千、リオンから兵数一千、レオパールから兵数一千、そしてソプラの兵数一万五千の合計兵数二万一千と、数の上では不利な状況だった。
そして―――
―――ゾット列島国は軍船をトレス島に集結させて島でイロンデル公王の軍と合流してすぐにその場で合同軍議を行い、出陣は翌日早朝の潮流に乗って一気にソプラ諸島連合国の首都があるイェダン島へ強襲する作戦で合意した。
その軍議にはダニエーレ=エンリーチも末席に参加しており、最早ゾットとイロンデルの連合軍の勝利を信じて疑わないといった醜い笑みを浮かべる―――
―――軍議が終わり、それぞれの陣に戻るところでダニエーレはワインド公王に声を掛ける。
「―――公王陛下!この度はご出陣、お疲れ様でございました!!」
「ん?……ああ、エンリーチ卿か。此度の働き、誠に大儀であったぞ」
醜い笑みを浮かべて近づくダニエーレにワインドは至って無表情な、まるでゴミを見るような眼でダニエーレを見つめていた。
「これでソプラは滅び、海はイロンデル公の勢力圏となりましょう。そうなれば残りは陸の制覇に集中出来るというもの」
「……なにが言いたいのだ?」
無表情だったワインドの顔色が眉間に皺を寄せた険しいものへと変わっていく。
「いえ?!わたくしはただ当初のお約束の通り、シュヴァルツを打倒した暁にはティーグル公王領は―――」
「―――分かっておる。ゲオルク王子にティーグル公王領を与え、お前が傀儡として操り、引いては儂のために動かしていくというものであろう。忘れてはおらん」
「ありがとうございます!!この度も彼方此方と国を巡るのも本当に苦労致しましたので―――」
「―――もうよいか?長旅に明日の出陣前で今日は休みたいのだ」
「は、はい!―――それはもう♪ 貴重なお時間を頂きまして感謝申し上げます」
仰々しく頭を下げるダニエーレを、ワインドの後ろを歩くデビロは虫ケラを見るような眼を向けつつ、足早にその場を後にした。
ワインドとデビロの背中を見送ったダニエーレは、
「……フンッ!偉そうにしおって!だが、これでまた一歩、儂の望みに近づいた。クックックッ♪ これでティーグルは儂のものだ!!クハハハッ!!!」
と、涙を浮かべるほどにその場で肩を揺らして笑いが止まらなかった……
―――だが、
その場の会話もダニエーレの陰謀も夕闇の広がる陣の影で聴いていた者がいた―――
『
(やはりそんなことだろうと思ったッス……さあ、貴方の人生の終焉が、すぐ後ろに近づいてきていますよ……ダニエーレ=エンリーチ)
そう心の中で呟きながら、ジェーヴァは闇の中にそのまま溶け込んでいった……
―――その頃、イェダン島では、
「こ、黒帝陛下!?こ、これは一体……」
ソプラのデカダン王は八雲と共にイェダン島の南部に陣を敷き、その海岸線に兵を配置していた。
つい先ほど海岸線に立った八雲が発動した《土属性魔術》により、デカダン王の目の前には海岸線沿いに高さ十mはある城壁が立ち上がり、ゾット側と隔てるように海岸沿いからの侵入を防ぐため数十kmに及ぶ長城をほんの一瞬で築き上げたのだった―――
「―――ゾットからの侵入を退けるための防壁です。そして、敵は明朝に出陣してきます」
「どうして分かるのだ?」
デカダン王は首を傾げて八雲に問い掛けると、
「壁に耳あり障子に目あり、とは俺の故郷の諺ですけど、どんなに人がいないと思える場所でも誰が聴いているか分からない、ということですよ♪」
八雲は笑ってそう答えるのだった―――
―――城壁のソプラ側には等間隔で階段まで設置されており、海岸線の見張りは土地勘と船に敏感なソプラの『海人族』が受け持つことになって、八雲と一緒に海を越えてきた連合軍は一時休息に入る。
寝静まったティーグルの騎士団の陣では―――
「―――ナ、ナディア!突然、どうしたんだ?/////」
「ラース!んんっ……んちゅ……んん……ちゅ/////」
団長のテント内でナディアがラースに抱き着き、そのまま唇を奪った。
編み込んだ長い金髪を後ろで纏め、やや切れ長の蒼い瞳をした、歴とした令嬢である美しいナディアは拙いキスで無理矢理に舌を絡めてラースにしがみつくように抱き着いて放さない。
「ぷはっ!―――ナディア!落ち着け!君らしくないぞ?」
一旦唇を離したラースは宥めるように問い掛けると、ナディアは憂いを帯びた瞳でラースを見つめる。
「ラース……明日の朝には戦が始まると黒帝陛下が仰っていました。あの方がそう言うのであれば、明日はゾットとイロンデルの連合軍が攻めてくるのです。黒帝陛下の御力をもってすれば勝利は揺るがないと信じていますが、戦場に女がいて万一にも敵の捕虜にでもなれば……どんな目にあうのかを考えると、今……貴方に―――」
上目遣いで見つめるナディアが覚悟を決めたように―――
「―――貴方に純潔を捧げたい」
―――ラースに想いを伝えた。
「ナディア……」
レベッカやルドルフに朴念仁と揶揄されるラースだが、目の前の愛する美女にここまで本心を打ち明けられても心が動かないほど愚か者ではない。
そっとナディアの肩を抱き、今度はラースから唇を重ねると魔法石のランプに照らされたテントの寝床にそのまま倒れ込んでいく―――
「ラース、あの……初めて、だから、優しくして、ください/////」
普段、騎士団長として凛としたナディアの姿からは、想像も出来ないほど可愛い仕草にラースの脳は魅了の直撃を受ける。
「……ぜ、善処する/////」
一枚ずつ着ている服を脱ぎ、すべてを脱ぎ捨てて裸になったふたりは互いの吐息がかかるほどの距離で互いの肌に触れ合う―――
そこからは徐々にお互いの中にある本能が目覚め、獣のようにお互いを求め合い、愛で合い、熱くなった肌から流れる汗が光って落ちていく―――
そうして、ふたりの影が重なり合って、ナディアは意識して抑えたつもりの嬌声だったが、その日の深夜まで響かせ続けるほど燃え上がるのだった……
―――その頃、八雲の陣ではキャンピング馬車を『収納』から取り出していた。
その中で過ごす八雲と、その傍にもうひとりの影……
「んっ……れろ……チュ♡……ハァ♡ やくもさまぁ/////」
敵陣から闇に溶け込み、此方の陣に戻って来て報告を終えたジェーヴァが八雲の唇を味わうようにして舌を絡めてくる。
「んちゅ……なんだか懐かしいなぁ。ジェーヴァとキャンピング馬車でこうしていると」
ジェーヴァの初夜はこのキャンピング馬車だったことを思い出して、そう呟くとジェーヴァは顔を更に赤らめる。
「はい、そうでした。でも……今夜はあの時よりもっと、愛して欲しいッス/////」
そんなジェーヴァを突然、八雲はお姫様抱っこで抱え上げる。
「ヒャアッ!?―――や、やくもさまぁ?/////」
突然抱き上げられて驚いたジェーヴァにニヤリと笑みを浮かべた八雲は、
「だったら、やっぱり二人で風呂に入るところからだよな♪」
そのままキャンピング馬車の浴室へと向かっていくのだった―――
―――お互い全裸になって浴室に入った八雲とジェーヴァ
「本当にジェーヴァは綺麗ないい身体をしているよなぁ」
「八雲様も、もうこんなに逞しくなってるッス/////」
「ちょっとジェーヴァさん、いつの間にそんなエッチな子になったの?」
揶揄気味に問い掛ける八雲の言葉に、逞しい胸板にわざと自分の大きな胸を押し当てながら八雲の耳元でそっと囁くジェーヴァ。
「それは、八雲様のせいッスよ♡ これで、私をいっぱい可愛がってくれてから、ずっと忘れられなかったんですから♡/////」
健康的美女のジェーヴァの卑猥な言葉は、八雲の理性を一気に振り切るのに十分な威力だった―――
「―――ジェーヴァ!!」
「ああっ!―――やくもさま♡ あっ♡ アアアッ♡! ンアァアァアアッ♡!/////」
―――浴室で押し倒した八雲は躊躇なく身体を動かし、そこからはベッドに戻り何度も何度もジェーヴァを味わい自らの欲望を吐き出していった。
そして八雲とジェーヴァは、そのまま馬車のベッドで抱き合いながら眠りに就くのだった……
―――8月22日 早朝
ついにソプラ・ゾット海戦の戦端が開かれる日の朝を迎える。
朝早くの海は風もなく波は穏やかな凪となり朝靄に包まれながらも、その中を進む軍船の大軍がソプラ諸島連合国の首都島であるイェダン島に迫っていた。
ゾット・イロンデル連合軍の軍勢を乗せた軍船は二百隻にも上り、大小と艦種はあるものの航行方法は客船と同じく帆船であるため、乗船している魔術師や《風属性魔術》の使い手達が風を発生させて航行する。
ゾットの軍船では普段から並行航行の訓練を行っているため、速度を合わせて進軍する速度を一定に合わせることも当たり前のようにこなして綺麗な編隊を海上に組みながら凪の海を静かに進んでいくのだった―――