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第253話 イロンデルの陰謀

―――八雲がリオンのアサド評議会議事堂で話していた頃


ダニエーレ=エンリーチはフロンテ大陸から船でソプラ諸島連合国のイェダン島にある首都ミルに到着し、王の住まうダンフル城でソプラ諸島連合国の王デカダン=イェダンとの謁見を願い出ていた―――


話しは変わるが、この異世界の大型海上船は八雲の元いた世界でも存在した帆船の形状をしている。


だが、その動力である風は自然任せではなく魔術師による風属性魔術を用いて人工的に発生させた風を帆に当てて進むため、その速度は八雲の元いた世界の帆船以上の速度が出るのだ。


ダニエーレが乗った大型船も同様で、想像以上に速くイェダン島に到着した。


―――そうして謁見のため、玉座の間で暫く待ったダニエーレの前にデカダン王が姿を現した。


「―――イロンデル公国からの使者殿、待たせてしまったな」


蒼い髪に口髭を生やした五十代ほどの年齢のデカダン王から、低く響く声がそう告げた。


―――『海人族』は手首から肘、足首から膝までの間に魚のような鱗がある。


また陸上では見えないが、水中に入れば脇の下に鰓が開き、水中ではそちらで呼吸するという身体的な特徴があった―――


「いえいえ!突然の訪問にも関わらず早速のお目通りが叶いまして、心より感謝申し上げます!」


小物感の漂うダニエーレは先に渡した親書への返答が気になってしまい、早くも脂汗が醜い顔の額に浮かんでいた。


「早速でございますが、イロンデル公国ワインド公王陛下からの親書について、返事を御伺いしたく……」


至って冷静を装っているつもりのダニエーレだったが、その表情は浮かんだ脂汗からもかなり焦っている様子は見て取れた。


デカダン王もダニエーレの様子に訝しげな感情を抱いていたが、ここは冷静に対応すると決めていた。


「親書の内容はよく吟味させてもらった……シュヴァルツを含め、フロンテ大陸西部オーヴェストは黒神龍様の縄張りであると同時に我等が軍事的に関わっていい場所ではない。故に……今回の包囲網に関する条約には―――加盟することは出来ぬ」


「左様で……ございますか……」


残念そうな表情をしているがダニエーレの内心で、実はこのデカダン王の返答は想定通りの流れだった。


(―――やはりソプラはこの条約を蹴ってきたか。だがそうなればゾットに向かうだけのことよ……)


「誠に残念ではございますが、他国に無理を強いるようなことはイロンデル公も望んではおりません。今後ともソプラとの取引などは今まで通り友好的に進めていければと思っておりますので」


「―――無論だ。我等も大陸との取引は国民の生活の糧となっておる。これからも友好な関係を築いていきたいと考えておる」


「ええ……勿論でございますよ……」


そう言って頭を深々と下げるダニエーレは、俯いた顔で舌を出してデカダン王を心底馬鹿にしていた。


そして挨拶も程々にして、ダニエーレは静かに玉座の間から退室するのだった―――






―――ダンフル城を出て、イェダン島からすぐに船を出航させるダニエーレ。


「さてと、次が本番だぁ♪ ゾット列島国には土産がある分、間違いなく乗ってくるだろう!フッフッフッ……」


船の甲板で肩を震わせて醜い笑い声を漏らす……


……その様子を甲板の物陰から今も監視するジェーヴァは、その歪んだ顔に船酔いではなく吐き気を起こしていた。


ダニエーレの乗った帆船は次の目的地であるゾット列島国ウノ島の首都シエンへと向かっていくのだった―――






―――場所は再びリオン議会領のアサド評議会議事堂


「―――陛下。ソプラかゾット、そのどちらかは条約を結ぶと言った真意を御教え頂けますか?」


ジョヴァンニ=ロッシは会議室で八雲の指摘した条約についての見解を求めた。


「あくまで俺の見解だけど俺がもしイロンデル公の立場だったらと考えてみて、シュヴァルツを包囲する体制を構築したいと考えたらウルスやフォック、レオパールが拒否することは想定出来る。だとしたら、俺も海の向こうのソプラとゾットに話を持ち込む」


「―――はい。現にイロンデルからの使者が海を渡り、ソプラに向かったと」


「ああ。だがノワールが言ったようにソプラもゾットもオーヴェストじゃない。大陸の争乱に巻き込まれる義理も理由もない」


「確かにその通りです」


「それなら―――此方に巻き込んでやればいい」


「は?……それは一体?」


八雲の乱暴な言動にジョヴァンニも他の者達も困惑した表情を浮かべる。


「ソプラはさっきの話しを聴く限り、俺が言ったようにオーヴェストのいざこざに飛び込む意義がないし、条約は蹴るだろう」


「―――しかし、それはゾットも条件は同じなのでは?」


「そうかな?俺なら―――ソプラ諸島連合国を打倒するために大陸から兵を貸す。そしてゾットがソプラを滅ぼし、統一して単一国家になれるよう協力するから、条約の通り海上封鎖をしてくれ―――そう持ち掛ける」


八雲のその推論にジョヴァンニも他の者達もハッとした表情で視線を八雲に集中していた。


「し、しかし!イロンデルから海に出るには、フォック聖法国を通らなければなりません!……聖法王猊下が、そのような侵略行為を黙って見過ごされるようなことはなさらないでしょう」


突然、フォック聖法国の名前が出てきて同席しているユリエルの表情が強張る。


「そうかな?フォックを通るのは元から難しいと考えるさ。だけど、ゾットに向かうなら別にフォック聖法国を通らなくても行けるよね?」


「―――ッ?!ま、まさか!!」


ジョヴァンニの顔が一気に険しくなった。


「―――俺なら、イロンデルから南に向かって隣国のウィット聖法国から海に出る」


南部スッドの聖法国であるウィット聖法国はイロンデルとフォックと隣接する南方にある国であり、フォック同様ウィットからも海上に乗り出すことは可能だった。


しかし、そこで同席していた雪菜が大きな声を上げる。


「そんな!―――スッドの聖法国が軍を通過させるなんて!!」


雪菜が憤慨するのは尤もなことだが、白雪はその理由が分かっているといった雰囲気で黙っている。


「雪菜、それは聖法国へ寄付するんだよ。軍を素通りさせてもらうために聖法庁に莫大な寄付金を積むのさ。敬虔な信徒を装えば国内を素通りする軍事行動のひとつやふたつ、目を瞑るくらいのことはするだろう。聖法国も国民に手を出さないと確約が取れるなら文句はないだろうし」


「―――でも!それじゃあゾットやソプラの人達は!!」


「ゾットは兵を貸してもらえて一気にソプラに攻め込み国を統一、その後はイロンデル公との条約に従い海上封鎖と海産物、海底鉱石の独占、王族もひとつになって万々歳だな」


ソプラやゾットの民衆のことを心配していた雪菜だが、八雲の統一陰謀論を聴いて愕然としていた。


ジョヴァンニも想定以上の予測に一瞬呆気に取られてしまったが、


「では陛下……これからどのように動くべきでしょう?我々はどう動けばよろしいでしょうか?」


今後の動きについて八雲に問い掛ける。


「―――まだ確定は出来ないけど、ゾットに不穏な動きが出る可能性は高いと思う」


そう前置きした上で、


「リオンはこれから軍を編成しておいてくれ。俺は一度ティーグルに戻ってエドワード王達と話してからまた戻って来る。エヴリン達に話していたことと話は変わってしまうけど、そこでティーグル、リオン、レオパールの軍を天翔船で一気にソプラ諸島連合国まで運ぶ。向こうがゾットにつくなら、こっちはソプラについてやるのさ」


ゾットに加担してくるだろうイロンデル公王の目的を、ソプラに加担して阻止する。


八雲の考えを知ってジョヴァンニは頷くと、


「―――承知しました。ではその準備に入ります」


そう言って早速ジョヴァンニは同席して話しを聴いていた議会の議員達に指示を出し始めた。


「今日はもう夜になるから、明日の朝ティーグルに戻るぞ」


八雲の言葉にノワールを始め、共に此処まで来た乙女達が頷いて同意するのだった―――






―――八雲達が議事堂で会議をしている頃。


アサド評議会議事堂の正面の広場では夕方になりかけた空が赤く染まり始め、シリウスとコゼロークがシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアのガルム幼女騎士団(仮)と会議が終わるのを待っていた。


子供達はガルムに乗って行進の練習?の様なことをしていて、隊列の先頭になることを順番に変わりながら楽しそうに広場をトコトコ歩き回っていた。


そんな場所に―――


「ほおお~!これはまた強そうで厳重な警備だぞ!コンスタンス!」


「ダルタニアン……どうして貴方は正面から入っているの?バカなの?」


―――と、見慣れない男女から夕陽で伸びてきた影がシリウス達の足元まで届いている。


突然、姿を現したことにシリウスは此処の関係者か?と思ったが、横にいたコゼロークが―――


「……フンッ!!」


―――ほんの一瞬で『収納』から黒戦斧=毘沙門を取り出し、その小さな手に握ってひとりで前に出たかと思うと、ブンブンッ!と勢いよく風を切って回転させて次にビタリとその穂先をダルタニアン達に向けて静止した。


柄の部分は黒神龍の鱗で出来ており、強度は最硬で刃の部分と柄の先に付いた槍型の刃も全てクロムメッキの様に黒く鏡面仕上げとなって鱗を三枚も使用しているため人族では持ち上げることも難しい毘沙門―――


―――そんな得物を小柄で大人しそうなコゼロークが旋風を巻き起こして勢いよく振り回したことに、ダルタニアンとコンスタンス、そして傍で見ているシリウスまでが驚愕の表情をしていた。


「侵入者です……子供達を……」


静かにシリウスにそう伝えたコゼロークの言葉を聴いて戦斧の回転に驚いていたシリウスは、


「―――全員集合!!!」


と大声で叫んでシェーナ達を乗せたアルファ達を自分の元へすぐに集合させて、そこから議事堂の正面入口まで後ろに下がり、コゼロークの邪魔にならないように心がける。


(コゼローク殿は見た目幼い少女に見えてレオ殿、リブラ殿と同じ龍の牙ドラゴン・ファング……あのような巨大な戦斧を軽々と振り回すとは……生意気な口をきかなくて正解だった!!)


シリウスはレオ達で十分に身に染みていた龍の牙ドラゴン・ファング達の常識外れの実力を知っていたので、コゼロークを見た目で判断するような真似はしなかった。


ジェミオス・ヘミオス姉妹と見た目同じくらいの歳恰好をした、桃色の少し癖毛のある長い髪をツインテールにして見た目可愛らしいが、表情は無表情のコゼロークから今は信じられないほどの『威圧』が放射されている―――


「オオオ~♪ 怖い♪ おい、お嬢さん。俺達は別に怪しい者じゃないんだ。只ちょっと黒帝陛下の顔を拝みたくて―――」


「……怪しい」


「―――何故だ!?こんなにいい男なのに!?」


愕然と肩を落としたダルタニアンの横でコンスタンスはひとり溜め息を吐いた。


「―――どこの世界に皇帝の顔を見に来たって押し掛ける不審者を怪しくないって思う家臣がいるのよ?貴方本当に何を考えているの!?」


一気に捲し立てるコンスタンス。


「―――それは俺も教えてもらいたいな」


そこに新たな声が加わったことで、ダルタニアンとコンスタンスは議事堂の正面に視線を向けると―――


金の刺繍が鏤められた黒いコートに腰のベルトには黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を差した黒神龍の御子、


―――九頭竜八雲が立っていた。


「八雲様……」


その姿を見てコゼロークがその名を呼ぶと、チャラけていた態度だったダルタニアンが鋭い視線に変わる。


コゼロークの放った強烈な『威圧』を察知した八雲は、状況を確かめようと自ら正面に出てきたのだ。


「議事堂に何か用でも?それとも……用があるのは俺か?」


冷静に問い掛ける八雲の声にコンスタンスは一歩も動けず声も出せない。


まさか本当に黒帝本人が、こんな状況の正面広場に出てくるとは思ってもいなかったのだ。


だが、ダルタニアンは違った―――


「初めまして黒帝陛下。私はフォーコン王国の吸血鬼騎士団ヴァンパイア・ナイツ所属、四騎士のひとり―――ダルタニアン=カステルモールと申します」


―――胸に腕を当てながら頭を下げて礼儀正しく挨拶をする。


話しに聴いていたレーツェルの吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイトの四騎士と聞いて八雲の眉もピクリと反応する。


「噂の四騎士がまさか訪ねて来てくれるなんて思ってなかったよ。だけど……丁度いいか。どうだ?これから一緒に飯でも食わないか?」


「み、御子様?!相手はフォーコンの―――」


何の脈絡もなく、いきなりダルタニアン達を食事に誘った八雲に、後ろに下がって子供達を護っていたシリウスが声を上げるが、


「―――え?いいの?いやぁ~晩飯どうするか、まだ決めてなくて困っていたんだよねぇ♪ 助かるよ」


と、何故か友達のようにノリノリで返事をするダルタニアンにシリウスとコゼローク、誰よりもコンスタンスが口をあんぐりと開いて困惑していた。


「先に訊いておくけど、今日明日に俺を相手にやり合うつもりがあるか?」


すると八雲が真っ直ぐな視線でダルタニアンに問い掛ける。


「―――ないない♪ 俺達は別に黒帝陛下を、どうこうしてこいなんて命令されてないし」


「へぇ……だったら、どうしろって言われて来たんだ?」


するとダルタニアンは姿勢を正して真っ直ぐに八雲を見つめると―――


「ただ―――見てこいと」


―――そう一言だけ答えて真っ直ぐな視線を向けられた八雲は途端に顔を顰めた。


「キモッ!―――男をジッと見てこいって、それ何の罰ゲームだよ?いや、この場合は見られる俺が罰ゲームだろ……」


顔を顰めて心から嫌そうな表情をダルタニアンに向ける八雲―――


「ヒドッ?!―――でも、俺も別に男をジッと見つめる趣味とかないから!どうせ見るならコンスタンスの方がいい♪」


―――そう言い返して、コンスタンスの肩を抱くダルタニアン。


「一回死んできなさい!このバカッ!!」


「―――ほらな!熱烈な愛情表現してくれるだろ?」


「ウン……ホントソウデスネ」


「なんで片言なんだよ!?」


まるで昔からの友人同士のような、そんなふたりの会話にシリウスは困惑の表情が止まらない。


「まあ、そう緊張しなくていいよシリウス。もしも手を出してきたら此処には大陸の神龍が四人、その御子も四人、更に各勢力の精鋭部隊まで揃っている。あの剣聖イェンリンまでいるんだ。俺なら死んでも手を出したくないね」


笑ってシリウスに説明する八雲の言葉にダルタニアンも笑いが込み上げてくる。


「クックックッ♪ いや、その通りだよ。なるほどな……やっぱりシュヴァルツの黒帝陛下は思った以上に面白いよ!」


「俺はふたりでこんなところに乗り込んでくる、お前等の方が面白いけどね……」


「アハハッ♪ まぁそう言わずに!さっきも言った通り俺達は黒帝陛下がどんな人物か、女王陛下の命で見物に来ただけなんだ」


「そうか。だったら、さっきも言った通りで一緒に飯でも行こうか」


「いいね♪ それで、どこに行く?」


ウキウキとした表情を浮かべるダルタニアンに―――


「ふたりとも―――ピッツアはもう食べたか?」


―――と、ニヤリと笑みを浮かべてリオンの名物を告げるのだった。


そして、


「―――ピッチャ!!」


「ワン!」


そのピッツァという言葉で元気に反応するシェーナの声とアルファの返事が広場に響いたのだった―――



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