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第252話 リオンに集う者達

―――少しずつ動乱の渦中に向かう西部オーヴェスト


レオパールからリオン議会領に向かう八雲の黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー


フォックからリオン議会領に向かう白雪の雪の女王スノー・クイーン


そして海を渡りソプラに向かうダニエーレ=エンリーチ


それぞれの思惑が動き出す中で、シュヴァルツ皇国は陰謀の渦中へと巻き込まれていく―――






―――リオンの繁華街にあるベンチにひとりの男が腰掛けていた。


茶色の髪は肩くらいの長さがあり、それを後ろで一纏めに青いリボンで纏めていて、凛々しい顔立ちで十代後半くらいの見た目をした男は、そこの屋台で買った紙袋から取り出した串焼きを食べている。


モグモグと肉の串焼きを味わいながら空を見上げて、青空に浮かぶ白い雲を見つめていると―――


「―――やっと見つけたわよ!もうっ!勝手に動かないでって、いつも言ってるでしょ!!」


―――男の背後から甲高い女性の声が響いた。


「おお、コンスタンス。やっと目を覚ましたのか?」


怒鳴られた男はいつものことだと言わんばかりの態度で、笑みを浮かべながらコンスタンスと呼んだ少女に告げる。


時間はとっくに昼を過ぎて、あと少しすれば夕方に向かう時間帯だ。


そしてコンスタンスと呼ばれた少女は、金髪のストレートの長い髪に赤いカチューシャをした美少女だった。


冒険者のような緑色のジャケットにパンツルックの装いで、ベンチに座る男を見下ろしている。


猛禽類のように鋭い目つきになった美少女を前に、白い生地に赤と青のラインが走るコートを羽織る男は、ニコリと笑みを浮かべながら、その猛禽類の眼をした少女に言葉を返す。


「目を覚ましたじゃないわよ!!貴方が昨日、何度も求めてくるから―――」


「―――ああ~っ!!コンスタンス=ボナシュー!その、もう少し声を小さくしてくれないか?そうじゃないと、周りの目が……」


ここは商業国家リオンの首都レオーネにある有数の繁華街の街中で、男女の睦事を大声で憚ることなく叫んだコンスタンスの言葉を遮ったときには、もう周囲の民衆から生温かい視線を集めていた……


「ッ?!―――貴方のせいでしょ!!!/////」


周囲の視線に気がついて顔を真っ赤に染めるコンスタンスの怒りは更に沸騰していく。


「ゴメンゴメン。でも今日は朝から空飛ぶ白い船がアサド評議会議事堂の上空にやってくるのが見えた。天を翔ける船はシュヴァルツ皇国の黒帝陛下が乗っている黒い船だけだと思っていたけど、白いのもあるんだなぁ」


「―――本当なの!?……だとすると女王陛下から伺った話とは変わってくるわね。どうするの?」


そう問い掛けるコンスタンスに、男は手に持っていた串焼きの袋を差し出す。


「あ、ありがとう」


その串焼きを一本手に取り、口に運ぶコンスタンス。


「俺のところに届いた知らせだと、黒帝陛下はウルスからレオパール方面に向かっていったと聞いている。そしてこのリオンに白い船が来たってことは―――」


ベンチの隣に座り込んで串焼きを食べだしたコンスタンスに説明していると―――


「ほうら♪ 追いでなすったぞ。あれが―――黒帝の船だ」


―――その目線の先に広がり近づいて来る巨大な影と、上空を通り過ぎる黒い艦体の天を翔ける船。


彼女達だけではなく街の彼方此方では、その黒い船の雄姿を見上げて、


「黒帝陛下の船だ!!―――黒帝陛下が来られたぞ!!」


と彼方此方から声が上がっていた。


「あれが……黒帝がリオンにやって来たのね……」


コンスタンスもその船影を見送りながら呟くと隣の男が立ち上がる―――


「あっ!―――ねぇ、これからどうするの?」


―――それを見て今度は置いて行かれないようにしようと問い掛けるコンスタンス。


「んん?それは勿論、来訪した黒帝陛下のご尊顔を―――拝みに行くのさ♪」


「えっ?拝みに行くって、まさか……あっ!ちょっと!待ちなさい!!―――ダルタニアン!!!」


通り過ぎた黒い船を追いかけてアサド評議会議事堂方向に向かって駆け出す男。


その男の名前は―――ダルタニアン=カステルモール。


議事堂に集まる群衆の中を駆けていくダルタニアンに名を呼びながらコンスタンスも追っていく。


「どんなヤツか、確かめさせてもらおうか!―――九頭竜八雲!!」


ニヤリと笑みを浮かべながら、ダルタニアンはアサド議事堂を目指して疾走するのだった―――






―――天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーはアサド評議会議事堂の上空に停止する。


既に上空に停泊していた純白の天翔船雪の女王スノー・クイーンと平行に横並びに停泊した黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーから、上陸用のゴンドラが地上に降りて来る。


地上では、雪の女王スノー・クイーンで先に到着していた白雪や紅蓮、イェンリン達が表に出て待っていた。


だが、その人混みの中から―――


「―――八雲様!!!」


―――名を呼ぶ一際大きく弾んだ声が響き渡ると、飛び出した人影が降下してゴンドラから降りた八雲に抱き着いてきた。


「―――カタリーナ!!」


金髪のクルクルとした巻き毛に蒼い瞳をした美少女カタリーナ=ロッシが胸に飛び込んで、八雲もそれを抱きとめながら笑顔を向ける。


久しぶりに再会出来たことに全身で喜びを表すカタリーナだったが、


「コホン!……ああ、カタリーナ。陛下はご到着されたばかりだ。自重しなさい」


軽い咳払いをして諫めたのはカタリーナの父であり、このリオン議会領の代表を務めるジョヴァンニ=ロッシだ。


「あっ……申し訳ございません、黒帝陛下/////」


感情が先走り、抱き着いてしまったカタリーナは顔を赤らめてその場から下がる。


「全然構わないよ。むしろ推奨。ロッシ代表と話が終わったらゆっくり話をしよう」


「―――はいっ!お待ちしていますわ♪」


カタリーナは笑顔で八雲に返事をした。


「それでは陛下。議事堂の中で詳しいお話をよろしいでしょうか?」


平然とした表情で議事堂の中へ八雲を促すジョヴァンニだったが、実際のところ内心では―――


(黒帝陛下や黒神龍様は兎も角、何故此処に紅神龍様に白神龍様!蒼神龍様までお揃いなのだ?!しかも紅神龍様の御子はヴァーミリオンの剣聖皇帝イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン陛下ではないか!!いや……落ち着け、ジョヴァンニ=ロッシ。これほどの面々を前に醜態を晒すことなど出来ん。平常心だ……)


―――と歴史的にもあり得なかった事態に混乱を押さえるのがやっとだった。


議事堂に向かう入口の傍には、


シリウスとガルム達に乗ったシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアと最後にコゼロークが並んで敬礼していた。


「何故お前等はいつも敬礼してんの?しかもキリッとした顔で……」


そんなシェーナ達を見て―――


「おお~♡ シェーナ♡ トルカ♡ レピス♡ ルクティア♡ みんな元気だったかぁ~♡ う~ん♪ その敬礼姿もキャワイイなぁ~♡ 流石は我の天使達~♡ ほうれ~♡ チュ♡ チュ♡ チュ♡ チュ~♡」


―――その凛々しい?いや、可愛い女騎士っぽく振る舞うシェーナ達の、ぷにぷに♡ のホッペに順番にキスをするノワール。


「少し離れただけでこうなるとは……ノワールさんマジ親バカ……」


そんな和やかな空気の中で、八雲達はジョヴァンニ達に促されて議事堂の中へと向かうのだった―――






―――議事堂の大会議室に入った八雲達。


シュヴァルツ皇国に戻ったことで箝口令的に会議から外していた他の神龍関係者も、全員をその大会議室に参加させていた。


「―――此処はもうシュヴァルツだから、国内では他の皆にも参加してもらうことにした。今のシュヴァルツの情勢を認識しておいてもらいたい」


八雲の挨拶から早々にジョヴァンニが問い掛ける。


「まず、今回の御訪問の目的を御伺いしてもよろしいですか?」


天翔船で移動出来る八雲達と違い、陸上を移動する者達では情報の伝達速度に天と地ほどの差がある。


それ故に娘のカタリーナから八雲の来訪どころか白雪達の雪の女王スノー・クイーンまで来訪すると聞いて、何が起こっているのかと把握していない状況にジョヴァンニを始め、多くの議員達も困惑していた。


「まずは俺達がフォック聖法国を訪れたところから話すよ―――」


―――八雲はフォック聖法国でウルス共和国のバンドリン、レオパールのエヴリンに会ったこと、そこでイロンデルのワインド公王から『シュヴァルツ包囲網構築条約』が近隣諸国に呼びかけられたこと、それに対してウルスとレオパールは署名を断ったこと、逆にフォーコンのレーツェルは署名したことを簡単に説明した。


「フォーコンがそのような条約に……しかし、イロンデルとフォーコンだけでシュヴァルツに対抗するつもりでしょうか?」


ジョヴァンニからの質問にクレーブスが返事をする。


「―――そのことですが、今、この条約を持ち掛けて回っている人物を追っている我々龍の牙ドラゴン・ファングのひとりからの報告によると、その人物は海を渡りソプラ諸島連合国へと向かったとのことです」


その言葉にジョヴァンニは顔色を変える。


「ソプラ諸島連合国に!?では、イロンデル公の狙いとは―――」


「―――海上封鎖による包囲網の構築でしょう」


クレーブスの推測は、その場にいる者達を納得させるのに足る意見だった。


だが、そこでイェンリンが―――


「何を狼狽えることがあるのだ?ソプラ諸島連合国がどれほどのものかは知らぬが、天翔船を持つ八雲に海上を封鎖して何の意味があるのだ?」


―――と、発言する。


その言葉に全員が「あっ」と今更な表情になった。


「確かに天翔船を持っているこっちには海上封鎖なんて意味はないな。だがソプラ諸島連合国との取引には支障が出るんじゃないのか?」


八雲の質問にジョヴァンニは頷く。


「そうですね……ソプラ諸島連合国とは海産物や海中から発掘される鉱石の取引など、小さくはない輸入物があります。ですがソプラ諸島連合国はこの条約に果たして署名するのでしょうか?」


「―――どういう意味?」


「黒帝陛下はソプラ諸島連合国のことを、どの程度ご存知ですか?」


「そうだな……オーヴェストの西の海にある島国で、同じ島国のゾット列島国と仲が悪い?くらいの知識しかないな」


その返事を聴き、ジョヴァンニはソプラとゾットについて話し始める。


「ソプラ諸島連合国もゾット列島国も、そこに住まう人々は同じ『海人族』という種族でして体の一部が魚のようで残りの部分が人間という特徴を持つ獣人の一種です。男性の場合『マーマン』、女性の場合は『マーメイド』と呼ばれています」


「ここに来てまさかの人魚登場……でも、だったら二国とも同種族ってこと?」


「はい。大元の先祖は同じ海人族だったと伝わっていますが、ある時に仲が悪くなった王族が分裂して、今のソプラとゾットに別たれたという話です」


「なるほど……それでノワールさん。その辺りのことはどうなの?」


そこで生きる歴史の黒神龍であるノワールに問い掛ける八雲。


「―――うん?ソプラとゾットの奴等のことが聴きたいのか?あいつ等は元々同じ王家だったのだが、たしか今から八百年ほど前に後継問題が起こったのだ。だがソプラもゾットも我の縄張りの国ではないからな。別にどうとも思わなかったから気にしていなかったら、今みたいに険悪な国になってしまっていたな。そうだよな?クレーブス」


「―――はい。その通りです」


龍の牙ドラゴン・ファングの頭脳クレーブスが頷く。


「あ、他所の家の話しだから気にしてなかったと……」


「―――うむ!まったく気にしていなかったぞ!」


笑顔で言い切るノワールに大会議室の面々は苦笑いを浮かべていたが、そこからジョヴァンニが再び語り出す。


「―――話しを戻しましょうか。そのソプラとゾットは互いに漁業海域の問題や海中の鉱石発掘について何度も衝突を起こしています。海産物や鉱石の質などは正直なところ差はありませんので、取引も両方に納得のいく金額で行わせて頂いています。ですが……」


そこでジョヴァンニの言葉が微妙な空気を漂わせる。


「……ですが?」


「はい、ソプラとゾットでは同じ海人族でも、その気性はゾットの国民の方が好戦的な特徴があります。正直なところ互いの国で取り決めた協定を破るのはゾットの方ばかりで、此方との取引で値段に文句をつけるのもゾット側の交渉人ばかりです」


「島で別れたって言っても同じ海人族なんだろ?随分と両極端な性格に別れたんだな?何か理由でもあるのか?」


そのことにクレーブスが声を上げる。


「―――それはソプラ諸島連合国が王家の本家であり、ゾット列島国が分家だという歴史も側面にあるようです。ゾットの王家は何から何までソプラの王家に対抗心を持っているようです」


そのクレーブスの説明を聴いて、ジョヴァンニはコクリと黙って頷いた。


「つまり、ゾットはソプラにコンプレックスを抱いているってことが根底にあるんだな……ふむ」


そこで八雲は『思考加速』で自身の考察の世界に入る―――


―――そんな風に、いがみ合っている二国のうちの一国にダニエーレを向かわせて、包囲網に巻き込もうとしているイロンデル公ワインド。


―――もしも自分がイロンデル公の立場で、そんな二国と交渉するような場面になればどうするのか?


―――条約に署名させるには、ただ大義名分を持っていけばいいという訳じゃない。


―――ノワールの言う通り、ソプラもゾットもノワールの縄張りであるオーヴェストとは関係ない独立した国家だ。


―――オーヴェストの大義名分など、それこそ何の価値もない……


だとすると―――


『思考加速』から戻った八雲は、会議室にいる全員を見渡す。


「イロンデル公……ワインド公王は相当の曲者だ。俺の考えが間違いなければソプラとゾット……二国のうち、どちらかは……恐らく、あの条約に署名することになる」


「えっ!?それは一体どういうことですか?」


突然の八雲の発言に、ジョヴァンニは驚きを隠せずにいる。


それは会議室にいる他の者達もまた同様で、そして八雲はダニエーレの持つ親書の内容を見通したことでソプラとゾットにも対処が必要になったことに内心歯軋りをするのだった―――



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