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第249話 女王の吸血鬼騎士達

―――フォーコン王国の首都ファルコにあるアルコン城


上品な調度品が配置された見事な貴賓室で、スコーピオはこの王国の女王レーツェル=ブルート・フォーコンとテーブルを挟んで対峙していた―――


レーツェルに仕える吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイトの四騎士のひとり、アトスが見事な手捌きでお茶の準備を熟し、スコーピオとレーツェルの前に差し出した。


スコーピオは出されたティーカップの取手を握り持ち上げると、紅茶から漂う芳醇な茶葉の香りを静かに楽しみ一口その紅茶を含んだ。


「躊躇なく口にされましたが……何か盛られているのでは、とは疑わないのですね?」


同じくティーカップを手にしたレーツェルが仮面の様な無表情でスコーピオに問い掛ける。


「先ほど手出しはしないと言質は取った。それで毒を盛るような卑怯者と誹られる真似をする貴女ではないだろう」


そう答えて再び紅茶を飲むスコーピオを見つめて、レーツェルも紅茶を含む。


「それで……貴女がこの国を調べに来たのは、シュヴァルツ包囲網構築条約のことでしょうか?」


最初から本題に入られてスコーピオもピクリと反応したが、この様な時期に城の外で監視をしていれば、その件以外の何ものでもないのは道理だ。


「ここで隠しても見るに堪えんだろう……その通りだ。フォーコンが今後どう動くのか。それを探っていた」


「……随分と正直に仰いますのね」


「こうして陛下と直接話す機会を頂いたからには、隠し事など無粋だろう」


「その高潔な意志と確固たる実力……流石は黒神龍様が生み出したる、遥か太古の昔から悠久の時を主と共に生きてこられた龍の牙ドラゴン・ファングのひとりと賞賛しましょう。それで……貴女は何が知りたいのですか?」


美しいレーツェルのガラスの様な感情の見えない紅い瞳が、スコーピオを捉えながら問い掛けた。


「直接訊けるのだから遠慮はしないで伺おう。イロンデルから持ち掛けられた条約について、陛下は署名されたのか?」


スコーピオもまた眼帯で覆ったものとは反対の、左側の赤い瞳でレーツェルを捉えて問い掛けた。


「……はい。シュヴァルツ包囲網を謳う、あの条約には署名致しました」


「―――何故だ?」


包み隠さず答えたレーツェルに続けてスコーピオは問い掛ける。


「何故?……昔からイロンデルとは不可侵条約を結び、今日この日まで平穏な日々が続いてきました。盟友である隣国と友好関係を継続することは……それほど不思議なことでしょうか?」


「……」


国家間の関係を持ち出されては両国の政治的立場にないスコーピオには答えようがない。


「スコーピオ……貴女とも、そして黒神龍様とも今回の件で事を構えるつもりは……私にはありませんよ」


「だが、現にシュヴァルツに仇なす条約に署名をしたと、つい先ほど言っただろう?」


スコーピオの赤い瞳が少しだけ細くなり、そしてレーツェルを見つめる。


「古来より付き合いがあるイロンデルとは国交はあっても、新たに建国されたシュヴァルツとの正式な国同士の外交はありません。突然、四つの国が併合され、巨大国家が隣国で生まれたとなれば……他の国々と協力体制を築くのは国として間違えた選択ではないと思いますが?」


レーツェルの言っている話は一々尤もな話だ。


だが―――


スコーピオには無表情で説明するレーツェルの言葉が、まるで現実味のない他人事のように聞こえてきて彼女がすべてを語っているとは到底信じられなかった。


しかし、このまま話しを続けたところでレーツェルがその本心を暴露するとは思えない。


「……最後にひとつだけ伺おう」


「なんでしょう?」


「もしも、イロンデル公国がシュヴァルツに対して出兵するとなった場合、貴女はどうするつもりだ?」


質問と同時にスコーピオは部屋に充満するほどの『威圧』を放つ―――


―――すると、アラミスとポルトスが身構える。


「……イロンデルがシュヴァルツに兵を出すと……そうなった時は―――」


常人であれば気絶するほどの強烈なスコーピオの『威圧』にも、眉一つ動かさずに答えるレーツェル。


「―――またその時に考えます」


「……ふざけているのか?」


質問をはぐらかす様な返事で返されたことに、スコーピオも遠慮が無くなってきていた。


「スコーピオ……吸血鬼ヴァンパイアの忌避することを知っていますか?」


「……何?」


突然話題を変える質問にスコーピオは面食らうが、警戒と威圧は止めない。


吸血鬼ヴァンパイアの忌避すること……それは―――無下に時間を過ごすことです」


「……」


「貴女は感じたことはありませんか?スコーピオ。黒神龍様と悠久の時を生きる貴女方は私よりも何百倍、何千倍も長き時間を過ごしてきたのでしょう。そんな時の中で、貴方は退屈を感じたことがないと?」


その質問にスコーピオは『威圧』を掻き消して、ゆっくりと答える。


「……なかったと言えば、嘘になるだろう。そしてそれは我が主ノワール様もまた同様だ。無限に近い時を生きる我等には、謀らずとも無下に過ごす時が容赦なく際限なく訪れる」


「そうでしょう……私は、そのような時を過ごすことに堪らないほど、もどかしさと焦れを感じるのです」


「だが、それと今回の件とどう関係がある?」


「分かりませんか?貴女の主である黒神龍様は、一度も御子を御迎えになることはなかった……その黒神龍様が、この時代に初めて御子を迎えられました。それは私にとっては何物にも代えがたい―――『興味』の対象なのです」


「それは……つまり、条約に署名したのは―――」


「―――はい。私は黒神龍様の御子……シュヴァルツ皇国皇帝……九頭竜八雲様に『興味』が湧いたのです」


静に、それでいて此処にきて熱を感じさせるフォーコンの女王の言葉に、スコーピオは瞳を大きく見開くのだった―――






―――フォーコン王国の女王との謁見を終えたスコーピオは、城の外に案内される。


退屈を嫌う吸血鬼の女王は事もあろうか退屈凌ぎの手段にイロンデルの包囲網条約に署名し、そして暇つぶしの対象として八雲に『興味』を抱いたと言うのだ。


無表情な美女が告げた国家規模の条約を結んだ理由が、只の退屈しのぎだなどと誰が考え、その話しを誰が信じようか……


だが、現にこの国の女王はそう言い切って憚らない様子だ。


しかし、そんな彼女の言葉をそのまま受け止めて納得するほどスコーピオもお人好しではない。


フォーコンの女王には、退屈しのぎだといったその言葉の裏に、高潔な女王としての何か思惑が隠れていることをスコーピオは薄々感じ取っていた。


そして、これ以上の対話を続けてもあの無表情の美しい女王は決して口を割らないだろうと結論を出したスコーピオは、謁見を終えて城を出ることにした。


最後の別れ際にレーツェルから―――


「……それでは黒神龍様の御子様に伝言を頼みましょう。近いうちに……イロンデルの戦場で、御会いすることになるかも知れません。その時は……ゆっくりとお話しさせてくださいませと、そうお伝えください」


―――八雲への伝言を頼まれた。


レーツェルの話し具合から、イロンデルとの条約は、むしろ八雲との接点を持つための手段に過ぎないと言っているような口ぶりだとスコーピオは独自に読み取っていた。


やはり彼女の本当の目的は、その先に隠れている気がしてならなかった。


そう考えれば、やはり曲者なのはイロンデルよりもフォーコンだと改めて認識した。


そんな彼女をアラミスは入ってきた時とは別の門から外に案内した―――


「―――此処は……入ってきた門とは違うようだな?」


そのことに気がつき、先を行くアラミスに問い掛ける。


「はい……此処は城の裏手にあります森に通じる門でございます」


アラミスは微笑みを浮かべながらも、人気のないその暗がりが広がる森の中へと進んでいく。


そんな彼の背中を見つめながら、スコーピオは警戒心を最大に引き上げて後に続く……


―――暫くして、森から一旦抜けて土が剥き出しになった広場のような場所に出る。


「……此処は?」


立ち止まり、間合いを取ったスコーピオがアラミスの背中に問い掛ける。


「……レーツェル様はあのように仰っていらっしゃいましたが、スコーピオ様……貴女が陛下に対して犯した不敬の数々……陛下に仕える騎士として到底見過ごせるものではございません……」


後ろを向いたまま答えたアラミスの背中からは目に見えるほどの『殺気』が放たれていた。


その心地いい『殺気』の放射を受けて、スコーピオはようやく自分らしい展開になってきたな、と思わずその美しい顔がニヤケ顔になってしまう。


「すまんが昔から礼を失する性分なものでな。しかし、今日は何もしないと言っていた主の言葉を反故にするのではないか?」


「いいえ。陛下は何も命じてはおられません……これはあくまで、わたくしの一存でございます」


「ほう……そうか。俺もそういう展開は嫌いじゃない。吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイトの四騎士と謳われるお前の実力、此処で見せてもらうとしようか」


スコーピオの言葉に振り返ったアラミスの顔は微笑みの美男子ではなく、真剣な表情を浮かべた男の顔に変わっていた。


吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイトの四騎士がひとり……アラミス=シュヴルーズ」


龍の牙ドラゴン・ファングの序列06位……左の牙レフト・ファングのスコーピオ」


互いに名乗りを上げたふたりは互いに得物を手にする―――


―――スコーピオは黒神龍装ノワール・シリーズの黒短剣=奈落を両手に握る。


対するアラミスは、腰に下げていた細剣を鞘から抜き、敵に突き込むような体勢で構えた―――


―――対峙するふたりの間に草木を揺らす風が吹き抜ける。


そして―――


―――同時に間合いを詰めるように一直線にぶつかり合う黒いコートを纏ったスコーピオと、黒い執事服を身に纏ったアラミスが黒い閃光に変わり激突する。


「―――ハアアアッ!!!」


「オオオオ―――ッ!!!」


衝突した場所で互いの得物を振り翳すスコーピオとアラミス―――


―――アラミスは高速の細剣から繰り出す突きの連撃でスコーピオを狙う。


スコーピオはそのアラミスの突きを奈落で振り払い受け流しながら、もう一方の奈落でアラミスの身を引き裂こうと狙う―――


―――静かな森の奥で響き渡る金属が激突する衝撃音が、あり得ないほどの間隔で連続して鳴り響いていく。


上下左右に繰り出された残像が同時に生じて互いに火花を瞬かせていた―――


(―――やるなっ!)


―――互いの腕を認めながらも更に加速する動きに周囲には激しい剣戟の衝撃が広がっていく。


常人の眼では追いつくことも出来ない残像を生み出すふたりの動きの中で、少しずつその執事服を斬り裂かれ始めたアラミス―――


―――形勢不利と判断したアラミスが、一旦間合いを取るためバックステップで離れる。


距離を取ったアラミスの身体に奈落で斬りつけられた傷が、吸血鬼の驚異的な自己修復能力で白い靄を上げながら次々に塞がっていく―――


―――しかも、その身に纏った執事服までも急速に修復されていった。


「ほう……その服もお前の身体の一部だったのか」


「……この身に傷をつけた者は……貴女で三人目です」


「思ったより少ないな。もう少し外の世界を見た方がいい!」


スコーピオの切り返しに美男子のアラミスの顔が、眉間に皺を寄せて歪んでいく。


するとそこで―――アラミスの細剣にドス黒く濁ったような赤い何かが纏わり付き、細剣を赤黒く染める。


細かく蠢いているように見える細剣を改めて構えて、スコーピオと対峙するアラミス―――


―――その姿を変えた細剣に危機感を覚えたスコーピオも奈落を握る両手に力が籠った。


そして再びふたりが激突しようとした、その時―――


「そこまでにしておけ―――アラミス」


―――スコーピオの背後から聞こえる男の声。


「ッ?!―――アトス!」


対峙するスコーピオとアラミスの間に割って入ったのは、銀髪をオールバックにして口髭を生やした黒い瞳の紳士……アトス=ラ・フェールだった。


「なかなか戻らぬから気になって追ってみれば、案の定このようなことをしていたか。申し訳ございません、スコーピオ様。アラミスの暴走は四騎士を纏める、わたくしの落ち度でございます」


そう言って綺麗に後ろへ流した銀髪の頭を深く下げるアトス。


その謝罪の意志にスコーピオの熱くなり始めた闘争心は冷めていく―――


「いや、主を想っての行いと見れば、アラミスの行動は俺も分からなくはない。素直にお前の謝罪を受けよう」


「貴方様のご温情に心より感謝を申し上げます……ですが、わたくしも次に相見える時は―――今日の様には参りませんということ、申し添えさせて頂きます」


そう言ってスコーピオを見つめるアトスに、奈落を仕舞ったスコーピオは―――


「上等だ、吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイト達。お前達との再戦を、俺も楽しみにするとしよう」


―――不敵な笑みを浮かべてアトスとアラミスの元から立ち去る。


その背中をアトスとアラミスは黙って見送るのだった―――






―――首都ファルコの喧騒が聞こえ始める場所まで戻ったスコーピオ


そんな彼女を待ちわびていたのは、


「―――スコーピオ!!」


「よかったぁ……無事だったんですね!」


金髪と銀髪の可愛らしい双子の龍の牙ドラゴン・ファングジェミオスとヘミオスだった。


「心配をかけたな、ふたりとも」


「―――本当だよっ!敵の本拠地にのこのこ乗り込んで行くなんて!!」


「―――そうですよ!無茶はしないって約束したじゃないですか!!」


まるで湯気が出そうなほどプリプリと怒る双子に、スコーピオは返す言葉が見つからない。


「ああ、その……本当にすまない……」


「まったく……でも、無事で本当に良かったよ♪」


「ホントに……生きた心地はしませんでしたよ―――って?!スコーピオ!その傷はどうしたんですか!?」


ジェミオスのその声で、スコーピオは自身の腕から血が滴っていることに気がついた。


(アラミスとの戦闘時に傷ついたのか?……いや、あの時は傷なんてつけられていなかった。だとすると……後から現れたアトスか……どちらにしろ、吸血鬼騎士ヴァンパイア・ナイト……アイツらが一筋縄ではいかないということだけは分かった)


何も言わないスコーピオの顔を、下から不安そうな表情で見上げるジェミオスとヘミオス。


「ふたりとも。レーツェルとの対話と、その取巻き連中の事も含めて報告を行う。その前に場所を移そう」


腕につけられた傷の血を、ペロリと舌で舐めて鋭い眼差しに変わったスコーピオに、ジェミオスとヘミオスも気を引き締めて、同時にコクリと頷くのだった―――



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