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第246話 イロンデルを駆ける牙

―――8月15日


八雲がウルス共和国の農業と酪農を整備した翌日―――


その日は朝から総出で農園の畑とロック・バッファローの牧場を見に来ていた。


「へぇ~!此処が八雲様の昨日作ったっていう畑と牧場かい?」


オパールが農園の入口から周囲を見渡して、出来栄えを眺めている。


ひとつしかなかった畑は今や数十の畑を追加して、畦道沿いには水が流れる用水路まで完備されている。


鋼鉄の柵で覆われた牧場には、百頭近くのロック・バッファロー達がのそのそと歩きながら、その辺に落ちている岩を口にしてガヂガヂとかじっては咀嚼していた。


「あれが昨日食べたロック・バッファローさん……なんだかゴメンなさい」


マキシは少し憐れみの表情を浮かべているが、畜産業とはそうしたところを割り切っていかなければ成り立たない部分もあるのだ。


しかもこの国にとっては、この農業・酪農の進展によって今後国民が貧困への道を進むか改善されるかといった瀬戸際とも言える。


そのためか昨日は元気のなかった農夫達も今日は明るい表情で農作業を進めたり、バッファロー達のために岩を運んできたりしていた。


「こんな立派な農園や牧場を一日で作ってしまわれるなんて!やっぱり八雲様は凄いですわ!」


フォウリンはかなり興奮した表情で八雲を褒めていたが、


「いや、イザベルや此処の農夫達の話を聴けなかったら、こんなに上手くは出来なかったよ」


素直に思ったことを返す。


するとユリエルが、


「八雲君、本当にありがとう」


と、八雲の前で頭を下げた。


「まだ礼を言うには早いさ。形は出来たけど、これをこのまま上手く軌道に乗せられるかはウルスの人達の頑張りに掛かっているんだから。流石に作物が出来上がるところまでは俺も見ていられないからな」


「―――その点はお任せくだされ!!」


そこに後ろから大柄の影が差したかと思うと、バンドリンが大声で現れた。


「ウオッ?!―――ビックリしたぁ!!……まぁ、バンドリン達なら、きっと上手く出来るだろう」


「はい!八雲様には返し切れないくらいの御恩が出来ましたわい。なので―――」


すると、そこで突然膝をつくバンドリン。


「今回のイロンデル公国からの包囲網の件、ウルス共和国は何があろうとも黒帝陛下の元に馳せ参じることを御約束させて頂きます!」


「バンドリン……出来ればそんな兵の動員を頼むなんてことにならないように、俺も何とかするよ。だから今は国のことだけ考えていてくれ」


「八雲様……ありがとうございます」


バンドリンは八雲の心に感銘を受けて、八雲のためならば自分ひとりでも駆け付けようと、この時に誓っていた。


「ねぇ、八雲?さっきからノワールが牛さんに跨ってロデオしてるけど、止めなくていいの?」


そこに雪菜が八雲に近づいて来て牧場の方を指差している。


「……へっ?ロデオ?それって―――」


「ヒャッハアアアッ!!いいぞ♪ もっとだ♪ もっと我を楽しませろぉ~♪―――それ!それぇ!!」


「こ、黒神龍様!!―――き、危険です!すぐに降りてくださいぃ!!!」


牧場の柵の中では荒ぶるロック・バッファローの背中に乗り、そのバッファローの長い毛を掴んでカウボーイよろしく跳び跳ねながら暴れ回るバッファローの背中の上で、笑いながらロデオを楽しむノワールの姿が見える―――


―――そして、そのノワールをハラハラした顔で心配しながら降りるように促しているイザベルの姿があった……


「……何してんのあれ?ダイエット?昨日食い過ぎたから?」


「何を呑気なこと言ってんの?あのままだと大変なことになるかもよ?」


雪菜が横からそう告げると、


「いやノワールに限ってバッファローから落ちて怪我なんてしないだろ?」


「そっちじゃなくて、心配して青い顔してるイザベルの方が……」


「ああ……たしかにな……ホント泣きそうな顔しちゃってるよ」


雪菜の言葉に八雲も呆れながら納得していた―――






―――それからクレーブスやフロック、オパールに施設面での問題点や改善点がないかを確認してもらい、マキシにはロック・バッファロー達に【呪術カース】の中にある性格を大人しくさせる効果のある【呪術】を掛けてもらった。


「―――そんな【呪術】もあるんだなぁ~驚いたよ」


「うん。この【呪術】もそうだけど本来は害獣から畑を守ったり飼いやすくしたり、こうして牧場で暴れないようにするために生まれた【呪術】なんだって、ラーズグリーズ先生に教わったんだ。子供が生まれてもその効果が続いていくって」


マキシはあれからもラーズグリーズに師事して、世の中の役に立てる【呪術】を学んでいたのだった。


「そうか。これからもこういうことがあれば、また力を貸してくれ」


八雲が頭を撫でながらマキシの瞳を見つめてそう声を掛けると、


「う、うん♪ 僕に出来ることなら、何でも力になるから/////」


そう言ってニパァッと嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「―――八雲様、少し宜しいですか?」


そこにやって来たのはクレーブスだった。


「どうした?何かあったのか?」


するとクレーブスは眼鏡をクイッと上げながら、


「いえ、大したことではありませんが、牧場側に流れる用水路も作って頂きたいと思いまして。ロック・バッファローの水場が必要ですし、水が確保出来れば人の労力もかなり減って助かるでしょうから」


「あっ!そうだな。畑にばかり水を回すことを考えていたから、すっかり忘れてたよ」


そうしてバッファロー用の新たな用水路を魔術で造り上げてから、八雲もノワールのロデオに参加して皆で笑いながら整備を進めていくのだった―――






―――丁度八雲がウルス共和国の農園で過ごしている頃


サジテールは八雲の指令を受けて―――イロンデル公国の首都アンドリーニアへと潜入していた。


この国に入ったのはサジテール、スコーピオ、ジェミオス、ヘミオス、そしてシュヴァルツから駆けつけたジェーヴァといった龍の牙ドラゴン・ファングの中で、外部諜報活動を行う左の牙レフト・ファングに属する五名だ。


そんな左の牙レフト・ファングの統括の立場であるサジテールは、ひとりアンドリーニアの市場が開かれている場所を歩く。


他の四名も現在のイロンデル公国の状況を把握するために、各員が散開して情報収集に走っていた。


サジテールは他の誰かに不測の事態が起こった際すぐに駆けつけるため、フリーで街の中を巡回しながら様子を窺っていた。


以前レオパール魔導国ではルドナ=クレイシアの策略にはまり醜態を八雲に見せてしまったことも、まだ心の中に小さなしこりとなって残っている。


今回の八雲直々の指令にはミスは決して許されないのだと、己を律して臨んでいた。


(しかし……市場にしては店も人も随分と少ない。店を開いている人の顔も生気が抜けたように暗い表情ばかりだな)


練り歩いたアンドリーニアの市場の感想を思い浮かべるサジテールに、ジェーヴァから『伝心』が届いた。


【―――サジテール、こちらジェーヴァ。今は言われた通りシュヴァルツとイロンデルの国境沿いの地域を回っているッス。今のところは特に軍事的な動きは見られないッスね】


【了解した。引き続き国境付近の警戒を続けてくれ。シュヴァルツを包囲しようなんて大それた提案をしてきているんだ。まったく動かないなんてことはないはずだからな】


【―――了解したッス!】


そこでジェーヴァらの『伝心』を終えたサジテールは市場の視察を続ける。


今のサジテール達の装備はメイド服ではなく、八雲とお揃いの黒地に金の刺繍を施したコートを着て行動している。


そんな中で、市場の店のひとつに近づくサジテール―――


「―――おじさん!このリンゴ、ひとつ幾らなの?」


サジテールはいつもの男勝りな言葉使いではなく、見た目の歳相応の女の子口調で声を掛ける。


「いらっしゃい。それは一個で大銅貨一枚だよ」


「エエッ?!―――ちょっと、ちょっと!これ一個で大銅貨一枚は高過ぎない!?他の国だと高くても銅貨三枚だよ」


サジテールは少し大袈裟な雰囲気で驚いて見せる。


日本円にすると、大銅貨一枚は千円、銅貨三枚だと三百円程度の値段である。


「仕方ねぇだろう……このところ街の街道は軒並み兵隊がいて、仕入れの品や食料なんかをピンハネしてやがるんだから。おかげでこちとら、商売アガッタリなんだよ」


「それで市場のお店もこんなに閉まっているって訳なの?」


サジテールは更に問い掛けながらも、大銅貨一枚を店のオヤジに手渡す。


「―――毎度。ああ、そうさ。はっきりとした理由は分からねぇが、公王様は彼方此方から食料を集めてどこかに運んでるって噂だ。国外に売りに行っている訳でもないみたいだし、一体何を考えているんだか……」


「へぇ……案外、大きな魔物でも飼っていたりするかも知れないよ?」


笑い話のように微笑んでそう答えるサジテール。


「ハハハッ!―――冗談はよしてくれよ。そんなのに食わしてたら、俺達国民の方が干上がっちまうぜぇ」


「ほんとに、ね……ありがと!おじさん♪」


「おう!また来てくれよぉ~」


その店主と別れてからサジテールは手にしたリンゴを眺めつつ『伝心』でジェミオス、ヘミオスを呼び出す。


首都の他の市場に行っているふたりに、今聞いた話しをすると―――


【―――こっちの市場でも同じような話を聴いたよぉ!】


ヘミオスがやはり店の人間から、同じような噂話を聴いたと報告する。


【―――私が来ている商店街の店でも、同じような話を伺いました。かなりの物資が集められているみたいです】


ジェミオスは露店ではなく店舗を構えているところを周り、情報を収集していた。


【どこも同じような話でいっぱいのようだな。だが、包囲網の話しや戦争についての話は具体的には出て来なかった】


【僕の方でも何に使っているんだろう?て話題くらいにしかなってなかったよ】


【私の方もそうです】


そこでサジテールはスコーピオに『伝心』を繋げる。


【―――スコーピオ、ロンディネ城の軍備は動いているか?】


スコーピオにはイロンデルのロンディネ城へと潜入して、軍の動きがあるかを探ってもらっていた。


【こちらスコーピオ。ここ最近の軍の様子を観察していたが、出入りしているのは街道で追い剥ぎのように商人達から物を取り上げている兵達の動きばかりが目立っている】


【その取り上げた物は何処に持っていっているんだ?】


【どうやら国境手前にある倉庫に集積させているようだ】


【国境手前の……どうやらますます動きが、きな臭くなってきたな】


【どうする?サジテール】


スコーピオから今後の動きを問われたサジテールは、


【―――俺とジェーヴァはこのままイロンデルに残って首都と国境付近の動向を探る。スコーピオ、ジェミオス、ヘミオスはこれからフォーコン王国へ向かってくれ。現地に到着したら報告を】


【―――了解した】


【―――了解だよ~♪】


【―――了解しました】


歩きながら『伝心』していたサジテールはいつの間にか川に架かる橋の上に来ていて、三人からの『伝心』が途切れてから手にしていたリンゴに噛りついた。


「……すっぱい」


大銅貨一枚も払ったリンゴは予想以上に酸っぱい味がして、誰も見ていない中でサジテールはひとり眉間に皺を寄せて曇った空を見上げていた―――






―――サジテールの指示でイロンデル公国からフォーコン王国へと向かう三人。


首都アンドリーニアを出たところで、それぞれ八雲から与えられた漆黒の騎馬、黒麒麟を『収納』から取り出して地平線へと駆け出す。


そうして街道で合流した三人は、揃ってイロンデルの隣国であるフォーコン王国を目指していく。


「フォーコンって言えば、あの吸血鬼ヴァンパイアの女王様の国だよね?」


ヘミオスがスコーピオに話し掛ける。


「ああ―――レーツェル=ブルート・フォーコン……齢四百五十歳を数える大陸ではイェンリンに次いで長い治世を続けている女王だ」


「たしか……ノワール様も何度か謁見されたことがあったように思いますが」


「確かにある。特に世間話をして終わる程度だったが、ノワール様もレーツェルには異様な空気を感じておられたようだ」


「ああ~あの吸血鬼のお姉さん、ちょっと何考えているか分からないもんねぇ……」


「たしかにヘミオスの言う通り、私も何度か見たことはありますが言葉では言い表せない雰囲気としか……」


「そうだな……だからイロンデル以上に気をつけなければならないのは―――フォーコンと女王だ」


スコーピオの言葉に、馬上のジェミオスとヘミオスもコクリと頷くのだった―――






―――そして、農園で一通りの指示と作業を終えた八雲は、


「明日、レオパールに向かってエヴリンを送っていく。その後はその足でリオンに向かうぞ」


明日ウルス共和国を出発する話しを出して、バンドリンが驚いた表情になる。


「や、八雲様!明日此処を立たれると!?」


「ああ、ウルス共和国については、もうある程度展望が見えただろ?今イロンデルに向かわせた者からの連絡で、向こうは国民達から物資を強引に徴収して集めているそうだよ。そのおかげで絶賛物価が上昇しているそうだ」


「なんと愚かなことを……イロンデル公は本当に戦争を仕掛けるつもりなのでしょうか?」


バンドリンが神妙な面持ちで八雲にそう訊ねてくるが、両手を肩の横に掌を上にして並べて、さぁ?と言いたげなポーズを取る八雲。


「それは俺が訊きたいよ。どっちにしても放たれた矢は戻ってこない。後は……どこに刺さるのかだけさ」


最後は真剣な顔になった八雲に、バンドリンはゴクリと喉を鳴らして緊張が走る。


「それじゃ、俺はこのまま休ませてもらうよ」


そう言って離れようとする八雲に追い縋るようにしてバンドリンが呼び止めた。


「お待ちください八雲様!最後に……心苦しいのですが我輩の願いをひとつ、お聴き頂いてもよろしいですかな?」


「……ん?」


真剣な表情のバンドリンを八雲も無下には出来ない雰囲気となっていった―――






―――八雲が明日ウルス共和国を立つという話は瞬く間にオルソ城内に伝わっていった。


八雲は雪菜から白雪に『伝心』で連絡を入れてもらって、此方はレオパールに寄ってからリオンに向かうので、白雪達は皆でフォックから天翔船雪の女王スノー・クイーンでリオンに直接向かって欲しい旨を伝えてもらった。


そして、八雲達との別れを惜しむ声が城内で上がる中、夜の暗がりに明かりを灯した寝室のベッドでうつ伏せになって憂鬱な顔を浮かべる美女がいた―――


それは―――寝間着に着替えて暗い顔をしたイザベルだった。


「明日、出ていっちゃうんだ―――八雲様」


最初は何か魂胆があって国にやってきたと思っていた八雲から次から次に色々なことで驚かされて、気がついた時には何処にいても八雲の姿を目で追っている自分がいることに気がついてしまったイザベル。


そんな八雲にも明日からは会えなくなってしまう。


そんな想いを募らせながら、イザベルはまた囁くようにして八雲の名を呼んだ―――


「八雲様……」


「―――呼んだ?」


「ウエエッ!?」


突然耳に届いた八雲の返事にイザベルは幻聴を疑う間もなく飛び起きて、部屋の中を見渡すと開いた窓の縁に八雲が座っていた。


「なっ!?ええっ!?ど、どうして……此処に?/////」


自分が名前を呼んで呆けているところを見られたということで、イザベルの頭の中はパニックを起こしている。


そんなイザベルに八雲は―――


「―――夜這いにきた」


―――微笑みを浮かべながらイザベルにそう返した。


その返事にイザベルは益々混乱に陥り、呆然となるのだった―――



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