―――広大な荒野を走る
八雲、ノワール、そしてイザベルの乗った
「本当に何もないな……」
走りながら周囲を眺める八雲だが岩山に乾いた茶色い土と砂が広がって、所々に乾燥した土地でも育つような植物が生えているといった殺伐とした景色だった。
「―――何も無くて悪かったね。でもそんな国でも私達は生きているんだ」
サイドシートに座って
「いや、ゴメン。たしかにそうだな。自分の生まれた国で生きるために一生懸命になっているのは、バンドリンを見ていても分かるよ」
「そうだね……親父はたしかに元々この国を何とかしたいって気持ちが強かったけど、身内のいざこざに巻き込まれて周りが全部自滅していって最後に残った親父が王になった途端、更に悩むようになった」
「後継者争い……みたいなもんか?」
「ああ、そりゃあ酷いもんさ!こんな国でも王になれば生きていくのには困らないだろう。それで骨肉の争いが起こった時、親父はそんな身内に嫌気が差して争いの間は地方に引っ込んでいたのさ。そしたら争っていた奴等が皆、共倒れしていったってわけ。お笑いだよ」
呆れた表情で説明するイザベル。
「―――だけどバンドリンが王になってくれたから、俺はバンドリンと出会えた」
「……えっ?」
八雲の言葉に驚いた声を上げるイザベル。
「もしもその他の人間がウルス共和国の王になっていたとしたら、イロンデル公国の申し出にも乗っていたかも知れない。でもバンドリンは国力や民のことを考えてフォックまで来た。その考えが俺とバンドリンを会わせてくれた。だから俺はウルスのために力を貸したいんだ」
「陛下に……そんな義理なんて別にないだろ?どうして、そこまで?」
八雲のことを半信半疑のイザベルとしては、八雲の行動に裏があるんじゃないのかと勘繰っている心があった。
「うん?そうだな……どうしてだろうな?」
「いや私が訊いているんだけど?」
「ハハッ!―――そう!それなんだ!どうしてそこまで力を貸したいなんて思ったのか、そう思わせるイザベルの親父さんが凄いって話だよ!!」
「はぐらかしてんじゃないよ!何か裏があるんじゃないのかい?」
「裏?ああ、あるぞ~♪ ドス黒い陰謀が!」
「なっ?!―――おい!一体何を考えてるんだい!!!」
突然に陰謀だなどという言葉を使った八雲にイザベルは総毛立つ感覚に襲われた。
「その陰謀とは―――どうすればこの国の王の娘が俺を好きになってくれるのか?それを現在進行中だ」
「……馬鹿じゃないの!!!」
真面目に聴いていたイザベルは怒髪天の勢いで怒鳴りつけた。
そして八雲の後ろで黙って聴いていたノワールは―――
「八雲……お前、ナンパのセンスが壊滅的だな」
「そのマジ声トーンで言うのは止めてノワールさん……流石の俺も傷つくから……」
―――ひとり心のダメージを食らった八雲。
そんな八雲は
―――そこから暫く走り続けていく。
すると八雲は前方に見えてきたものをサイドシートのイザベルに訪ねる。
「―――あれは何だ?イザベル」
進行方向に杭で囲われた広い土地が見えてきたかと思うと、そこには何人かの農夫達の姿が見えてくる。
「あそこが農園だよ。此処等辺りは全部国の土地なのさ。私が親父に言って農業開発用に使わせてもらっている。あそこにいる農夫達は、此処の農園を手伝ってもらうために雇ったのさ」
話している間に八雲達は杭で囲まれた農園と呼ばれる畑に辿り着いた。
―――ウルス共和国は年間を通しても降雨量の少ない国と気候であり、また昼間と夜間の気温差が15度~20度近くある乾燥地帯である。
そのため湿度も低いので空気は乾燥しているため農作物の成長にも向いていないのだ―――
そして八雲が見たその畑では、しおれたり干からびかけたりした野菜、恐らくレタスにホウレン草、それとニンジンといったような野菜の葉があった。
お世辞にも良い成長をしているとは言えない。
農地の面倒を見るために来ている農夫達の顔も、どこか暗いムードが漂っていて覇気がない様子が伺えた。
「―――イザベル、此処等辺りの雨はどのくらい降るんだ?」
疑問に思ったことをイザベルに問い掛けると、
「年間でも数えるくらいにしか振らないよ。水は地下水か、ウルスロックバレーを流れる川から引くか、そのどちらかくらいだよ」
「ウルスロックバレー?ああ……あの岩山の間の渓谷のことか?」
「そうだよ。でも、あの岩山の絶壁が続く渓谷だから平野になっている土地じゃないと水もまともに汲めないし、首都も付近の街や村も地下水頼りのところが多いんだ」
説明を聴いてから、八雲は周囲と地面の乾燥した土を見つめる。
「どうだい?あんたがどれだけ賢い御人かは知らないけれど、こんな痩せた土地じゃ、どうにも―――」
「―――なんとかなるかも知れない」
「……は?―――なんだって!?」
八雲の思いもよらない返事に、イザベルは素っ頓狂な声を上げて驚く。
「いや、ちょっと、何とかなるって……そんな期待持たせるようなこと言っても―――」
「―――あっちの空いている土地はどこまでが国の土地なんだ?」
イザベルの言葉を遮って八雲は畑の横から、さらに広がる赤い土の続いている土地を指差して問い掛ける。
「……あの向こうに見える山の麓まではずっと国有地だよ。でも、そんなこと聞いて―――」
「―――よし、少し離れていろ」
そんな八雲とイザベルの言い合いに農夫達も徐々に集まりだしていた。
その間ノワールは
地面に両手をついて意識を集中する八雲―――
「―――
―――膨大な魔力を注いで土属性魔術を発動する。
すると―――
―――今の畑がある土地の周囲にある土地がまるで液体のように波打ち、そこら中にあった岩や石を地中に呑み込んでいったかと思うと、水分を含んだ濃い土色の土地が地面に浮かび現れ始める。
更に水分を含んだ土が地中から現れると今度は一直線に畝が立ち上がり、いつでも作物が植えられる準備まで整えられていく―――
「こ、これは!?―――あ、あんた一体何を!?」
―――イザベルも農夫達も、目の前で起こっている大地の変貌に夢でも見ているのかと言いたげな表情に変わっていく。
畦道によって区画された数十の畑が出来上がったことで、農園の大きさは一気に数十倍にまで膨れ上がっていった。
「フゥ……まあ、こんなもんか」
「こんなもんかって……あんた……本当は一体何者なんだい?」
呆然とするイザベルに八雲は笑顔で―――
「九頭竜八雲―――只の黒神龍の御子さ」
―――軽くそう答える。
そんな八雲をイザベルも農夫達も呆然とした表情で見つめるのだった―――
―――八雲が笑顔で答えたのに対して、唖然としていたイザベルだったが、
「あ、あんた、いや、その、陛下。今まで生意気な口をきいて、も、申し訳ありません……でした」
気不味そうにそう謝罪するイザベル。
「―――ああ、気にしてないからイザベルも気にするな。それで畑の形は作ってみたが、これを見て他に何か必要なものがあるか?俺は、農業自体は専門じゃないから皆に訊きたい」
そう言ってイザベルと共に驚いて立ち尽くしている農夫達にも声を掛けた。
「あ、あのぉ……」
すると農夫の中から声が上がった。
「ん?どうした?なにかあるの?」
気さくに八雲が問い掛けると、農夫はそれに応じて答える。
「あそこまで広い畑が出来たことは凄いですが、広げた分だけ水が足りねぇです。人の手で水を運んでいくとなると、撒いているそばからすぐに乾燥していくですだ」
「やっぱり水の問題か……」
魔術を施している時に八雲もそれは感じていた。
地中からまだ水分のある土を地表まで持ち上げてみたものの、この気候ではすぐに乾燥してしまうだろうと。
そんな時―――
「おい、八雲」
―――声を掛けてきたノワールが、農園のすぐ傍にある丘のような土地を指差していた。
「……そうか、それならいけるかも」
ノワールの指差した丘を見つめて、八雲はあることを思いつく。
そうして皆で歩いてすぐの丘の頂上まで移動すると、眼下には農園の畑と新しく出来た八雲の畑が見渡せて広がっていた。
「よし!―――また少し離れていてくれ」
そう言って皆から距離を取った八雲は―――
「―――
―――その丘の頂上に、深さ一m、半径二十m程の丸い窪みを造ったかと思うと、そこから農園の畑の間に側溝のような溝を造り上げていった。
「こんなもんかな。それじゃあ―――リヴァー!!」
窪みの底で水の妖精リヴァーを呼び出すと、八雲の懐から水色の光が飛び出してきた。
「―――呼んだ?マスター私に何か用なのぉ?」
やや眠たそうな表情で問い掛けるリヴァーに八雲は、
「この場所に水を引きたい。地下水の水脈を少し動かしたいんだ。力を貸してくれ」
と、目的を説明する。
「此処に地下水を?だったら《精霊の加護》の《水脈探知》を使ってみれば?それで後は水属性と土属性の魔術で此処まで引っ張れば大丈夫よ。それと《水の清浄化》の加護も付与しとけば、毒素なんかが混ざることも防げるわよ」
「おお!まるで水の妖精みたいな知識持っているんだな」
「―――いや私、水の妖精だから!水の妖精だから!!」
「大事なことだから二回言ったのか。まあ冗談はこのくらいにして、それじゃ加護のサポート頼むぞ」
「仕方ないわねぇ~!それじゃ、いくよぉ!!」
リヴァーの身体が青く光ると八雲の全身もその光に包まれていく―――
「おお―――あったぞ!見つけた!!」
―――地中の奥底深くに流れる水脈を早くも感知した八雲は、その場で両手をつく。
「―――
そして地下水脈を引き上げるようにして地表までの噴出口を構築していくと―――
「ああっ!!―――水が!!!」
―――八雲のいる窪みの底に空けた穴から噴水のように水が噴き上がってきた。
「マスター!あそこにある岩でいいから、《清浄化》の加護を付与して」
リヴァーの指差す先には窪ませた土地の中にある大きめの岩があり、八雲は言われた通り岩に加護を付与する。
―――『回復』の加護は付与することが難しいが神の加護と違い、精霊の『加護』については対象物に付与しやすい性質がある。
湧き出した水はすぐに加護を付与された岩を呑み込んでいき、窪みは溜め池へと姿を変え、やがて八雲が予め付けておいた側溝へと溢れ出す―――
丘の上から伸びた側溝から下の畑に広がる側溝に流れ落ちていく水の様子を、丘の上から呆然とした顔で見つめるイザベルと農夫達。
丘から側溝に流れ落ちた水は最下流の辺りにある既に枯れていた川跡に流れ込んでいく。
「どうだ?水の他に何か必要なものはあるか?」
八雲の問い掛けにイザベルも農夫達も何も答えない……
「んん?どした?何か言えよ……不安になっちゃうだろ?」
何か不味いことでもやらかしたのかと八雲は少し心配になっていると―――
「―――黒帝陛下!!」
―――突然イザベルと、それに続いて農夫達が膝をついて平伏し始める。
「え?なに!?やっぱなんか不味いことしてた?」
思わず平伏した姿にビクッと身体を震わせて驚いた八雲と、その様子を見て笑っているノワール。
「いえ!そうではございません!……昨夜からの失礼な言動、如何様に処分を下されてもおかしくはございません。ですが、陛下の奇跡のような御力をお借りできましたことは、心より感謝を申し上げます!どうぞ、ご処分を申し付けください」
そう言って深々と頭を下げるイザベルに八雲は頬をポリポリと搔きながら、
「ああ~もう良いって。俺もあんまり畏まられるのは好きじゃない。イザベルもさっきまでの接し方で構わないから」
「しかし、それでは―――」
「―――いいから!いいから!皆立って!それより、水はこうして走らせたけど、他に何か必要な物はあるか?」
八雲の立てという言葉で全員恐る恐る立ち上がる。
「それでは、んんっ!―――さ、先ほどまでと同じように話をさせてもらうけど、あの広げてもらった畑にも杭を打って柵を敷いていかないと駄目だ。あのままじゃ作物がロック・バッファローの餌食になっちまう」
「ロック・バッファロー?なにそれ?魔物か?」
「ああ。他の国で飼っている牛とほぼ変わらないんだけど、普段は岩をかじってそれで生きているんだ。けど偶に植物を餌として食べるのさ。その時に此処の野菜も狙ってくるんだ」
「鹿とか山羊が岩塩を舐めるってのと逆のパターンみたいな生態だな。最初の農園に立ててあった杭と柵程度で防げるものなのか?」
「いや、一頭なら大丈夫だけど、正直なところ群れでぶつかられたら一溜りもないだろうね……でも私達にはあのくらいしか出来ないし……」
そんな時に農夫の一人が丘の上から荒野の先を指差して叫ぶ―――
「―――ロック・バッファローだぁ!!ロック・バッファローの群れが来たぞぉお!!!」
―――全員、その指差す方向に目をやると、彼方に濛々と土煙が上がっていた。
すかさず『視覚強化』スキルで『
―――二本の大きく捩じれた角と、長い体毛に覆われたバッファローの群れだった。
「あれは……ホントに見た目はバッファローだな」
八雲はそう言いながら『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を取り出して腰のベルトに差す。
すると、横にいたノワールもいつの間にか肩に黒大太刀=因陀羅を担いで立っていた。
「おっ?―――ノワールさんもヤル気ですか?」
惚けた声で問い掛ける八雲にノワールはニヤリと笑みを浮かべながら、
「因みに八雲。ロック・バッファローは―――メチャクチャ美味いぞ♪」
「え?―――ちょっ、それマジ!?」
その情報に八雲も思わず涎が……いや、笑みが浮かぶ―――
「それじゃ―――ひと狩りいきますかぁあ!!!」
―――そう叫びながら、農園に近づく土煙に向かって駆け出した八雲とノワール。
そんなふたりをイザベルと農夫達はまたも呆然として見送るのだった―――