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第240話 ウルス共和国という国は

―――八雲達の会談が終わって、


「シュヴァルツ皇国を近隣諸国が包囲するなど!―――暴挙ですわ!!」


バンッ!とテーブルを叩いてフォウリンが起立する―――


「落ち着け。フォウリン」


腕を組んで冷静な表情をしているイェンリンがフォウリンを諫める。


「ですが剣帝母様。八雲様の国が他国の脅威を受けようとしているのですよ。そのように悠長にかまえている場合ではありません!」


しかしそれでも興奮冷めやらぬフォウリンだった。


「フォウリンよ、シュヴァルツは八雲の国ではない。シュヴァルツに住まうすべての民達の国だ。そこを穿き違えてはならない。余も根底に、その想いを常に持って皇帝位に就いていたのだ」


イェンリンのその冷静な指摘に、フォウリンの頭も一気に冷えていった。


「申し訳ございません……剣帝母様」


「フォウリン……お前の憤りは尤もだ。余も憤慨する気持ちはお前と変わらん。だが、この話をオーヴェストに連なる諸国の関係者だけで聴いた意味を、八雲の立場をよく考えてみよ」


「あ……」


イェンリンの言う通り、ジェロームとエヴリン、そしてバンドリンの話しを西部オーヴェストに連なる国々に関係する者達だけで会談したのは、外部にこの話を漏らさないという体裁を保つためである。


もしもそこにイェンリンや雪菜、マキシまで同席していたとなれば、オーヴェストの要らぬ火の粉が他の地へと飛び火する可能性を否定出来ないからこそ公式の場では席を設けなかったのだ。


今、此処で八雲の身内と言える者達で内輪の話しとして語る分には、念のため防音の結界もラーズグリーズに張ってもらっていることも含め、外に漏れることなど無いと信頼しているが、対外的にはオーヴェストの中で話し合わなければ後々問題になることを危惧したのだ。


「申し訳……ございません。八雲様」


落ち着いたフォウリンが八雲の考えを察して謝罪したところで、八雲が話し始める。


「フォウリンが自分のことのように怒ってくれたことは凄く嬉しいさ。でも今はまだ、この問題には介入の意志を示さないでほしいんだ。勿論、どうにもならなくなった時には助けてくれって、こっちから頼んで力を借りるさ」


「承知致しました。取り乱してしまい、申し訳ございませんでしたわ」


「フフフッ♪ 皇帝になったばかりの頃のイェンリンに比べれば、貴女は聞き分けがよくて、とっても良い子よ、フォウリン♪」


微笑みを浮かべながら紅蓮がフォウリンの頭を子供の様に撫でる。


「おい紅蓮!まるで余が話しを聴かない堅物みたいな物言いではないか!!」


紅蓮の言葉に憤ったイェンリンがプリプリとしながら紅蓮に噛みつくと、


「あら?当時、恭順に従わない隣国の王に馬鹿にされた言葉で罵られて、頭に血がのぼって結局その王を滅ぼしていたのはどこのヴァーミリオン皇帝だったかしら?」


「あれは若気の至りだった―――さて、余は腹が減った。八雲、何か食べに行くぞ」


「お前、沸点低すぎるだろ……あと何その切り換えの速さ……マジ怖いし、超怖いわ」


「剣帝母様……」


八雲とフォウリンの呆れたような引いた表情と共に周囲も黙り込んでしまう。


暫くそんな空気が漂っていたが……


「と、とにかく今回のシュヴァルツ包囲網については、状況の把握と調査をして対応するよ。また進展があれば皆には動いてもらうことになると思う」


八雲の考えに最後は全員が了承して、話は一旦落ち着くのだった。


「それで、八雲様はこれからどうなさるおつもりですか?」


フォウリンの質問に八雲は、


「まずは情報収集からだな……既にサジテール、スコーピオ、ジェミオス、ヘミオス、それにシュヴァルツにいるジェーヴァにはもう動いてもらってる。出来れば武力衝突が起こる前に納めたいところだけど……」


と既に龍の牙ドラゴン・ファング左の牙レフト・ファングを動かしていることを告げたのだった―――






―――その後、


八雲は皆で聖法庁の迎賓用の広間に集い、ジェロームを始めフォックの高位にある人物達と懇親会が開かれた。


立食スタイルで各テーブルには贅沢な様子はなく、しかし工夫された見事な料理が並び、フォックの歓迎の意志は八雲には十分に伝わるもてなしを受けた。


歓談の中で特にイェンリンの存在は、四人揃った神龍の来訪と同じくらいに注目の的になる。


ヴァーミリオン皇国を六百年も支えてきた生きる伝説の話しは、フォックの聖法庁に集まった者達にとっては英雄譚にも思えるくらい刺激的な話の連続だった。


そして話の流れでユリエルとレギンレイヴからアルブムに贈られたアーティファクト『命の水』についても話しが出た。


そしてそれに合わせて八雲の口から―――


「今回はユリエルの里帰りと、そのアーティファクトをフォックにも贈りたいと思っている」


―――という贈呈の意志が述べられたことに、ジェロームも他の教会高位の者達も八雲に心からの感謝を述べて、そしてこの奇跡が与えられたことを感謝するため神に祈るのだった。


そんな中で、聖法庁聖戦騎士団クルセイダーズ団長フォスター=クレブスが姿を現した。


「ああ!―――クレブス卿!久しぶり」


八雲は気さくにフォスターに声を掛けるが、当のフォスターはシュヴァルツの皇帝が気軽に声を掛けてきてくれたことに恐縮してしまう。


「これは黒帝陛下。お久しぶりでございます。ご壮健そうで何よりでございます」


畏まって頭を下げるフォスターに、


「そんなに畏まらなくていいよ。それで?『神龍教徒』はなんて言ってきたの?」


そのことは話してもいないのに言い当てた八雲の言葉に、フォスターは驚きのあまり瞳をカッと見開いて八雲を見つめた。


「あんなに正門へ押し掛けてきていたのを納めたから、此処に顔を出したんだろ?彼らが何を求めているのか、まずはその辺りから話しを聴いてきたんじゃないのか?」


八雲の推察に図星を突かれたフォスターは、観念したように経緯を語る。


「ご慧眼、恐れ入ります……たしかに彼らの代表者と何を望んで詰めかけたのか話を聴きました」


「それで?公には言いにくい内容だったのか?ある程度のことなら俺も協力するけど」


「―――それは本当ですか!?正直なところ、私の判断で彼らの希望をどうこう出来るものではなかったので、困り果てていたところなのです」


そう言ったフォスターは肩をガクリと落としている。


「へえ……それで何を求められたんだ?」


「はい……彼らの望みは『神龍様達の御言葉』が頂きたい、と」


「……へっ?それって……ノワール達の話を、聴きたいってこと?」


あまりに単純な希望に、構えていた八雲は肩の力が抜ける。


「お言葉ですが、そのように受け止めることが出来るのは陛下や他の御子様達だけです。我等からすれば偉大な存在である神龍様にお言葉を頂きたいなどと願い出ることも、不敬なことと心得ておりますから」


―――遥か太古の昔からフロンテ大陸の各地を縄張りとして生きる神龍が、此処フォック聖法国に人の姿をして集い、その考えに触れることが出来ると思えば神龍教会の信徒達にとっては至宝の価値だろうが、神に近しい存在たる神龍にそのことを願い出ることは恐れ多いということだろうと八雲は察した。


「分かった!―――明日、四人に聖法庁から国民に言葉を贈ってもらおう!その段取りは俺がするから!任せてくれ!」


「ま、誠ですか!?いや、陛下を疑う訳ではございませんが!!それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます」


フォスターは深々と頭を下げてきて、八雲はそんな彼に右手の親指を突き出してグッ!とポーズをキメていた―――






―――それから懇親会の途中、八雲はある男に目を向ける。


壁際の横長椅子に腰を掛けてワイングラスを揺らしている貴族服飾に身を包んだ大柄の男―――


―――ウルス共和国国王であるバンドリン=ギブソン・ウルスその人だった。


そんな長椅子に大柄なのに小さく纏まったようにして座り込んだバンドリンの隣に八雲も腰掛ける。


「黒帝陛下……」


「どうしました?バンドリン陛下。あまり食欲がありませんか?」


ニコリと笑みを浮かべて話し掛ける八雲に、バンドリンは苦笑いのような笑みを見せ、


「陛下などと、やめてください。吾輩は陛下に比べれば貧しい国の王座に座らされている情けない男でしかありませんからなぁ」


自虐に取れるその言いように八雲は少し間を置いてから口を開く。


「―――ではバンドリンと呼ばせてもらう。俺のことも八雲と呼んでくれ」


「へ、陛下を呼び捨てなどには出来ませんぞ!で、では八雲様と。吾輩のことはどうぞ、そのまま呼び捨てで構いませんので」


「そうか。俺はバンドリンの国には、まだ行ったことがないんだ。どんな国なんだ?」


世間話のように話しを振る八雲にバンドリンは自身の国について語り始める―――


「そうですな……とても貧しい国、というのがまず初めに出てくる言葉ですな。作物を育てようにも岩場の多い地形で上手く育たず、そのように岩場や岩山が多くとも大した鉱石も埋蔵されてない取り柄のない土地です。国民は僅かな農地に出来た作物では飢えを凌げず、唯一食料の手に入る海に出ても海の向こう側のソプラ諸島連合国との漁業海域の揉め事で、命を落とすような事案も数えきれないほど発生している……そんな殺伐とした国なんじゃ」


―――と、ウルス共和国という国の現状を説明した。


バンドリンの話しだけでも、ウルス共和国の過酷な状況が浮かぶ八雲。


「特産品やこれと言える商品もないのか?」


何か手助けの切掛けになるかと八雲がバンドリンに訊ねる。


「ありませんな……ウルス共和国はオーヴェストの出涸らしと揶揄されるような国なんじゃ。どれも中途半端で、陛下の言う様な特産品や売買出来る商品になるような物もありやせん」


ここで八雲が何か言ってすぐに解決出来るようなものならウルス共和国は長い間、それこそ建国以来ここまで苦しい状況を続けていることなどないだろう。


「色々と、考えてはみたんだよな?」


「―――勿論ですじゃ!吾輩と吾輩が信頼する者達……それこそ国民にまで広げて声を募り、そして色々と試してきました……ですが、すべて失敗に終わったという次第で」


「そうか……」


ここで少し八雲は迷う―――


且つてはエレファンの土地を改造し、一大田園を造り上げて稲作が出来るようにしたことがあった。


自分がウルスに向かって土地に何らかの可能性を見出せば、そこから特産品や大掛かりな農業の発展に繋がるかも知れない。


だが、エレファンは同じシュヴァルツだったが、今ここでウルス共和国にそこまでする義理はない。


下手に干渉し過ぎると、それこそ属国になりたいや共和国の枠組みに入りたいなどと言われ兼ねないと予想出来る。


そうなると、イロンデルのワインド公王が言っている通りの征服者として仕立て上げられる口実にもなり得るのだ。


―――だが、


そこで八雲は視線を感じ取り、その先に目を向けると―――ユリエルがジッと此方を見つめていた。


一瞬どうしたのかと思っていたが、八雲はそこで此処がウルス共和国の隣の国であるフォック聖法国であることを思い出す。


(ユリエルはウルス共和国の現状を知っているんだな……巡礼で聖法王猊下とオーヴェストの各地を回ったと言っていたくらいだ。知っていて当然だろう。あの目は俺にウルスのことを―――)


ユリエルは何も言わずに頭をゆっくりと下げる。


(やはりそうか。ウルスの現状で一番苦しんでいるのは国民だ。その姿を見てきたユリエルは何とかしたいんだろうな……)


ユリエルの心情を汲み取った八雲は自分の嫁が望んだことなら、それを口実にしてもいいじゃないかと心を決める。


「バンドリン!―――あんたの国を俺に見せてくれないか?」


突然立ち上がり目の前に躍り出るかのようにして八雲が座っているバンドリンに告げる。


「黒帝陛下に……吾輩の国を……ですか?」


「ああ!バンドリンは知らないかもしれないが、同じような国土の状況から作物の取れなかったエレファンに俺は田園を造り、開墾したことで屈指の稲作地域に変貌させた実績がある!」


「なんと!誠ですか!?―――いや、しかし……ウルスは岩場の多い乾燥した土地柄。高低差もあり田園などの作物には向きませんぞ?」


「それは行って見てから判断するさ!何もしないより、何かした方がいいに決まってる!それに停滞していても何も良くはならないんだ。その間に苦しい生活を続ける国民の姿なんてバンドリンも、他の誰も見たいなんて思っていないだろう?」


八雲の言葉にバンドリンがハッと瞳を見開く。


「たしかに……分かりました!吾輩、黒帝陛下のそのお言葉に目が覚める思いがしましたぞ!!」


「おう!俺はあの天を翔ける船まで造る男だぞ!!大船に、いや!天翔船に乗った気分でいてくれ!!―――さあ、飲み直そう!!」


「おう!!―――お供致しますぞ!!!」


立ち上がったバンドリンと共に、八雲は懇親会の輪の中に入っていくのだった―――






―――そして、懇親会も終わり、天翔船で休むことにした八雲は、


「どうするってばよ……メチャクチャ安請け合いしちまった……」


その場の勢いとはいえ、隣国のウルス共和国の土地改造を軽々しく引き受けてしまったことに悩んでいた。


「ごめん……なさい。私のために……八雲君を困らせてしまって」


黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの娯楽室に集まった面々の中にいたユリエルが、自分のことを慮ってバンドリンに提案してくれたことで八雲を悩ませてしまっていることに落ち込んでいた。


「あ、いや、勘違いしないでくれ。別にあの話をバンドリンにしたことは後悔なんてしてないんだ。俺も本心では何とかしてやりたいって思っていたし。だけど……俺はウルス共和国に行ったことがないから、イメージとか湧かないんだよ……そうだ!ユリエルはウルス共和国に行ったことあるんだよな?あとエヴリンもあるよな?」


「あ、うん。巡礼の際に滞在したことがあるよ」


「私は此処に来る前に通って来たし、何度か行ったこともあるわ」


「だったら、まずはユリエルから。転生前の世界で言えば、どこがイメージに近い?それだけでも教えてくれないか?」


日本にいた頃のイメージでユリエルと情報を共有しようと試みる八雲。


「そうだね……私と八雲君とで分かりやすい場所を一言で言うなら―――グランドキャニオン」


「オゥ……それって、もう岩しかないじゃん……観光でもする?」


バンドリンの言った通りの岩場と渓谷しか頭に浮かんでこず、ガックリと肩を落とす八雲。


「でも、僅かながらも農作物は育てているんだよ!」


なんとかフォローしようと焦るユリエルの口から飛び出した言葉に八雲が反応する。


「農作物……なぁ?ウルスで作っている農作物って何があるんだ?」


そこでエヴリンが説明する。


「そうね……まずウルスは昼と夜の気温差が大きい国でもあるわ。砂漠や岩場もそのせいで土地を覆っていると言ってもいいくらいなの。だから気温の高低差に強い野菜を主に育てているわね」


「なるほどな……少しだけ光が差したかも知れない」


「ホント!?よかった……」


八雲の言葉に希望が繋がったユリエルはホッと胸を撫で下した。


「まあ、そのことはまたウルスに行ってから検証するとして……今は先に―――ノワール!紅蓮!白雪!セレスト!ちょっといいか?」


四人でお茶を飲んでいたノワール達の元に八雲が声を掛ける。


「ん?エヴリン達との話はもういいのか?我に何か用か?」


ノワールがアリエスの淹れてくれた紅茶を飲みながら、傍に来て立っている八雲に問い掛ける。


「実は明日、『神龍教会』の信徒達やこの国の国民達の前で四人の言葉を聴かせてやって欲しいんだ」


「我等の言葉を?どういうことだ?八雲」


そこで八雲はフォスターとの話をノワール達に話して、明日国民に言葉を聴かせてやって欲しいと頼む。


「―――しかし八雲、我等は人の世に関わりを持つことは好まないことは知っているだろう?」


ノワールは難色を示す言葉を八雲に返す。


「勿論そのことは分かっている。だから政治的な話や難しいことじゃなくて良いんだ。親の言う事を守りなさい!とかそういう分かり易い言葉の方が広く人に伝わりやすいし、覚えやすい。頼む!」


両手を拝むように合わせてノワール達に頭を下げる八雲に、


「いいだろう。我もこのオーヴェストを縄張りにする神龍だからな。偶には民に言葉を授けてやろうではないか!」


「私もそのくらいの話しでいいのなら、引き受けるわ」


「はあ……仕方ないわね。あまり人前に出るのは嫌なのだけど、今回だけよ」


「わたくしも八雲殿の願いとあれば、お引き受け致しましょう」


「―――ありがとう!四人とも!明日は期待していてくれよ!!武道館張りのステージを用意するから!!!」


「ブドウカン?なんだ、それは?葡萄のことか?」


「葡萄じゃねぇよ……兎に角、楽しみにしていてくれ!」


首を可愛く傾げるノワールにニッコリと笑みを返した八雲は、明日のステージをイメージしていく。


神龍達の承諾を得られたことで、明日はフォック聖法国にとって、歴史上始まって以来の全神龍の詞を賜る記念日となるのだった―――




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