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第234話 空の旅と暗躍

―――アルブム皇国を飛び立ち、フロンテ大陸西部オーヴェストのフォック聖法国へと向かう天翔船。


黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーには八雲にノワールと黒神龍眷属にアマリア達、そしてイェンリンと紅蓮の紅神龍眷属とフォウリン達、さらにマキシとセレストの蒼神龍眷属に雪菜が乗り込んだ―――


雪の女王スノー・クイーンには白雪と白神龍眷属が乗り込んでいる。


飛行航路は南部スッドの西側海岸沿いを直線的に二隻でフォック聖法国まで飛行するプランだ。


黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー艦長のディオネと雪の女王スノー・クイーン艦長のアルテミスは、フォック聖法国までのフライトプランを二日という飛行時間で高度と速度を算出し、出発前にその情報を共有化して航路も狂いなく進んでいた。


そうして乗員数の多い黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの大きな通路を歩いていた八雲は、思いがけない状況に出くわした。


それは、城の廊下くらい広い通路を歩いているシリウスの後を、ガルム達に跨ってトコトコとついて行くチビッ子四人組だ……


シェーナ達はガルムに跨り、女騎士のように背筋を伸ばしてツーンとした表情で隊列を組んでいた。


「……何してんの?」


その異様な組み合わせに八雲は声を掛けると、シリウスは少し泣きそうな顔を見せて、


「御子様!助けてください!その……この子供達が俺の後をついて来て、困っているのです!」


と縋りついて来たのだ。


「こんな堂々とした誘拐は初めて見た」


「―――バカな!?そんなことしません!!そんなことをすれば、ノワール様によって真っ先に消滅させられます……」


「お?シリウスもその辺、分かってきたねぇ♪」


八雲が半笑いの表情で冗談めいた返事を返すと、シリウスは困った顔で頼み込む。


「御子様からも何が目的なのか、この子達に訊ねてくださいませんか?私が話し掛けても答えてくれないのです!」


(黙ってシリウスについて回るとか、そんな幼女の可愛いストーカーがいれば見てみたい……あ、此処にいたわ)


しかし本当にストーカーになっているとか、嫌がらせをするような子供達ではないことは八雲も分かっているので、ガルムに乗ったシェーナに寄っていき、この行動の理由を訊ねる。


「どうしたんだ?シェーナ。シリウスに何か用事があるのか?」


優しい声で八雲が声を掛けると、シェーナはそっと八雲の袖を摘まんで反対の手でガルムを指差すと、


「……名前……つけて」


ガルムの名前をつけてくれと伝えてきた。


「そう言えば、コイツ等に名前はつけていなかったな」


八雲の言葉にハッとした表情になったシリウスは―――


「そう言えば、私が御子様にシリウス=暁という名前を頂いたということを話した後から、この子達がずっとついてくるようになりました」


―――と、八雲に説明した。


「俺が名前をつけて、いいのか?」


できれば命名権はチビッ子達に譲りたい八雲だったが、チビッ子四人組は息ピッタリにウンウンと可愛く頷くのだった。


「はぁ……よし!分かった!今考えるからちょっと待ってくれな!」


天使のようなエルフの幼女達のキラキラ☆と期待で輝かせた瞳で見つめられながら、八雲は『思考加速』を発動してオーバー・ステータス知力1000の数値を動員して脳をフル活用する―――


(狼のガルム……オオカミ……シリウス……おおいぬ座……オオカミ座……オオカミ座の……)


―――そして、フル稼働状態の『思考加速』領域から現実世界に戻ってきた八雲。


「決めたぞ!まずはシェーナのガルムから」


「……アゥ!」


何故か敬礼をしているシェーナ。


「シェーナのガルムの名は『アルファ』だ」


そう言ってシェーナの跨るガルムの首輪にある金色の金属プレートに『創造』の加護を発動して『α』と刻み込む。


「……アルファちゃ」


シェーナがそう呟くと、アルファがワウッ!と答える。


「次にトルカのガルムの名前は『ベータ』だ」


トルカの跨るガルムの赤色のプレートにも『β』を刻む。


「……べーた」


トルカの呼んだ名前にベータがガゥッ!と答えた。


「そしてレピスのガルムの名前は『ガンマ』だ」


レピスの跨るガルムの緑色のプレートに『γ』を刻んだ。


「エヘヘ♪ ガンマちゃん」


するとガンマがワオン!と答えた。


「最後にルクティアのガルムの名前は『デルタ』だ」


最後のルクティアの乗ったガルムにはデルタと名付けて銀色のプレートに『δ』を刻んだ。


「デルタちゃん、おねえちゃんでしゅよ♪」


ご機嫌のルクティアにデルタもハァハァ♪ と嬉しそうだった。


「それじゃあ、シリウス!お前はこの幼女騎士団の団長に任命する。この子達をシッカリと護ってくれよ♪」


「え?……いや、御子様、それは―――」


「―――手を出したらコロス……主にノワールが」


「ぴぇん……」


そんな理不尽な!?という絶望の表情を浮かべるシリウスとチビッ子達に笑顔を向けて八雲は去っていくのだった―――






―――それから八雲は艦内の娯楽室に向かう。


「うん?何やってるんだ?」


そこにある大型の円型に配置されたソファーには、ノワール、イェンリン、紅蓮、フォウリン、マキシ、雪菜、アマリアが揃って寛いでいる。


ソファーの傍にはアリエス、ラーズグリーズ、ウェンス、サファイア、そしてエルカがいてテーブルの上にお茶やお菓子を用意していく。


「おお、八雲か。いやなに、無事に出発したことだし明後日まではこの船の中で過ごすのだから、こうして『龍紋の乙女クレスト・メイデン』同士で交流しているのだ」


「いや、中にはそうじゃない子もいると思うけど……」


ウェンスにサファイア、そしてエルカは当然だが八雲と肉体関係もなければ『龍紋』もない。


「というか、サファイア?お前こっちに乗っていたのか?てっきり雪の女王スノー・クイーンに乗ってると思ってた」


と、八雲がサファイアに問い掛けると、


「フンッ!雪菜様が此方に乗るとおっしゃるので、貴方の魔の手から護るため一緒に此方へ乗せてもらいましたの」


得意気な顔で胸を張って答えるサファイアを見ると揶揄いたくなるのが八雲の心理。


「そんなに俺のこと好きだったのか。一緒にいたいからってこっちの船に乗るなんて」


「だぁ~れぇが!貴方のことを好きなんて言っているのですか!!虫図が走って悪寒が押し寄せてきますわ!!!」


眉間に皺を寄せて本当に嫌そうな顔を向けるサファイアに間髪入れず八雲は問い掛ける。


「白雪には断って来たのか?」


「……」


「おい?なんで無言なんだよ?」


(コイツ、白雪にもダイヤにも、何も言わずにこっちの船に密航したな)


見る間に顔色が青くなるサファイアを見て、ふと雪菜に視線を向けると苦笑いを返してきたので、


(あ、これ思った通りか……)


と、納得した八雲は―――


「お前は俺の世話係だろ?だったらこっちの船に乗っていてもおかしくないだろ?」


―――仕方なく助け船を出してやる。


すると青い顔をしていたサファイアがパアァ!と顔色を明るくしていく。


「そ、そうですわね!そうですわ。私は黒神龍様の御子の世話係。この船に乗っていても何ら、おかしなことなどありませんわ!べ、別に貴方に助けられたとか助かったとかは思っていませんからね!!/////」


「おお、これがツンデレなのだな」


サファイアの返事にソファーで寛ぐノワールがそう言うと、顔をさらに赤くしたサファイアが全力で否定する。


「ノ、ノワール様!?ち、違います!!わたくしは別にデレてなどいません/////」


しかし、そこに雪菜が申し訳なさそうにしながら―――


「サファイア……白雪からサファイアがこっちにいるか『伝心』で訊いてきたから、いるって言ったら無言で『伝心』切られちゃった」


「……エッ?」


雪菜の言葉にまた青い顔になるサファイア。


「ホントお前、顔色が忙しいヤツだなぁ。俺からこっちに乗れ!って言われたって伝えておけよ」


そう言った八雲に涙目のサファイアが、


「いえ、結構ですわ。白雪様に嘘など吐けません。ちゃんと本当のことをご報告致しますわ」


そこは高潔・崇高・成功・誠実・慈愛の石言葉を持つサファイアの名を冠する白い妖精ホワイト・フェアリーだ。


主に虚偽の報告は出来ないとばかりに真実を報告した。


結果―――


「命令無視に密航するとは何事か!!!―――と、メチャクチャ怒られましたわ……」


―――見ていて可哀想になるくらいにショボーンと沈んだサファイアがいた。


八雲だけではなく、それを見ていたノワールや紅蓮、イェンリンですら憐れみが溢れる表情でサファイアを見つめている……


「雪菜、お前の作ったお菓子が食べたくなったから、フィッツェとそこのサファイア連れて厨房で作ってきてくれよ」


「あ、うん、分かった。行こう♪ サファイア。お菓子作り手伝ってよ♪」


雪菜から向けられる慈愛に満ちた微笑みに、涙目だったサファイアは途端に復活して、


「畏まりました!雪菜様♪/////」


と、大喜び状態になって、ふたりで厨房に向かっていく後ろ姿に八雲は軽くホッと息を吐く。


「―――随分とサファイアに優しいではないか?八雲」


イェンリンのツッコミにフォウリンとマキシもジト目で八雲を見つめている。


「知らなかったのか?イェンリン。俺の半分は優しさで出来てる」


「では、残り半分は何だ?」


いやらしさで出来てる」


その言葉にハッとした顔になるイェンリン。


「……何故だろうか、妙に納得した自分がいることに驚きを隠せん」


そんな会話を続けながら、船の旅を満喫する八雲達だった―――






―――八雲達が天翔船で空の船旅を楽しんでいる頃。


フロンテ大陸西部オーヴェストにあるフォーコン王国―――


その首都ファルコに建つ王城アルコン城の貴賓室に設置された円卓に、ふたりの人物が席に座って対峙していた。


「―――レーツェル=ブルート・フォーコン陛下。この度の謁見をお許し頂けたこと、心より感謝申し上げます」


向かいの男が目の前の円卓に腰掛ける毛先が赤く染まっている長い白髪、大きな紅い瞳で真っ白な素肌をした現実とは思えないほどの美女に挨拶をする。


その向かい側の席に座っている派手な貴族衣装に身を包み背が低く、小太りで頭の中央が頭頂部から額までハゲ頭をしていて、髪はこめかみから後頭部にかけて周りにしかない男がそう挨拶をして頭を深く下げる。


鼻の下には頭の不毛地帯を補うかのように髭を生やしているその脂汗をかいた醜い中年の男の名は、ダニエーレ=エンリーチである。


ティーグルの地方に広大な領地を持つ諸侯のひとりで、ゲオルクの支援者として癒着をしている貴族のひとりでもある侯爵位を叙勲している歴とした貴族だ。


ダニエーレは且つてのゴルゴダ山の鉱山でパドサ商会のゴルカ=パドサを使って獣人の調教・密売を行って私腹を肥やしていたが、突如魔物のリッチに鉱山を占拠され商品の獣人達をすべて殺され、その後に八雲の手によりリッチが討伐された経緯があった。


そんなダニエーレが汗を流しながら謁見しているのは、シュヴァルツ皇国の東方にある国家フォーコン王国の女王である。


「……エンリーチ卿には色々と土産を頂きました。こうして謁見を許すのは……礼儀としては至極当然でしょう」


静かに、冷たい空気を吐きながら語っているのかと勘違いするほど、首筋が寒くなる彼女の言葉は感情を感じられない。


それは普段から悪行を重ねる悪徳貴族のダニエーレであっても、この間、肝が何度冷えたかわからないほどの恐怖だった。


何故そこまでダニエーレが恐怖を感じるのか……それは―――


「……そのように怯えずともいいのですよ、エンリーチ卿。私が吸血鬼だとしても、見境なく血を求める訳ではありませんから」


「お、怯えるなど!滅相もございません!陛下の美しさに緊張しているものですから。ご容赦くださいませ」




―――レーツェル=ブルート・フォーコン


フォーコン王国女王。


フロンテ大陸西部オーヴェストのフォーコン王国女王であり、本人が口にした通り吸血鬼ヴァンパイア族の女王でもある。


このフォーコン王国の国民は人族と魔族が多く、吸血鬼は魔族の中でも高位の貴族・王族の地位に属し、強大な権力と財力そして能力に秀でた存在だ。


しかし八雲の世界の伝説と違い、この異世界の吸血鬼の特徴として太陽の下でも普通に活動が出来る。


吸血行為は眷属化する一種の【呪術カース】であり、日常から吸血衝動に駆られるものではない。


そして寿命が無限に近く老いる時間は人と比べてもかなり遅く、成人して以降はほぼ見た目が変わらないのはエルフと似たような特徴である。


子孫を残す必要性を感じない吸血鬼は、そのため現存数はかなり少ない。


また魔族のため神の加護は授けられないが、自己修復能力は世界屈指の回復力を持っており、その腕力と魔力も人間を大きく凌駕する超越した存在である。


吸血鬼は寿命が長いため、欲が希薄で自分の国があれば他国への侵略行為など好戦的な支配欲も希薄な性質がある。




「かまいません。それで、今日は折り入ってお話があると伺いしましたが、どのような要件ですか?」


「は、はい。実はこの度のことはフォーコン王国の隣国であるイロンデル公国のワインド公王陛下から条約の締結について、ご賛同が頂けます様、わたくしが仲介役として参った次第でございます」


そこでレーツェルがピクリと眉を動かす―――


―――イロンデル公国は古き時代からフォーコン王国と不可侵条約を締結して互いの国の交易も盛んに行い、また東部エストとの交易も行っている商業中継国家としての側面もある二国である。


それだけにレーツェルは解せない。


「ワインド公王陛下からの条約?それはどういうことでしょうか?イロンデルとは不可侵条約を締結していますが?」


するとダニエーレはニヤリとした蛙のような笑みを浮かべて、


「いえ、この度の条約はまったく別の条約についてのご提案でございます」


「……別の条約の提案?」


怪訝な表情を浮かべるレーツェルに続けてダニエーレが答える。


「はい。この度、陛下にご提案する条約は―――『シュヴァルツ皇国包囲網構築条約』でございます」


醜いダニエーレの笑みが額から流れる汗と合わさり、余計に見苦しいものとなっているが、レーツェルはその表情に対して無表情を貫いていった―――


―――貴賓室で語られるダニエーレの条約の内容にレーツェルは初めてダニエーレに笑みを見せる。


こうして八雲の知らない場所で、その水面下では密かに不穏な企みが動き出しているのだった―――



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