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第94話 戴冠式

―――馬車の中ではノワールの膝の上にシェーナ、レベッカの膝の上にトルカ、レオの膝の上にレピス、リブラの膝の上にはルクティアが大人しく座りながら出てきた果実のジュースが入ったコップを小さな手に持って飲んでいた。


この世界のエルフは十六歳頃まで普通の人間と同じように成長する―――


十六歳を超えるとこの世界では成人ということもあり、身体の成長速度もそこから一気に遅くなり、そして二十歳になるとほぼ成長が止まってあとは何百年生きてもほとんど容姿は変わらないという。


現在、幼女に見えている四人の幼児は見た目そのままの本当の幼児で―――




シェーナ=ミルド 4歳


髪は金髪でサラサラヘアー。

瞳の色は蒼くていつもクマのぬいぐるみを抱いている。




トルカ=バシナ 4歳


髪は赤み掛かっていて、瞳は緑。

大人しい性格で、いつも誰かの傍にいたがる。よく眠る。




レビス=ハイアート 4歳


髪は緑で瞳は水色をした一番元気な子。

好奇心旺盛なお転婆さん。




ルクティア=ソルス 4歳


髪は銀髪で瞳は緑色をしている四人の中では比較的話もできるしっかりさん。

他の三人をいつも気にして見ているが、実は寂しがり。




という子達で皆大人しいが黒龍城の中の物はすべて珍しく、大人達は何か壊したり怪我をしたりしないかと気を揉んで見ていた。


当然、今乗っているキャンピング馬車も興味津々な物ばかりだったが八雲から―――


「危ない物もあるから大人のいないところで絶対に触っちゃダメ!」


と念押しで言われたのでソワソワしながらも自分から動いたり触ったりといった行儀の悪いことはしない。


むしろアリエスが出してくれる茶菓子や果実のジュースに夢中になっていて今は其方が優先のようである。


そうこうしているうちにキャンピング馬車が関所に差し掛かると―――


「おい!あれは!!―――黒神龍様の馬車だぞ!!整列!!整列だぁああ!!!」


お馴染み関所の兵士達がその掛け声にて一斉に関所の前に整列していくと、


「掲げぇえ!―――剣!!」


隊長の掛け声に兵達、皆が一斉に抜刀し、自身の正中に合わせて剣を掲げる構えを取った。


そこに窓を開けた八雲が―――


「おはよう!―――ありがとう!!!」


と元気に挨拶して通り過ぎると―――


「納めぇえ!―――剣!!」


―――再び隊長の掛け声で剣を納めていく。


「これから御子様は皇帝様になるのか……でも、今日も俺達に挨拶してくれたな」


「ああ、御子様は皇帝陛下になっても御子様だ!俺はあの御方に一生ついて行くぞ!」


「―――俺もだ!さあ今日も仕事を片付けようぜ!」


普段から挨拶で声を掛けてくれる八雲を慕う関所の兵士達は、今日も八雲に元気を分けてもらって仕事に就く。


「でも、あの窓から覗いていた小さな子供達は一体誰だったんだ?」


そんな謎を残しつつも兵士達は仕事へと戻っていくのだった―――






―――首都アードラーを走り抜けて、中央のアークイラ城近くにある立派な建物の前で八雲は馬車を止める。


そこはティーグルすべての『天聖教会』を統べる教会の本部になっている『ティーグル聖使徒オーガスト大聖堂』である。


聖使徒とは天聖神、地聖神、海聖神、冥聖神にそれぞれ使えていた十二聖使徒のことで、それぞれの神に三名の使徒が付き従って、この世界に正しい道を教え説いたという教義があり、この『ティーグル聖使徒オーガスト大聖堂』のオーガストとは『天聖神の聖使徒』のひとりの名を頂いて付けられた名前なのだ。


四柱神の信仰者がいる国ではそれぞれ大聖堂が国の教会本部として信徒達を支えている。


そして地聖教会にも海聖教会にも大聖堂は設置されているが、冥聖教会だけは国内各地の教会だけで大聖堂はない。


ちなみに葵は『地聖神の使徒』ではあるが現世で神の使徒となった存在で、『聖使徒』とは別の存在であり世界の創世期に四柱神に仕えていた『十二使徒』をそう呼び、今も神界で四柱神に奉仕していると伝えられる伝説の存在のことである。


そして『大聖堂』とは司教の座する席のある場所、つまり司教座聖堂を大聖堂と呼び、その国の中で権限を持つ司教の居る場所のことを指している。


そしてこの戴冠式はティーグルの作法に則り執り行われることになっており、ティーグルでは当代の聖法王が所属する教会本部で戴冠式を行うことが習わしとなっているので当代の聖法王ジェロームを選抜した天聖教会の本部で行うこととなった。


「―――お待ちしておりました。黒帝陛下、黒神龍様」


そこに出迎えで現れたのはフォック聖法国聖法庁のマドアス=コルトマン副助祭だ。


「マドアス副助祭。お出迎えありがとうございます」


マドアスをよく知っている間柄のユリエルが挨拶をすると聖女のその姿を見てマドアスが、


「せ、聖女様?!そ、そのお召し物は、一体……」


狼狽えた声を上げて問い掛ける。


「あ、申し訳ございません。ちょっとダンジョンで修道衣を失ってしまいまして……」


「―――ダンジョンですって!?そ、そんなところに行って、い、一体何を!?」


予想もしていなかったユリエルの返事を聞いてマドアスは引っくり返るくらいの衝撃を受ける。


「そ、その話はのちほど俺が聖法王猊下にご説明しますので」


なんとかこの場を取り繕うために八雲がマドアスを説き伏せる。


怪訝な表情のまま渋々といった様子で一応納得してくれたマドアスに八雲も生きた心地がしない。


(やっぱ聖女をダンジョンに連れて行くとか常識外れだったか……あの時の俺を殴りたい)


さすがに少し反省した八雲は黙ってマドアスの背中に付いて行く。


すると戴冠式のために控室となっている広めの部屋まで案内されて、その中に入ると既にエドワード王にアルフォンス王子、エアスト公爵クリストフにその妻のアンヌ、そしてアンジェラ王女とヴァレリア王女にシャルロット公爵令嬢まで揃っていた。


因みにゲオルク王子はあのノワールと八雲との初めての謁見の時以降、様々な問題が発覚して謹慎処分が下されて未だにそれが続いていた。


そしてそこに―――


「―――八雲様♪」


早足で近づいてきたのはエーグル次期女皇帝フレデリカだった。


「フレデリカ!無事に到着したみたいだな。良かった!」


「―――はい♪ 『伝心』でお話も出来ましたし、それにこの子のおかげで楽しい旅が出来ましたわ」


そう言ったフレデリカの後ろから出てきたのは―――


「兄ちゃん!―――ちゃんと皇女様を護衛してきたよ♪ 褒めて♪ 褒めて♪」


―――ニシシ♪ と笑みを溢すヘミオスだった。


「偉い♪ 偉い♪ フレデリカを護ってきてくれてありがとうな!」


そう言ってヘミオスの頭を撫でる八雲に、お人形のような可愛いらしいヘミオスは少し頬を赤らめて照れた笑みを見せる。


「―――兄さま!」


背中から八雲を呼ぶ声に振り返ると、そこにはリオンのジョヴァンニ=ロッシ評議長がジェミオスと共に立っていた。


「お久しぶりです黒帝陛下」


「ロッシ評議長。この間はどうも。あれから娘さん達とはどうですか?」


「ハハハッ!―――カタリーナが張り切ってしまい、今でもミネアで姉妹共々頑張っております。ミネアの方も連日お客が長蛇の列を作る日々となっていますが働き手も増やして少しは落ち着いてきたようです」


「それはよかった。もうすぐ学院祭ですよね?またそのときにはリオンに行きますから」


「エッ?―――宜しいのですか?皇帝になった直後でお忙しいのでは?」


「皇帝と言っても、今とそれほど変わりませんよ。政は皆さんでやってもらっていますし」


そう言って肩を竦めて両掌を左右に出して応える八雲。


「そうですか。その学院祭なのですが……レオパールから届く物資の遅れがあるそうで日程が今月の二十日と二十一日の二日間に変更になったそうです。間違いがなきようにお伝えしておきます」


「レオパールから……ですか。ロッシ評議長、戴冠式が終わった後に少しお話をさせて頂いても?」


「―――ええ、黒帝陛下のお時間があるのなら私も是非話したいと思っておりました」


「それでは、のちほど」


そう言ってジョヴァンニとの挨拶を終えるとそのタイミングで控室の扉が開き、聖法王が式典用の装飾と金の刺繍が入った白い法衣を纏って現れた。


「黒帝陛下。本日はどうぞ宜しくお願い致します……ん?ユリエル?その姿は一体?」


そこで抜群のプロポーションボディーに沿って、ピッチリ貼り付くようなスーツの上に同じく黒いジャケットと下はショートパンツでブーツを履き、手甲に具足と胸当てまで纏ったユリエルの姿にジェロームが目を見開いて驚いていた。


「その件については俺から説明させて頂きます……」




八雲が一歩前に出て、ジェローム聖法王に事の経緯を説明し始める―――


―――英雄達とバルバール迷宮に行ったこと。


―――服や装備を溶かす魔物に出会ったこと。


―――第三階層でサジテールとエルフの娘達に出会い保護したこと。


そして、ユリエルの気持ちを知って―――




「正式にユリエルを妻に迎えることをお許し願えませんか?」




―――最後にユリエルへの求婚の許可を希望して話を終えた。


ユリエルは八雲が約束を守ってジェロームに話してくれたことが嬉しくて、幸せそうな笑みを浮かべている。


そのユリエルの姿を見たジェロームは目を閉じて考え込む様子になると、


「―――フンッ!!!」


と一息に力を込めると全身が闘気で包まれていく―――


(まさか!?これがユリエルから聞いた天聖神拳!?凄まじい闘気が―――)


その身に纏う闘気に合わせて八雲はジェロームの体格がどんどん大きくなっていくように幻視していた。


そして音もなく八雲の間合いに踏み込んで来たかと思った直後ブオンッ!という凄まじい拳圧とともに打ち出された拳が八雲の顔面ギリギリで寸止めされた。


全身から拳に集中して流れ込んだ闘気がそのまま八雲の顔面に解き放たれて前髪がオールバックで立ち上がるほど巨大な拳圧の威力だった。


「―――おじい様!!!」


突然のことにユリエルが悲鳴のような声を上げるが、かまわずにジェロームが続ける。


「……何故、お逃げになりませんでした?」


「猊下の拳には殺気がありませんでしたから。ならば当てる気はないかと。それに今の技は拳というよりも闘気に何か意味のある技ではありませんか?」


八雲の指摘にジェロームが目を見開く。


「流石は黒帝陛下ですな……ご明察です。今の技は天聖神拳奥義『無光討滅むこうとうめつ』と申します。己の闘気を極限まで神的なレベルに高めて相手にその闘気を打ち込むことで悪意を持った神敵を一撃で討伐するという技です」


「それで、俺は大丈夫でしたか?」


八雲の問いにジェロームは笑顔で、


「はい。貴方には悪意も悪霊も神敵となる存在の欠片もなく、まったく心配はございません。ご無礼は平にご容赦下さい」


そう言って頭を深々と下げるジェロームに八雲はそっと囁く―――


「……それで、本音は?」


「―――私の可愛い孫娘を嫁に欲しいなどと悪意があるならばその頭撃ち砕いてやる!と一度やってみたかったもので……」


―――とサラッと恐ろしいことをジェロームが囁き返すが、


「ちゃんと聞こえています!!おじい様!それでもし万が一にも八雲君になにかあったらどう責任を取られるお心算だったのですか!!」


ユリエル達にもしっかりふたりの囁きが聞こえていて、マドアスは黒帝への無礼な行いに目眩がして倒れそうになり、ユリエルは怒り心頭でジェロームに突っ掛かると、


「おお、怖い!怖い!あれほど大人しかったユリエルがこんなに強くなったのも、黒帝陛下のおかげかな?」


怖がる振りをしながらもここ数日ですっかり変わってしまった孫娘を愛おしい瞳で見るジェロームに、ユリエルもハッとなって、


「申し訳ございません!聖法王猊下!このような場で失言でした!」


と自身の口のきき方など聖法王への態度が許されないものだったと反省して深々と頭を下げた。


「いいのだよ、ユリエル。お前は今本当の自分に変わろうとしている途中なのだ。そしてそれは黒帝陛下と共にあることできっと開花するのであろう。そのまま進みなさい。思った通りに進みなさい」


「おじい様……」


そんな折に今度は男の声が部屋に響き渡る―――


「―――黒帝陛下!!」


―――エレファン獣王国の新国王エミリオと、その父レオン先代王がやって来た。


「エミリオ、無事に着いたか。まぁお前が一緒なら問題ないか―――スコーピオ」


「―――当然だ。俺に来た任務は常に完璧な結果を出す。今回の護衛任務も完了だ。それと久しぶりだな、サジテール」


「ああ、心配を掛けたな。スコーピオ」


同じ龍の牙ドラゴン・ファング左の牙レフト・ファングに所属するふたりは当然任務でも絡むことはよくあり、だがここ半年間サジテールが音信不通だったことにはスコーピオも気を揉んでいたのだ。


「黒帝陛下のご配慮で、こちらのスコーピオさんには護衛をして頂き、途中で野盗にも襲撃を受けましたが彼女の活躍で事なきを得ました。感謝申し上げます」


「そんなことがあったのか?やはり道の整備だけじゃ足りないな……」


ようやく主役達が揃ったところでマドアス副助祭が戴冠式における作法と服装について説明が始まった―――






―――戴冠式の礼儀作法を一通り覚えて、


八雲は戴冠式の会場となる広間へと向かう―――


その広間には既にティーグル、エーグル、エレファンの王族や有力な大貴族、そしてリオンからは評議会議員達が参列して式場はお互いの権力や利益のため様々な交流が行われていた。


だがそれも新たな皇帝の誕生に際して一同が入場すると一瞬で静寂に包まれていた。


ユリエルは替えの修道服に着替え、更に左右に黒盾=『聖黒』を纏って入場した。


八雲があれからもう少し銀を装飾に加えて縁の銀枠を大きめに取り、より聖女の銀と黒神龍の黒のコントラストを強調したデザインに変更して二枚それぞれ中央の『龍紋』と『女神』の意匠はそのまま残した。


何があるか分からないと考えて装備したまま入場してもらったのは八雲の考えだ。


そうして天聖教会の伝令官により『戴冠式』の開式の言葉が宣言されると―――


まずはジェローム=エステヴァン聖法王による祈祷が行われる―――


―――次にエミリオ、フレデリカ、八雲の順に宣誓を行っていく。


―――宣誓後、八雲を中央にして左右にフレデリカとエミリオがジェローム聖法王の前に置かれた椅子にそれぞれ横並びに座る。


―――そして三人に近づく聖法王はそれぞれの頭と胸、両掌に聖油を注ぐ。


―――それを受けたエミリオとフレデリカは絹の法衣を纏い、八雲は黒いマントを纏った。


―――聖法王からそれぞれ儀礼の宝剣と王笏、手袋と押印に用いるための指輪が授けられる。


そして―――


まずはエミリオから、聖法王によりエレファンの王冠が頭に被せられる。


続いてフレデリカの頭にはエーグルの帝冠が被せられた―――






―――そして最後に、


八雲にはノワールがシュティーアに造らせた黄金と銀、そして大きな宝石により装飾された光り輝く帝冠が聖法王の手で頭に被せられる。


「宣誓の言葉、くれぐれも違えませぬように。それと……孫娘をどうか末永く宜しく」


そう囁いて聖法王が八雲から離れると会場から盛大な拍手と歓声が溢れていた―――


そして先ほどと同じく椅子に座る三人の前に各国の王族から始まり数多くの有力な大貴族達の祝辞を受ける。


少しでも取り入ろうと長く語る者が殆どだが、中には八雲達に気をつかい比較的短い祝辞で終わらせる者もいた。


そうして一通り終わった後で最後にシェーナ、トルカ、レピス、ルクティアのエルフ幼女四人組がいつの間にか子供用のドレスを着て手には花束を持って三人の前にやってきた。


トルカがエミリオに、レピスがフレデリカに、シェーナが八雲に、そしてルクティアは聖法王にその花束を渡すと大人達に注目されているのが恥ずかしいのか拍手と共に可愛らしい♡ という歓声の中、トコトコと元来たレベッカ達の元に戻っていく。


きっと戻ってきたシェーナを抱き上げて頬ずりしている誰かさんがサプライズで用意したのだろうと八雲は想像し、エミリオとフレデリカも喜んでいた。


そして多くの有力者の集まる中でジェローム聖法王よりティーグルのヴァレリア王女とシャルロット公爵令嬢、そして今回エーグルの女皇帝となったフレデリカと聖法王の孫娘ユリエルの四人が八雲と婚約したとの宣言も同時に行われた。


―――突然の婚約宣言に会場はどよめきを隠せないでいたが、誰かの拍手から始まった喝采の嵐は一頻り広間に響き渡っていった。


しかし、この宣言は此処に集まる有力者達が八雲やフレデリカに妙な欲をかいて身内を使い婚姻などのちょっかいを出させないための予防線の意味も込められている―――






―――八雲はこの日から公式に、


ティーグル皇国をティーグル公王領に


エーグル帝国をエーグル公王領に


エレファン獣王国をエレファン公王領に


商業国家リオンをリオン議会領と改名することを正式に公示した。


それと同時に四カ国内での獣人奴隷制度を禁止、新たに雇用契約による雇用について獣人も他の種族と同じ報酬を支払う法を宣言した。


広間にいた貴族達からは一部反発の声も上がったが、八雲の『威圧』を向けられた瞬間一瞬で静まり返った。


「勘違いしないでもらいたい。俺はこの四カ国で争いのないようにする抑止力にすぎない。だがこの国々で争いを起こそうとする者があれば―――雷の矢をその身に受けるものと覚悟してくれ」


『威圧』を受けながらその言葉を受けた王族や貴族達は、先の『災禍』戦争の有様を思い出して顔を青くしながらその場に跪き改めて黒帝への忠義を誓う。


そして各国より参列した紋章官に『龍紋』が正式なシュヴァルツ皇国の紋章として記録され、八雲の系譜が新たに新設されて各国の紋章官によりその系譜記録と紋章記録が共有された。


八雲の系譜は八雲とノワール、フレデリカ、ヴァレリア、シャルロット、ユリエルが妻として記録されている。


この系譜には八雲との子供が出来ない限り、メイドなどの一般身分に位置するものは系譜には記載されない―――






大陸歴1010年6月14日―――


八雲がこの異世界に来てからおよそ八十日……


ここに『シュヴァルツ皇国 初代皇帝 九頭竜八雲』が誕生した。


今になって八雲は、ふと日本にいたときのことを思い出す。


八雲にとっては初体験の相手で女というものを教えてもらった大切な幼馴染である少女のこと、


―――草薙くさなぎ雪菜ゆきなのことを。











―――八雲が戴冠式を行ったとき、遥か彼方のフロンテ大陸南方スッド。


白神龍スノーホワイト・ドラゴンが縄張りとするフロンテ大陸の南方地域。


その国のひとつ、スッドのアルブム皇国は大陸最南端に位置し、そこには白神龍スノーホワイト・ドラゴンの居城『白龍城』があり人々の信仰と畏怖の対象となっている。


その白龍城の一角にある白神龍の執務室の扉がノックされる。


「……どうぞ」


「―――入るよ。白雪しらゆきが急に呼び出しなんて、どうしたの?」


中からの返事を待って入ってきた白いコートを着た黒髪と黒い瞳をもつ雪のように白い肌の美少女は、中にいる『白雪』と呼んだ白髪の長い髪と黄金の瞳に白い肌をした雪のような美少女に声を掛ける。


「急に呼び出してごめんなさい。貴女はたしか、もうこの世界の地理は学んでいたわよね?」


「エッ?―――うん。まだ全部は覚えていないけど神龍の縄張りは覚えたかな。今はこのスッドの各国の場所と名前を憶えて各国の状況なんかを教えてもらっているところよ?」


『白雪』と呼ばれた美少女が手元の書簡を机に置いて顔を上げる。


「―――フロンテ大陸西部オーヴェストは誰の縄張りかしら?」


「西部?……たしか……黒神龍ミッドナイト・ドラゴンよね?」


「正解よ。そして今日オーヴェストに派遣していた妖精フェアリーから、そのオーヴェストにあるティーグル皇国、エーグル帝国、エレファン獣王国、商業国家リオンが共和国化を公式に表明して、ひとつの国―――『シュヴァルツ皇国』となったわ」


「四つの国が共和国化したってこと?それってこの世界ではスゴイことなんじゃないの?」


「ええ、歴史上で見てもなかったことよ。そして、その偉業を成し遂げたのが黒神龍の御子だそうよ」


「エッ!?御子って国の王様になれるものなの?」


「別になれるわよ。北方ノルドのヴァーミリオン皇国の皇帝も紅神龍の御子だもの」


「はぁ……まだまだ知らないことが多いわね……」


「そんなに気を落とす必要なんてないわ。貴女は貴女よ」


「そう…だね……あ、それで、その新しく皇帝になった御子はどんな人なの?」


「報告では……九頭竜八雲、というそうよ」


その名を聴いた瞬間、黒髪の美少女の顔色が変わり顔から表情が消え去る―――


「嘘……でしょ……」


「どうしたの?雪菜?まさか……知っている人なの?」


黒髪の少女の名は、草薙雪菜……


且つて日本にいたときに八雲の家の隣に住んでいた同い年の幼馴染であり恋人である。


八雲が両親を失って失意に堕ちていた際に、時に励まし、時に怒り、時に愛し合い、そして自身の純潔を捧げた相手の名。


突然その八雲が行方知れずとなり、文字通り生きる気力も失くしていた雪菜が八雲と同じように突然飛ばされた先はこの異世界であり、今目の前にいる白神龍スノーホワイト・ドラゴンの化身と雪菜が御子として契約し、『白雪』と名付けた美少女の元に転移したのだった。


「八雲のバカ……こんなところにいたなんて……見つかる訳ないじゃない!/////」


怒りなのか喜びなのか分からない感情が渦巻くままに、雪菜の瞳からは止め処なく涙が溢れてきていた……


『白神龍の御子になった異世界幼馴染』が、八雲と邂逅するのはまだ先の話しである―――



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