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第92話 サジテールの報告

―――サジテールの口から語られたのは、


当時クレーブスからレオパール魔導国の状況についての調査情報収集を依頼された―――


「―――そこでレオパール魔導国の三導師のひとり、エヴリン=アイネソン導師の元を訪れました」


「チッ!―――あの性悪エルフか!」


ノワールが顔を顰めてそう言い放ったが八雲はその名前に聞き覚えがある。


「アイネソン?それって確かエディスの?」


「ああ、あのサポーターの母親だ。昔、色々とあってな……」


「サジテールも知っているのか?」


「ああ、エヴリン=アイネソン導師とは黒神龍様と交流のあった頃から知っている」


「へぇ……それと三導師っていうのは?」


「三導師はレオパール魔導国を統治する三人のエルフ達だ。エルフの国であるレオパール魔導国は魔法・魔術の探求を国是としている国だ。その中でも特に実力のある三人の導師達が国の運営を行っていて、エヴリン=アイネソンはそのひとりでもある」


「―――それでエヴリンのところに行って、どうしたのだ?」


ノワールがその先の話しに進めるように問い掛ける。


「はい、エヴリン導師の屋敷では以前からクレーブスに調査を依頼された時にお世話になっていました。代わりに他国の差支えのない情勢などを教えるという形で。そんな折に導師の配下の者が我々の部屋に飛び込んできました―――」






―――当時の回想を語るサジテール。


レオパール魔導国に入国してエヴリンの屋敷で世話になっていたサジテールは、そのときエヴリンと話していた。


エヴリンはティーグルの冒険者ギルドにて受付兼サポーターをしているエディスの母であり、その面立ちは親子といってもエルフという長命種であることから姉妹のようにそっくりで美しい顔に金髪の長い髪を三つ編みに纏め、エディスより大人の色気が漂っていた。


そんなところに飛び込んで来るエヴリンの配下と思しきエルフが伝えてきた。


報告内容は、


「アイネソン導師!!今クレイシア導師が兵を出して東部の村を襲撃に向かったと報告がきました!」


クレイシアとは三導師のひとり、ダークエルフのルドナ=クレイシア導師のことである。


サジテールと話していたエヴリンは顔色を変えると険しい顔で、


「ルドナの兵が!?くそっ!あのダークエルフ、まさか本当に『エルフ狩り』を!!」


「エルフ狩り?なんなのだ、それは?」


初めて聞く言葉にサジテールはエヴリンに問い掛けるが、苦虫を噛潰したような表情となったエヴリン。


「三導師のひとり、ダークエルフのルドナは魔術の研究に以前から『生きた素材』の使用を口にして憚らないヤツだったわ。私達はアイツが何かヤバい魔術に手を出していることを噂に聞いて警戒していたの」


「生きた素材……まさか、それは」


「そう、そのまさかさ!あのダークエルフ、よりにもよって『生きたエルフ』を素材として使用すると言ってきたの。勿論私もエルドナも反対したわ!同胞を魔術の実験材料にしようなどと鬼畜の所業とね」


エルドナとは三導師のひとり、エルドナ=フォーリブスだ。


「だがそのルドナが兵を出したと。その東部の村とは?」


「あそこは自然の豊かな土地で茶葉の産地でもある。レオパールの貴重な農作物であり輸出品としても重宝されているけど、その辺りの村々は豊かな暮らしをしている者達ではないわ」


「つまり実験に素材として使っても上級の奴等にとっては大した存在ではないと?」


「クソ!!―――あのダークエルフめ!自分の魔導への追及に我慢出来なくなったようね。サジテール、頼みがあるの」


「改まって、なんだ?」


エヴリンはそっと頭を下げてサジテールに―――


「どうか村人達の救出に力を貸して欲しいの!!」


「いやしかし、それは―――」


「―――分かっているわ!貴女達龍の牙ドラゴン・ファングは黒神龍同様に世界の情勢は見守ってはいても、政や争いには加担しないのでしょう?そのことを承知の上で、頼むわ!そのために黒神龍が裁きを下すというのであれば、貴女の代わりに私がこの身で受けるわ。頼みますサジテール!此処から兵隊達に追いつき、奴等の暴挙を阻止出来るのは貴女しかいない!」


エヴリンの真剣な眼差しにサジテールは断り切ることが出来なかった……


出発の準備を整え、表に出たサジテールはエヴリンに向き直して、


「状況によっては兵隊達を殺すことになるかも知れん。お前の依頼は村の者を護ること、それ以外の障害は排除する。それでいいな?」


「構わないわ。同胞を虐げる者に慈悲はない。まあ逃げる者がいたら見逃す程度にしておいて」


「承知した。では―――出発する」


そう言い残したサジテールの姿は、エヴリンの屋敷の前から掻き消すように消えた―――






―――そして再び黒龍城の玉座の間。


「なるほどな。エヴリンめぇ!我の大事な龍の牙ドラゴン・ファングをなんだと思っているのだ!今度会った時がヤツの命日だな……」


「―――そうなるとノワールはエディスに一生恨まれるな」


物騒な物言いをしていたノワールに八雲がすかさずツッコミを入れる。


「うっ?!それは……嫌だな。仕方ない。エヴリンについては後回しだ。それからどうした?」


「はい、そこからは―――」


ルドナ=クレイシアの兵隊を追って走り詰めのサジテールだが、そこは龍の牙ドラゴン・ファングの序列02位だけあって息切れひとつ起こさずに突っ走ったが当の村に到着した時には既に事が起こった後で、部隊に組み込まれていたのであろう魔術師達の火属性魔術で村の家々から煙が上がり、家屋と丹精込めて育てていた茶畑は真っ赤な炎に包まれていた。


そして村の彼方此方に虐殺されたのであろう村人達の亡骸が転がっていたという。


「そんな地獄のような中で、少女の悲鳴が聞こえたのです」


ルドナの実験体に必要と思われる少女達だけが村の広場に集められていて、そこで何人かの娘は服を破かれて今にも犯されんとしているところであり、それを見たサジテールはその軍隊を壊滅させたということだった。


「そうして一旦エヴリンの元へ連れて行こうかと思ったのですが、この者達がレオパール魔導国には住みたくないと言い出しまして、だからと言って安全な場所と言ってもすぐには思いつかず……」


「それでバルバール迷宮の第三階層に向かったって訳か?」


サジテールに八雲が問い掛けるとサジテールは黙って頷いた。


「そこで八雲達がダンジョンの探索に来て出会ったという訳か……大体の状況と理由は分かった。だが、我の元を離れたことには罰をもって贖ってもらう。そうでなければ他の者に示しがつかぬ」


「ハッ!この身は如何ようにも裁きを受ける覚悟です。ですがどうかこの者達とエヴリン導師にはご慈悲を」


そう言って深く頭を下げるサジテールにノワールは玉座から瞳を細めて言い放った。


「我を舐めるなよ?サジテール。そこのエルフの娘達やエヴリン如きに態々手を下すような狭量だとでも思ったか?」


その瞬間、玉座の間はノワールの膨大な『威圧』で充満された―――


「ううっ!?」


「うおっ!!こ、これは―――」


巻き込まれたユリエルとルドルフは、今まで体験したこともない強烈な重圧に思わず膝を着いたまま気絶しそうにまでなっている。


八雲は威圧の対象外になっているので平気だが、さすがにエルフの娘達まで倒れそうになっているのは不味いと思い、止めようと思った瞬間―――


『威圧』が消えた。


「ん?どうして……」


と言った八雲の後ろから、


「遅れてしまって……ごめんなさい。この子達が、珍しい物ばかりで……あっちに行ったり、こっちに行ったりして……時間が掛かっちゃったわ……」


少し疲れた顔をしたレベッカが、レオとリブラと一緒に幼女達と手を繋いで玉座の間に入ってきた。


「―――お、おぉおおおっ♡ なんだ!なんだ♪ なんなのだこのチビ達は♡ 超可愛いではないか!」


その姿を見た瞬間、ノワールは『威圧』を掻き消して玉座からひらりとジャンプしたかと思うとレベッカと幼女達の前に着地する。


すると突然現れたノワールにビックリした幼女達がレベッカとレオとリブラの後ろにササッと隠れてしまった。


「あらあら♪……怖くないわよ。みんなこれから、この黒神龍様にお世話になるの。ちゃんと……挨拶しましょう」


レベッカに優しく言われて、チョコチョコと前に出てきた幼女達は皆ノワールを見上げて、あの天使の笑顔をキラキラさせながら見せるとノワールがさらに興奮したように―――


「おお!任せておけよ!我がお前達をしっかりと面倒みてやるからな♪」


と叫んでぬいぐるみを持った女の子シェーナを抱き上げた。


シェーナは始めキョトンとした顔をしていたが、すぐに笑顔でノワールに応える。


「もう~♡ 我が絶対に幸せにしてやるからな♪」


「―――おい、プロポーズの台詞みたいになってますけど?」


可愛いもの大好きノワールさんによって溺愛モードが発動していたが、まぁそれならそれでいいか!と八雲も無理に止めなかった。


シェーナを一頻り可愛がった後にゆっくりと振り返ったノワールは、


「―――サジテール、お前に与える罰が決まった」


「―――ハッ!」


神妙な面持ちで頭を下げるサジテールにノワールが下した罰とは―――


「お前に八雲の補佐を命じる。八雲に逆らうことは許さん。八雲もお前の手足としてサジテールを好きにするがいい」


「ちょっと待て!ノワール、それって……俺に丸投げ―――」


「―――さあ♪ 可愛いお前達!我とおやつを食べにいこうなぁ~♡ お前達、お菓子は好きか~♡」


「聞いちゃいねぇ!!おい!おやつにするならレベッカをフィッツェに紹介してやってくれ。レベッカは孤児院を運営していて、子供達に出せるお菓子を教わりたいんだと」


「ほお、孤児院をな……気に入った!レベッカ!お前もついて来い!フィッツェを紹介してやろう!」


「あ、ありがとうございます……黒神龍様」


そう言うとノワールはレベッカと幼女達を連れて厨房の方へ向かっていった。


「つまり、あとは俺がなんとかしろと……」


「あ、あははっ……まあ八雲君なら大丈夫だよ、きっと……」


フォローになっていないフォローを入れるユリエルだが八雲のジト目が容赦なく突き刺さる。


「それで、実際のところこれからどうするよ?八雲」


いままで黙っていたルドルフが今後の行動について問い掛けると八雲は少し考えてから、


「―――まずはこの子達が住む土地を見に行こう」


ということで、黒龍城の外へと向かうことにしたのだった―――






―――外に出た八雲達は、城の外にある広い土地とすぐそばにある湖を見に行った。


「エルフの生活環境とか俺は詳しくないからな……えっと、ナターシャ!」


一緒に付いて来ていたエルフの娘達の中から、サジテールと一緒にいた女の子に八雲は声を掛ける。


「は、はい!御子様……」


まだ八雲に不慣れなナターシャだが、ここで粗相をする訳にはいかないと心に誓って緊張した面持ちで八雲の傍に足を踏み出す。


「そんなに緊張しなくていいから。この土地とあの湖、それとあそこの森とあるんだけどエルフが生活するのに適した土地とか環境ってあるかな?」


優しい声で語り掛ける八雲に少し緊張が解れたナターシャはそっと目の前の土地を指差して、


「あの辺りでなら湖も近くて、それに森もすぐ行けますし、あとお許しが貰えるならその土地に茶畑や他の畑も作りたいと思いますが……」


ナターシャの指差した方向を見て、振り返って黒龍城との距離も目測して八雲も賛同した。


丁度そのとき、八雲達に近づく集団があった。


「八雲様!『伝心』のご指示の通り、ドワーフ達を連れてきました……って!サジテール!?アンタ帰ってきたの!!」


集団の先頭を歩くシュティーアが八雲の傍にいるサジテールを見て驚いた。


シュティーアとドワーフ達は、これから八雲の行う住宅建築後に手を加えてもらうために呼んだのだった。


「それじゃ、始めるぞ!―――土属性基礎アース・コントロール!!」


大地に両手を着いた八雲が魔力を込めると次にナターシャの差し示した辺りの土地が一斉に盛り上がったかと思うと、まずは丈夫な鉄筋が組み立ち、そこに無属性の障壁でコーティングを行って腐食を防止すると、次にその鉄筋に道で使用した時と同じコンクリート状の灰色の土が被さり、さらに外側にはレンガ調の土が貼り付けられて、暫く待たずに立派な二階建ての住宅が完成した。


八雲が桁違いの力を持つと分かっていてもルドルフにユリエル、そしてサジテールやエルフの娘達まで目の前の光景が信じられないといった表情で呆然としている。


「よし!土台は完成っと。あとは―――ドワーフ達!この家に合うドアと窓枠、それと窓のガラスも急いで取り付けてくれ!内装も別動隊に分かれてすぐに作業に取り掛かってくれ!HURRY! HURRY!」


「Yes! Sir―――ッ!!!」


八雲に毒されて意味も分からず異世界の掛け声を教え込まれたドワーフ達は、早速自分達が運んで来た資材を使って玄関のドアや窓枠を作っていく。


どうせ入植者を増やす予定だったからと八雲は次々に同型同サイズの住宅と道も『創造』しながら碁盤の目のように綺麗な並びで建てていく。


そしてやはりその様子をルドルフ達は夢でも見ているかのようにして眺めていることしか出来なかった……






―――夕方までには一通り玄関のドアや窓枠、それに工房から運搬したガラス窓までが取り付け終わっていた。


だが、まだ中の家具や寝具すらない状態なので、暫くはそれらが揃うまでエルフの娘達は黒龍城で世話になることとなった。


「サジテール、アリエスに頼んでこの子達の部屋割り決めてもらってきてくれ」


「うっ!お前が……やってくれないのか?」


アリエスの元に行けと言われて、サジテールの表情が目に見えて曇ったのを見て、


「ノワールになんて命じられたんだったかなぁ~」


と八雲が呟くと、


「くっ!分かった!行けばいいんだろう!行けば!」


と不機嫌な顔でプリプリと怒りながらもアリエスに断りを入れなければ今夜エルフの娘達は地面の上で眠ることになるので、渋々城内に向かっていく。


その姿を見て八雲は―――


【―――アリエス。エルフの娘達を城内で泊めたいから部屋割り決めてくれ。そのことを伝えにサジテールがお前のところに向かったから、ゆっくり話して蟠りは解消しておけよ】


アリエスに『伝心』を飛ばすと―――


【……感謝申し上げます。八雲様】


とだけ返事が返って来た。


アリエスから指示が出されたのだろう、部屋割りの件は城から出てきたレオとリブラが担当してくれた。


「ところで八雲君、明日は戴冠式だよ?」


「―――あ、忘れてた……やべぇ、まったく打ち合わせしてない」


凍りつく八雲の顔にユリエルもルドルフも思わず笑い飛ばして夜は更けていくのだった……



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