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第91話 序列02位の帰還

―――話しが決まった八雲達はすぐに行動に移すことにした。


まずはナターシャ含めて二十四人のエルフを一堂に集めるとサジテールに説明を促した―――


「お前達!今からこの人間達と一緒に地上に上がる。今までこの安全地帯で引き籠って生きていたが、これからは新天地でこの男が面倒をみてくれることになった!」


そう言って八雲を指差すサジテールに、


「―――俺は黒神龍の御子、九頭竜八雲だ。これから此処の皆にはティーグルのエアスト公爵領にある土地へ入植者という形で移住してもらう。土地は広く湖や森もある。首都アードラーからもそんなに遠くはない。荷物は俺が運ぶから遠慮なく持っていきたい物を纏めてくれ。その土地は黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンの城がある。サジテールも一緒だから安心してくれ」


黒神龍とその御子ということと外に出ることにやや不安な表情を浮かべていたエルフ達だったが、新天地の状況を聞いて希望が湧いたのか笑みまで浮かびだしていた。


そうして八雲達も全員で手伝って荷造りを始めるが元々逃げ出してきた状況で荷物自体はそれほど多くはなかった。


中には幼児もいたが、そこはレベッカが同じエルフとしても孤児院の運営者としても優しく接してあやしている。


「あらぁ♪ このお人形は……お友達かしらぁ?」


小さなエルフの女の子はクマのぬいぐるみを大事そうに抱えているが、かなり汚れていても放さないのは家族にもらったものなのだろうかと遠目に見て八雲は少し胸が痛む。


突然住むところも家族も失った彼女達には心の傷を癒す時間はあったのだろうかと同じく家族を失った八雲は思い耽っていた。


此処にいる二十四人はすべて女の子達だった。


それの意味するところは―――


「俺が到着した時には既に軍の奴等は真っ先に男と老人を虐殺して女の子供だけを集めていた。目的は知らんが女の子だけを集めている時点で目的は禄でもないことだと分かる」


サジテールが当時の状況をそっと八雲に教えてくれた。


「そうか……それで、そのクソ共はちゃんと始末したのか?」


八雲がスッと細めた鋭い目でサジテールに問い掛けるとサジテールも―――


「誰にものを言っている。俺は―――狙った獲物は外さない」


と殺意に濁った瞳で応えてきたので、だったらいいと八雲はこの話を終えた。


木製の家をひとつずつ見て回り、手伝えそうなことを手伝っているユリエルと力仕事が必要な荷物を運ぶルドルフの姿を見て緊張していたエルフの娘達も少しずつ話せるようになってきた様子だった。


それぞれの家の荷物を纏めて『収納』空間に仕舞っていく八雲を見て、エルフの娘達は大きく目を見開いて驚いていたが先ほどレベッカにあやされていた女の子に、


「お友達は自分で抱いて行く?」


とクマのぬいぐるみをどうするか八雲が訊いてみると女の子は黙ってコクリと頷いて返していたが、ぬいぐるみを抱く手の反対の手はレベッカの手をしっかりと握っていた。


八雲は優しくその子の頭を撫でてからサジテールに準備の完了を告げると、


「よし!出発するぞ!此処に来たときと同じ道だ。絶対に離れるなよ!何かあればすぐに声を掛けて知らせること!」


まるで遠足に向かう子供の引率のような台詞を言ってはいるが途中魔物に出会う危険性は高い。


サジテールを先頭に大所帯なパーティーはダンジョンの上に向かう魔法陣を目指すのだった―――






―――途中、階層主の『復活』にはまだ時間的余裕があったので通路の魔物達の対応だけで済んだ。


悲鳴を上げるエルフの娘達を横目に見ながら八雲、サジテール、ルドルフ、レベッカは容赦なく魔物を討伐し、ユリエルは黒盾=聖黒を展開してエルフの娘達を護ってくれていた。


そう何度も魔物と鉢合わせになることもなく、無事に第一階層の出口から表に出たときにはいつの間にか夜が明けてくる頃合いだった。


サジテールに入った時はこの人数でどうやって受付を通過したのか訊いてみると、受付の担当を当て身で気絶させた隙に潜入したという手口を事も無げに説明してくるので八雲は呆れてしまった。


だが驚いたのは受付の担当者の方で登録していない人間までぞろぞろと出てきたものだから、てっきり迷宮の魔物が出てきたのかと勘違いしていた。


八雲から適当な話を作り、第三階層が安全地帯でそこに大昔から住んでいるエルフを外に連れ出してきたという、でっち上げの話しで無理矢理納得させた。


第三階層は実際に安全地帯なので、その情報の方に受付担当の興味も向いたようでエルフ達のことはそこまで詮索されなかった。


そうしてダンジョンの入口付近から遠く距離を取ったところで、


「少し此処で待ってくれ」


と八雲が一行の足を止めると、その草原しか広がっていない場所で『伝心』を始める。


【―――ディオネ、聞こえるか?】


するとすぐに返事があり、


【マスター?どうしたのだ?なにか急用か?】


【いまから黒翼シュヴァルツ・フリューゲルを出す。出港の準備を頼む】


【突然だな?だが了解した。黒翼シュヴァルツ・フリューゲル全機能チェック―――すべて正常。いつでも出られるぞマスター】


ディオネの返事を確認して、八雲は空中に『空間創造』の加護で空間船渠ドックの扉を開いた。


「なんだ!これは―――」


流石のサジテールも驚きを隠せずルドルフやレベッカ、ユリエルも驚愕の表情をしている。


その開いた空間からは―――


漆黒の鏡面をした巨大な船、天翔船・黒翼シュヴァルツ・フリューゲルがゆっくりと表に出航してくる姿を皆はただ黙って見つめている。


ルドルフとレベッカは黒翼シュヴァルツ・フリューゲルがアードラーの空を飛んでいる姿は見たことがあるが、出港するところは見たことがなかったのでこの光景には驚いていた。


空間船渠ドックの空間は八雲の居る場所ならどこでも開放することが出来る。


「ディオネ!そのままこっちに着陸してくれ!」


そう叫ぶ八雲の声に黒翼シュヴァルツ・フリューゲルから―――


【―――了解マスター。黒翼シュヴァルツ・フリューゲルこれより着陸態勢に入る】


―――と風属性魔術の拡声器で外にディオネの声が響いてきた。


それと同時に降下してくる艦底のハッチがゆっくりと開いていくのだった―――






―――地上の八雲達を収容して中央の広間のスペースまで八雲に案内された一行はその広間で待つ女性に気がつく。


「初めまして。私はマスターに造られた自動人形オートマタのディオネ。この船の艦長をしている。この船のことで分からないことがあれば、私に尋ねてくれてかまわない」


長い黒髪を後ろに纏め、肌は透き通るように白く海のように蒼い瞳。


額部分に『龍紋』が象られた八雲の世界の軍帽を被り、装いも上は黒い軍服風の上着に下はグレーに黒い線のチェック柄をしたプリーツスカート、上着には八雲やノワール達と同じ金刺繍が入った黒いコートを羽織っている女性将校風の恰好をしたディオネが全員に向かって挨拶をする。


「ディオネ、皆に飲み物や食べ物を出してやってくれ。この部屋で到着まで寛いでくれてかまわない」


黒龍城に到着するまでは、ホールの椅子に座って休むのも船内を見て回るのも自由にした。


レベッカの周囲にはいつの間にか、あのぬいぐるみの幼女だけではなく同じような年頃の幼児たちが集まっていたのを見てディオネがスッと手に持つ何かを差し出して―――


「子供が乗船してきたとき用に用意していたものだが、よければどうぞ」


と言って数冊の絵本を渡していた。


「あら♪ どうも……ありがとう。みんな、それじゃあ、いまから……このお姉さんのくれた……絵本を読むわよ」


そう言ってカーペットになっているスペースに座り込んでいた自分の周りで、寝転がったり寄りかかったりして座っていた幼児達にレベッカは絵本を読み聞かせ始める。


その姿を薄っすらと笑みを浮かべて見つめるディオネ。


その頃、ホールのソファーには八雲とルドルフ、ユリエルとサジテールがテーブルを囲んでいる。


「―――まさかあの空を飛んでいた船に乗せてもらえる日が来るとはなぁ」


少し感慨深げに話すルドルフに八雲は、


「なんだ?言ってくれればいつでも乗せるぞ。いつでも黒龍城に遊びに来てくれていいよ」


「―――そんな近所のお友達みたいな感覚で行けるか!」


八雲のノリにルドルフがツッコミを入れたが、ユリエルはそのボケとツッコミが可笑しくて笑っていた。


「この船も黒神龍様の鱗を装甲にしているのか……こんな高等な技術を持った空飛ぶ船など聞いたこともない……お前は本当に何者なんだ?」


サジテールはダンジョンに潜っている間に大きく変わってしまった黒神龍の周囲の状況についていけないといった雰囲気を出している。


「そのことはノワールから聴くのが一番だろう。それよりも先にちゃんと謝る言葉考えとけよ」


「ああ、分かっているとも」


ナターシャ達は歳の近そうな者同士でディオネが説明する茶葉の種類や味について説明を聞きながら、それぞれのお茶の味を楽しんでいるようで時折笑い声が聞こえてきている。


そんな艦内の穏やかな空気の中で黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは一路、黒龍城を目指して飛び立っていた―――






―――その頃、黒龍城では、


「ノワール様、八雲様がお戻りになるそうです―――」


普段よりも早足で執務室を訪れたアリエスの様子を見てノワールはてっきり八雲が戻って来ることに心躍っているのかと思っていたのだが、


「―――サジテールを連れて」


「なに?―――サジテールだと?どういうことだ?」


予想外の言葉に対してアリエスに詳細を求めるノワールだったが、


「詳しくは戻ってから話すと言われまして……ノワール様。サジテールには厳罰をお与えくださいませ」


突然姿を消して出奔したと思われていたサジテールが戻って来ると聞いて、アリエスは序列01位の立場としてノワールにサジテールの処分を求めるが、


「―――まあ待て、アリエス。まずはサジテールの話を聴いてからだ。しかし、まさか八雲が見つけて連れてくるとは。まったく八雲は外に出ると何かを起こすヤツだ。本当に我を飽きさせない男よ。クックック♪」


「笑いごとではございません。ですがサジテールの件は承知致しました」


やや不服な様子のアリエスだったがノワールはその様子を見て再び笑いが込み上げてきた―――






―――そうして、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルが黒龍城の上空まで到着した。


高速で飛行していたため時間はそれほど掛からなかったが、船内では窓の外の景色をエルフの娘達と一緒にユリエルも夢中で眺めて笑い合っていた姿が新鮮だと八雲の記憶に残った。


到着して広い中庭に着陸した黒翼シュヴァルツ・フリューゲルから降下した大型ゴンドラには、八雲達パーティーにサジテール、そして連れて来られた二十四人のエルフが乗っていた。


そんな八雲達をアリエス、レオ、リブラ、そしてジェーヴァが出迎えに出てきていた。


「―――お帰りなさいませ、八雲様」


「ただいまアリエス。ノワールは?」


「玉座の間でお待ちになられていらっしゃいます」


「そうか……それと、サジテールの件だけど」


八雲の言葉に下げていた頭を上げたアリエスはスッと表情を冷めさせて、


「その件はサジテールの話を聴いてからだとノワール様より申し付かっております」


「あ、そうですか……あのエルフの子達も連れて行くから」


八雲の言葉にエルフの娘達に視線を向けたアリエスは、その身なりを見てある程度予想がついたのか、


「随分と苦労した様子の子達ですね……」


そう一言だけ言ってサジテールには見向きもしないで城内への案内に移った。


「……かなり怒っていたな。アリエスのヤツ」


八雲に近づいて来たサジテールがボソリと言ってくると、


「―――それはそうッスよ!サジテールってば行方不明になってまったく連絡してこなかったんスから!自分も心配してたッスけど、顔には出してないッスけどアリエスが一番心配してたんスよ!」


プリプリと怒った顔のジェーヴァが横から顔を出してサジテールに文句を言う。


「心配をかけてすまなかったジェーヴァ」


「ホントッス!もう!ホント、心配したんスよ……」


ちょっと真顔で緑の瞳をウルウルさせてサジテールに訴えると本人もウッと怯んで、そっとジェーヴァの水色の髪をゆっくりと撫でながら謝罪していた。


玉座の間に向かい長い通路を歩いていくがレベッカの周囲には歩幅の短い幼女達が置いて行かれないように必死に歩いていたので、レオとリブラに頼んでゆっくり来られるよう案内を頼んだ。


少し荒い息になってハアハア呼吸している幼女達は、もう急がなくていいの?といった風に八雲を見上げていたのでそっと頭を撫でて、


「レベッカと一緒にゆっくりとおいで。このお姉ちゃん達が連れてきてくれるから、大丈夫だ」


そう八雲が伝えると幼女達はキラキラとしたニッコリ天使の笑みを浮かべて八雲を見上げていた。


(守りたい……この笑顔……尊い)


と思いながら玉座の間に進んだ―――






―――重厚な鉄の扉は先に来たユリエル達が入ったためだろう、開け放たれていて八雲が中に入ると、


「―――帰ってきたか。八雲」


玉座の間の一番奥にある壇の上に置かれた玉座に腰を下ろして、足を組んだノワールが八雲の帰還を歓迎してくれた。


いつものお気に入りのノースリーブの黒いブラウスに白のネクタイ、下は黒の生地に赤いチェックラインの入った短いプリーツスカートを履いて足には黒のニーソックスという出で立ちだった。


「ただいま、ノワール。突然たくさんお客を連れ込んで悪いな」


「なに♪ 夫が突然の客を連れてくることぐらい対応出来なくて何が妻か。皆の者、我が黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンだ。この城に来たからにはお前達は我の客でもある。遠慮はいらん。ゆっくりと過ごせ」


そう言ってエルフの娘達に笑顔を向けていたノワールだが、


「さて……それではサジテール。お前の話しを聴こうじゃないか」


ひとりノワールの前で膝を着いて畏まっていたサジテールに向かって淡々としたノワールの声が掛けられた。


「ハッ!まずは長きに渡り……そのお傍を離れましたこと心よりお詫び申し上げます」


「うむ。何があった?」


「はい。初めからご説明させて頂きます。実はあの時の―――」


そこから、サジテールの身に起こったこと、エルフの娘達とどのようにして知り合ったのかという話がサジテールの口から語り始められたのだった―――



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