―――第二階層の階層主を目指す八雲と新たな装備に身を包んだルドルフ、レベッカ、ユリエルの三人。
途中キラー・フライがまた出現したが今回は防具や服の『自動障壁』の展開もあって溶解液を散布されても、まったく服が溶けるようなことはなく魔物は順調に駆除することが出来た―――
そうして突き進むこと小一時間で再び巨大な扉の前に立つ四人は扉に刻まれた言葉に目を向ける。
【第二階層の主に慈悲はない。死を覚悟せよ。勝利した者の前に第三の道は開かれん】
「……もうこれ、読まなくてもいいか?」
八雲が顔を顰めてルドルフにそう言うと、
「一応なにか重要な事に関係あるかも知れないからウザくってもちゃんと読めよ」
「八雲は……飽きちゃったのね……いい子、いい子」
まるで子供をあやすようなレベッカが八雲の頭を撫でてきたが、八雲の中では目の前に母性溢れる胸が近づいてきて思わず「ばぶばぶ♪」プレイ的なモノに目覚めそうになった。
「そ、それじゃあ中に入るか。―――ルドルフ、準備いいか?」
「いつでもいいぜ!―――レベッカとユリエルはバックアップよろしくな!」
ルドルフの合図で扉を開いて中に入ってみると、そこに鎮座する階層主とは―――
巨大な体躯に汚れたような緑の体色、両手の先は巨大な鎌が形取られていて細長い胴体から長い上半身の上に逆三角のような形の頭と触手が二本、オレンジ色に光る大きな両目と巨大な牙を持った口元。
―――長い腹の部分に屈強な足が四本生えており、背中には羽が付いている魔物。
「おい、あれって……」
「ビッグ・マンティスに……見えるけれど、きっと……此処のオリジナル……」
「大きなカマキリ……」
ルドルフがレベッカに向き直ってビッグ・マンティスと口にしたレベッカと見た目そのままの感想を述べるユリエルだったが、八雲はというと、
「巨大なカマキリは最強……」
と何かの漫画にでも影響を受けたような言葉を口走って、しばしの間その相手を見つめていた。
「ボォーッとするなよ!戦闘開始だ!!」
叫ぶルドルフに我に返った八雲は腰の黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を抜いてカマキリと対峙する。
するとビッグ・マンティスも動きは早く、高速の足運びで早くも此方との間合いを詰めてきた―――
―――第一階層と同じく石で出来たドーム状の巨大な広間で、ルドルフが先陣を切って黒十文字槍=焔に炎を纏わせて突進していく。
その後方ではレベッカが新たな相棒となった漆黒杖=吉祥果を掲げて高速魔術を展開してダブルキャストへ、そしてトリプルキャストへと発動を増やして最後には火・水・風・土属性すべての攻撃魔法を臨戦態勢にまで用意する―――
―――八雲はカマキリの左から攻め込むルドルフと同時に右側から接近してビッグ・マンティスの出方を観察する。
ビッグ・マンティスは一瞬、左右を気にするように頭を振ったが次の瞬間に手元の鎌を頭上に振り上げると一気にそれを振り抜いた―――
―――その鎌の振り抜きで空気中に強烈な気流が発生し、風属性魔術の
ルドルフは―――
「しゃらくせぇえ!!!」
―――と気合い一番、焔で横薙ぎに真空刃を斬り裂く。
八雲もまた駆け寄りながら夜叉と羅刹で真空刃を斬り裂いてビッグ・マンティスの間合いへと飛び込む―――
―――その瞬間、
ビッグ・マンティスの羽根が物凄い勢いで羽ばたき、次には空中へと飛び上がったビッグ・マンティスの口から炎が吐き出されてルドルフと八雲に降り注いだ―――
「―――
その炎の攻撃を遮るようにレベッカが『
エルフの国レオパール魔導国で『天才』と呼ばれたレベッカ=ノイバウアーだからこそできる四重の同時魔術発動。
通常の魔術師であれば、『
―――空中でレベッカの攻撃魔法を回避するビッグ・マンティスだが地上のレベッカは自身の周囲に四つの魔法陣を展開して、そこから次々と次弾を発射してくるので遂には何発か魔術攻撃を受けてしまい、傷が深く思わず広間の奥へと後退して態勢を整えようとする。
だがそこに
―――羽根を切り裂かれて墜落するビッグ・マンティスの落下地点には、黒十文字槍=焔の穂に巨大な炎を纏わせたルドルフが待ち構えている。
「オラアアア―――ッ!!!」
その上に落下することしか出来ないビッグ・マンティスは、最後の足掻きと言わんばかりに頭を振ってルドルフに向かって火炎を口から吐き出すも巨大な炎の槍と化した焔の炎に遮られ、またその炎に呑み込まれてルドルフには微塵も届かなかった―――
―――巨大な炎の槍と化した焔に背中から落下していく身体を貫かれてその内部を焔の高熱で焼かれてジタバタと身体を動かして藻掻いていたが、やがてそれも止まって静かに黒い塵へと戻っていった。
そして黒い塵になった階層主の身体の中から、やはり両手を広げるくらいのサイズをした宝石が出現して床にゴトリ!と落ちてきた。
その宝石は第一階層と同様に八雲が『収納』で保管する。
「―――これで第二階層も突破だな」
「ああ!思った以上に大変だったけど、八雲とユリエルのおかげで突破出来たぜ!」
そんなルドルフの言葉に、ユリエルは―――
「いやいやいや!私なんて、まったく何のお役にも立っていませんから!」
と狼狽していたが、レベッカがユリエルを後ろから抱きしめて、
「コォラァ~!……自分が役に立ってないなんて……言っちゃダメ。貴女がいなかったら、あの時ルドルフは命を落としていた……かも知れないのよ。貴女がいてくれて……本当によかったんだから」
「あ、ありがとう、ございます/////」
レベッカの言葉にユリエルが少し頬を赤くして照れ笑いを浮かべている。
「冒険者にとったら『回復』役は神様みたいなもんだ。命の恩人に役に立ってないなんて言う訳ないさ!」
ルドルフも笑顔でユリエルを励まして、皆で笑っていたところで八雲が、
「―――どうする?思ったより早く進んだし、第三階層まで進むか?」
ルドルフに問い掛けると、
「そうだな……レベッカは魔力の方は大丈夫か?」
とレベッカに確認を取ると、コクリと頷いて返すレベッカが、
「この……八雲が造ってくれた……吉祥果、とってもスゴイのよ。以前の杖より消費する魔力が少なくて……中位や上位階級の魔術を……『
「マジかよ……でも俺の貰った焔も、火属性魔術の浸透率が凄いんだよ!だから以前に使っていた槍くらいに込めたつもりの火属性魔術があんなにデカい炎になっちまった」
ルドルフとレベッカは改めて八雲のノワール・シリーズの威力に思わずゴクリと喉を鳴らして冷や汗を感じた。
オーヴェストで『英雄」と呼ばれるふたりだからこそこの武器の扱いを慎重に扱わなければならない、ということを実感しているのだ。
「ふたりならこれからも使いこなせるだろうし、このダンジョンで勘を掴んでくれ。それじゃあ先に進む、でいいのか?」
「ああ!ユリエルも大丈夫だよな?」
「はい!着いて行きます!」
全員のコンディションを確認して、全員で第三階層へ向かう魔法陣を踏んだ―――
―――魔法陣が光に包まれて次に光が晴れた先に現れたのは―――鬱蒼と樹木の生い茂った森だった。
天井もなくなり青空が広がって陽射しまで照らしている。
「此処って……外に出てきたのか?」
八雲が周囲を警戒しながら魔法陣から出る。
「いいえ……あの魔法陣には……確かに第三階層へ、という刻印が刻まれていたわ……だとすれば……」
「この森が第三階層ってわけか……色々なダンジョンに潜ってきたけど、ここまで常識の通じないダンジョンは初めてだぜ」
ルドルフも周囲を警戒しながら進み出ると、八雲が何かの気配を感じる―――
「何かくるぞ!気をつけろ!!」
―――八雲の警戒発信する声に他の三人も周囲を警戒しながら臨戦態勢に入ってユリエルは黒盾=『聖黒』を両肩の左右に展開する。
そんな周囲を警戒している中、ユリエルの聖黒が少し位置を移動したかと思うと、聖黒からキィーン!と金属がぶつかるような甲高い音が聞こえる―――
「―――ユリエル!」
レベッカが思わず声を上げるも、
「大丈夫です!八雲君の聖黒が護ってくれていますから!レベッカさんも注意して!」
その聖黒に直撃した物は一本の弓矢だった。
「弓!?この階層にいる魔物は武器を使うのか!知能があるタイプかも知れないから気をつけろ!」
ルドルフの警告にレベッカもユリエルもさらに周囲を警戒する。
すると―――
―――かなり距離がある位置から次々に弓矢の雨が降り注いでくる。
八雲とルドルフは降り注ぐ矢を武器で弾き飛ばして凌ぐが、このまま攻撃を受け続けていてはジリ貧になるのはこちらだ。
そこで八雲は『索敵』の範囲をどんどん広げて敵の位置を把握しようとするが、千m以内に敵の反応はない……
ようやく千五百m離れたところまで『索敵』することで位置を把握することが出来た。
「千五百m……A級スナイパーかよ……」
―――八雲は内心で以前に漫画で読んだ世界的超A級スナイパーを連想してしまう。
「ルドルフ!敵は千五百m先だ!俺が行ってくるから、それまではこっちを任せていいか?ユリエルの後ろにいれば聖黒が護ってくれる!」
「分かった!こっちは任せろ!八雲も気をつけろよ!!」
この場はルドルフに任せて、身を屈めて自身に『身体加速』・『身体強化』・『思考加速』を発動し、爪先に力を入れると一瞬でその場から掻き消えた八雲を見てルドルフ達は唖然としていた。
「八雲って……本気を出したらどのくらいの力を……持っているのかしら?」
「レベッカ、それはもう気にしたら負けだ……あの『災禍』の時を思い出せ。だが今は八雲が敵を何とかしてくれることを信じて待とう」
呆れ顔を浮かべていたルドルフは改めて表情を引き締めていた―――
―――樹木の生い茂る森林の中を弾丸のように突き進む八雲は『索敵』で敵の位置を把握しながら最短距離を割り出す。
密林の様なこの第三階層では他の魔物には出会っていない。
「おかしい……『索敵』の反応も今のところコイツだけだ。単独であの距離から攻撃してくるなんてどういうつもりだ?」
敵の思いもよらない攻撃パターンに八雲はその真意が読めず、一抹の不安が頭を過ぎった。
そうして超スピードにより千五百mの距離を残り百mまで一気に詰めたところで八雲は腰から夜叉と羅刹を抜刀して左右に構えると、更に速度を上げて木の上にいる狙撃者の前に飛び出す。
だが木の上にあった反応は、いつの間にか土で作られた人形にすり替わっていて勿論だが弓も手にしていない。
「ッ!?マジかよ!―――しまった!」
そう言ったときには遅く、別の角度から八雲の額に向かって飛来する矢が見えて思わず首を傾げて回避するが八雲の頬には矢がかすめた事実が出血を引き起こしていた。
(想像以上に凄腕だ……これまでの階層にいた魔物なんか比べ物にならないぞ)
自分に傷を負わせる相手などノワールや
改めて『索敵』を行うが何故か上手く敵の位置が把握できないことに八雲は今までにない焦りを感じる。
(これは……こっちも腹を括っていかないと……焦れたら負けだ)
そこで八雲は左右の二刀を下に下げて、ゆっくりと瞳を閉じた。
八雲の脳裏に流れ込む周辺の情景―――
―――周辺の樹木の僅かに揺れる音
―――地面の土を這う虫の動作
―――木々の木漏れ日の間に咲く花の花弁が散り落ちる音
この森の八雲の周囲で起こる事象すべてを把握する技―――
「九頭竜昂明流八雲式・体術
―――『
―――八雲を中心にしてすべての事象を把握するために呼吸を整えて気を充実させ、そして全方位へとその気をどこまでも伸ばしていくように操作して自分自身をレーダー網にする『伊吹』からは文字通り蟻の一匹までもが八雲に把握されていく。
『伊吹』の神髄は周囲を把握すると同時に自身も周囲に溶け込み一部となること―――
―――敵は急に気配の消えた八雲を捜索するために必ず動きを見せる。
膨大な集中力を用いて、そうなるように誘い込むこの技の特性のひとつなのだ―――
―――そして八雲の読み通り気配の追えない八雲を探すために自らその姿を現した敵を感知して、周囲に溶け込んだまま『身体加速』で接近する八雲。
そして振り上げた夜叉の一刀目をその手にもつ弓で事も無げに受け止めたことに驚かされた八雲だったが、その一合目から一旦距離を置いて離れてその敵の顔を見た瞬間―――
「―――アリエス?!」
―――八雲はその場で思わず叫んでしまった。
いつも見ているメイド服に白いエプロン姿、スカートは何故か短くなっているが頭にホワイトブリムは着けていない。
体型までアリエスとほぼ同じで、よく知っている胸の大きさまで同じだ。
しかし髪はアリエスの美しく長い銀髪とは違って肩よりも短く揃えられ闇夜に輝く満月のように黄金色だった。
だが斬り合いの中、距離を取って此方に向けられた顔は紛れもなくアリエスの顔だったことに八雲の思考が混乱を来たす。
しかしそこで目の前の女は―――
「貴様……何故アリエスのことを知っている?貴様は一体誰だ?」
目の前の美少女が八雲に向かって、アリエスと同じ声だが低い声で問い掛けてくる。
「俺は九頭竜八雲だ。冒険者の仲間と、このバルバール迷宮の探索にやって来た。お前こそ誰だ?」
「……俺はサジテールだ。まだ質問に答えていないぞ。お前はどうしてアリエスを知っている?」
(サジテールだって!?たしかサジテールと言えば……)
「お前が序列02位のサジテールか」
八雲のその答えに一瞬でサジテールは弓に矢を番えてその矢を八雲に向けていた―――
「俺は黒神龍の御子―――黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンの御子だ」
「なに!?」
弓を構えたサジテールは驚いた顔をして、それでも辛うじて八雲に弓矢を向けたまま警戒は解かない。
「お前、どうしてこんなところにいるんだ?」
「……」
八雲の質問にサジテールは沈黙を続ける―――
―――これが