目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第88話 英雄の武器、聖女の盾

―――恨み節の視線を送って来る三人のことは一旦置いておいて夜叉と羅刹を構えて蠅の軍団と対峙する八雲。


自分達の溶解液が八雲には効かないと理解したようで蠅軍団は空中を飛び回る動きを変える―――


今までは溶解液を空気中に霧散して散布するだけだったが、今は蠅の行動パターンとも言える獲物の周囲で円を描くような動きで八雲の周囲を飛び回っている。


その動きに八雲は内心で自分の作った料理に集ろうとする蠅のことを思い出して不快以外の何物でもない。


「蠅といえば、やっぱりあれか」


そう呟いた八雲は一旦夜叉と羅刹を鞘に戻して『収納』から黒神龍の鱗を一枚取り出すと、『創造』の加護を使って鱗の形を変形させていく―――


そんな様子を見ていたルドルフ、レベッカ、ユリエルは驚愕していたが、やがてユリエルが八雲の手に握られたその創造物を見てさらに驚いた。


「まさか……それって―――蠅叩き?」


自らの身体を両手で隠しながら八雲の手に握られたそれを見てユリエルは呆れ顔に変わっていく。


八雲の手に握られたその武器は―――




黒蠅叩き、銘を……ハエ叩きとしか言いようがない……


―――柄の部分がおよそ二m、先の部分は八十cmほどの四角い格子状の網型になっている巨大な蠅叩きが完成した。




「―――それじゃあ叩き落とすか!」


思い切り蠅叩きを振り被ってフルスイングで目の前の蠅を叩き落とす八雲―――


「フッ!―――ハッ!―――ホイッ!」


―――ビシッ!バシッ!と次々に蠅叩きの餌食となっていくキラー・フライ達は、その形状に本能的な恐怖を感じるのか必死にそれを回避しようとするが『身体加速』で高速化した八雲の蠅叩き捌きに逃げきれず次から次へと撃ち落とされていく。


そうして―――


―――漸くすべてのキラー・フライが叩き落とされて辺りは静寂に戻っていった。


「いやぁ~大変だったなぁ~」


良い汗かきました!と言わんばかりの笑顔で振り返る八雲の目には今もなお怨念の籠った視線を向けてくる三人がいる……


「ああ、いや、その、ほんとゴメンて!あ、そうだ!―――お詫びに俺が装備を造るから!」


「―――八雲が?その蠅叩きみたいにか?」


「そうそう!ノワール達も、あのラルフも俺の造った武器を使っているんだ。三人にも造るよ!」


「それは、スゲーありがてぇんだけどよ……」


「―――ん?どうした?」


するとルドルフの隣でワナワナと震えていたユリエルが―――


「いいから早く着る物を出してぇ―――!!!/////」


と爆発したのだった……






―――八雲は通路の高さを土属性魔術で変形させて高さを上げてスペースを作り、一旦キャンピング馬車を通路に出して着る物を用意し、まずは女性ふたりに先に入ってもらう。


ふたりが上下にジャージのような服を着ると、次にルドルフがジャージを着た。


「はあ~ようやく落ち着いたぜ……まさか丸裸にされるダンジョンがあるとはな」


「―――今までそんなダンジョンなかったのか?」


溜め息を吐いたルドルフに八雲が尋ねるとルドルフは横に首を振りながら、


「トラップの多いダンジョンもあるが服や装備だけ溶かす能力のある魔物なんて聞いたこともねぇ。あのキラー・フライに似ている魔物も、やっぱこのダンジョンオリジナルなんだろうな。普通のキラー・フライにはそんな能力ねぇからな」


「実際ダンジョンの奥で丸裸になったら精神的な不安も半端ないだろうし、あいつ等はああやって獲物を混乱させてから襲って喰うんだろう」


「でも……八雲がいてくれて……本当に助かったわ」


「そうだな。俺達だけじゃ、たぶん丸裸のまま全力で逃げるしか出来なかっただろうし」


レベッカとルドルフからそこまで言われると八雲も少し照れ臭かったが、何故かユリエルはずっと八雲を睨んでいた。


「あの~……いい加減機嫌直してくれませんか?ユリエルさん」


「ううっ……八雲君……見たよね?/////」


「エッ?な、なんのことかな?」


ユリエルが言っているのは自分の全裸を見ただろうという意味だとすぐに理解した八雲は、すっ呆けてどこか遠くに視線を移した。


「とぼけないで!絶対見た!ガン見してた!!/////」


「ガン見はしてねぇよ!ただ『思考加速』でゆっくりと……あ」


「ほら!やっぱり見てたんだ!!!ううっ……もうお嫁にいけない……/////」


「え?修道女だよね?結婚出来んの?」


八雲の疑問にレベッカとルドルフが首を傾げる。


「八雲?……修道女が結婚しちゃいけないなんて……そんな規則も……教義も……ないわよ?」


「―――エッ!?そうなの!?」


レベッカの話しに驚いた八雲は自然とルドルフに視線を向けると、


「ああ。そんな決まりはねぇよ。教会にいる修道女達も教会のお勤めを終えたら普通に家庭に帰っていくぜ?そんな操立ててばっかりいたら田舎の教会とかすぐ人がいなくなって廃墟だぞ」


まさかルドルフに現実的な指摘を受けて愕然とした八雲だが『シスター=神と結婚』という固定概念に捉われていた八雲は、改めてここが異世界なのだと痛感する。


するとレベッカがユリエルの肩に手を置いて、


「それじゃあ♪……八雲には……責任……取ってもらわないとねぇ~♪」


ニタリとした笑みを浮かべたレベッカの言葉に八雲は背筋がゾクッとする感覚に襲われる。


「だからと言って修道女はみだりに肌を見せないわ……だから……それを見た人は……責任を取る必要が……あるわよね?ユリエル」


このレベッカの言葉が八雲の胸に飛び込む切掛けを作ろうとしてくれているのは、ユリエルにはすぐに理解出来た。


『あとは覚悟だけ』


浴室でそう言ったレベッカの言葉が頭を過ぎると―――ユリエルは立ち上がって、


「―――や、八雲君!!/////」


「お!おお……なんだ?」


スゥ~ハァ~と深呼吸したあとにドキドキと早鐘を打つ胸を押さえながらユリエルは八雲の胸にドン!と飛び込んでいき、その勢いを抱きしめて止めた八雲の黒い瞳をただ一点見つめて―――


「責任……取ってくださいね/////」


―――上目遣いでそう告白した。


突然のことに八雲は思わずレベッカとルドルフを見ると、ふたりともフン!フン!と顎を前に振る様にして『行け!』『返事しろ!』というジェスチャーを繰り返している。


「ダメ……かな/////」


潤んだ瞳の金髪美少女シスターに上目遣いでそう言われて八雲の理性も一気に『……尊い』という結論に振り切れてしまい、


「わ、わかった。だけど、地上に戻ってから聖法王猊下にもちゃんと話さないとな」


辛うじてそう答えるのがやっとだった……


その返事にユリエルは涙目ながらも満開の花のように笑顔を咲き誇って、


「うん!ありがとう八雲君/////」


さらに八雲をある意味魅了するのだった―――






―――それから三人の失った装備を新調することになり、その製作を検討する八雲とルドルフだったがその間にユリエルがそっとレベッカに近づく。


「あの―――レベッカさん。さっきはその……切掛けを作って頂いてありがとうございました/////」


するとレベッカは優しい笑みを浮かべながら、


「いいのよ……それに、勇気を出して告白したのはユリエルだもの……まぁ少し脅迫も入っているけど……」


「うっ!確かに脅迫かも……私、好きとも言ってないし、八雲君にも好きって言ってもらってなかった……ああ、神よ、お許しください……」


肌を見たから責任取ってと脅迫染みたことを言ったが好きとも嫌いとも話していないし八雲の気持ちも確かめていない。


よく考えればとても中途半端なことにユリエルは気づき思わず神に祈る。


「うふふ……大丈夫よ。八雲が聖法王猊下に……話すと言うくらい覚悟をしているんだもの。嫌いならそんな命知らずな真似……しないわ」


「そう……ですよね♪……エヘヘッ/////」


そうしているうちに新装備の方向性も決まり八雲が『創造』を開始する。


まずは三人の服がなくなったので八雲の着ている服と同じ素材で、しかも『物理攻撃耐性』『魔法攻撃耐性』と更には八雲と同じ『自動障壁生成』の付与までして服を仕立てた。




ルドルフには―――


筋肉ボディーに沿ってピッタリしたスーツに黒いジャケット、パンツとブーツにも同じ付与がされた黒い上下で、ジャケットには八雲と同じような金の刺繍が鏤められている。




レベッカには―――


我が儘ボディーに沿って綺麗なボディーラインの浮かぶピッチリしたレオタード風のスーツの上からルドルフと同じ黒いジャケット、下はスリットが切れ込んだ長めのチャイナドレス風の黒いスカートで、足にはブーツ、さらに上から羽織れるようにこれも防御系の付与をした黒いローブを渡した。




ユリエルには―――


全裸にされたときに見えた抜群のプロポーションボディーに沿って、ピッチリ貼り付くようなレベッカと同じスーツの上に、同じく黒いジャケットと下はショートパンツタイプにしてブーツも造った。




三人にはそれらと合わせて手甲と、ブーツの上から装着できる足甲を取り付けてもらう。


さらに薄くて軽いが世界最硬という胸当ても渡し、ジャケットの下のボディースーツの上に纏って、心臓周辺の攻撃を防御する。


「まあ防具としてはこんなもんか。次は武器だな―――」


すると八雲は『収納』から黒神龍の鱗を取り出して、『創造』の加護を発動すると―――




―――黒十文字槍、銘を『ほのお


「十文字槍」とは、穂に鎌の刃のような枝が出た槍の中でも、十文字の形になっている物をいう。

この『焔』は真横に刃の枝が突き出ていて、槍の穂全長は四十cm、柄は全長二百cmとなっており、またその穂には紅い宝石が埋め込まれていて、火属性魔術の強化補正が付与されている。




―――漆黒杖、銘を『吉祥果きちじょうか


黒神龍の鱗で『創造』された黒い杖で膨らんだ頭の部分には火・水・土・風・光・闇とぞれぞれの属性魔術の強化補助となる宝玉が埋め込まれ、柄の長さは百七十cmあり、柄にはグリップも造られていて女性のレベッカでも握りやすい造りとなっている。

八雲の『創造』の中でもかなり魔術補助に力点を置いた武器であり、ドワーフの工房で貰った上質の魔法宝玉を用いた仕様になっている。




―――黒盾、銘を『聖黒せいこく


黒神龍の鱗で出来た正真正銘、世界最硬の盾。

形は横幅六十cm、縦の長さ百cmの肩から膝くらいまでカバーする縦長の菱形に近いカイトシールド型をしており、所有者の左右にひとつずつ合計二枚の盾が自動で浮遊し所有者を防御する。

接近する危険物には物理攻撃でも魔法攻撃でも自動追尾して所有者を完全防御する仕様になっている。




それら新たな武器、槍はルドルフに、杖はレベッカに、そして盾は所有者をユリエルに情報入力インストールした。


「お、おい、八雲。こんなスゲー槍、ほんとに貰ってもいいのかよ?」


「そうね……こんな最高級の杖、いくらなんでも……貰うわけには……」


「私には勿体ないよ!八雲君!こんな凄い盾貰えないよ!だって浮いてるんだよ!」


もはやユリエルは八雲の言った通り敬語はやめたようでなによりだが三人があまりに恐縮するので、


「言っとくけど、誰にでもポイポイとあげてるわけじゃないんだからね!」


と何故かツンデレ口調でそっぽを向いてみたが、同じ日本から来たユリエルにすら通じていないようでかなり恥ずかしい気分になった。


八雲は気を取り直して―――


「ン!ンンッ!―――まぁ要は俺が認めたヤツにしか武器も造ってやらないし、渡したりしてないってこと!そんなこと言わすなよ……」


最後に少し照れた八雲に、三人は顔を突き合わせて、吹き出して笑うしかなかった―――






―――それからキャンピング馬車から外に出て、それぞれの武器について八雲が説明していく。


「ルドルフの槍は十文字槍といって穂の部分が十字になっている。魔法石を取り付けてあるから火属性魔術の強化補正がある。丈夫さは黒神龍の鱗製と言えばわかるだろうし、あとは使って慣れるしかないだろうけど直して欲しいところがあったら言ってくれ」


「これ国宝級の武器だぞ……使うことが恐れ多いレベルなんだけど?」


「次にレベッカの『吉祥果』は魔法に特化した杖でシャフト部分は黒神龍の鱗製だから折れることはないし、頭の部分には六属性系統の魔法石全部埋め込んでおいたから。魔術補助については、かなり強力にその能力を発揮してくれるはずだ」


「これって……売ったら……いくらくらいかしら?」


「おい、子供達のためでも簡単に売るなよ?」


「その『吉祥果』って、変わった御名前だけど……意味はなんなの?」


「ああ、話すとちょっと長いんだけど、俺の国の女神に鬼子母神って女神様がいるんだけど、元々は鬼女なんだ」


「鬼女の……女神様?」


「うん。その鬼女は千人の子供がいて、自分の子供達は可愛がっていたのに、他人の子供を食べるんだ」


「……」


子供を食べるという件でレベッカが顔を顰める。


「でもそれに罰を与えようと神様が、鬼女の一番可愛がっている子供を隠すんだ。そのことを知って嘆き悲しむ鬼女に神様はこう告げた。『汝は千人中、唯一子を失うにさえ悲嘆にくれているのに、その汝に子を食われた親達の胸中は如何ばかりのものか』ってね」


レベッカもユリエル、ルドルフのふたりもその話しに聞き入る。


「そうして神様の言葉に改心させられた鬼女は子供を返してもらうと神様に教導してもらって教えを受け、後に安産と保育の女神となる。その女神様が手に持つのが『吉祥果』―――つまり柘榴のことなんだ」


「安産と……保育の女神様……なんだか……とても深い話ね。でも、良い名前だわ」


「私、そんな神様がいたなんて知りませんでした」


「ユリエルは海外出身だったんだろ?」


「ええ、そうでしたけど日本にも長くいたのに初めて知りました」


「ん?二ホン?それはどこかの国の名前か?」


ルドルフの質問に八雲はまだ日本のこと、異世界から来たことはややこしいのでいまは黙っていようと判断した。


「いや、それはあんまり気にしないでくれ。それよりも皆一度この通路で使い心地を確かめてから進もう。ぶっつけ本番は怖いからな!」


八雲が気にするなと誤魔化すならきっと知られたくないのだろうと察したルドルフとレベッカからは、もうそのことについて訊かれることはなかった。


そうして通路でそれぞれの武器や防具の具合を確かめる三人。


ユリエルには八雲が小石を投げてみて『聖黒』の反応速度などを検査するが、最後には八雲の力で剛速球を投げつけても軽々と防いでいたので問題ないと判断した。


「―――い、いまのはかなり怖かったよ!八雲君!!」


段々と聖女様の扱いが雑になりだしていることをルドルフもレベッカも察してはいたが、ユリエルも初めて会った時より活発になり始めているので黙って見守ることにした。


「―――それじゃあ第二階層の階層主を目指そうか!」


八雲の掛け声に他の三人も笑顔で声を返していた―――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?