―――第一階層の通路に現れたダンジョン・リザードマンの集団は見たところ二十匹が現れた。
「オラアアア―――ッ!!!」
そのリザードマンに手に持った槍に炎を纏わせながら突撃するルドルフ―――
―――先頭辺りにいるリザードマンの胸を一突きにして魔物が炎に包まれる。
その後ろから別のリザードマンが棍棒を片手に振り被りルドルフに向かって突進する―――
―――ルドルフは手に持った槍をくるりと反転させて、石突を二匹目の鳩尾に正確に打ち込み撃退する。
そうして膝を着いたリザードマンの脳天から槍の穂を打ち下ろして頭を真二つに裂いた―――
―――そして、
レベッカは既に発動していた
―――ルドルフが次の獲物へと向かっていくと手元の《火球》を発射してルドルフの後ろに回ろうとしていたリザードマンに命中させた。
《火球》が命中して一気に炎に包まれるリザードマンの炎の灯りが辺りを激しく妖しく照らしていく―――
―――ルドルフの動きに合わせて《火球》を発射するレベッカ。
彼方此方にリザードマンの焼死体が転がっている状況になっていった―――
その光景を目の前にして固唾を飲んで見守っているユリエルと―――
(へぇ~!あのふたり綺麗な連携を取るなぁ。長年コンビを組んで来たんだろうな)
―――などと八雲は英雄ふたりの抜群のコンビネーションと攻撃の切れの良い動きに感心していた。
目の前の戦闘に恐怖を感じていたユリエルには一匹のリザードマンも接近することなく、八雲も特に手を出すこともなくリザードマン達は掃討されてルドルフとレベッカは息を切らすこともなく戻ってきた。
「―――第一階層からいきなりリザードマンとはなぁ」
「うん……この先の相手には……注意して行こう」
ルドルフとレベッカの会話に八雲が素朴な疑問をぶつける。
「他のダンジョンならリザードマンはどこら辺の階層に出てくるものなんだ?」
「ん?そうだなぁ……此処もだがダンジョンってヤツはそれぞれ難易度や出てくる魔物も違ったり、魔物は殆ど出ないけどトラップばっかりのダンジョンなんかもあるんだ」
「だから……そうね、一概には言えないけど魔物の出るダンジョンで……第三階層くらいから……だと思う」
ルドルフとレベッカの経験から出された答えには八雲も信憑性を疑うことはなく、そうなるといきなり標準的なダンジョンの第三階層から始まるのがこのバルバール迷宮だと感覚的に理解した。
「あ、あの、おふたりとも、お怪我はございませんか?」
そんな中、戻ってきたふたりの身体を心配するユリエルにルドルフとレベッカは笑顔を向けながら、
「おう!大丈夫だぜ!聖女様」
「心配してくれて……ありがとう……とっても可愛い♪」
どうやらレベッカは心配顔しているユリエルの可愛さを気に入ったようだった。
そっとユリエルを抱き寄せると、その形の良い胸の中で「いい子いい子♪」と頭を撫で始めた。
「ああ~あれが始まると長いぞ」
―――顔を顰めながらルドルフが呟く。
「え?そうなのか?」
「ああ。レベッカには俺もラースもガキの頃からずっと子供扱いでな……今でも油断してると俺達もすぐあれをされるんだ……」
レベッカはエルフで長命のため、ルドルフとラースが子供の頃からその美しい姿は変わっていない。
「―――なにそれ?羨まけしからん!」
「八雲も……して欲しいの?」
「―――いや、公衆の面前ではお断りします」
ペコリと頭を下げて辞退する八雲の態度に―――
「可愛くない……」
―――と呟いたレベッカだったがそのやわらかい胸の中のユリエルは、
「ぷはぁ!―――レ、レベッカさん!その、此処はダンジョンなので!その、ありがとうございました/////」
「うん……ユリエルは、いい子……男の子は大きくなったつもりで……すぐ恥ずかしがる」
「いやもうホントに大きいですしっ!―――25歳ですしっ!」
ルドルフが声を荒げて反論するが、どうやら母性本能的な偉大な何かがレベッカを突き動かすのだろうと勝手に納得して八雲は進もうと声を上げた―――
―――それから、リザードマンの襲来が何度か続くもルドルフとレベッカの攻撃で完全に討伐されていくので、ユリエルも八雲も出番はなかった。
時々リザードマンが宝石をドロップしていたが、それは普段おっとりしているレベッカが電光石火の動きで回収して回っていた……
ダンジョンと言っても曲がり角はあるが分かれ道はなく、魔物を討伐しながら進んで行くと岩と土の通路の先に重厚な大きい金属の扉が見えてきた。
その扉には―――
【第一の階層の主に臨むならば死を覚悟せよ。勝利した者の前に第二の道は開かれん】
―――とプレートに刻まれていた。
「……いやあ、ベタな階層主の扉だなぁ」
「おい八雲、もう少し緊張感を持ってだな―――」
「―――本音は?」
「なにこの台詞!超ハズイんですけど!プップゥ―――ッ!」
八雲とルドルフの掛け合いにレベッカとユリエルは呆れ顔で見つめている。
「ンッ!ンン!!……さあ、此処が階層主の扉だ!皆!準備はいいか!!」
「さっきのあとに今さら取り繕っても意味ないだろ?」
「そこ!八雲君!煩いよ!パーティーは皆の結束力!チームプレイが大切なんだ!」
「……いいから……扉、開けて」
ジト目のレベッカに言われてバツの悪くなったルドルフが、
「サーセン……」
と言いながら扉をゆっくりと開いていく。
開かれた扉の中は―――
―――今までの通路と違い石造りの広大なドーム状の広間で壁には、魔法石で作られた無数の照明ランプが壁に掛けられて二十mはある高さの天井まで照らし出されている……
そして広間の中央には―――ベヒーモスのような巨大な体躯に頭と背中には剣山のような無数の棘がついた魔物が鎮座していた。
「なんだ?あんな魔物いるのか?」
「いや……通路にいる魔物は外にもいる魔物と同じ姿をしていたが迷宮の階層主は此処だけにしかいない魔物だ」
「見た目は……ベヒーモスに似ているけど……」
「なるほどな。つまりはダンジョンオリジナルって訳だな」
「ですが、あの背中の棘って飛んで来たりしませんよね?」
「あ、ユリエル……それフラグ―――」
―――八雲がツッコミを入れると同時に階層主の背中の棘が噴射音のようなものと同時に一斉に浮き上がり、周囲へと弾丸の如く発射される。
『身体加速』『身体強化』『思考加速』を発動した八雲は『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を取り出して鞘走りと同時に二刀で高速の斬撃を繰り返し、ユリエルへと迫る棘の噴射砲を目に見えぬ速度で次々に斬り堕としていく―――
―――その横ではルドルフが炎槍を回転させ、レベッカに撃ち込まれてくる棘の噴射砲を叩き堕とした。
しばらくその攻防が続いたところで階層主は立ち上がって噴射砲を止めた。
「大丈夫か?ユリエル」
「は、はい。ありがとうございます八雲君」
怪我がないのは当然分かっていた八雲だがユリエルは護ってもらえて、またその刀の動きがまるで見えなかったことに驚きと同時に自分を護ってくれている姿にドクンッ♡ と胸を打つ何かを感じていた。
「―――大丈夫ならルドルフを見てやってくれないか?」
「はい……エッ?ルドルフさん!?」
胸の鼓動に一瞬呆けていたユリエルだったが、八雲の言葉ですぐ正気に戻ってルドルフを見ると―――
「ウグッ……痛ぅう!!ちくしょう!二発も喰らっちまうとはなぁ……」
右脇腹と左足には階層主の白い噴射砲の棘が刺さり、両方とも後ろ側に貫通していた。
「―――ルドルフ!!!」
普段は冗談を言い合っているレベッカも、さすがにこの状況では冗談など言っていられない。
慌ててルドルフの元に駆け寄って膝枕に頭を乗せてやる。
「すぐに『回復』を!!!」
同じく駆け寄ったユリエルも傷の深さに思わず、ウッ!と唸ってしまったがすぐに『回復』の加護を掛けていく。
しかし―――
「このまま『回復』したら棘が体内に刺さったまま癒着してしまいます。ですから……ひとつずつ抜いて、すぐに『回復』を掛けるという方法しかありません」
「ゴホッ!ゴボッ!!……か、かまわねぇから、ひとおもいに、やってくれ……は、腹から頼む。血が上まで昇ってきて、苦しいからよ」
吐血しながら笑ってそう言ったルドルフだが、顔からは血の気が引いて青ざめている。
「分かりました!いきます!」
次の瞬間、ユリエルは一気にルドルフの脇腹を貫いた白い棘を引き抜いた―――
「ウゴオオオオ―――ッ!!!アアア!!―――ハァ、ハァ、ゴホッ!」
―――引き抜くと同時に大量の鮮血がユリエルに飛び散って降り注ぐが、ユリエルはこの手の大怪我の治療には長年の経験で慣れているため顔色ひとつ変えずにすぐ『回復』の加護を発動する。
「ウグウウゥ―――ッ!ハァ、ハァ、ああ、少し……ずつ……痛みが引いてきた」
『回復』の光を受けた傷口は見る間に再生を始め、すでに抉られた内臓と筋肉まで元に戻り出していた。
その状況を確認した八雲は正面に向き直って階層主を見る。
すると階層主は―――
まるで弱者を、生きるために足掻いている人間の姿を見下すかのような目で此方を見つめていた。
「……気に入らねぇな。その眼」
そんな不遜な態度の階層主に対して八雲は階層主だけを対象とした強烈な『威圧』を浴びせる。
【HUGOOO―――ッ!!!GUHUU―――ッ!!!】
その八雲の殺意の塊とも言える『威圧』を浴びて階層主は一気に興奮状態となり、目の前の八雲を踏み砕くことしか考えられないといった様子だ。
八雲の『威圧』は相手によってはターゲットを自分に向けさせる効果にもなる。
それを利用して八雲は治療中のユリエルとルドルフから遠ざけるため、少しずつ横に歩き出して徐々に階層主との距離を詰めていく。
階層主も八雲に視線を向けたまま八雲の動く方向に自身の向きを変えていき、そして駆け出していた―――
―――やがて距離が詰まりお互いの間合いにまで接近した瞬間、
階層主が鼻の先にある角を突き出して突進の勢いで八雲を串刺しにしようと狙う―――
―――だが『身体加速』『思考加速』を発動している八雲にはそんな角の直線攻撃などスローモーションのような動きでしかない。
横に逸れて回避する八雲に階層主はついていけず、そのまま走り過ぎた後に再び向きを変えたところで背中の無数の棘を噴射砲で発射する―――
―――それを見て八雲は地面に夜叉を突き刺して、
「―――
上位土属性魔術の《鉄陣障壁》を発動して地面から鉄板の壁を構築すると階層主の棘はすべて鉄の壁に阻まれ、高い金属音を立てて弾き返されていく。
攻撃の通じなくなった階層主は怒り心頭といった様子で《鉄陣障壁》に体当たりするため突撃してくる―――
―――だが八雲は逃げることもなく鉄壁の反対側で鉄壁に両手をペタリと突けると目を瞑り、階層主との距離を感じ取っていた。
八雲が逃げずに鉄壁の後ろにいると感知している階層主は鉄の壁ごと八雲を吹き飛ばして、その後に踏み砕こうと画策して鉄壁に衝突するまさにその時―――
「―――
―――グシャリッ!!!と何かが潰れるような、物に何かが突き刺さるような音がしたかと思うと鉄の壁から突き出された無数の棘に、自ら突撃して突き刺さっていった哀れな階層主がいた。
【GYUHAAA―――ッ!!!】
悲痛な階層主の叫びが大広間全体に響き渡る―――
「どうだ?自分の得意な武器と同じ武器に貫かれた感想は?」
―――八雲は鉄の壁の上から見下すようにして階層主を睨みつけていた。
そのとき―――
迷宮の力が生んだ第一階層の階層主にとって味わったことのない感覚……
矮小な生き物だと思っていた人間に上から見下され、いまもなお『殺気』を浴びせられる感覚……
当然この迷宮が五階層まであると知られている以上、一度はこの階層主も倒されて再び復活した存在ではあった。
しかし復活してこれまでに訪れてきた人間のパーティー二十三組、総勢百二十五名を葬ってきた当代の階層主にとって目の前のたったひとりの人間に教えられたその感覚―――
そう、それは―――【 恐怖 】だった。
階層主の中では今初めて生まれたこの感情をどうすればいいのか分からない。
―――だが答えだけは決まっていた。
【逃げる】
恐怖を知った生物が最も次に優先して行うこと―――
―――それは生への渇望。
ただ生き残れるためならば敵前逃亡も当たり前、元々が高い知能や感情を持たない魔物なのだ―――
―――むしろ本能に忠実だと言ってもいい。
そんな魔物が【恐怖】を覚えたとき、考えるのは逃走と生存本能しかないのだ―――
鉄壁の棘に刺さった胴体、肩、前脚を強引に抜き去ると傷口から鮮血が噴水のように吹き出してきたが階層主にとってはそんなことよりも逃げることが一番だ。
―――だが、そんな階層主に八雲は追い撃ちを掛けないでいる。
「―――もう大丈夫なのか?」
鉄壁の上から動かない八雲が声を掛けると―――
「すまねぇな……時間を作って貰っちまって」
―――そこには先ほどまで怪我の治療を受けていたルドルフが階層主の前に立ちはだかっていた。
「トドメは任せても?」
八雲がそう問い掛けるとルドルフは口元に笑みを浮かべながら―――
「―――当然だぁあ!!!」
そう叫ぶが早いかルドルフの手にもった炎槍が激しい炎を纏う―――いや、その炎にルドルフが飲まれ、その身に纏っていく。
「ウオオオオ―――ッ!!!いくぞぉお!!!
―――『
そうして駆け出したルドルフは一瞬で加速して階層主目掛けて飛び込んでいくと、横を向いて避けようとする階層主の左肩から右脇腹に向かって炎の塊が貫いていった―――
プシュウッ!と肉の焼ける匂いが辺りに立ち込めると身体に大きな風穴の空いた階層主はゆっくりとその場に横に倒れ、黒い塵となって消えていく―――
―――あとに残ったのは、
両手を広げたくらいの大きさになる巨大な蒼い宝石だった―――
「よっしゃ!―――まずは第一階層突破だ!」
―――勝鬨を上げるルドルフの姿に八雲とレベッカにユリエルも少し呆れた顔を浮かべる。
しかし三人ともやはり最後は笑みを浮かべ合うのだった―――