「―――ちょ、ちょっと待って!マジ!?」
ユリエルが八雲に思わず前世の女子校生の記憶でノリのツッコミを入れてくる―――
チョイチョイと肩を叩かれて八雲がユリエルに身体を寄せると、
「―――ちょっと八雲君!わたくしもダンジョンに行くのですか?わたくしダンジョンなんて行ったことないんですけど?」
「心配するな。俺もない。それに日本じゃダンジョンなんて体験出来なかっただろ?ちょっと面白そうだし」
「八雲君はゲームとかしていたかも知れませんが!わたくしはそういうの、あまりしたことありませんでしたし……」
「これも第二の人生経験だと思ってやってみようぜ」
この二日間ほどでユリエルも随分と八雲に慣れてきており、同じ日本からこの世界に来たことが八雲に親近感を生んだことで話し方も随分と変わっていた。
「ウグッ……分かりました。でも、怪我には気をつけて下さいね?」
「グハッ……尊い……」
「もう!―――真面目に聞いてください/////」
少し頬を赤らめて怒るユリエルを、まあまあと宥めてからルドルフとレベッカに向き合う。
「ゴメン待たせた。それで、ダンジョンに行くのに何が必要だ?」
「―――本気で行くのかよ?お前、もうすぐ戴冠式だろ?」
「ああ、それまでには戻ってくるよ。無理するつもりもないしな」
「ハァァ……どうするレベッカ?」
「私は別に……かまわないけど……」
レベッカの意見を訊き、肯定が返ってきたことでルドルフはもう諦めてパーティー結成を決心した。
「よし!分かった!それじゃあ、まずは冒険者ギルドへ行くぞ」
「―――ギルド?」
八雲が不思議そうにして訊き返すと、
「当然だろ?ダンジョンに潜るってちゃんと申請しておかないと戻ってこられなくなったら行方不明になっちまうだろ。だからダンジョン申請しておいて、帰ってこなかったら捜索隊が組まれるってことだよ」
「なるほどなぁ。それじゃあ行こうか」
こうしてカフェの向かいにある冒険者ギルドに四人で向かうのだった―――
―――冒険者ギルドのロビーに入って、
「なんだか銀行みたいですね……」
「―――やっぱりそう思うよな?」
ユリエルの感想に自分も初めて来た時はそう思ったとガッツポーズをしながら懐かしく思う八雲だったが、そこに声を掛けられる。
「―――アアアッ?!や、八雲さん!いえ黒帝陛下!?どうしてこんなところに!?」
声の主は八雲の専属サポーターであるエディス=アイネソンだった。
「久しぶりだな、エディスっていうか自分の職場をこんなところ呼ばわりはどうかと思うぞ?」
「そんなことはどうでもいいですから!」
「―――ほう?自分の職場をどうでもいい扱いとはな。荷物を纏めるか?田舎に帰る準備は出来たか?母親への手紙は送ったか?」
「ゲェッ!?―――ギルド長?!」
「自分の上司の顔を見てゲェッ!とは良い度胸だな?エディス」
「ズビバゼン……」
もう泣き顔に変わっているエディスは無視してルドルフがギルド長サイモン=フェルプスの前に出る。
「サイモン、これからダンジョンに潜りたいんだが?」
「ダンジョンに?どこのダンジョンだ?」
「バルバール迷宮だ。ここにいる四人で潜る」
「レベッカは分かるが……黒帝陛下も一緒に行くのか?あとそこのシスターは……ゲェッ?!こ、此方の方は……もしや……聖女様では?」
(あんたも「ゲェッ!」って言っちゃってるじゃん……)
と思いながらジト目でサイモンを見る八雲だがユリエルが丁寧にお辞儀をして、
「あ、初めまして。フォック聖法国より参りましたユリエルと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ……って、ルドルフ―――ッ!!!何を考えてんだぁ!お前これ下手したら外交問題にまで発展し兼ねないぞ!!!」
「―――いや、俺じゃねぇよ!八雲が一緒に連れて行けって言うから!!!」
ルドルフの胸座を掴んでサイモンが揺さぶる姿を見て、
「ああ、俺がユリエルと一緒にパーティーに入りたいって言ったんだよ」
八雲が申し訳ないと思い助け舟を出す。
「こ、黒帝陛下!貴方も貴方ですよ!立場を考えてください!もうすぐ戴冠式でしょ?」
「それまでには戻ってくるから。ユリエルもダンジョン行ったことないって言うしさ」
「そんな街中でデートに誘うみたいにダンジョンに誘わないで頂きたい!!しかもフォックの聖女様だなんて、聖法王猊下に知られたら国際問題ですよ!」
「大丈夫だ……たぶん……」
「いま最後に、たぶん……て、言いましたよね?言いましたよね!」
「細かいこと気にすると禿げるよ?ギルド長」
「断じて禿げてない!ウウゥ!……ハァ……もう何を言っても無駄ですね……よし、エディス。あとは任せた」
「―――ちょ、ちょっと!待ってくださいよ!ここで丸投げですか!?」
するとサイモンはエディスの両肩にドカッと両手を置いて、覗き込むようにしながら告げる。
「私は優秀なサポーターである君なら、この難局をしっかりとサポートできると信じているのだ。だから、あとは任せた」
「―――それ絶対何かあったら私の責任になるヤツ!!!」
そんなエディスの叫び声を聞こえない振りして自分の執務室に戻っていくサイモン。
「それじゃあ申請するからよろしくな!エディス」
「ウウウ……もう国に帰る!」
泣きっ面のエディスをユリエルは苦笑いで見守っていた……
―――そこからダンジョンの探索メンバーが大物揃いなため冒険者ギルドにある談話室のひとつを借りて、そこに移動する八雲達。
諦めた顔のエディスと八雲にユリエル、ルドルフとレベッカが机を囲むと、まずはエディスから―――
「それで……どちらのダンジョンに向かわれるのですか?」
「バルバール迷宮だ」
「バルバール迷宮ですか……確かに皆さんのLevelを考えますとそうなりますかね。あ、そうだ!聖女様は冒険者ギルドに登録されてはいませんよね?」
「いえ、一応登録はしてあります。聖法王猊下と国々を周る巡礼に出た際に、何かと身分証明になるからと」
そう言ってユリエルはギルドカードを提示してきた。
「おお!レッド・カードですか!その若さでLevel30代なら十分凄いですよ!」
エディスに褒められてユリエルは少し照れた表情を見せる。
「他の方達は全員ブラック・カードなので確認するまでもありませんね……」
「え?八雲君、ブラック・カードなの!?」
そこでユリエルが驚いて八雲の顔を覗き込むも、もはや完全に「八雲君」呼びは定着していた。
「ん?言ってなかったか?俺もカードはルドルフ達と同じブラックなんだ」
「嘘……英雄クラスだったなんて……やっぱり八雲君は凄いですね」
「いや俺の場合はノワールと出会ったことで助けられただけだ」
「それではカードのClassは問題なさそうですし、バルバール迷宮についてご説明しますね」
そこからエディスによる迷宮の説明が始まった―――
『バルバール迷宮』とは……
ティーグルの首都アードラーから西へ八十kmほど進んだ先、小さな山の麓に入口のある高Level冒険者向けのダンジョンである―――
―――階層は確認されただけで五階層に至り、更にまだ先があると言われてはいるがそこから先は誰も知らない前人未踏の迷宮。
―――ダンジョン内には様々な魔物が存在し、またその魔物はダンジョン独自の魔物で冒険者に倒されても一定の間隔で再び壁から生まれてくるが、その原理の詳細は不明だが迷宮の
―――階層ごとに階層主と呼ばれる大型魔物が存在しており、一度倒されると復活には時間を要するためダンジョン入口の受付所で潜入日と探索者状況を確認して名簿記載する必要がある。
地上の魔物にはないが、ダンジョンの魔物に限ってはアイテムや宝石などのドロップが発生する―――
―――そこまで一通りの説明が終わったところで、
「―――受付所なんてあるのか?」
八雲が質問するとエディスが答える。
「はい。階層主の討伐などが目的の潜入か、逆に階層主は他所のパーティーに倒してもらって安全マージンを狙って探索するという方法を取るパーティーもありますがそれらすべて受付する必要があります」
「なるほどなぁ。ルドルフ達はどうするんだ?」
「―――勿論だが階層主を撃破するぜ!お前と聖女様がいれば怖いものなしだからな!」
「アイテムドロップ……いい稼ぎになる……」
ルドルフもレベッカも階層主討伐が目的だと確認をして八雲は出発することにする。
エディスから渡されたダンジョン申請にカードを利用して記入を終えて冒険者ギルドを後にした―――
―――ギルドの前の通りで八雲は『収納』からキャンピング馬車を取り出し、黒麒麟も出して馬車と繋げる。
馬車を出した瞬間、ユリエルが―――
「―――キャアア!」
―――と驚いていたが、馬車の中に入ると態度が一変した。
「これって!―――キャンピングカーじゃないですか?!」
と異世界ではなかったツッコミをユリエルから受けて八雲はグッとガッツポーズで感動した。
ルドルフとレベッカはソファーに座り寛いでいて―――
「もう、ホント驚くことが多すぎて麻痺してきたぞ……」
「八雲のすること……気にしたら……負け……」
―――と、どこか達観したような表情で話していた。
それから黒麒麟にバルバール迷宮の座標を
アードラーから西に向かって八十kmの位置ということで、二時間くらいを予定にして速度を調整した八雲は車内で改めて三人に話をする。
「―――それで、ルドルフとレベッカはそのダンジョンで具体的にどうしたいんだ?」
「ん?俺は強い魔物を倒してLevelを上げたいくらいかな。階層主とか」
「私は……Levelもだけど、ドロップする高価なアイテムが目的……」
「なるほどな。それじゃあ前衛はルドルフだよな。中央はレベッカ、その後ろにユリエル、最後は俺って形のフォーメーションで問題ないか?」
「うん……それでいい……ルドルフは、突撃させておけば大体問題ない」
「いや人をイノシシみたいに言うんじゃねぇよ。と言ってもその形が一番良いだろうな。八雲はその聖女様をしっかり護っていてくれたらいいだろうし。それでも本当にいいのか聖女様?」
ユリエルを心配そうに見て話すルドルフだったがユリエルは笑顔で、
「―――はい、大丈夫です。色々な体験をするのも自分のためだと思います。心配してくださってありがとうございます」
そう笑顔でルドルフに返していた。
「ユリエルは誰かが怪我した場合に『回復』役を頼む。俺は後衛に就くけど何か不測の事態が起こったらオールラウンダーで動くから」
移動する馬車の中で到着後の動きはこうして決まった。
馬車の中ではユリエルも手伝ってカレーを作り四人で美味しく頂いた。
ユリエルは異世界に転生して初めて食べる懐かしのカレーに泣きながら神と八雲に感謝の祈りを捧げながら食べていた―――
―――そして二時間後、
バルバール迷宮に到着して、その入口横にはそれなりに立派な建物があり受付でダンジョン潜入の申請を行った。
幸い最近ダンジョンの探索に潜入したパーティーはおらず、これならルドルフとレベッカの希望はイケそうだと八雲は思った。
「―――それじゃあ、出発するぞ!!」
ルドルフの掛け声に皆でオーッ!と元気に掛け声を返して、入口の鉄の扉が受付の係員により開かれていく。
―――まず、第一階層に足を踏み入れるパーティーメンバー。
第一階層は、まさに洞窟!といった岩肌と土が剥き出しになった壁と天井になっており、通路の幅は十五mほどあり、天井はおよそ三mあるので混戦になってもまだ動く余裕はある広さだった。
「けっこう広い通路だな。これだけあれば戦闘にも問題ないか」
八雲がそう呟くとその声が洞窟で軽く反響している。
「おい八雲。いきなり上位魔術とか此処でぶちかますなよ!俺達全員生き埋めになっちまうからな!」
「―――その時は土属性魔術で穴掘って外に出るから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃねぇ!!」
八雲にツッコミを入れたルドルフの声が大きく木霊して洞窟内に響き渡る。
「―――シッ!」
中央位置のレベッカが人差し指を口に立てて、全員に沈黙を強制すると洞窟の奥から何か近づいて来る音が聞こえる。
その動作にルドルフが槍を構え、レベッカは魔術用の杖を握る手に力を入れる。
ユリエルはビクッと身体を震わせていたが、八雲が肩に手を置いて大丈夫だと伝えてから『索敵』に表示されている敵に意識を向けた。
【―――GYHAAAA!!!】
唸り声を上げてパーティーに近づく敵の正体は―――
「いきなり第一階層からリザードマンかよ!」
ルドルフの叫びと壁の光り苔のような植物から発せられる光の中に映り込んだのは巨大な蜥蜴の口を持ち、屈強な筋肉を持つ人間の肉体をした大柄の魔物リザードマンの一群だ。
「それじゃあ全員、気を抜くなよ!!」
そう言って先鋒のルドルフがリザードマン達に向かって走り出していく―――
―――レベッカは洞窟内ということで上位の魔法は選択せずに火属性魔法を選んで
八雲とユリエルにとって、初めてのダンジョン冒険が始まるのだった―――