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第84話 聖女と英雄と

「―――えっ?ユリエルさんを俺のところに預ける?」


城の外で起こった閃光の件を話していた部屋でジェロームが突然、八雲にユリエルを預けたいと言い出したのだ―――


「おじい様!それは……わたくしを……」


ユリエルは突然の祖父の言葉に、よもや自分と絶縁という話なのかと不安そうな表情をジェロームに向けている。


「―――勘違いしないでおくれ、ユリエル。私はお前を追い出そうなどと考えている訳ではないのだから」


諭すように優しい口調で語り出すジェロームにユリエルは静かに頷く。


そしてジェロームが八雲にそんなことを言い出した理由を説明するのだった―――


「先ほどの地聖神様の光とユリエルの記憶、そして黒帝陛下と同じ世界出身だという関係。これらすべてにおいて神のご意志が関わっていると考えるのが自然だと思うのです」


「確かに。偶然にしては出来過ぎている。我も八雲に出会って話をした時に言ったが神の御心は誰にも分からん。だがこの多くの接点について否定はできない」


ノワールが出会った際に八雲とした会話を思い出し、そしてジェロームの話しに賛同する。


「こうしてフォック聖法国よりティーグルへと参りましたが、あの神の光によって縁が生まれた黒帝陛下とユリエルには、きっとこれから先にふたりで成さなければならないことがあるのだと、私には思えてなりません」


「だから俺に預ける、と。しかしユリエルさんの意志も確かめるべきでしょう。突然、他国で暮らせと言われても困るんじゃないですか?」


八雲の言葉に全員がユリエルへと視線を向ける。


すると―――


「あの……わたくしは……黒帝陛下さえ……ご迷惑でなければ、お傍に置いて頂けますか?」


始めはか細い声だったが最後はしっかりとした口調で八雲に意志を伝えるユリエルの固い意志を見せられて、この世界で初めて出会った『転生者』だけに情報交換も行いたい、それに八雲にとっては何より懐かしかった。


「そうか……分かった。聖法王猊下にとって大切なご家族をお預かりします」


「おお!ご承諾頂けますか!よかった……ユリエル、どうか忘れないでおくれ。私はどこにいてもお前の祖父だ。なにかあればすぐに知らせを寄こしなさい。なにもなくとも知らせをくれると嬉しいがね」


そう言って笑みを浮かべるジェロームにユリエルも、


「はい!お手紙、たくさん書きます!おじい様/////」


と少し涙目ながら、そう笑って答えていた―――






―――聖法王とエドワード王、クリストフにアルフォンスはそれぞれ『聖法庁聖戦騎士団クルセイダーズ』と『ティーグル近衛騎士団』に護衛されつつ、アークイラ城へと帰還することになった。


その際に近衛騎士団長ラルフ=ロドルフォが見送りに出てきた八雲の傍に近づく。


「―――お久しぶりでございます。黒帝陛下」


「久しぶりラルフ。陛下はやめてよ。前のまま八雲でいいよ」


「いえ!そうは参りません。ですが、出会ったあの時は、まさか四カ国をこの様に纏める盟主にまでなるとは想像もつきませんでしたな!」


そういって笑い飛ばすラルフに八雲は―――


「俺も思ってなかったよ……」


―――と溜め息混じりに苦笑いで返事していた。


「ところで『偃月えんげつ』は調子どう?」


八雲は話題を変えてラルフが手にする黒斬馬刀=偃月えんげつを見る。


「はい!どれほど鍛錬しても、木や岩を斬りつけても刃こぼれひとつ致しません!本当にこれほどの武器を下賜して頂きまして、ありがとうございます」


三十歳の男が十八歳の若造に深々と頭を下げる姿に八雲も少し居心地が悪くなって、


「もういいから!大事に使ってくれているみたいだし手入れの跡を見れば、そういうのが分かるしさ」


「はい!【十年一剣】……この言葉を常に心に刻んで鍛錬に励んでおります。ですが惜しむらくは先の戦争で黒帝陛下の元で戦働きが出来なかったこと、今でも悔やまれてなりません……ラースが羨ましい限りです」


『災禍』の戦争時に出陣したラース達と違って近衛騎士団のラルフ達には出撃の命令が出されず、首都防衛として残された経緯がある。


「仕方がないよ。近衛騎士団まで出陣していたら誰が首都を防衛するんだ!てなっちゃっていたし。それに皆が帰ってくる家を護るのも大切な役目さ」


「それは仰っておられる通りですが……ですが黒帝陛下の整備された道に新しく建てられた警備府の部隊には、近衛騎士団からも訓練を兼ねて参加を許可して頂いております」


「おお!そうか、警備府の施設は俺とドワーフ達で快適さと訓練の効率を考えて造ってあるから!もし気になるところとかあったら遠慮なく教えて欲しい。すぐに変更するからさ!」


「勿体ないお言葉、ありがとうございます。それでは、これで失礼致します!」


そう言って会釈しながら、ラルフは大きな体を翻して近衛騎士団の元へと戻っていった。


一方、聖法王の馬車の傍では―――


「いいかいユリエル。黒神龍様にもお前のことはお願いしておいた。私の杞憂かもしれないが、これからお前と黒帝陛下には神の与えたもう試練が待っている……私にはそう思えてならない」


ジッと自分を見つめるユリエルに笑みを浮かべながらジェロームは続ける。


「けれどユリエル―――神を信じなさい。神はお前と黒帝陛下の元にあの光の奇跡を起こされた。神はお前を常に見ておられるということだよ」


コクリと頷くユリエル。


「神の御心は地上の我らには図り知れぬもの。だが、この世界を創造された四柱神は地上に生きるものすべてに等しく慈愛をお与えくださる。そして、その神によってお前がこれから成さなければならないことを示されるだろう。だが、どのような試練があろうとも心を強く持ち前に進みなさい」


「―――はい!」


「ああ、私の可愛いユリエル。私も天聖神様にお前のことをお護り頂けるよう祈ろう。何か助けが必要ならアードラーにある『天聖教会』を訪ねなさい」


「ありがとうございます……おじい様」


ジェロームの慈愛にユリエルはまた涙が出そうになったが、これから八雲達の元で過ごすことになった以上、弱音を吐いてはいられないと思いグッと堪えた。


「聖法王猊下。よろしいですか?」


そこに八雲が金色の髪に狐の耳を持ち、巫女服の上に黒い羽織を着た葵を伴って近づいてくる。


「これは黒帝陛下。そちらのご婦人は?」


「こちらは地聖神の使徒―――白面金毛九尾狐はくめんこんもうきゅうびのきつね空狐くうこの位をもつ葵といいます」


「なんと!地聖神様の使徒様ですと!?」


普段冷静なジェロームも、まさか神の使徒に会う機会があるなどと思っておらず驚愕の表情をしていた。


それはユリエルも同様だったので八雲は―――


(そこは似た者爺孫か)


―――と内心思った。


「妾が空狐の葵じゃ。この度はぬし様の命により、その娘の世話をするように申し付けられた。よろしく頼む」


「え、あ、あの、主様って?」


ユリエルがあたふたした状況で問い掛けると、


「主様は主様じゃ。此処におわす九頭竜八雲様が妾の主様じゃ♡」


「おい聖法王猊下の前だぞ」


そう言って八雲の腕に絡みつく葵を嗜めて遠慮なく頭を掴み引き剥がす八雲に、ジェロームもユリエルも神の使徒になんてことを!と内心冷や冷やして嫌な汗が出てきた。


「この葵は地聖神の使徒でもありますし、ユリエルさんは地聖神の加護が強いみたいですから色々と為になるかと」


「これはお心づかいを頂きまして感謝致します。葵様、ユリエルのこと何卒宜しくお願い申し上げます」


ジェロームが八雲の心遣いに感謝して葵に孫娘を託すことを述べると、


「妾に任せるがよい。立派な農家の嫁にしてみせましょうぞ!」


「―――は?」


「―――エッ?」


「―――誰が農家に嫁がせる嫁育てろって言った!」


驚くジェロームとユリエルの前で八雲が葵に盛大なツッコミを入れる。


「冗談です主様。この娘には妾から地聖神様の教えと簡単な術を教えるとしましょう」


「おい……《魅了《チャーム》》とか教えるなよ?」


「あれは狐や狸などが使える固有のスキルに近い類いです。教えて出来るというものではありませぬ。ですので地聖神様の御力に連なる術を教えて参りましょう」


「よ、よろしくおねがい致します。葵様」


深々と頭を下げたユリエルに葵は笑顔で返すのだった―――






―――それから、


ジェローム達がアークイラ城に帰還していき、ユリエルは葵とルームシェアすることにした。


黒龍城の葵の部屋は和風テイストに仕上げられた部屋であり、部屋も二つ別に付けているので寝室は分けて使うことができる。


「わあぁ!―――畳だぁ♪」


葵の部屋を見てユリエルの第一声がそれであった。


見事に敷き詰められた畳の部屋を見て記憶を取り戻したユリエルにとっては懐かしい空気がする部屋に舞い上がり、思わず転生前の女子高生気分が表に出てしまった。


「あ、も、申し訳ございません/////」


慌てて取り繕うユリエルだが八雲にとってはその方がいいので自由に話せばいいと言って、ユリエルはさらに顔を赤らめて小さく―――


「はい……」


―――と返事した。


「ユリエルはアンゴロ大陸へは行ったことあるのか?」


「いいえ。聖法王猊下とはこのオーヴェストの巡礼の旅にご一緒させて頂いただけですが、それでも一年以上掛かってすべての国を周りました」


「全部の国を周ったのか!?オーヴェストだけとは言っても、大陸中央から西の端まで行くだけでも相当な距離だもんな」


「あのような空飛ぶ船を造られた陛下に驚かれましても……」


オーヴェストを周ったことに驚く八雲だったが、ユリエルからしてみれば黒翼シュヴァルツ・フリューゲルを建造した八雲の方が十分驚嘆に値する。


「あ、あとその陛下呼び禁止な」


突然八雲がそんなことを口走ってきて、


「え?では何とお呼びすれば?」


困惑してユリエルが問い掛けると、


「八雲でいいよ。そもそもユリエルは日本じゃいくつだったんだ?」


「ええっと、確か記憶にある最後は十八歳だったと……」


「だったら同い年なんだから、そんなに改まらなくていいだろう。少なくとも公私混同しなければプライベートタイムは好きに呼んで話していいぞ」


「ええ……突然そう言われましても、う~ん……だったら……八雲君?」


葵に出されたお茶を飲んでいる時に突然『君』付けで呼ばれて、意表を突かれた八雲は―――


「ブホッ!!ゴホ!」


―――盛大にお茶を噴き出していた。


「―――ご、ごめんなさい?!」


ユリエルも慌てて謝罪するが、八雲は口元を拭きながら、


「……それ採用!」


と親指をグッと立てていた……






―――それから、さらに二日ほどが経った。


戴冠式の準備はエーグル帝国のフレデリカ皇女とエレファン獣王国のエミリオ国王、それに来賓として立ち合いに来る商業国家リオンのジョバンニ評議長が揃わなければ始められない。


三国からはすでにティーグルに向かって出発しており、あと二日もすれば到着の予定だと先触れは届いていた。


この世界の文明レベルでは当然だが電話はない。


神龍と御子の眷属が使う『伝心』は基本的に他の者には使えないのだ。


だが普通の人間のフレデリカは八雲の精を受けて『龍紋』を刻まれているため、『伝心』が使えるのでティーグルへの道のりをどこまで進んだかの報告は八雲に届いている。


その移動も護衛を兼ねた兵隊の長い隊列が王族皇族の馬車を護りながら、移動に要する人員も兵站も馬鹿にならない量になってしまう。


今回は早めに動いたフォック聖法国のジェローム聖法王が一番のりだったが、それは常に一番とは限らないのだ。


ティーグルもまた、各国の先触れが伝えてくる進行状況を把握しながら戴冠式のスケジュールを詰めていく。


それにより、戴冠式は三日後という知らせが黒龍城にも届いた―――






―――そのようにして慌ただしい首都アードラーのとあるオープンカフェでは……


「ハアアア……なんかいい仕事はないもんかねぇ?レベッカさん」


テーブルに着席して、レベッカの注文したクッキーを口に運びながら溜め息を吐くルドルフと、


「ギルドで見た依頼も……どれも、ピンと来ない。ねえルドルフ?……ダンジョンに行けば稼げるし、ワンチャン、お宝ゲット」


手にした書物に目を通しながらレベッカが提案する。


「ダンジョンかぁ……行ってもいいけど、それだとさすがにパーティー編成と色々準備しねぇと命が幾つあっても足りねぇぞ」


テーブルに顎を着けて答えるルドルフを見て、レベッカは本を閉じながらフゥーと溜め息を吐く。


「確かに……ダンジョンに潜るなら最低でも『回復』役がいないと……」


「んだな。いくら薬を持ち込んで行っても、手当は出来てもすぐに傷が塞がるわけじゃねぇ……だったら『回復』の加護持ったヤツをひとりは入れておかないと死に繋がりかねんからな……」


オーヴェストにその名を轟かせている英雄のふたり―――ルドルフ=ケーニッヒとレベッカ=ノイバウアーは『災禍』の戦争時に城から褒賞を貰い、すぐ次の仕事へと向かったのだがそれはふたりが思ったほどの手応えのある相手がおらず、とくにLevelの足しになるような依頼ではなかった。


そのため日がな一日こうしてカフェで暇を潰しては冒険者ギルドに依頼を探しに行くのはカフェの店員には当たり前の風景、日常茶飯事のことだ。


八雲と出会った時もそんな暇つぶしにギルドを訪れた時だった。


あの時は突然味わったことのない絶望的な『威圧』に自分の最後を覚悟したふたりは、吐きそうなくらいの危機感に呑まれたことが記憶に新しい。


そんなあとに『災禍』の戦争に参加したのは良いものの、ものの見事にジェーヴァ達と最後は八雲に何もかもを持っていかれたことで不完全燃焼だった―――


―――そうして平和になったこの国にはふたりにとって、ろくな依頼が残っていなかったのである。


別にふたりは今までの稼ぎで財産は持っており、無理せずともこの先普通に生きていくことに問題はなかった。


だがふたりが求めるは『強さ』と『強敵』、そしてそれに対する『報酬』なのだ。


「誰かダンジョンへ一緒に行ってくれるヤツ、いないかなぁ……」


そう呟いたルドルフだったが、


「―――此処にいるぞぉお!!!」


と突然後ろから大声が聴こえるが気配を感知出来なかったことにふたりが驚いて思わず振り返ると、そこには―――


魔術飛行艇エア・ライドに跨った八雲とその後ろに乗るシスターがいた。


「や、やく……黒帝陛下!?なんで此処に?」


すでに各国には八雲の黒帝即位と四カ国の共和国制の確立が彼方此方に立札で告知されていた。


「八雲でいいよルドルフ。今日はこの子にアードラーを案内していたところだよ」


「あ、あの、初めまして!ユリエルと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」


「は?ユリエルって……まさか聖女様?」


ルドルフが顔を歪ませてピクピクと頬の筋肉が震える。


「八雲……聖女様と……どうして一緒なの?」


レベッカも表情にはあまり出していないが内心は動揺していた。


「まあちょっとした縁でね。今日は街を案内しに来たんだけど、ふたりが面白そうな話しをしていたから隠れて聴いてた。でも、この近くにダンジョンなんてあるのか?」


八雲の問いかけにルドルフが答える。


「―――ああ、あるよ。このアードラーを西に出て暫く行くと山の麓に『バルバール迷宮』て名前のダンジョンがあってな。他のダンジョンよりも難易度が高くて、低Levelのヤツ等じゃ近づけないが高Levelだと……て、おい、まさか?」


「八雲……さっき、此処にいるぞぉお!て、言ったけど……」


ルドルフとレベッカが八雲に恐る恐る問い掛けると―――


「ああ、そのダンジョンの探索、俺とユリエルが一緒のパーティーに入るよ」


―――簡単にパーティーに参加すると言い放つ八雲。


その発言に時が止まったルドルフ、レベッカ、そしてユリエルの三人は―――


「エエエエエエ―――ッ!?」


「エェエエエエエ―――ッ!?」


「ハイィイイイ―――ッ!?」


―――三人揃って大声を上げる。


そこでカフェの他の客と店員から視線を独占するのであった―――



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