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第83話 記憶の閃光

―――黒龍城の広大な空間の先に大きく豪華な造りの玉座に鎮座するノワール。


玉座のある高い段の上から聖法王ジェロームを見下ろし、何も言わない―――


するとジェロームから先に言葉を切り出した。


「お初にお目にかかります黒神龍様。フォック聖法国の教会全権を任されておりますジェロームと申します。この度は突然の来訪にも関わらず、謁見が許されましたことは恐悦至極でございます」


ジェロームは至って冷静にノワールへの挨拶を述べた。


すると広い玉座の間に澄んだノワールの声が響く。


「フォック聖法国の聖法王か。遠路遥々この城まで大儀。我は黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンだ。此度の来訪は戴冠式に際して―――まずは我が御子を見に来た、というところであろう?」


見透かしたようなノワールの言葉にユリエルは素直にビクリと反応してしまったが、ジェロームは―――


「ご慧眼、恐れ入ります。黒神龍様には隠し事など無駄でございましょう。私の元に届けられていました各国の教会司祭からの報告書には我が目を疑うほどの内容が書かれておりました。その上でこの度、エドワード王から戴冠式に来訪を願う知らせが参りましたので、かの黒帝陛下に一度お会いしたいと思い、こちらに謁見をお願いに参りました次第でございます」


やはり冷静にノワールへと返答するジェロームを見て、ユリエルは聖法王のその落ち着いた対応に自身の未熟を痛感させられると同時に、改めて聖法王が偉大だということを覚えた。


「流石は聖法王に選出された人間。我には嘘も策謀も無駄だとすぐに悟り素直に話したか。賢しい選択だな。実は八雲は聖法王を歓迎しようと、いま準備の真っ最中でな。少し待ってもらいたい」


「おお、歓迎とは本当にありがたいことです。黒帝陛下のお気持ちに感謝を」


ジェロームは胸の前で両手を組み、祈りを捧げる。


「まあそう大袈裟に捉えず、気軽に待ってもらいたい」


「エッ?はい……」


そこからノワールはしばらく目を閉じて、沈黙が玉座に流れた……


「……よし、分かった。それでは外に出るからな」


「はい?」


ブツブツと何かを言い出したノワールを見てジェロームは首を傾げるも、


「いや、こっちの話しだ。八雲が準備出来たと言っているので、すまないが外に出てくれるか?」


「外に、でございますか?」


「ああ。説明するとややこしいのでな。外で直接見るのが一番理解出来るだろう」


ノワールの言葉に、ジェロームとユリエル、エドワード達まで首を傾げる始末だったが黒神龍の言葉となれば従わないわけにもいかず護衛騎士共々、廊下に出て城の外まで向かった。


黒龍城の正面扉の外に出てみると、そこにはドワーフ達が整列し、各々が楽器を手に持ち座席に着席している。


そしてクレーブスが指揮台に上がり、指揮棒を持ち上げると一斉に演奏準備に入る。


ブンッ!と振り下ろされた指揮棒と同時に―――




―――バァ~ン♪バァ~ン♪


―――ドォーン!ドォーン!


―――パッパラ~♪パラパラ♪


―――ジャ~ン♪ジャ~ジャン♪




―――ドワーフ達の楽団による軽快な行進曲が奏でられるとコミカルなドワーフ達の笑顔を浮かべた演奏に、ジェローム始めユリエルも聖法庁聖戦騎士団クルセイダーズも驚きの顔から笑みに変わっていく。


特にユリエルはドワーフ達の演奏が可愛く思えて手まで叩いていた。


奏でられる行進曲が城の前の広場に鳴り響き、その演奏の鳴り響く空中で空間に黒い穴が広がっていく―――


「―――あ、あれは!?」


思わずユリエルが声を上げてその空を指差すと、その空間の亀裂からゆっくりと姿を現す巨大な黒い塊―――


―――それは黒翼シュヴァルツ・フリューゲルだった。


「おおお、まさか、あれが空飛ぶ船……」


流石のジェロームも空を見上げて漆黒の鏡面に輝く巨大な天翔船に驚きを隠せない。


空間船渠ドックから全体がすべて飛び出した黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは、黒龍城の上をドワーフ達の演奏と共に大きく旋回しながら最後に演奏が終わると同時に―――




ヒュ―――パァン!!!バチバチバチ……


ヒュ―――パァン!!!バチバチバチ……


ヒュ―――パァン!!!バチバチバチ……


ヒュ―――パァン!!!バチバチバチ……




―――黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの『炎弾放射砲塔』からいくつもの炎弾が打ち上がり、蒼空にその炎弾が弾けたかと思うと火属性魔術による華やかな歓迎の花火が満開に広がっていく……


「あれは、なんと美しい……」


「ええ、とっても綺麗な花火ですわ……」


「ん?花火?あれは花火というのか?よく知っていたな?ユリエル」


ジェロームのその問い掛けにユリエル自身も思わずハッとする。


「え?そういえば……わたくし、どうしてあれを花火と思ったのか……小さい頃に見た気がして……」


「ふむ、それはまだ孤児だった頃のことかな?」


「いいえ……その時には、父と母と……浴衣を着て……そう一緒に河原で……」


「ゆかた?それはなんだね?」


そこからユリエルの記憶は途絶える。


「申し訳ありません……思い出せません」


俯いて暗い表情になるユリエルにジェロームもなにか異様な空気を察して、


「さあ、もうすぐ黒帝陛下と謁見だよ」


気を紛らわせるためにユリエルにそう語り掛けて、空の黒翼シュヴァルツ・フリューゲルが少しずつ降下してくるのを見守っていた―――






―――大地に着陸した黒翼シュヴァルツ・フリューゲルからゴンドラに乗ってひとりの男が降りてくる。


黒い髪に黒い瞳、そして漆黒のコートを纏ってジェローム達に接近する若者は九頭竜八雲だ。


目の前の一団に見た事のない聖職者の服装をした者達を目に止めると、八雲は其方に向かって歩を進め―――


「―――聖法王猊下でいらっしゃいますか?」


―――静かに問い掛ける。


「はい。フォック聖法国のジェロームと申します。いまは教会の全権を任されております。突然の訪問にも関わらず、このような歓待をご用意していただけるなど心より感謝を申し上げます」


そう言ってニコリと笑みを浮かべるジェロームに八雲も自己紹介を返す。


「初めまして。九頭竜八雲と申します。八雲が名前です。今回のシュヴァルツ皇国に属する四カ国の盟主となりました。猊下には戴冠式のために遥々このティーグルまでお越し頂きまして感謝致します」


「いえいえ。このような歴史的な共和国の設立と黒帝陛下とエーグル皇帝陛下、エレファンの獣王陛下の三人同時に戴冠式といったことも、かつて歴史上ないこと。そのような場の大任を任され、身の引き締まる思いです」


八雲は静かに、それでいて穏やかな話し方の聖法王の言葉に自身も改めて身が引き締まる思いがする。


「そうそう、こちらは私の孫娘……と言いましても養子なのですが、ユリエルこちらへ」


そう呼ばれてひとりのシスターが八雲とジェロームの傍に近づく―――するとふたりの間に閃光が生まれ、輝きを放つ。


「―――キャア!な、なにが!?」


「うお!これは……」


ふたりが光に包まれた矢先、ジェロームとノワールが同時に叫んだ―――


「ユリエル!!―――これは一体!?」


「八雲ぉお!!―――この光は!?まさか、地聖神の!?」


―――光に包まれたふたりは、それぞれ何か映像のようなものが脳裏に浮かび現れていた。


「これは―――」




ユリエルの脳裏に現れたのは、


……幼い頃の八雲


……両親と幸せに暮らす八雲


……そして両親を事故で失った直後の八雲


……その八雲を励ます幼馴染の女の子


……そしてその幼馴染と結ばれた日の八雲


……最後の家族だった祖父を失った八雲


……そしてこの世界に来て、黒神龍と出会ってからの八雲の記憶が流れ込んできた―――




八雲の脳裏に現れたのは、


……幼い頃のユリエル


……両親と幸せに暮らすユリエル


……父の仕事の都合で海外から日本に移り住んだユリエル


……日本の学校に通うユリエル


……両親と浴衣を着て夏の花火大会を友達と楽しむユリエル


……そして高校生になったそんなある日、交通事故で命を落としたユリエル


……だが、その魂がこの世界で新たに赤ん坊として生まれ変わったユリエル


……そしてこの世界で生きてきたユリエルの記憶が流れ込んで来た―――




しばらくして、やがて閃光は収束してふたりは黒龍城の前の元いた広場で立ち尽くしていた……


「今のは……」


「ユリエル!!大丈夫か!どこも怪我はしていないか?」


現実に戻ったユリエルにジェロームは近づき、すぐに身体に問題がないか確認する。


八雲もその場に立ち尽くしていたが、頭に流れ込んで来たユリエルの記憶を整理していく。


「黒帝陛下、今の光は一体?」


ユリエルを確認して外傷はなさそうだと安心したジェロームが八雲に尋ねると、


「それは我から説明してやろう。此処では何だから中に入ろう」


「黒神龍様?……承知致しました」


何が起こったのか説明すると言ったノワールの言葉に従い、皆で城内へと移動することになった―――






―――移動したその場所、黒龍城の会談室には、


ノワールと八雲、ジェロームとユリエル、そしてエドワードとクリストフだけが入室し、他の者達は別室に待機となり扉の前にはコゼロークが黒戦斧=毘沙門をフンス!と携えて誰も近づかせない警護に就いた。


円卓の椅子に腰を下ろして、アリエスの給仕するお茶がそれぞれの前に置かれた。


「さて、さきほどの光の件だが……正直なところ我にも正確なことは分からん」


周囲の者達は黙ってノワールの言葉に耳を傾ける。


「我が分かるのは、あれがいずれかの神の、いや間違いなくあれは地聖神の残滓を感じた。つまり、そこのユリエルとやらは地聖神となんらかの関係がある者だと考えているのだが?」


「ユリエルが地聖神様の!?しかし、ユリエルは幼い頃に私が引き取り、それ以来は修道女として神への奉仕にその時間のすべてを掛けてきたような娘です。たしかに『回復』の加護は他の者では及ばないほどの力を持っておりますが……」


困惑したジェロームはユリエルについて語った。


「ふむ……『回復』の加護は地聖神に連なる加護であり、その力が誰よりも強いという点があの時の光を呼び出したと考えられるが、問題はその光の中でふたりに何があったか、ということだ。八雲?」


「ああ……そうだな。突然で驚いたけど、もし俺の身に起こったことと同じことがユリエルさんにも起こったとするなら、ユリエルさん、貴女は俺の記憶が見えたんじゃありませんか?」


「―――記憶を?一体、どういうことでしょう?本当なのかユリエル?」


訳のわからないジェロームが矢継ぎ早に質問する。


「……はい。たしかに黒帝陛下の言う通り、わたくしには陛下の過去の記憶が見えました……」


俯いて暗い顔をしているユリエルを見て、八雲は思い当たることがあり、


「嫌なものを見せて悪かった」


と静かに謝罪する。


「いえ!嫌なものなどと、陛下の辛い記憶をわたくしなどが覗き見るような真似をしてしまい申し訳ございません」


ユリエルも八雲の辛い別れの多い記憶を見て、今にも胸が張り裂けそうな想いだった。


「謝らなくていいよ。だが、それよりもっと重大なことがわかった」


「重大なこと?それは一体!?」


血の繋がりはないとはいえ、大切な孫娘の重大事となれば聖法王もひとりの祖父として感情が先走っていく。


「ユリエルさん、俺から説明してもいいかな?」


俯くユリエルに八雲は断りを入れるが、他人の過去や重要な話を他の者にするのだから当然の礼儀だ。


「―――はい、黒帝陛下にお任せ致します」


決心をしたユリエルは八雲に任せることを承諾する。


「分かった。まず俺達があの光に包まれた瞬間、お互い生い立ちからの過去の記憶を見せられた。ここまではいいな?」


全員が頷いた。


「そしてそのことから、俺とユリエルさんは同じ国の出身者だということが分かった」


「同じ国の?しかし、黒帝陛下はアンゴロ大陸の出身なのでは?」


その黒い髪と瞳を見てそう推察したジェロームだったが、八雲は首を横に振る。


「いや説明が悪かったな。同じ国の出身ではあるけど、その国はこの世界には存在しない。言うなれば俺達は『異世界の出身』なんだ」


「異世界!?そ、それはまた……」


ジェロームもさすがにすぐには信じられないといった様子で表情が強張る。


だが、エドワードとクリストフは、


「なるほど!だから八雲殿はあんなに桁違いの力を―――」


「―――これでなにか納得がいきましたな!」


と意外とすんなり受け入れていた。


「厳密に言うと俺とユリエルさんではこの異世界にやって来た経緯が違う」


「経緯が違うとは、どの様に?」


ジェロームの質問に八雲は解りやすく応える―――




ユリエルの場合―――


―――八雲と同じ世界の同じ国に住んでいた。


―――そして幸せに暮らしていたが、ある日、不慮の事故で命を落とした。


―――だが、何故かその魂はこの世界で生まれ変わり、赤ん坊として一から人生を始めた。


「これを俺の世界では『転生者』と呼ぶ」




そして八雲の場合―――


―――ユリエルと同じ世界の同じ国に住んでいた。


―――そして家族を亡くし、天涯孤独となった。


―――ある日、家の扉から出るとこの世界に来ていてノワールと出会った。


「これを俺の世界では『転移者』と呼ぶ」




「転生者と転移者……」


ジェロームはいまでも信じられないといった様子だったが、そこでノワールが発言する。


「八雲と初めて出会ったとき、我は何故か八雲を喰おうと思い襲い掛かったのだが、八雲には神の加護が備わっていて我の牙では傷つけることが出来なかった。そこで色々話して我の御子にしたのだ。そして今日、あの光から感じた神の気配……あれは地聖神の気配だった。ユリエルにも地聖神の加護が強く出ていることから、ふたりの出会いには神の意図があるのだろう。それが何かは我にも分からんが」


「―――別の世界からそのままの姿で来た俺と違い、ユリエルさんはこの世界で生まれてこの世界で育った。本人の記憶が残っていなければ自覚出来ないことです」


「知っていたのか?ユリエル」


ジェロームの言葉に少しビクッと震えたユリエルだったが、


「いいえ。向こうの記憶はついさきほど、花火を見て何かを思い出しそうになって、そして黒帝陛下と光に包まれた際にすべてを思い出しました。ごめんなさい……おじい様」


ユリエルはまるで子供のようになって小さく身を強張らせる。


「何を謝ることがあるのだ?ユリエル。お前が転生者であったとしても、お前が私の命を救ってくれて私の養子になってくれたことが私にとってどれだけ幸福であったことか。お前とこうして巡り合わせてくださった神に改めて感謝の祈りを捧げたい」


「お、おじい様……」


ジェロームの言葉を聴いたユリエルは、震えながらその紫の瞳に涙を溜め、そしてそれが頬を伝っていく。


「いつもしっかりしているユリエルが涙を私に見せるのは何年振りだろうか。だがそれでよいのだ、ユリエル」


「おじい様!!う、うう……わたくしは……グス……ありがとう、ございます……」


隣に座るユリエルを抱き寄せて頭を撫でるジェロームの姿を見ながら、八雲は亡くなった祖父の面影を重ねて、その光景をいつまでも見守るのだった……



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