―――道路がシュヴァルツ皇国の四カ国に整備され、次に八雲が着手したのは『警備府』の建設だった。
「―――
警備府の建設地まで
訓練に使えるようにグラウンド状の土地も整備した。
そして以前に話の出た警備府の隣に旅人が休めるように宿泊施設も整備して三階建ての建物を建設した。
そうしてシュティーアの工房からドワーフ達がチーム分けされ、それぞれの警備府建設地に配置して建設した警備府と宿泊施設の内装、家具、食器に至るまで準備をさせる。
警備府にも宿泊施設にも八雲が地下水まで打ち込む配管を土属性魔術の発動で繋ぐと噴水のように吹き出したので、それを利用した大きな浴場施設や水道設備も整備した。
警備府には警備隊の兵士が三人部屋単位だが広めに設計した個室を整備したり、食事も大きな食堂を設置したりと任務にストレスがないように出来るだけ配慮していた。
宿泊施設は逆にドワーフ達を焚き付けて豪華で、清潔で、それでいて安全にも考慮し、そして推し施設は日本の温泉を真似た岩風呂や屋内大浴場、内風呂を揃えたところだった。
あとは各地域の名産品などを持ち込めれば料理も問題無いのだが、そこはジョヴァンニと相談することになっている―――
―――そうして各地の警備府・宿泊施設建設を全予定地で開始し、数日でそれらが完成にまで至った。
完成した警備府には早速各国の警備隊が入居する手筈となっていた。
八雲の計画通り、シュヴァルツ皇国内の道路整備と警備環境の充実は一定のところまで完了したのだった―――
―――八雲が警備府と宿泊施設を仕上げて戻った頃、
ティーグルのアークイラ城にフォック聖法国の聖法王訪問団が到着のタイミングと重なった。
馬車から降りたジェローム聖法王と聖女ユリエル、そして護衛の
先導する侍従の案内で一際大きな扉の前に来て、その玉座の間の扉が中から開かれた。
その玉座に座っていた男、ティーグル王エドワードは自ら進んで聖法王の前に向かう。
そして、聖法王の前で膝を着くと―――
「―――御無沙汰致しております。聖法王猊下」
仰々しい面持ちでジェローム聖法王に頭を垂れて言った。
「お久しぶりです。エドワード陛下。さあ、どうかもうお立ちになってください」
ジェロームの言葉にエドワードはゆっくりと立ち上がる。
「この度は我ら『共和国』の願いをお聞き届けくださり、心より感謝を申し上げます猊下」
「この度の戴冠式のこと、これは歴史的に見てもなかったことです。そのような場にお呼び頂いたことにエドワード陛下と神に感謝を」
穏やかな笑顔でそう答えるジェローム聖法王に、エドワードもまた穏やかな笑顔で返した。
「猊下、そちらの方はもしや?」
そこでエドワードが聖法王の後ろに控える修道女、ユリエルに目を止めてジェロームに問い掛けると、
「はい。私の養子ユリエルです」
「お久しぶりでございます、エドワード陛下」
「おお!やはり!!猊下の巡礼の際に一緒にお連れだったあのとき幼子だったユリエル殿か!はははっ!今は聖女様とお呼びした方がよろしいかな?」
「お戯れを。神への弛まぬ奉仕のため、まだ修行中の身でございますので、どうぞご容赦を」
「ハハハ!これは失礼した!あの時の大人しい幼子がこんなに立派になって、時の流れの早さに驚くばかり!儂も歳を取るわけだな!アハハハ!」
聖法王となったばかりの頃、ジェロームはオーヴェストの各国を巡礼した時期があった。
当時、各国を周る旅は当然だが八雲の整備した道などなく、決して楽なものではなかった。
各国に立ち寄り、教会に赴いて説教を行い、各施設などを訪問して教義を広め、神への祈りを教えていったその巡礼は、すべて周り終えてフォックに戻るのに一年以上の時間を費やしたのだった。
当然このティーグルにも立ち寄り、その際にはエドワードとも会談して交流を重ねてこの国と世界の平穏について語り合ったこともある仲だった。
そして、その巡礼に聖法王と共に周っていたのがユリエルである。
当時はまだ幼い少女であったにも関わらず、すでに達観したところがあり、ジェロームの傍にくっついて歩きながらも御当時の年齢では難しい聖法王の教義についての説教を聞き、礼拝の時間には欠かさず祈りを捧げ、何より幼き頃より『回復』の加護を使って数多くの怪我人や病人の治療を行っていた少女なのだ。
そのため、今でもオーヴェストの各国では彼女に救われた者達が『聖女』と敬い讃えている。
「ところでエドワード陛下。この度、共和国の盟主となられる黒帝陛下とは、どういった御方でしょうか?」
ジェロームは思慮深い男ではあるがエドワードという男には策謀などは考えずに、素直に訊くことが一番だと理解していた。
だからこそ敢えてストレートに質問を投げ掛けたのだが、それはまたエドワードも察していることだった。
「猊下、此処ではなんですから、どうぞ会談室までご足労頂けますか?長い話となりますので」
「分かりました。是非ともお伺い致しましょう」
ジェロームも承知して、エドワードとアルフォンス、クリストフとジェローム、ユリエルが共に会談室に向かうことにした―――
―――城の会談室にて、
お茶を用意してそれぞれの前に差し出される。
「まずは、最初からすべてお話しさせて頂きましょうか。長くなりますが―――」
エドワードが早速、八雲とのインパクトのある初めての出会いからその後のことを包み隠さずにすべてジェロームとユリエルに語っていく……
クリストフもエドワードと共に、自身の娘シャルロットの危機を救ってくれた際の野盗討伐を英雄譚のように語る。
ジェロームもユリエルも、八雲の予想を上回って斜めをいく行動と実話に時に驚き、時に笑い、そして『災禍』の戦争には悲しく沈んだ表情を見せていった。
そしてエーグル、エレファン、リオンへ空飛ぶ船『天翔船』で向かい、それぞれの国で今後の共和国の在り方について議論、協議を行い明るい未来への展望を各国と深めた話になると、ユリエルは手を前に組んで聞き入っていた。
「―――ということとなり、我々四カ国は九頭竜八雲殿を『黒帝』として共和国の盟主となって頂き、そして黒帝陛下の元、さらなる未来を造り上げていくことを誓ったのです」
そうして話を終えたエドワードに、ジェロームは暫く黙っていたが、
「―――素晴らしい。実に素晴らしいこととは思いますが……お話にありました黒帝陛下の戦時での強大な力、それについてはどうお考えなのですか?」
その言葉にエドワードは一瞬、顔を引き締め直して、
「あの力は人では抗うことなど出来ません。黒帝殿がその気になれば、世界の殆どを手に入れることも可能でしょう」
すべてではない、というところにはジェロームも共感できた……ただ一国、ヴァーミリオン皇国を除いてなのだと。
「ですが黒帝殿は、そうですな……何と言えばいいのか、そう、彼は『自然』なのです」
「自然、ですか?」
その言葉に八雲とまだ会った事のないジェロームはピンと来ない。
「時に穏やかな陽射しのようであり、時にそよ風のような涼しさを持ち、時に嵐のような雷を落とし、そしてまた穏やかな陽射しを皆に与える。新しいものが生まれることに喜びを感じ、理不尽な相手には一切の容赦なく、そして己の間違いには潔く頭を垂れる……それが九頭竜八雲という者です」
「ほう……なるほど。だから、『自然』ですか」
エドワードの言葉に、彼の想いを感じ取ったジェロームは八雲に会ってみたいと思い始めていた。
そしてそれはジェロームの隣でその話を聴いていたユリエルもまた同じ気持ちだった。
「戴冠式の前に是非とも黒帝陛下にお会いしたいのですが、出来ますかな?」
「ええ。勿論ですとも。何でしたら今からお会いしに向かいますか?黒神龍様にもお話を通しておかねばなりませんから」
「ええ?今から?突然訪問などしては、黒神龍様にも黒帝陛下にも非礼ではありませんか?」
想いも寄らないエドワードの提案にジェロームは少し動揺するも、
「なぁに♪ あの御方達ならきっと笑ってよく来てくれたと歓迎して下さるでしょう!」
エドワードの笑い声が響く中、隣で聴いていたアルフォンスは頭を抱えてクリストフは苦笑いをしつつ、ふたりともエドワードが八雲の悪いところばかり見習っているのだろうと溜め息を吐いていた……
―――アークイラ城よりエドワードとアルフォンス、そしてクリストフが乗った馬車とジェロームとユリエルが乗った聖法庁の馬車が黒龍城に向けて出発した。
ティーグル王族の馬車にはラルフ=ロドルフォ近衛騎士団長率いる近衛騎士団が警護に随伴し、聖法庁の馬車には
城を出て賑やかな首都アードラーの街中を行く騎士団の行進は路上の国民達には物珍しく、特に『
クリストフの公爵領にある黒龍城にはすでにラルフの副官が部下を連れて先触れに走っていた。
親しき仲であって驚かそうとしていたエドワードでも、そのくらいの礼儀は通す。
そうして通りを進む一団にある聖法庁の馬車の中で―――
「―――エドワード王とエアスト公爵の話を聴いて、お前はどう思った?ユリエル」
「はい。エドワード陛下のお話をそのまま信じるには、わたくしの頭では追いつかないお話もございました。ですが一貫して受けた印象は、わたくしには想像の斜め上をいく御方だということ、そしていま手掛けていらっしゃる事業は、この新たな国となったシュヴァルツ皇国の繁栄と国民の平穏を願っておられるように感じました。その御力についてはまだ恐ろしさを感じますが……」
ユリエルの忌憚のない意見を聴いてジェロームは、
「私も同じような印象だな。エドワード陛下のおっしゃった『自然』という例えは、まさに的を射ているのだろう」
馬車の窓の外を眺めながら、ジェロームも静かに答える。
「ユリエル……黒帝陛下のこと、しっかりと見ておいておくれ。お前の目と私の目で九頭竜八雲という御方の真理をよく見定めるとしよう」
「―――はい。聖法王猊下」
ユリエルもまた外の景色を見つめながら、期待と不安がその胸の中で渦巻くような感覚に囚われていた―――
―――エアスト公爵領、黒龍城の門前。
先触れを出し、ようやく漆黒の巨大な城、黒龍城の前に到着した一団はゆっくりと開く巨大な門の動きに固唾を飲んで見守っていた。
開いた門の向こうには―――
「お待ち申し上げておりました聖法王猊下」
中央にアリエス、そしてその左右には
クレーブス、シュティーア、アクアーリオ、ジェーヴァ、フィッツェ、レオ、リブラ、コゼロークが出迎えに立ち、スコーピオ、ジェミオス、ヘミオスは現在
アリエスが代表して前に出て、これより黒神龍と御子の元へ案内すると申し出た。
人間とは思えない美しさを纏うメイド達に、ジェロームのみならずユリエルも護衛の
流石は聖法王なのでジェロームは物欲的な目で見ることはなかったが、
「態々お出迎えを頂き感謝します。フォック聖法国から参りました。黒神龍様と黒帝陛下にお目通りをお許し頂けますかな」
柔らかな口調で、ゆっくりとアリエスにそう申し出るジェロームの声を聴いて、
「先の知らせを頂戴しまして、既に黒神龍様も御子様もお待ちでございます。どうぞ城内へ」
アリエスが促すとジェロームとユリエル、そしてエドワード達がその後ろに続いた。
ジェローム達には教会騎士団の団長と数名が、エドワード達にはラルフと副官に数名の近衛騎士が護衛に着いて来ている。
そうして長い廊下を進み、ついに黒龍城の玉座の間に辿り着くと―――
その大きな扉がゆっくりと内側に開かれていく。
―――ジェロームとユリエルが息を呑み、その玉座の間へ歩み入るとその先には大きな玉座が見える。
そこには―――
―――褐色の肌に長い耳、黒い長髪に黒い瞳、この世の者とは思えない美女。
黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンが鎮座しているのだった―――