―――ティーグルを出発した八雲とノワールは
「―――いい調子ではないか?」
「この分だと思った以上に早く終わるかも。けど、次に『警備府』の建設やら、警備隊の編成の確認打ち合わせやら、やることはまだ多い」
「うむ。だがまずはこの道を繋げなければ何も始まらん」
「そうだな。それじゃとっとと終わらせますか!」
八雲は
―――クレーブスと作成した舗装ルートの地図通りに進む。
八雲とノワールは麦畑の中にある道をローラーで舗装整備しながら進む。
もう少しすれば色が黄金色になっている麦の収穫が始まるのだろうと八雲は目の前に広がる麦畑を眺めながらフレデリック皇帝と話した時のことを想い出していた。
『―――この国は余の誇り』
そう言って笑っていたフレデリックは付き合いこそ短かったものの八雲にとっては麦の生産に国力を注ぎ、国民の生活を考える皇帝だった。
その想いが伝わったかのように立派な麦が風に揺らぎ、その中を八雲は走り抜けていつしかエーグル帝国の首都ティーガーの間近になっていた。
そうして首都から続く整備された道まで舗装して繋ぎ、まずはティーグル・エーグル間の道が開通した。
「―――まずは一本、だな」
「お腹が減ったぞ!八雲。ティーガーの店で何か食べよう」
自分のお腹を押さえて腹ペコアピールを見せてくるノワールに八雲は可愛らしさで思わずその頭を撫でていた。
かなりの超高速移動をしてきたが、それでもとっくに昼を過ぎてしまっている。
「そうだな。折角だから何か食べに行こう」
そう言って
大通りを通ると案の定、
そこで適当にオープンカフェを見つけて
「いらっしゃいませ~って……何ですかそれ!?」
オープンカフェの横に止められた黒い塊に驚きの顔を浮かべる店員にふたりは気にしないでと笑顔で応えて、店員もこれ以上の突っ込んだ話はやめようと考えた様子で、
「―――こちらメニューになります♪」
営業スマイル120%でメニューを置いて引き上げていった。
それから再び店員を呼んで八雲はメニューから鶏肉を使った料理を頼み、ノワールは豚肉を使った料理にした。
「―――ウンマイなこれ♪ 豚肉もここまで柔らかく出来るのだな」
もきゅ♪ もきゅ♪ とお口を動かして次々と料理をその口に運んでいくノワールを見ながら、八雲は自分の鶏肉を使った料理を食べて美味いと笑みを溢した。
料理も美味いが添えられたバケットの風味と柔らかさも際立っていて、八雲は小麦から作られているバケットに国の伝統を感じた。
近くにいた店員に、
「このパン、いい味してるね」
そう言って褒めると店員も良い笑顔で答える。
「ありがとうございます♪ そのパンもですが、この国は小麦が農作物の主役ですから、どこのお店もそれこそ家庭でもそれぞれの伝統を守った味があるんですよ♪」
「なるほどなぁ。穀倉地帯を通ってきたけど、あの麦は本当に綺麗だった」
「そうですね。でも……フレデリック皇帝陛下がお亡くなりになって、そのあとをフレデリカ皇女殿下がお継ぎになるってことだけど……国の皇帝が短期間で入れ替わってしまうと、やっぱり不安はあります」
「―――例えばどんな心配?」
「そうですね……やはり税率が変わったりするのが心配ですね……フレデリック陛下は税率を少しでも下げてくださって皆喜んでいましたから」
「それがまた、上がったりしたらってことが心配ってことか」
そうして腹を満たして支払いを済ませるとノワールと一緒に
「―――少し街の様子を見て回ろうと思うが、ノワールはいいか?」
「訊くまでもない!フレデリカに皇帝が代わることで街の者がどんな様子か見たいのだろう?」
お見通しのノワールさんに笑みで応えて、八雲はエーグルの首都ティーガーを
―――繁華街や住宅区画、貴族の住んでいそうな地域から下町風のところまで時間を掛けて見て回ったふたり。
貴族達の住む地域はひと気が少なくてよく分からなかったが、繁華街や住宅エリアに下町の貧困層がいるようなところの人達は表情が暗い。
ノワールがその尖った耳で遠距離の会話を拾って内容の精査をすると、
「やはり飯屋の店員の言ったように税率に関する不安を呟く声が多いな」
「そうか……」
「―――あと不倫がバレた旦那の言い訳とか」
「いやそれは関係ない」
思わずブルッとした八雲だったが、そうしているところに早馬で近づく一団があった。
「おお!―――やはり黒帝陛下でしたか!」
その先頭を走っていた騎士らしき人物が声を上げる。
「―――ん?そちらさんは?」
「ハッ!我らはフレデリカ皇女殿下の命により、黒帝陛下をお探ししておりました近衛騎士団でございます。街中に空中に浮かんだ妙な乗り物に乗ったふたりを見たという知らせが参りまして、皇女殿下にご報告したところおそらく黒帝陛下に違いないだろうと、それで黒帝陛下のご尊顔を知る者が手分けして陛下を探しておりました次第でございます」
「うわ!―――それは手間を掛けちゃって、なんかごめんね」
八雲が素直に謝ると若い騎士は恐縮した様子で、
「いえいえ?!それよりも皇女殿下が黒帝陛下に城へお越し頂きたいとのこと。おそらく出来上がった道のことかと」
「あ、ティーグルとの道が繋がったこと、伝えに行ってなかった……」
「ダメだろ八雲。ちゃんと勤めを果たさなければ」
「ハッハッハッ!!ノワールさん!ちょっと数時間前、此処に着いた時のこと思い出してみようか?」
「我の夫が細かいことを言うと禿げるぞ!」
「理不尽な仕打ちに全俺が泣いたわ……あと禿げてない!」
「……あのぉ~そろそろ、ご案内しても?」
八雲とノワールのやり取りに申し訳なさそうに声を掛ける若い近衛騎士に申し訳ない気持ちとなった八雲は、
「あ、どうぞ……先導してください」
と答えて、その言葉に近衛騎士の一団は馬の向きを変えて先導を始めた。
すると城の巨大な扉が中から開かれて―――
「―――黒帝陛下!黒神龍様!」
突っ立っていた八雲の胸に飛び込んできそうな勢いで出てきたのは、誰あろうフレデリカ皇女だった。
輝く長い銀髪を後ろで纏め、蒼いドレスに金の装飾と宝石を身に纏ったフレデリカは満面の笑みを浮かべていた。
「この間振りだな。フレデリカ皇女殿下」
「皇女などと、どうかフレデリカとお呼びください」
「いいのか?それじゃフレデリカ、元気だったか?」
その言葉にフレデリカは表情を曇らせていくので八雲はここじゃなんだから、と場所の移動を提案した。
ノワールも黙って頷いて挨拶も早々に終え、八雲とノワールは城の貴賓室へと案内された。
ティグリス城の中はアークイラ城とよく似ていて、高い天井に通路には調度品などが置かれた上品な洋風の城といった雰囲気だったが、そんな周囲を見ながら進んで行くと、フレデリカのお付きをしているメイドが先行して部屋の扉を開き中へと促す。
中に入り、ドアを閉めたお付きのメイドはフレデリカの合図で外に出ていく―――夕暮れ近くなって赤い陽射しが差し込む部屋の中にいるのはフレデリカと八雲、そしてノワールの三人だけだ。
「随分と警戒しているではないか?また命でも狙われたか?」
ノワールが不敵な笑みを浮かべつつフレデリカに問い掛ける。
「それは常に疑っておりますわ黒神龍様。ですが、わたくしがこの場所を選んだのは単にわたくしの不安なことを御二人に告白したかったからです。国の次期皇帝が臣下の前で御二人に弱音を聞かせるわけには参りませんもの」
「あのフレデリカが随分と弱気じゃないか?」
「あら?八雲様、わたくしが女だということをお忘れなのではございませんか?」
義理の母に毒殺されかけたのちにワザと頭がおかしくなった振りをして、その悪意から逃れていた経歴のあるフレデリカがそれほど弱気になるとは八雲としては信じ難いことだが、とりあえず話を聴いてみることにした。
「具体的に、これと言った不安の原因があるという訳ではないのです。ただ……」
「立て続けに家族を失ったことか?」
「はい……きっとそれもあると思います。それに加えてわたくしがこの国の皇帝になることが、本当にこの国の行く末を決める立場になることが正しいのか……」
「怖いんだな?」
八雲の指摘にフレデリカは黙って頷いた。
「ふむ、なぁフレデリカ。いま国民が一番不安に思っていることって何だと思う?」
「それは……やはりわたくしが皇帝の跡を継ぐことでは?」
おずおずとしたフレデリカが八雲に答える。
「―――税金だよ。フレデリック皇帝が下げてくれた税金をフレデリカがまた引き上げるんじゃないかっていうのが街では一番不安なんだ」
「―――あと旦那の浮気とかな!」
「エッ?」
「うん、ノワールさんはちょっと黙ろうか?」
八雲に冷たい笑顔を向けられてノワールはショボーンとした顔で黙る。
「国民が不安に思っているのは税金についてであって、フレデリカが皇帝になること自体を不安に思っている訳じゃない。むしろ、これは良い機会でもある」
「これが良い機会、ですか?」
「ああ、フレデリカはまだ戴冠式前だろ?だったら先触れの公示をするんだ。まずは自分が後継することについてと、次にそれに伴っての税率の変更は一定の期間行わないと約束する。その期間は自分で決めればいいが五年十年単位で約束すればいいだろうし、そこは重臣達とよく相談して決めればいい」
八雲の話しにフレデリカの落ち込んでいた顔が少しずつ明るくなっていくのが見て取れた。
「それと同時に俺達が今整備している道についても公示しておいて欲しい。今後、道の途中に警備府も造って警備隊も常駐させる方針が、シュヴァルツ皇国の各国でも進んでいるって知らせてやって欲しい。もうティーグルとエーグルの道は繋いである」
「エッ!?もう出来たのですか?さすがは黒帝陛下ですね/////」
さらに表情を明るくして、頬まで少し赤らむフレデリカに八雲は続けて説明する。
「これから次にエーグルからエレファンの道を整備する。早ければ一週間以内くらいで警備府の設置も進めていけるだろうから、警備隊の編成も頼みたい」
「ひとつの警備府にはどのくらいの規模の兵隊を置かれるのですか?」
「それは各国の復興具合にもよると思うけど、勤務の交代制を組む前提で、休みと訓練も同時にそこで行うとしてざっと数百人単位だろうな。そこに宿泊施設も造って旅人達の安全に休める場所を作ろうって話になっている」
「それは名案ですわね♪ エーグルも警備府の編成を急がせます」
たった数日の間、八雲に会えなかったことで不安が膨らんでいったフレデリカだったが八雲からもたらされる案に暗闇から光の下に戻してもらえたような、そんな感覚に包まれていた。
しかしその気持ちも束の間フレデリカは別件の問題を八雲に話さなければならなかった。
「それと、実はもうひとつ、八雲様にお話しすることがございます」
フレデリカの言ったもうひとつの話しとは、その曇った表情から八雲もノワールも決して良い話ではないことが推察出来た。
「以前、八雲様の船でお話しをした時のこと覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、覚えているけど」
「その際にわたくしの義母が父の暗殺を依頼した暗殺ギルドの話しを致しましたが、その時の暗殺ギルドの幹部を捕らえることが出来ました」
「おお!それはよかったな。それで?」
「はい。その際に八雲様のおっしゃっていたエドワード王とアルフォンス王子の暗殺を依頼した者について尋問しました」
「ッ?!―――吐いたか?」
「はい……その依頼をした者は、狐の耳をした獣人の女だったとのことです」
「それは……」
八雲は思わず葵の名前を出しそうになったのを思い止まる。
「その獣人は他に特徴とかあったのか?」
「はい。聞いたところによると、その者の髪は、わたくしと同じような―――銀髪だったと」
「……は?銀髪?」
(銀髪だと葵とは合わない。だとしたら別の人物か?)
フレデリカの言葉に困惑する八雲だったが、そこで―――
「ならば葵に直接訊いてみればよいではないか。お前の眷属になったのだから嘘は吐けん」
ノワールの言葉で八雲もハッとなる。
「確かに。フレデリカちょっと待ってくれ」
「はい?」
フレデリカに断りを入れてから、八雲は『伝心』で葵を呼び出す。
八雲によって『龍紋』を刻まれた葵も八雲の眷属という立場になり、『伝心』が使えるようになっていた。
【―――葵、聞こえるか?俺だ】
するとすぐに返事が返ってくる。
【―――
【それは帰ってからゆっくりと…ゲフン!ゲフン!いやそのことじゃなくて、葵に訊きたいことがあって】
先日してもらった膝枕のことを思い出して、少し恥ずかしくなった八雲だがすぐに本題に入る。
【実はお前が『災禍』に呑まれていた際に、エーグルの暗殺ギルドにエドワード王とアルフォンス王子の暗殺を依頼した者がいる】
【―――はい?そうなのですか?しかし妾ではありませぬ。エーグルの城には確かに行きましたが、それは出兵させるために『
【やっぱりそうか。その人物は狐耳をした女で―――髪は銀髪だったそうだ】
【ッ?!銀髪……】
【……心当たりがあるのか?】
しばらく黙り込んだ葵は、やがて話し出す。
【狐耳、銀髪、それだけではハッキリとは申し上げられませんが……おそらく天狐かと】
【天狐?それって……】
【はい。豊穣神より頂く狐の位で齢千歳を超える狐が頂く位となりまする。髪が銀髪となり、妾はそこからさらに二千年の時を経て空狐となり黄金の髪となりました】
【その天狐の位を持っているのは、ひとりか?】
【いいえ。空弧は妾ひとりですが、天孤は正直なところ世界に何人いるかは分かりませぬ。お役に立てず申し訳ございませぬ】
【いやそれだけ分かっただけでも収穫だった。ありがとうな】
そうして葵との『伝心』を終了して、フレデリカとノワールを見て、
「―――第三勢力が介入している可能性が高い」
静かにそう伝えて葵から聞いた話をふたりに説明するとフレデリカが青ざめ、ノワールも腕を組んで黙っている。
「葵が暗殺を企てた訳じゃないとなると、あの『災禍』のドタバタに託けてエドワード王達の暗殺を企てたヤツがいるってことが分かった」
「その銀髪の天狐の存在が見えた程度で他はまだ手探りだな」
ノワールの言葉に八雲も頷くしかないが、そこでフレデリカから意見が出る。
「ええ。ですが暗殺には誰か得をするものがいます。エドワード陛下とアルフォンス殿下を暗殺して、得をする者と言えば」
「ゲオルクなんだよなぁ……だけどあいつにわざわざ天狐が従うかというところが疑問だ。ゲオルクは獣人を奴隷として虐待、虐殺行為をしている噂が絶えないほどの男だ。そんなヤツに協力するとしたら、天孤の後ろに誰か黒幕がいると考えるべきだろうな」
「それこそ天狐を捕らえねば、分からん話だな」
そこで一旦、この話は終わりとして八雲は立ち上がる。
「今日はもう今から出ても夜になるからな。ルートが逸れても大変だし今晩は泊めてくれるか?」
フレデリカに尋ねると一瞬固まったフレデリカが満面の笑みを浮かべて、
「勿論でございます!黒帝陛下は、どうかこのティグリス城をご自身の城と思ってお過ごしくださいませ/////」
嬉しそうに話すフレデリカの横で、彼女を見ながらニヤリと笑みを浮かべるノワールに八雲は気づいていなかった。
そして、時を同じくしてフォック聖法国では、八雲にとって新たな出会いが胎動し始めていた……