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第77話 八雲訪問記・商業国家リオン(5)

「―――それじゃあソフィーさん。明日の仕込みに材料必要だろうから、これ使って」


八雲はそう言って『収納』の中から大量の材料を取り出して、厨房の邪魔にならないところに山積みにした―――


普段からアクアーリオやフィッツェと時間があれば料理の話しをするようになり、八雲自身も黒龍城や黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの厨房用に用意した材料を大量に『収納』空間の中に納めているのだ。


「こ、こんなに!?で、でも仕入れの支払いがすぐには……」


「ああ、これは俺のテストケースとしての投資だから、お金はいらないよ。上手くいかなかった時はその時で、この材料でまた別の案考えるしさ。俺の実験に付き合っているとでも思ってよ」


「え?―――それでいいの?本当に?」


羽振りのいい八雲を見てソフィーは余計に申し訳ない気持ちになるもカタリーナがそこに割って入って、


「八雲様には八雲様のお考えがあるのですわ。だから、ソフィー姉さん……どうかお気になさらずに」


「カタリーナちゃん……分かったわ―――お姉ちゃん頑張るから!」


「ああ~!私も頑張るよ♪ お姉ちゃん達!」


三姉妹が笑っているところを見て、八雲も胸の内が温かくなるのを感じ思わず笑みが零れた―――






―――そこからは、


ソフィーには教えた通り生地の仕込みをしてもらいながら、八雲はその場で冷蔵庫と冷凍庫を『創造』する。


その仕組みと画期的な道具にソフィーとサリーは目を丸くしていた。


カタリーナは羨ましがったが今回は八雲が自分から望んで手伝いをしているのと、自身の思うところがあって実験的に業務用冷蔵庫と冷凍庫を此処に設置しているので今は他の店に設置するつもりはない。


サリーには魚介や肉系の材料や野菜の仕入れを頼んで、材料費も八雲が出して大量に買って来るように指示した―――


―――カタリーナには使用する材料の原価から売値の決定を頼んだ。


こればかりは異世界から来た価値観の違う八雲では正確には出せないもので、庶民の出せる金額も八雲の日本人感覚では特定が難しいからだ―――


―――ソフィーには普段の料理に使う材料も冷蔵庫と冷凍庫を使っていいと伝えて、今日の分の仕入れも無駄にならないようにする。


そうこうしている間にサリーが仕入れ先の人達と大量の材料を持ち帰ってきた―――


―――サリーは仕入れたリストを書き出してカタリーナに手渡す。


カタリーナがそれを元に価格の選定を始める―――


―――この辺りはふたりが通う『聖ミニオン女学院』の商業算術という科目で習うのだということで手際がいい。


そうして気がつけば陽は傾き、夕方に差し掛かっていた―――






―――仕込みもメニューも値段も決まり、あとは明日の開店を待つだけとなる。


漸く落ち着いた頃ソフィーが全員分のお茶を用意してくれてテーブルに座って皆で一息入れていた。


「今日は本当にありがとう。八雲君、カタリーナちゃん」


改めてソフィーが深々とお礼をふたりに言うと、


「まだ本番は明日だよ、ソフィーさん」


「そうですわソフィー姉さん。わたくし達が皆で頑張れば、明日もきっと上手くいきます!」


八雲とカタリーナのその言葉にソフィーの瞳は少し潤んでいた。


「でもすっかり夕方になっちゃったね。八雲さんもカタリーナ姉さんも帰りは気をつけてね……最近この辺りには―――『切り裂き魔』が出るみたいだから」


「―――切り裂き魔?」


サリーの言葉に八雲が反応する。


「うん。何でも暗くなってからの街中で刃物を使って女性をバラバラに切り刻むんだって。警備兵も巡回しているけどクラスの子達も皆怖がっているの……」


「わたくしも聴きましたわ。何でも女性のバラバラにされた遺体が幾つもも見つかっていて、お父様達も警備隊を編成して巡回させたりしているのですけれど、それでも捕まえられなくて……」


「確かにそんな通り魔がいたんじゃ、おちおち外も歩けないな」


おそらくこの店が困窮する羽目になったのも、その切り裂き魔の影響があるんだろうと八雲は推察していた。


「ふたりとも、帰りは十分に注意して気をつけてね」


ソフィーは念を押すように言ってくれたが八雲にとっては、何それフラグ?と思えて仕方がない台詞に聞こえた……


「―――それじゃ、今日はこの辺でお暇致しましょうか」


「そうだな。明日、開店時間より早めに来るから。そこで俺が宣伝をブチ上げるから、ふたりとも覚悟しといてくれよ」


「―――はい!頑張ります!」


「ええ!これだけふたりが手伝ってくれたんですもの!明日は死ぬ気で頑張るわよ♪」


気合いの入ったふたりに別れを告げて、八雲とカタリーナは魔術飛行艇エア・ライドに乗って『リオン料理・ミネア』をあとにするのだった―――






―――既に夕暮れの夕陽が沈んで夕闇が広がっていき、空には星が輝き出している。


「あの……八雲様。本日は本当に、ありがとうございました」


八雲の腰に回した腕に力を込めて、その背中に顔を埋めるカタリーナに八雲は空を見上げる。


「―――言ったろ。本番は明日だって」


照れ気味になり顔が少し熱くなった八雲は夜風に晒して熱を冷まそうと考えた。


「それで、明日はどんな宣伝をするおつもりですの?今日は時間もなくてチラシなどは用意出来ませんでしたけど?」


「ああ、それな。それは―――」


そこで八雲は突然、魔術飛行艇エア・ライドを停止させた。


「―――どうされましたの?」


「カタリーナ、そこを動くなよ……」


八雲はひとり、魔術飛行艇エア・ライドから降りると大通りの前に広がる闇に眼を凝らす。


突然変わった八雲の雰囲気と冷たい空気にカタリーナは固唾を飲んで見守っていた……


切り裂き魔の噂のせいか暗くなった街中には人が見当たらなくなり、店も早めに閉めているのか灯を落として早々に二階の自宅に上がってそこに灯が灯っていく。


そんな闇が広がる大通りの先に、スゥーとひとつの影が生まれる……


「……」


無言だけでなく無音で近づいてくるその影にカタリーナは呼吸が止まった。


「こんな暗がりで気配を消して待ち伏せとか―――まるで『切り裂き魔』みたいだぞ?」


石畳の大通りに立つ八雲は相手を見つめながらそう呟くと、『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を取り出してベルトに差し込み相手の出方を見る―――


―――次の瞬間、


黒い影は一瞬で掻き消えたかと思うと八雲の目の前まで飛び込んでくる―――


―――その両手には鎌のような形の刃が付いた剣が握られていた。


「―――ヒッ?!」


後ろの魔術飛行艇エア・ライドに腰掛けたままのカタリーナは、暗闇から突然現れて八雲に一瞬で接近したその男に驚愕し背筋が凍りつくほど恐怖を覚え思わず声が漏れる。


だがしかし―――


キイィ―――ン!!


金属が打ち合う高い音が夜闇に響き渡り、その切り裂き魔の刃は八雲の夜叉と羅刹によって阻まれていた。


「八雲様―――ッ!!」


一瞬の攻防に目が追いつかないカタリーナは、その武器の鈍い光が八雲に向けられているのを見て叫んでいた。


「―――大丈夫だ」


カタリーナにそう返事した八雲はジッと目の前の男を見つめた。


男の顔には―――髪も眉毛も睫毛もない……


のっぺりとした白い顔に、まるでマスクのような無表情の目と耳と鼻と口がついているだけ、そんな不気味な印象しか与えない容姿でジッと八雲を見つめている目ですら生気を感じない。


ギリッ!ギリッ!―――と鍔迫り合いで上がる金属の擦れる音が響き、切り裂き魔は一旦距離を取ろうとバックステップで後退するが八雲はその後退に合わせて今度は自分がピタリと接近したまま前に出る。


するとそこで身体を右に捻り回転させた勢いで鎌型の剣を横薙ぎに振り抜こうとする男を八雲は右手の夜叉で防ぎながら、一旦距離を置く。


(随分と感情を殺し切っているな……いや、感情がまるでないのか?)


先ほど仕掛けた八雲の突進も相手が怯むのか確認するための動きだったが、切り裂き魔は表情ひとつ変えずに追撃を躱す攻撃を仕掛けてきた。


その間この男からは全く感情が揺れる機微も息づかいも感じられない……


(もしかして……人間じゃない?)


そう考えればこの男の人間の臭いがしない動きにも呼吸を感じないのも納得がいった。


そこで八雲は夜叉と羅刹をスッと下げて構えを解くと切り裂き魔はそれを見逃さないかの如く次の瞬間には懐に飛び込んで来ていた。


―――『身体強化』『身体加速』『思考加速』を発動する八雲。


切り裂き魔は左右から鎌型の剣をまるでクワガタが角で挟むように横薙ぎで走らせてくる―――


―――八雲はその鎌型の剣が迫るより遥かに速い速度で、男の両腕を肩越しから斬り飛ばした。


しかし斬られた傷口からは出血はなく、そして黒い男の上着を突き破って脇腹辺りから短剣を持った腕が八雲目掛けて飛び出してきた―――


―――服を突き破って出てきた腕を見た八雲は、男の突きより速く残像を生じながらバックステップで躱す。


「え?腕が、生えて?なんですの?一体あれは……」


―――目の前の一瞬の攻防に頭がついていかないカタリーナだったが素人目に見ても八雲が圧倒的に優位に見えていたので、ひとまずは冷静さを取り戻そうとしている。


「―――あれは人間じゃない。ましてや獣人やエルフ、魔族でもないだろう」


八雲がカタリーナにそう言い放つとパニックだったカタリーナの思考が働き出す。


「でしたらあれは、ゴーレムもしくは自動人形オートマタ―――」


そうカタリーナが呟くと同時に切り裂き魔が再び前に出ると八雲も身構える―――


―――八雲に向かって短剣を突き出すがあっさりと受け流され、夜叉で腰の辺りを真横に両断される。


下半身と上半身に分かれた切り裂き魔だったがそこから上半身は空中に止まり、下半身は下半身で自立行動を開始して八雲に蹴りを連続して繰り出してくる―――


「おお!手品師もビックリ!」


―――自立行動する下半身の蹴りを八雲も蹴りで応戦していく。


―――その間に空中に浮いた上半身とは別の方向から迫る気配を感じ取った八雲が両手の夜叉と羅刹を振り翳すと、そこには先に斬り飛ばしたはずの両腕とその手が握る鎌型の剣が迫っていたところだった。


「全身自立機能付きとは、まったく恐れ入ったな」


刻んだ身体がそれぞれ自立して攻撃する様子は現在一対四の闘いと断言出来る状況となり、見守るカタリーナも青い顔をしてハラハラしていた―――


両手を攻撃の防御に回した八雲の正面から物凄い速度で宙を飛んで、脇腹の腕に持った短剣を突き出した上半身が突撃をしてくる―――


すると八雲は、バックステップで一旦後ろに下がり、




「九頭竜昂明流・八雲式剣術

―――『炎柳えんりゅう』」




今度はゆっくりと足を前に出すと全身をまるで風に揺れる柳の葉のように流れるような柔らかな動きで進む―――


―――しかしその手に握られた夜叉と羅刹には刃に蒼い炎が立ち上がり闇夜の大通りを青白く照らしていく。


風柳ふうりゅう』にこの世界で身に着けた身体能力と火属性基礎ファイヤー・コントロールを複合した新たな技であり、今の八雲に傷をつけられる者はいないとまで言い切れるほど八雲の身体は物理攻撃をすべて躱せるだけの領域に達していた―――


―――しかし感情のない切り裂き魔は、そのことにも臆せずに切り落とされた両腕と上半身、下半身がそれぞれのタイミングで突進してくる。


八雲は風に流れる柳の枝のようにゆらゆらと残像を残しながら歩みを進めると、そのうち夜叉を何もない空中へと振り翳すと空中を飛んでいた通り魔の右腕がその刃に飛び込み一瞬で火だるまになって地面に転がる―――


―――次に突き出した羅刹には下半身が蹴りを打ち込みに来て、股間から股を裂く様に斬られ左右に別れて炎に包まれた。


さらに残像を残しながら歩みを進める八雲が突き出した夜叉に浮遊していた左腕が自ら突き刺さってくると、これもまた火だるまになって地面に転がっていく―――


―――最後に残った上半身が脇腹の腕を左右に広げて独楽のように回転を始めると、竜巻のような高速回転となり八雲に突っ込んでくる。


しかし無心の八雲は変わらず柳のように揺れながら残像を残し移動すると、突撃してくる上半身にスッと夜叉を向けて自らその刃に突っ込んだ途端、脇腹の両腕が跳ね飛び燃え上がっていた―――


最後に残った上半身が腕を全て失って地面に転がったところで、その仰向けの上半身の胸を踏みつける八雲。


そこで動けなくなった通り魔の上半身に『鑑定眼』スキルを発動すると、


「やっぱり―――自動人形オートマタか」


その眼に表示された切り裂き魔の正体を暴いた八雲は、更にその喉元に『核』のような存在を探知して夜叉で一気に刺し貫くと四肢を失った自動人形は機能をすべて停止したのだった―――






「―――八雲様!!お怪我は!?お怪我はございませんか!!」


戦闘が終わったのを見るや走り出したカタリーナは八雲に抱き着くようにして安否を伺う。


「大丈夫だ。ありがとな。だからカタリーナも落ち着いて、な?」


そう言ってカタリーナの頭に手を置くとゆっくりと撫でて安心させようとする八雲だったが、


「あ、ああ……はい/////」


別の意味で落ち着けなくなってしまい顔を赤くするカタリーナだった。


―――そしてやっと落ち着いたカタリーナが八雲に問い掛ける。


「八雲様、先ほどの動きは?相手が自分から八雲様の剣に跳び込んで行くように見えましたが?」


「あれは相手の動きを呼んで、そこに刃を出すだけだ」


「はあ……そんなことが出来るのですか……」


カタリーナからすれば簡単なことのように説明する八雲の力が計り知れなかった。


「……これが切り裂き魔の正体ですの?」


恐る恐る八雲の足元に転がる切り裂き魔の上半身を見下ろすカタリーナ。


「ああ。これは自動人形オートマタだ。誰が造ったのかは調べてみないと分からないだろうな」


同じ自動人形オートマタでも八雲の『創造』したディオネとは精密な動き、滑らかな肌に表情、何より言語を使う知能といった基本的な造りがこの切り裂き魔では、お粗末な造りで炎上して燃え残った身体はマリオネット人形のように関節などが剥き出しだった。


恐らく人から見える顔だけは人間っぽく造られていたものの、服に隠れる部分は人形そのままだったのだろう……


「では、警備隊に引き渡しませんと」


「そうだな。ロッシ評議長にも明日報告するとして、呼びに行くのが面倒だな」


そう言って八雲は空に手を翳すと―――


「―――火球ファイヤー・ボール


―――と魔術を発動して発射された《火球》が空中に打ち上がると花火のように爆発した。


「ちょ、ちょっと!―――八雲様!いくらなんでも街中で攻撃魔術は!」


慌てるカタリーナだったが、その爆発を聴きつけてすぐに警備隊がやってきたので事の経緯を説明して警備隊に切り裂き魔の身体を引き渡した。


「―――父にはわたくしからも報告いたしますわ。ご苦労様です」


「ハッ!―――承知致しました。カタリーナ様」


カタリーナと八雲に大体の事の経緯を聴いた警備隊長はそうして引き上げていった。


「それにしても、お強いのですね。八雲様は/////」


ふたりになってカタリーナが頬を赤らめて言った。


「いや、上にはまだ上がいるからな」


「え?八雲様よりお強い人が?一体どなたですの!?」


そう問い掛けるカタリーナに八雲は笑って誤魔化していたが―――




炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン




かの存在は、八雲にとってまだまだ上の存在だった。


そしてふたりは再び魔術飛行艇エア・ライドに乗り、夜の闇を裂いて帰宅するために急いだのだった―――



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