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第75話 八雲訪問記・商業国家リオン(3)

―――道を造りながら進む黒戦車に乗った八雲はクレーブスに魔術付与エンチャットしてもらったローラーでどんどん荒れた道を進んでいく。


「いい感じで進んでるな。クレーブスに感謝しないと」


八雲が通ったあとには魔術でコンクリ状に変換された大地が続き、速乾で凝固していくので後ろに続くキャンピング馬車も黒麒麟が蹄を立てても問題ない―――


そうして進めた舗装工事も、リオンの首都レオーネから一番近い村まで舗装して停止した。


村の住民達は突然現れた黒い戦車と、その後ろに付いた巨大なローラーにより造り上げられたコンクリートの道に驚いていて、


「―――す、凄い道が出来てるよ!一体どうやって!?」


「―――これだけ立派な道なら、雨でも泥濘にハマるようなこともねえなあ!」


と驚きと喜びの声が上がっていたのを聴いて八雲の顔も笑みを浮かべていた。


「あ、あの、黒帝陛下。どうぞ、これを/////」


するとそこに水で濡らしたハンカチを持って八雲のところに近づくカタリーナがいた。


「え?ああ、ありがとう……ふぅ…冷たくて、気持ちいいよ」


それで首筋などを軽く拭ってから洗って返すと言ったら、


「いいえ!―――どうぞおかまいなく!わたくしが洗いますわ!」


「え?でも、悪いし……男の汗吹いたハンカチなんて嫌だろ?」


「とんでもない!むしろ望むところですわ!」


「エッ?」


「あ……/////」


カタリーナの変なテンションに当てられて八雲も少し気恥ずかしくなり、


「じゃあ……任せる」


と静かにハンカチを返した。


「―――なにを甘ったるい空気を出しているのだ。お前達は?」


そこに離れて様子を見ていたノワールが、揶揄っている顔でニヤニヤしながらやってくるとふたりは顔を引き締めて、


「―――何でもない」


「―――何でもありませんわ/////」


と同時に否定するがカタリーナの顔は真っ赤で全然隠せていない。


「そうだ八雲!来月にカタリーナの学院で学院祭が催されるそうだ!面白そうだから見に来よう!!」


そこでキャンピング馬車で移動中に聞いたカタリーナの通う『聖ミニオン女学院』で年に一度行われる学院祭の話を聴いたノワールが、行きたいと言って話を切り出した。


「へえ、学院祭があるのか。でも女学院って、女性だけの学校だろ?男が行って大丈夫なのか?」


「ええ、それは問題ありませんわ♪ 学院祭には父兄の皆様も御来校されますので大丈夫ですわ」


「学院祭って、どんなことやってるんだ?」


素朴な疑問をカタリーナに問い掛けると、


「演劇や合唱、オーケストラ演奏などもありますが、メインはやはり『模擬店』でしょうか♪」


「え?模擬店とか出すの?生徒だけで?」


お嬢様学校かと思いきや、意外と庶民派な学校だなと八雲も興味を魅かれた。


「いえ、わたくし達の学院で行う『模擬店』とは、自分達で直接店をする人もいますが多くは自分達でスカウトした人に来てもらい、店のメニューを決めて原価計算も行って本格的に経営を『模倣』する『店』です」


「メチャクチャ本格的だな?!さすがは商業国家の学院と言ったところか……でも、将来そういう仕事をしたい子達が多いってことだよな?」


「はい♪ わたくしのように自らのブランドを立ち上げたりして既に経営を行っている子もおりますし、そういった子達はブランドの商品を学院祭で安く売って名前も売るといった理由で模擬店をする生徒が多いですわ」


「聞いてみるとけっこう面白そうだな」


「―――だろう!なあ!だから行こう!なぁ、いいだろう八雲ぉお♪」


腕に掴まってブラブラさせながらお願いするノワールの可愛さを見て八雲の返事に拒否はない。


そして、そのふたりの様子を見てカタリーナは少しムッとした表情に変わっていた……


「分かった。来月のいつ頃?」


「十五日から開始で三日間行いますわ♪ 黒帝陛下が来て下さるのでしたら、わたくしも張り切って準備致しますわね♪」


「楽しみにしとくよ」


だが、この時の八雲はカタリーナの準備の意味が分かっていなかった、いや、分かるはずもなかったのである……


後の学院祭で八雲に降りかかる災難を今は想像すら出来なかった―――






―――道の造り方を見せた八雲はそこから再び皆でアサド議事堂に戻り、今度は貴賓室とは違って会談用の特別な部屋に通されていた。


そこにジョヴァンニ、カタリーナと八雲、ノワールにエドワード、アルフォンス、そしてクリストフが同席した。


「これで四カ国にどういう道を舗装するのか分かってもらえたと思う」


「ええ、それはもう充分に。では道の舗装が出来れば、その道を利用する人・物・金の問題ですな?」


「その辺の話は国家間で取り決めてもらった方がいいだろうし、俺から言いたいことだけ言っとく」


「ほう?黒帝陛下のお考え、お伺いいたしましょう」


ジョヴァンニが顔を引き締めてかまえると八雲が話し始める。


「ひとつ、四カ国間の関税は撤廃する」


「ふむ、それは想定の範囲内ですな。共和国となったシュヴァルツ皇国内で関税を続けても、物の流通速度に足枷が付くようなものですし何より関税を撤廃することで物価が下がり国民の生活が安定しやすいということですな」


「ああ。次にこれはエーグルとエレファンでも提案したが冒険者ギルドに輸送物資の護衛依頼を確立してもらいたい。折角あの荒れた道を整備しても、野盗に狙われるのは生産者に対して不幸でしかない。こう見えて野盗の壊滅は何度かしているけど、あいつ等のことはネズミやゴキブリにしか見えない」


「そのお考えはよく分かりますわ……わたくしの学院の先輩が行っているブランドの商品も輸送中に襲われて大変な損失を出しておりました」


「ああ、だからこそ警護の強化を図らなければ餌に群がる虫共から大切な物は護れない」


「分かりました。その件はわたくしから冒険者ギルドに公式な依頼として進めるように致します」


ジョヴァンニの返事に八雲は頷くと次の要望を伝える。


「この道の整備はすべて俺が行うことは理解してもらったが、道をどう繋ぐかも俺の一存で任せてもらう」


そこでジョヴァンニは顔色を変えた―――


「それは、どういうルートで道を造るのか、すでに決まっておられるのですか?」


「ああ、これがその地図だ」


そこで八雲はクレーブスと地形の高低差や安全と距離を考慮した道を記した地図をテーブルの上に広げる。


「おお……」


「ルートは各国を繋げる道で、リオンとティーグルの間には分岐を造ってエレファンに向ける道を繋げる」


「この赤い人型の印は何ですの?」


地図の上に描かれた赤い人型マークについて気がついたカタリーナの問い掛けに八雲は説明する。


「そこには警備府を設置しようと思ってる。そこに常駐した警備隊を置いておけば、野盗もさらに犯行がやり辛いだろう?さっき言った冒険者ギルドの警備と合わせて活動すれば治安が向上するだろう」


「なるほどですわね。あ、でしたらこの警備府の横に宿泊施設を設けて旅の途中でも安心して過ごせる場所を提供しては如何でしょうか?」


「―――いいな!それ採用!その宿泊施設も警備府の建物と一緒に俺が用意しよう」


「でしたら、その中で使用する備品などは私共ロッシ商会にお任せ頂けませんか?」


「こっちから頼むつもりだったよ。警備府の方は立てる土地の国が警備隊を組織するってことでいいよな?」


「そうですな……他国の軍事事情は分かりませんがリオンの兵隊でしたら編成して警備府に送り、当番制で勤めさせることは可能ですな」


ジョヴァンニは頭の中で自国の守備兵を計算し、警備府の数とローテーションについて計算して答えた。


「ティーグルも各騎士団の訓練がてら警備府での当番勤務は可能だろう。エーグルも今はゴタゴタしているだろうが、この警備府の数なら問題ないだろうし、エレファンは逆にそれで仕事に就ける若者が増えるだろう。な、親父殿」


アルフォンスがエドワードにそう告げる。


「うむ。確かに各国としても物資の輸送が安全となれば、国民の生活が少しでも安定できるならそれに越したことはないであろう」


「これはやはりあの時、エドワード陛下のご提案に乗って正解でしたな!ハハハッ」


ジョヴァンニはそういって笑い出すとそれを見たエドワードも、


「儂もまさかこんな未来に明るい事業の提案を黒帝殿からもたらされるとまでは予想していなかったがな」


こうしてシュヴァルツ皇国の道路網の草案は決まり、このあとの夜会までは自由に過ごすこととなった。


八雲とノワールは一度黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに戻るとのことで、エドワード達は貴賓室で寛いで過ごすことにした―――






―――会談の場に残ったジョヴァンニとカタリーナだったが、そこでカタリーナに声を掛けた。


「それで……お前はどこまで本気なんだ?」


「―――あら?藪から棒になんですの?お父様」


「今まであれだけ男には興味をまったく示さなかったお前が、黒帝陛下に突然興味を示し出した。それどころか婚姻の意志までアピールしだしている。どうしてそう変わったのか知りたくてな」


「うふふっ♪ そういうお父様こそ、黒帝陛下の見せた力や提案にも随分と乗り気でいらっしゃいましたわ。それにあの馬車の中で見せて頂いた設備……あれはこの世界の生活水準から運送業、いえ魔法技術全般を大幅に発展させるものであり、同時に莫大な利益の原泉でもありますものね」


娘に胸の内を見透かされて苦笑いをするジョヴァンニだが、それと娘の態度の変化とはまた別の理由だろうということは察しがついていた。


「惚れたのかい?彼に」


「―――な、何を突然言い出しますの?!/////」


「ハハハッ!……だがカタリーナ、よく聞きなさい。あの御方の傍に上がるということはお前の予想以上に危険と苦労も伴うことになる。力をもつ者の周囲は決して平穏を許してくれない。今ならまだ他に優秀な商人と結婚して平穏な人生を送る道もあるんだぞ?」


父としての顔と言葉でそれを伝えられてカタリーナは一瞬思いに耽るも、


「この世に生まれて平穏な人生で終わるなどと、このカタリーナ=ロッシ考えておりませんわ!わたくしはあの御方のお傍に必ず行きます。そしてあの御方に頼りにされる女になりたいのです」


真剣な瞳でそう言い返されたジョヴァンニは、もはや何も言うことがなかった。


「そうか……ならばロッシ家の娘として思うがままやってみなさい。わたしはお前をいつまでも見守っているから」


決意を固めた娘に送るジョヴァンニの笑顔は商人としてでも評議長としてでもなく、ひとりの父として娘に贈る笑顔だった―――






―――黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに戻った八雲は、ノワールと別れてひとりでクレーブスの部屋へと向かっていた。


葵の部屋と同じくクレーブスの部屋も特別な造りとなっていて―――


「クレーブス、俺だ。中に入っていいか?」


その扉をノックして中に入っていいか問い掛けると―――


「―――八雲様ですか?どうぞ」


―――と了解を得たので自動ドアを開けて中に入る。


入った部屋は数多くの書籍棚があるが、この棚は飛行中に角度などが変化しても本が落ちて来ないようにしている八雲特製の本棚で、そこにはクレーブス所蔵の貴重な本が並んでいる―――


その大量の本棚と書籍の海のような部屋とは別に個人部屋として別室を造り、そこは皆と同じように寝室や浴室などが設置されていた。


書籍の部屋にはテーブルと椅子が置いてあり、そこにクレーブスは座って色々な書籍を広げていたようで調べものの途中だったようだ。


「忙しそうなときに悪いな。クレーブスが用意してくれたあの魔術式ローラーと考えてくれた道路舗装ルートに警備府の配置、すごく助かったよ。ロッシ評議長も乗り気になってくれた」


「―――そうですか。八雲様のお役に立てたのでしたら良かったです」


笑顔でそう返すクレーブスに八雲はドキッと胸を撃たれる。


黒く長い髪に黒い瞳、褐色の肌に抜群のプロポーション……素直に一見するとノワールにも似ている雰囲気があるが、その長い睫毛と美しい瞳に掛かった眼鏡が色気を醸し出している。


(ヤバい!―――クレーブスは元々美人だし、いざ見られるとやっぱり緊張するな)


ここは何か話題を変えようと考えた八雲は、


「それで、クレーブスには黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの魔術式マーキングや今回のローラーとか世話になったし、何かお礼をしようかと思ってさ。俺に出来ることだったら何でも言ってくれ」


ここに来た本当の目的、クレーブスに何かお礼をするためだった八雲は彼女の希望を問い掛ける。


「本当に……何でもよろしいのですか?/////」


「ん?ああ、出来る範囲のことなら何でもするぞ」


八雲の返事に何故か顔がドンドン赤くなるクレーブスだったが、か細い声で―――


「でしたら…その……夜の営みを……教えて…くださいませんか?/////」


「……は?いま、夜の営みって?」


八雲の訊き直しにクレーブスが顔から湯気が出そうな勢いで赤くなり、コクリと頷いていた。


少し考えて八雲は、


「分かった。クレーブスがそう望んでくれているのなら、俺も全力で応える」


と言ってクレーブスに近づくと、そのぷるぷるとした唇に自分の唇を押し当てていくのだった―――



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