「―――カタリーナ!!!黒帝陛下に黒神龍様とティーグルの王族の皆様までいらっしゃる前で何だ!」
ジョヴァンニは貴賓室に突然現れた自身の娘に大声を張り上げて叱責すると、カタリーナ本人はどこ吹く風といったように言い放つ―――
「突然の無礼は重々承知しておりますわ。ですがこうでもしなければ、あの空を飛ぶ船をお持ちの黒帝陛下に易々とお目通りは叶いませんでしょ?」
「お会いする機会なら夜会の席でもできただろう!」
「あら?それではわたくしよりも先に、あの船についての情報を知ろうとする者が黒帝陛下に近づくかも知れませんでしょう?お父様もそのひとりでしょうから」
「グヌヌッ!―――お前は……ああ言えばこう言うぅう!」
何を言われても動じず、屈せず、我が道を行くカタリーナの言動と態度にジョヴァンニは拳を握りながらワナワナと肩を震わせている……
「向こう見ずなお嬢様だけど情報収集に全力を注ぐところは商人の鏡なのでは?少々危なっかしいけど……」
「―――お褒めの言葉、恐悦至極ですわ黒帝陛下♪」
「いや、褒めてないからね?」
ますます頭を抱えるジョヴァンニの姿にここは話題を変えようと、
「ところで俺がエーグルとエレファンでどんな話をしてきたのか。それに興味はないか?」
と今後の話しに切り替えようとジョヴァンニに八雲が問い掛けると、
「ほお!それは一体―――」
「―――知りたいですわ!!!」
「……」
ジョヴァンニの返事よりも勢いよくカタリーナが声を上げていた。
「クックック♪ これはまた威勢のいい娘だな。八雲!何ならお前の嫁にでも貰ったらどうだ?」
「ちょっとノワールさん、余計なチャチャ入れないでもらえますかね?」
すでにティーグルのヴァレリア王女にシャルロット公爵令嬢、エーグルでは次期女皇帝のフレデリカ皇女と王族クラスの婚約者が積み重なっていく中で、これ以上のしがらみは作りたくない八雲だったが、
「おお!誠ですか!それは是非に―――」
「―――お断り致しますわ!」
「これって俺、何もしてないのに振られちゃった?」
娘と黒帝との縁談の話しに途端に眼を鋭く輝かせたジョヴァンニだったが、それをアッサリとカタリーナ本人に断られて八雲は八雲で知らないうちに振られた形となってしまい重たい空気が流れる。
「カタリーナ!お前は―――」
さすがに堪忍袋の緒が切れたジョヴァンニは激怒するが、カタリーナは気にせずに語り出す。
「わたくしは商人の頂点を目指していますの。そのわたくしが輿入れするとなれば、それはわたくしよりも優れた商人であること、わたくしを負かすほどの実力がなければ認められませんわ!」
「なんたる実力主義……だがカタリーナ嬢は父親の仕事でも手伝って商売しているのか?」
八雲がカタリーナに疑問を問い掛ける。
「黒帝陛下。我が娘カタリーナはわたくしの商会の傘下にあるブランドを幾つか任せておりまして。このように学生の身分で若輩者ではありますが業績は右肩上がりさせております」
「え?学生なのか?て言うか学校とかあるんだな……」
そこで八雲は学校という言葉を口にして、自身の送っていた学生生活がフラッシュバックした。
そこにいた友人や大切な幼馴染も、今の八雲の姿は想像もできないだろうと内心ひとり思いに耽る。
「ええ♪ わたくしはこの商業国家リオンにあります「聖ミニオン女学院」の二回生をしておりますわ」
「まさかの女学院……お嬢様が行く学校なのか?」
女の園である女学校と聞いて、八雲はバックに薔薇が咲き乱れたお嬢様の園しかイメージが湧かない。
「あら?黒帝陛下はご興味がおありですの?」
「無いと言えば絶対に嘘になるからそう言えなくて残念だ」
「思ったより面倒臭い方ですのね……」
「カタリーナ!!!お前はまた失礼だろ!!!」
八雲に自然とツッコミを入れていたカタリーナに、ジョヴァンニの血管は切れそうになっている。
だが久しぶりに学生をしていた時のような懐かしい空気を届けてくれたカタリーナのことを憎めない八雲は、思わず笑いが込み上げてきた。
「ふふっ、アハ―――アハハハッ!!……いや、ロッシ評議長、そんなに気にしなくていいよ。カタリーナ嬢はこのまま俺と評議長の話しに同席してもらおう」
「―――本当ですか!ありがとうございます陛下♪」
「―――黒帝陛下?!ほ、本当に宜しいのですか?」
「俺から言い出したことだし勿論かまわないさ。それにこの国のことも教えてもらいたいしね」
「お任せ下さいませ!」
そういってポヨン♪ と大きな胸を叩きポヨン♪ と波打たせる姿に、
(クッ!早くもハニートラップか!?―――だが俺は騙されない!)
と唇を噛んで勝手に堪えている八雲を見て、ノワールもヤレヤレといった苦笑いを浮かべていた―――
―――貴賓室では、新たにカタリーナがジョヴァンニの隣に着席して、そこから八雲が話を進めている。
「―――というわけで、俺はエーグルとエレファンに道の整備を約束した」
「道、ですか……確かにこのリオンでも街の近くであれば整備しておりますが、その外に出てしまえば道はもはやあって無きが如し、ですからな……それに野盗の類いも後を絶ちませんし」
肩を竦めてジョヴァンニが顔を顰めると、余程野盗共には苦労をしているらしいことが八雲にも伝わってきた。
「だから、ある程度しっかりとした一定の幅を持った各国を繋ぐ道を早急に整備する」
「ですがそれほどの事業となれば国家規模と言って差し支えありませんわ。そのための資材、人員、それに精度の高い工事計画を立てなければ途中で立ちいかなくなりますわよ?」
カタリーナが真剣な表情で八雲に意見すると、八雲は落ち着いた表情で―――
「工事は俺の方でやるよ。リオンにはその道を利用してこれからの共和国が繁栄するための水先案内を頼みたい」
「工事を黒帝陛下が?そのように簡単に請け負ってよろしいのですか?」
カタリーナが訝しげな瞳を八雲に向けてくる。
だが今回はジョヴァンニも娘に同意見だった。
大陸の半分を横断させるような工事になるのだ。
その規模と予算、工期に費やす時間は今すぐにでは試算すらできない。
「なんだったら今から工事始めてもいいけど?」
「……エッ!?」
「今なんと!?」
親子揃ってジョヴァンニとカタリーナが顔を見合わせて驚くが、八雲は全然気にせずに、
「それじゃあ今から行こうか」
と席を立ち上がった。
「―――面白いですわ!黒帝陛下のお手並み拝見させて頂きますわ!!」
「―――是非ともどのようなことをなさるのか、拝見させて頂きます」
「そういうところは、親子ですね……」
勢いよく同時に立ち上がったロッシ親子に八雲はツッコミを入れずにはいられなかった……
―――アサド評議会議事堂の正面表に出ると、八雲は『収納』からキャンピング馬車と黒麒麟を出す。
「なあああ!?……い、今一体何を?」
「まあ魔術みたいなもんだよ。これはノワールの馬車だから」
「ふふん♪ 好きなだけ褒めてくれてかまわんのだぞ?」
得意気なノワールの姿を見て、一瞬困り顔をしていたジョヴァンニだったが馬車の中に入った途端―――
「素晴らしい!!!さすがは黒神龍様のお乗りになる馬車です!!おお!これはなんですか?こっちは?」
と未知の設備に興奮しっ放しとなり、同じく娘のカタリーナも―――
「冷たい!?こ、これは中に食材が入っていますわ!!!お父様!!!これを見てくださいませ!!!」
「どうしたカタリーナ!!!な、なんだ!このボックスは!?うおお!!!つ、冷たい!!!これで保管しているのか?!」
八雲特製の冷蔵庫に夢中になって、これを使えば食料の輸送が!保管期間が!と興奮が収まらない。
「そろそろ出発するぞ?」
馬車には八雲、ノワール、ジョヴァンニ、カタリーナ、エドワード、アルフォンス、クリストフと世話役としてアリエス、レオ、リブラが乗車していた。
アンジェラ達お姫様は今回貴賓室に留守番することになった。
アリエス達は手慣れた感じで冷たい飲み物をソファーに座った全員の前に置いていく。
「空中に浮いていますから、振動もありませんのね。黒帝陛下!この馬車お幾ら致しますの!」
「―――値段はつけられないなぁ。それにこれはノワールの為に造った馬車だし」
「クウウッ!では、どこでお造りになりましたの?わたくしも作成を依頼致しますわ!!」
「俺だけど?」
「は?いやだから誰が造ったのかと……」
「だから、俺だけど?」
「あ、あの冷蔵庫は?」
「俺だけど?」
「あのキッチンは?」
「俺だけど?」
「……冗談ですわよね?」
「そんな下らない嘘吐くとでも思うか?」
そこまで確認してカタリーナは―――
「いやいやいやいや!!マジですの!?事実ですの!?正気ですの!?」
「正気を取り戻すのはお前だろ……」
そこでノワールが―――
「あの
と余計なことを言ってきたから、途端にカタリーナの眼の色が変わる……
「黒帝陛下……今までの非礼、心よりお詫び申し上げます」
「おお、どうした急に?大丈夫か?まるで遺産を狙う嫁みたな目してるぞ」
「オホホッ♪ いやですわぁ♪ わたくしがそのような卑しいことなど思っているわけございませんわ♪ それで―――先ほどお話のありました嫁入りの件ですがぁ/////」
「おい、今のお前の眼には金貨が浮かんでるぞ。ちょっと鏡見てこい」
「どうしてそんな酷いことをおっしゃいますの!クスンッ……」
「さっき自分は商人の頂点を目指すから、輿入れするのは自分より優れた商人だとかほざいてたよな?」
「―――確かに、優秀な商人でなければ結婚など思いもしませんでしたが、それが優秀な製造元でもかまいませんわ♪」
「とうとう遠慮無しに『製造元』とか言い出したぞ、この子……」
しかしジョヴァンニも、ここでは納得しているかのようにウンウンと頷いている……
そんなやりとりに飽きたのかノワールが欠伸をしながら、
「ふああ~!……おい、もうそろそろ出発しないのか?」
と割り込んできたのでこれ幸いと八雲が馬車を出発させた―――
冗談か本気なのか、とにかく馬車の中では快適な空間を楽しむ皆に、
「これから首都の外に出て、整備されている道が途切れるところまで向かう。そのあとに俺が舗装工事を始める。どうやって工事するのかはその時に見てくれ」
説明にならない説明をする八雲だが特に反論、異論、質問はない。
ここまでの設備と技術を見せられれば、ここは黙って最後までみているのが正しいだろうとジョヴァンニもカタリーナも冷静に判断していた。
そうして整備された道が途切れるところ、首都からほんの五百mほど離れた場所に来た。
「それじゃあ準備しますか」
キャンピング馬車から出た八雲は、そこで『収納』から
普段は一頭引きで黒麒麟に引かせるのが今回は二頭引きになっていた。
そして馬車の部分の後ろには、巨大なローラーが取り付けられている……
高さ二m、幅およそ二十mのローラーを、黒戦車で曳けるように整えられている。
「よし、ノワール!後ろを着いて来てくれ!」
「我に任せておけ!いつでもいいぞ!」
キャンピング馬車のコントロールをノワールに任せて、八雲が黒戦車に乗り込むと、
「―――
八雲が魔術を発動し、それに応じるかのようにローラーに刻まれた魔術式が光を放ち始めた―――
「出発だ!!」
掛け声とともに走り出す黒戦車、その前進に合わせて地面の上で魔術を展開しながら回転するローラー。
すると―――ローラーに撫でられた地面が石のように硬質化して、コンクリートのようなものが敷き詰められた道に変わっていく。
「こ、これは……」
「嘘……」
「相変わらず黒帝殿のやることは常識を外れておるな……」
その状況を目の当りにしたジョヴァンニもカタリーナも、八雲の常識外の行動に慣れていたつもりのエドワードも、ただ黒戦車で走るだけの八雲が見る間に道を造り出していく背中を見ながら改めて特別な存在だということを認識する。
「凄いですわ!こんなことが出来るなんて!出来た道をみたところ普通に馬車が往来しても頑丈そうですし、黒帝陛下はこんな御力もお持ちなのですわね/////」
ウットリとした表情で前を走る八雲の背中をこれまでになく熱い視線で見つめるカタリーナだった―――