―――エレファン獣王国から一路、商業国家リオンへと向かう八雲達。
エレファンの首都レーヴェからリオンの首都レオーネまでの距離はエーグルの首都ティーガーからレーヴェまでの距離のおよそ二倍の距離があった―――
朝からレーヴェを出発したが到着は昼を越える予定だとディオネが乗船している全員に告げると、各々船の中で寛いで過ごすことになった。
甲板装甲は元々が黒神龍の鱗を張り巡らせているので、上位魔法攻撃でもビクともしない強度をしている。
改修して塗布した魔術式の紋様は主に飛行中の状態や船内の環境を改善するためのものだ。
地上からの認識阻害や飛行中の空気抵抗を緩和する障壁術式は魔術攻撃・物理攻撃にも有効な魔術術式なので、防御力も併せて上昇している。
その改修作業中にシュティーアと抜け出して激しく交わっていたことはドワーフ達にバレバレで、揶揄ってくるドワーフ達をシュティーアが黒戦鎚=雷神を取り出し追いかけ回していたが助けを求めるドワーフ達に八雲は黙って親指をグッと突き立てて答えていた。
そうして今現在、大空を軽快に高速で飛行する
―――商業国家リオン
『共和国』となったシュヴァルツ皇国の最西端に位置し、西側が海に接している国である。
海に隣接していることで漁業が盛んになったところから海を用いた貿易が発展し、現在の商業国家を形成したという経緯がある。
いち早く海を渡った先にあるシニストラ帝国との貿易航路を確立して輸出入の窓口となることで陸路のフロンテ大陸の特産品を輸出し、シニストラ帝国で作られる作物や工芸品の輸入をして貿易利益により国を維持、繁栄させてきた。
またこの国は近隣諸国のような王族・貴族といった身分制度がなく、近隣諸国が行っている獣人差別がない。
商人の中には獣人の商人もいて、この国では人種による差別がなくすべては実力主義、実績主義といった自由資本主義を骨子に中央に設けられた『評議会』に席を置く代表者達が国内の法令を協議して施行し、法治国家としてこの世界では異色の国でもあった―――
―――その『評議会』の議長を務めるジョヴァンニ=ロッシは商業国家リオンの首都レオーネにあるアサド議事堂の議長室で日々の執務を行っていた。
アサド議事堂とは他国では城にあたる建物で評議会議事堂があり、評議会議員が集い様々な案件を議論して決定する機関である。
その議事堂の議員達を纏めるのが議長であるジョヴァンニの役割だがジョヴァンニのロッシ商会はこの国で一番の大手商会であり、すべての業種、貿易に関わっていると言っても過言ではない大商人でもある。
だが、この地位に就くほどの男は決して表の顔だけでここに座せる訳ではない。
エドワードとアルフォンスを狙ってきた暗殺集団の半分は、このリオンから派遣されたジョヴァンニの息が掛かっている暗殺者達だった。
そんな汚い仕事を請け負う集団を小飼にしていることも時には必要な力だ。
今回様々な背景も加味してエドワード王の提言した『共和国』体制に賛同したが、その判断自体は商圏の強化を視野に入れても悪い話ではない。
「だがしかし『黒帝』となった九頭竜八雲殿について情報が少なすぎる……黒神龍の御子というくらいだ。それとあの戦場での信じがたい力……あれが事実なのだとすれば次元が違い過ぎる……いや、しかし」
執務室の机に着席して、ひとり思考を巡らせるジョヴァンニだったが、この後その疑問は彼の思ってもみない形で解消されることになる……
ドンドン!!と、けたたましいノックが執務室に響き渡る。
「ぎ、ぎ、議長!!!―――た、大変です!」
「―――どうした!!騒々しい!少し落ち着き給え」
議事堂職員のひとりが執務室に慌てて飛び込んで来てジョヴァンニは一瞬面食らうも落ち着くように促すが、それでも職員は落ち着きを取り戻せないでいる。
「と、とにかく外を!外をご覧ください!!!」
「外?一体、なんだというのだ?魔物の群れでも襲撃してきたのか?」
そう言いながら背中越しにある大きな窓に目を向けたジョヴァンニはそこで硬直する―――
「な、なんだ、あれは―――一体あれはなんなのだぁあ!!!」
―――ジョヴァンニの目に飛び込んできたのは……認識阻害をワザと解除して建物の上を突き進む巨大な黒い塊。
―――アサド評議会議事堂の上空に停止した
議事堂にいた議員と職員、そしてジョヴァンニ議長は慌てた顔をして外に跳び出すと降下してくるゴンドラに乗っているのがエドワード王、アルフォンス王子と見知った顔だったので更に驚いた。
「先日の会談以来だな。ロッシ評議長。元気そうでなによりだ。ハッハッハッ!」
ゴンドラを降りてきたエドワードがジョヴァンニに挨拶を交わす。
「エドワード陛下、こ、これは一体―――」
挨拶も簡単に上空を見上げて浮遊停止している
「此方におられるのが先日の会談で話した黒神龍様とその御子―――『黒帝』九頭竜八雲殿だ」
その言葉を聴いて、やはりといった表情で八雲を見つめるジョヴァンニ―――
「―――黒神龍様?!」
「ああ、我が黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンだ!リオンの評議会議員達!これからよろしく頼むぞ!」
「初めてお目に掛かる。この度、黒帝となった九頭竜八雲だ。どうぞよろしく」
「おお、何と……これは初めまして。わたくしがこの商業国家リオンの代表で構成する評議会の議長をしておりますジョヴァンニ=ロッシと申します。今後とも宜しくお願い申し上げます」
努めて冷静に笑顔を浮かべて挨拶するジョヴァンニを見て、
(さすがは商人の街の長だな。これだけインパクトのある出来事があっても表に出してこない。エミリオに見習って欲しいところだな)
と、八雲はジョヴァンニのその対応に感心していた。
「それで……黒帝陛下、あの空にあるものは一体?」
やっと聴いてくれたか!と思いつつ八雲が大声で―――
「よくぞ訊いてくれたぁあ!!!あれこそは
「
八雲の言葉にはさすがに驚きを隠せないジョヴァンニと、八雲が大声で説明したことで周囲にいる議員達にも一瞬で伝わっていった。
「ロッシ評議長、突然の来訪でこの船を見て国民の皆さんも驚いていることだろう。今言った通りあれは俺専用の空を飛ぶ乗り物なんで、それを首都の皆にも説明をしてあげてもらいたい」
現にアサド議事堂の前にある通りには多くの国民が何事かといった面持ちで集まりだしていて、このままでは暴動のようなことが起こってもおかしくはない。
「ええ、ええそうですね。おい!すぐに首都全域に対してこの度、共和国の盟主となった黒帝陛下の来訪と、あの空の船は黒帝陛下の船だということを伝えるのだ!」
「は、はい!畏まりました!」
ジョヴァンニにそう命じられた議事堂職員達は急いで中に戻って知らせの準備に入った。
「しかし……驚きましたね。まさか空を飛んで、ご来訪頂くとは夢にも思っておりませんでした」
「商業国家リオンは文字通り商人の国と伺っていたので、それならこのくらいの余興があった方が喜ばれるかと思ってね」
「参りましたな。刺激が強すぎて心臓が止まるかと思いましたよ……」
八雲はこれを余興と言ってのけるがジョヴァンニや他の者達にとっては地獄の使いでも舞い降りたのかと、この世の終わりを連想させる出来事だった。
「驚かせてすまない。それじゃあ、お詫びにちょっと商売の話しでもしてみないか?」
八雲はまったく申し訳ない空気など出していないが、商売の話しと聞いてジョヴァンニが反応しない訳がない。
「ほほう、早速そのような申し出が頂けるとは、黒帝陛下は商人のことをよくご存じでいらっしゃる」
始めに予想も出来ない斜め上のインパクトを与えて興味を引き、そこから商売の話をしようと言って来る辺りを鑑みても目の前の黒帝は馬鹿ではないのだとジョヴァンニはすぐに気づく。
「あの船を見ただけでもロッシ評議長としてはワクワクしているんじゃないか?」
そこで初めて柔らかな笑みを浮かべて話す八雲の顔を見て、
「実はさっきから色々聞きたくてウズウズしていたところですよ!」
と漸くジョヴァンニもそこで素の笑みを浮かべて八雲に返し、そうして皆を議事堂の中へと案内していった―――
―――議事堂にある各国の王族が来賓した際に使用する貴賓室の扉を開き、皆を案内するジョヴァンニ。
エドワード王に娘のヴァレリア王女とアルフォンス王子、その妻のアンジェラ王女、エアスト公爵クリストフとその娘シャルロット、とロイヤルファミリー(ゲオルク王子除く)が勢揃いしているのだから、何の準備もしていない議事堂の職員達は慌てるかと思いきや、八雲が予想したよりも皆落ち着いて対応していることに感心する。
大きなソファーが幾つも設置されていてジョヴァンニと向かい合って八雲とノワールそしてエドワード王が座り、その他の席にアルフォンス達が着いて寛いでいた。
まずはエドワード王から今回の訪問について経緯が説明される―――
―――八雲が『黒帝』の地位を正式に承諾したこと。
―――ではそのことを早く伝えに回ろうと
―――最初の訪問国エーグルのフレデリック皇帝の暗殺とその後の始末について。
―――次の訪問国であるエレファンでは
―――エレファンに水害対策の治水工事と農業推進の準備を整えたこと。
そして現在に至る経緯を語り聴かせる―――
「……フレデリック皇帝陛下が……そんな……」
最後まで話しを聴き終わるとジョヴァンニが落ち込みながら、そう呟いていた。
「フレデリック皇帝陛下とは麦の輸出で値段について、ぶつかり合ったこともありました。しかしそれは国民が手塩に掛けて育てた作物を少しでも高く売り、国民に還元しようという気持ちが伝わってくる言葉だったのを今でもよく覚えていますよ……」
ジョヴァンニは商人の顔ではなく、まるで友人を失ったような顔をして話してくれた。
八雲の記憶にあるフレデリック皇帝も自分の国に誇りを持ち、国民の生活の安定と農業の発展を願っていた。
ふたりしてそんなことを想い返していると、突然この貴賓室のドアが勢いよく開いた―――
「―――失礼致します!こちらに黒帝陛下がいらっしゃるとお伺い致しまして、ロッシ評議会議長の娘であるわたくしカタリーナ=ロッシ!ご挨拶に参りましたわ!」
―――そこに現れたのは、動きやすい造りの簡素な白のブラウスと青いロングスカートを身に纏い、長い髪をクルクルに巻き込んでいる髪を後ろに振り上げて流す仕草でキリッとした蒼い瞳を向ける美少女が立っていた。
突然の自己紹介に八雲はポカンと口を開けて呆けていて、ジョヴァンニは右手を額に当てて首を横に振っていた……
「あの空に浮かぶ船は黒帝陛下の船と聞きましたわ!!あのような船をお造りになる黒帝陛下と是非ともお話を!!」
なおも勢いの衰えないカタリーナに、貴賓室にいる全員からドン引きしている空気が漂っていた。
「なんでいつも女の子が飛び込んで来るパターンなの……」
思ったことが口から零れる八雲は、満面の笑みをしたカタリーナに対して苦笑いを浮かべながら見つめていた―――